宇宙環境の人体への影響を直接宇宙で
確かめることで、宇宙医学は進化し続けます。
現在、国際宇宙ステーション(ISS)では、人間が宇宙で安全で健康的に生活するための基礎研究や技術開発が行われています。
これらの研究の成果は、地上の医療技術への応用にもつながります。例えば、現在JAXAが取り組んでいる宇宙飛行士の骨量減少/筋機能低下の研究は、地上での骨粗しょう症や筋萎縮症など、特殊な病気の発症メカニズムの解明や、治療技術の開発にも役立つものです。
ISSにおける宇宙医学研究
宇宙飛行士が活動する宇宙空間は、微小重力、宇宙放射線、閉鎖空間といった過酷な作業環境であり、人の身体には様々な影響が生じます。宇宙滞在によって生じる身体の変化、そのメカニズム、さらには心身の健康を維持し、パフォーマンスを最大限発揮させるための対策が必要となり、ISSという環境を利用して宇宙医学研究やそれに関連する技術開発に取り組んでいます。
また、宇宙滞在で生じる身体の変化は、老化によって生じる変化と類似しているともいわれており、宇宙医学研究から得られた成果は、地上医療や健康長寿社会の実現への貢献も期待されます。
ISSにおける主な医学研究一覧
ISSに滞在する宇宙飛行士を研究対象者として実施した、または実施中の宇宙医学研究テーマの主なものは以下の通りです。
研究分野 | 研究内容 |
骨・筋生理学 | |
心血管・呼吸器系 | |
行動とパフォーマンス |
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免疫・微生物系 |
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神経系/前庭神経系 | |
放射線研究 | |
その他 |
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宇宙医学研究の特殊性
宇宙での研究の制約
宇宙医学研究に興味を持つ研究者は多いものの、宇宙実験に実際に参加した研究者は少数です。実験機会が少ないこと、応募から実施までに要する時間が長いことが大きな問題となっているためです。宇宙飛行士を研究対象者とする場合、ミッション運用スケジュールの制約があります。
軌道上用医学研究の計画作成
宇宙医学研究では、機材の搭載、軌道上実験、サンプルの回収までの作業が必要となります。また、ISSに搭載する装置に関わる技術、実験運用中の変化に対する対応、サンプル処理、対照実験の実施などを考慮して計画を作成する必要があります。
宇宙での研究に先立ち、地上では予備実験や模擬試験(短時間微小重力実験、ベッドレスト実験等)、比較対照実験など様々な検討が行われます。
しかし、例えば短時間微小重力実験においては、航空機によるパラボリックフライトでは25秒程度の微小重力状態しか持続できず、ISSとの対照にそのまま適用できるものではありません。また、ベッドレスト実験は、設備の整備、研究を補助するスタッフの確保などの問題が伴いますが、すでに発表された研究の知見を参考にするなど工夫を重ねて計画を作成していきます。
宇宙医学研究用設備・装置の準備
軌道上で使用する医学用設備や装置は、搭載安全性の基準を満たさなければならないため、その開発には一定の費用と年月を要します。また、宇宙医学研究用の設備や装置は、軌道上の宇宙飛行士の操作が必要で、次々と交代する宇宙飛行士を訓練するための時間的な制約もあります。
宇宙と地上とを行き来する輸送手段や軌道上の冷凍・冷蔵庫の保管容量も限られていることから、実験試料サンプル解析法などもISSの運用状況に合わせて計画する必要があります。
ISS医学運用・医学研究におけるデータ共有
ISSで実施される宇宙飛行士を研究対象者とする医学実験では、さまざまなデータを収集します。データは主に飛行前/宇宙滞在中/飛行後に収集されますが、研究テーマが異なっていても、同じ種類のデータが必要な場合もあります。
例えば、ひとりの宇宙飛行士がISS滞在中に2種類の医学実験に参加することになり、両方の実験でMRIデータの取得が必要という場合、どちらかの実験のMRIデータを共有できるようにすれば、データ測定の重複を回避することができ、宇宙飛行士の拘束時間や作業負担を極力抑えることができます。
このことから、ISSの医学研究では、「国際宇宙ステーション医学プロジェクトデータ共有計画(ISS Medical Project Data Sharing Plan)」という取り決めがあり、研究者間でデータを共有することができます。
ISS医学研究の実施概要
宇宙飛行士を研究対象者とする実験の計画作成
ISSで宇宙飛行士を研究対象者とする実験を実施するためには、入念な計画が必要です。研究対象者となる宇宙飛行士の人数、実験に充てられる時間、実験装置、電力、試料の冷凍・保管など限られた条件の中で、実験を計画する必要があるためです。大学や研究機関で利用されている特殊ではない実験機器や実験手法も、宇宙では容易に使えないものもあります。
実験計画には、宇宙で収集するデータと比較するための地上での対照実験の計画も含まれます。宇宙でのデータを飛行前後のデータ(ベースラインデータ)と比較することで、宇宙でどのくらい変化したか、どのくらいでベースラインの状態に回復するかを分析するためです。
さらに、人間を対象として行う研究として、当然、宇宙飛行士の安全、健康の確保、人権尊重など倫理的な側面を十分に考慮した計画でなければなりません。そのため、国内および国際的なルールを順守した計画書が作成され、JAXAおよび関係機関の審査が行われています。
宇宙飛行士を研究対象者とする実験の選定および倫理審査
宇宙飛行士を研究対象者とする実験の選定
ISSで行う宇宙飛行士を研究対象者とする科学実験は、「きぼう利用フィージビリティスタディ募集」という制度等により募集・選定されています。この制度は、「きぼう利用戦略」(http://iss.jaxa.jp/kiboexp/strategy/)に基づき、「きぼう」でしか得られないかつ社会的波及性の高い「きぼう」利用成果の創出を目指したものです。国際宇宙ステーション上で利用可能な宇宙飛行士を研究対象者とする実験装置は、「きぼう」船内実験室利用ハンドブックに掲載されています。
宇宙飛行士を研究対象者とする実験は「きぼう利用フィージビリティスタディ募集」以外にも、ISS計画に参加する宇宙機関の代表者によって構成される国際ライフサイエンスワーキンググループが運営する「ライフサイエンス公募」で選定された実験、JAXAの重点課題解決を目的とした実験や、医療機器・実験機器の検証等のために行われます。宇宙飛行士はISS滞在期間中に複数の実験に参加することになるので、ある実験が別の実験に影響を与えることがないか等の事前調整が宇宙機関の担当者同士で行われます。
宇宙飛行士を研究対象者とする実験の倫理審査
宇宙飛行士を研究対象者とする実験は、宇宙飛行士の安全、健康の確保、人権尊重など倫理的な側面が考慮されているかどうかが実施に先立って審査されます。
ISSにおける倫理的な側面を検討・審査する機関として、各ISSパートナーの代表者による多極間倫理審査委員会(HRMRB)が設置されています。HRMRBは、宇宙飛行士を研究対象者とする実験すべてについて、宇宙飛行士の安全と健康は保証されているか、実験の倫理性はきちんとしているかなどを審査し、必要に応じて勧告や修正依頼を行います。
HRMRBでの審査に先立ち、ISSで実施される宇宙飛行士を研究対象者とする実験計画は、研究者が所属する大学・研究機関の倫理審査委員会、実験提案を行う宇宙機関、および研究対象者となる宇宙飛行士の所属する宇宙機関の倫理審査委員会のすべてで審査されます。
JAXA倫理審査
JAXAの倫理審査委員会は、正式名称は「人を対象とする研究開発倫理審査委員会」といい、年8回程度開催されます。
研究者は「研究等実施計画書(案)」を作成し倫理審査委員会に申請します。「研究等実施計画書(案)」は、研究内容や、研究目的、手順の詳細、使用する設備、期待される研究の成果のほか、人間を対象とする必要性や、安全管理体制、研究対象者等に与える可能性のある影響、その影響を減少させるための対策、緊急時の医療体制、研究対象者の同意、研究対象者数、研究対象者の個人情報の管理方法・管理体制、成果の公表方法、成果公表に際しての研究対象者等の個人情報保護のための方策などの情報を網羅するように様式化されています。
※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA