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宇宙空間の「燃える」にせまる 進化し続ける実験装置・SCEMが拓く新知見<後編>

私たちの生活に身近な現象の一つ、「燃焼」。将来、人類が宇宙で長期間活動するためにも、燃焼を安全に扱うための技術や基準が必要であり、現在、宇宙での燃焼を理解するための研究が続いています。
これまで、自然対流がない宇宙では地上のように酸素が供給され続けないため、ものは燃えにくくなると考えられてきましたが、近年の研究では、条件によっては空気中の酸素の量が少なくても、ものが燃える場合があることがわかってきました(前編参照)。
後編では、宇宙での燃焼実験に携わった藤田修先生(北海道大学)、三上真人先生(山口大学)、菊池政雄主幹(JAXA)に、宇宙実験で得られる価値や、AI時代における研究の意義について語り合っていただいた模様をお届けします。
SCEMの装置としての優秀さ ―研究者の「やりたい」に応える想い
明石:前編では宇宙での燃焼実験の概要をお聞きしましたが、どんな感想をもたれましたか。
三上:液体燃料を扱う者から見ると、固体燃焼の実験装置は非常に難しいです。液滴は待っていれば蒸発してなくなり、うまく燃えなかった場合もガスジェットで飛ばせます。しかし固体燃料が燃え残った場合、地上なら蓋を開けて廃棄できますが、宇宙ではできません。そういった複雑な要求を実現した固体燃焼実験装置・SCEM(エスセム)は、本当によくできた装置だと感心しています。
菊池:研究者の方々と我々、そして装置をつくるメーカーの方、皆のチームで「どうやったらいいものができるか、ちゃんと動く装置ができるか」を議論しながら全力で頑張った結果だと思います。もちろん、うまくいかないこともありますが、それは次に向けてのヒントですから、失敗を恐れず、失敗は次に反映するということが大事かなと思っています。
藤田:我々はいつもあれをやりたい、これをやりたいと言わせていただいているので、非常に心強い話です。
明石:JAXAとしては、研究者の皆さんの「これをやりたい」という声をどんどん聞かせていただきたいですね。
宇宙実験で得られる視点 ―重力というフィルターを外す
明石:藤田先生、三上先生のお話を伺って、地球低軌道(LEO)は新しい知識・経験を得ることができる場、さらに地上の重力から解放されて物事を新たな視点で考えられるようになる場だと感じました。
宇宙実験を通して、視点が変わった経験はありますか。
藤田:そのコメントはまさにそうで、微小重力環境の最も重要な特徴は「重力というフィルターがなくなる」ことだと思っています。
私たちは生まれたときからずっと、重力のある環境で育ってきました。この常識、つまり重力というフィルターを通して、すべての現象を見ているわけです。
しかし微小重力の世界に入ると、そのフィルターが急になくなります。重力がなくなったときにどうなるか、90パーセントくらいは予測できますが、10パーセントくらい、全く気づかない現象が突然起こることがあるのです。これは一種のパラダイムシフトで、そこに発見のチャンスがあります。
例えば、地上で炎を燃やすと、温かい空気が上に上がる浮力による自然対流が起こって現象が複雑になり、本質が見えにくくなります。重力をなくすことで、覆い隠されていた本質を明らかにできることが、微小重力での燃焼研究の意義です。
三上:全く同じ意見です。
地上でも、落下実験で短時間の微小重力は再現できますが、宇宙では微小重力が長時間にわたって続きます。その長時間の微小重力環境で、地上の通常重力ではまず予想できず、短時間の微小重力でも予想できない現象が見つかりました。長時間微小重力場は、自分の知識や想像がいかに狭いかを思い知らされる場所です(図5)。
自分がそういう経験をしましたから、藤田先生が実験をされる前、「絶対、何か新しいことが見つかりますよ」と言った記憶があります。
藤田:そうですね。小さな発見であっても、それが社会や世界を変える大発見につながる可能性があります。
明石:世界を変える発見が隠れているかもしれないと思うと、すごくワクワクしますね。
重力がある地上(左)と微小重力環境(右)では炎の形や色がまったく異なることがわかる
AI時代の研究者の未来、研究のあり方
明石:藤田先生と三上先生は研究者としてご活躍されていますが、今後、研究者という仕事の重要性、その仕事内容はどのように変化していくとお考えですか。
藤田:研究者の仕事はこれからも間違いなく重要です。
今、発展が著しいのはAIですが、AIは結局データが大事なのです。計算にしても、予測モデルをつくるにしても、AIが出した結果が精密かどうかは、元となるデータが勝負を分けます。よいデータがあれば予測精度も上がるし、悪いデータしかなければ予測精度もそれなりにしかならない。よいデータをもっていることが、質の高い結果につながります。
そういう基準となるデータセットを国際宇宙ステーション(ISS)で取り、共有化できればいいですよね。世の中に広範な影響を与えるさまざまなAIのモデルに基準となるデータを提供することになるので、科学技術の多様な領域にインパクトがあるのではないかと思います。
それに、誰も知らないことはAIも知らないですよね。
人間が新たな発見をし、新たな理論をつくり、それを他の人が学んで実際に活かしていく。AIも同じように既存の発見や理論を使っているだけですから、人間が新たなものを生み出さなければ、AI自体がデータや発見を生み出すことはあり得ません。新しい発見、新しいデータ、新しい理論を人がつくることで、世界のいろいろな理論も、AIも変える。その元を生み出すのが研究という作業なわけで、それは昔も今も、将来も変わらないと思います。
三上:研究は「知の爆発」と言われるように、人間の知りたいという欲求はどんどん増えていきますので、研究の題材が尽きることはなく、研究という営みもなくなることはないと思います。
液滴燃焼の研究は噴霧燃焼の基礎研究として始まりました。液滴は球対称一次元になるので、数学的に解くことができ、理論化も進みましたが、噴霧燃焼はそれとは別に研究が進み、教科書で液滴燃焼の項目と噴霧燃焼の項目は別々に書かれています。もともとは同じだったものが分かれていったのです。
液滴燃焼と噴霧燃焼、それぞれに詳しくなりますが、2つの燃焼をきちんと接続することは、自分も含めて研究者の存在意義の一つだと考えています。
それから、これはパーコレーションに関する妄想なのですが、パーコレーション理論では、分散したものが近くのものとつながることが繰り返されて大きなつながりが生じます。
つながりができるかできないかのポイントが臨界点で、群燃焼発現限界では思いもよらなかった大規模着火が起こるなど、臨界点は不思議なところだなといつも思っています。
例えば「この服買おうかな、どうしようかな」と迷う、これも臨界点です。「買いたい」と思えばさっと決断するし、いらないと思ってもさっと決断する。でも、迷うときは時間がかかりますよね。臨界点では特性時間が発散するのです。
私の研究は、熊谷清一郎先生(東京大学名誉教授、前編参照)が1950年代に始められ、諸先輩方がアレンジしながら受け継いで、つながっていきました。それがたまたま私のところに来て、私は入院したことでパーコレーションのアイデアを思いついて今に至りますが、また次の世代にバトンを渡していくと思います。
研究のアイデアが「臨界点」としてうまく受け継がれていくと、どこかで誰かが壮大なイノベーションを引き起こしてくれるのではないでしょうか。
ただ単に継承するのではなく、うまくいくかどうかわからないような、ギリギリを狙ったつなぎ方をしていけば、多分臨界点になる。どこかで誰かがイノベーションを起こしてくれる、そんな未来を期待して、次の世代にバトンタッチしようと思っています。
価値ある研究の場を、未来へつなぐ
明石:研究者は、研究を通して未来を変えていく仕事だと感じました。最後に皆さんから、未来に向けた思いを一言ずつお願いします。
藤田:基準ができ研究の成果が出るのは非常に嬉しいことですが、それが実際に社会で使われて役に立つことが、私たちとしては最も嬉しいことです。
今はまだ、有人宇宙活動といっても訓練を受けた宇宙飛行士が宇宙へ行く時代ですが、将来、宇宙へ行く人の数はどんどん増えると思います。月面基地ができ、もしかしたら火星にも基地ができて、そこに何百人、何千人行くこともあるかもしれない。そういうとき、火災の問題に関しては、この基準を使えば安全が保証される、そうなればいいですね。実際に役に立つ結果につながっていくといいなと思っています。
菊池:私は研究者という立場とは少し違いますが、この仕事を始めた動機は、宇宙の研究利用を発展させていくことが、一般の人が宇宙に行きやすくなるための一つの道なのではないかということでした。
これまでさまざまな研究開発に活用されてきたISSは、おそらく近いうちに退役の時期を迎えます。そうなったとき、この貴重な科学研究の場を次のかたちでつないでいきたいと思います。
連綿と続いてきた科学研究の歴史のバトンを次の世代に託す、つなぐ。私としては、それを絶対やってやるぞという思いです。
三上:私が学生だった1990年代、スペースシャトルはありましたが、ISSはまだありませんでした。ISSができ、「きぼう」が完成しても、初期は燃焼実験の装置がありませんでしたから、宇宙で燃焼実験をできる可能性はかなり低かったのです。
今はISSがあり、SCEMも軌道上にある。よいテーマを出せば宇宙で実験できる環境があるのです。若い研究者の皆さんには、もっと気楽に、アイデアを出してほしいなと思っています。
明石:藤田先生、三上先生、菊池さん、ありがとうございました。
将来、月面居住施設では、FLAREプロジェクトで得られた成果を元にしたメイドインジャパンの宇宙火災安全基準が使われ、また、三上先生の研究でつくられた数値計算モデルが新しい燃料やエンジンの開発に貢献し、より環境にやさしい燃料を使った自動車や飛行機に乗ることができるようになるでしょう。
微小重力環境を活用した宇宙実験を通して、地上では見えない現象の本質に迫り、新たな発見を生み出す。その可能性を、多くの方に知っていただきたいと思います。
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プロフィール
北海道大学 大学院教育推進機構 副機構長(工学研究院 機械・宇宙航空工学部門 名誉教授)、特任教授
1987年北海道大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了。工学博士。北海道大学講師、助教授を経て、2003年より北海道大学教授、2025年より現職。
山口大学 大学院創成科学研究科工学域機械工学分野 教授、日本燃焼学会 会長
1995年東京大学大学院工学系研究科 博士課程航空宇宙工学専攻修了。博士(工学)。山口大学助手、講師、助教授、大学院理工学研究科(工学系) 助教授/准教授を経て、2009年より同教授、2016年より現職。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センター 主幹
1999年北海道大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)宇宙環境利用研究センター、宇宙科学研究所ISS科学プロジェクト室を経て、2015年より有人宇宙技術部門 きぼう利用センター(現 宇宙環境利用推進センター)、現在に至る。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センター 研究開発員
2022年ドレスデン工科大学工学部機械工学科修了。博士(工学)。JAXA有人宇宙技術部門 有人宇宙技術センター 研究開発員を経て、2025年より現職。
※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA