プラットフォーム構築背景と目指すもの

宇宙での生命現象の理解と医療への応用に向けて
宇宙では、微小重力によって筋萎縮や骨量減少といった生体における変化が生じることが広く知られており、人類の生存圏拡大や深宇宙への有人探査に向けて、その対策が求められています。また、宇宙環境での哺乳類の繁殖も重要な課題であり、発生プロセスへの影響が着目されています。さらに、近年の移植臓器の不足や難病治療のニーズに応えるために、沈降がない微小重力環境は、細胞やオルガノイドの三次元配置を維持することができる環境として、再生医療に応用することが期待されています。
JAXAでは、これらの研究課題に取り組むため、「細胞医療研究支援プラットフォーム(Cell Biology and Biomedical Research Platform)」を設け、研究者の皆様に研究の場を提供する予定です。
新たな実験基盤の構築
JAXAは、宇宙環境における生命現象の理解と課題解決を目指し、「きぼう」日本実験棟を活用してきました。これまでに、動物培養細胞、マウス胚、線虫、カイコ、ゼブラフィッシュなどさまざまな生物種において、微小重力や放射線への影響評価や三次元培養技術の開発を行っています。
「きぼう」の打上げ・設置が行われた2008年以降、30件以上の生命科学分野の宇宙実験を公募により選定し、各研究提案に応じた実験デバイスや装置を開発して、独自性の高い非定型実験を行ってきました。しかし、非定型実験にはいくつかの課題があり、これまでの経験を活かして、定型実験のための装置を利用した研究基盤の構築を進めています。
非定型実験の課題と定型実験のコンセプト

- (参考)非定型実験の課題と提携実験のコンセプト[PDF: 704.3 KB]
サービス概要
「定型化細胞培養装置」を使用して細胞生物学・医科学研究が実施できる「細胞医療研究支援プラットフォーム」の提供を目指しています。定型装置をご利用いただくことで、研究提案から短期間での宇宙実験実施が可能となります。
定型化細胞培養装置 ASTROCELL※1
※1 Automated Space Tissue Regeneration, Organ and CELL cultivation equipment: ASTROCELL

ASTROCELLは、マルチウェルプレート(24 ウェル)の搭載が可能で、各ウェルの溶液の交換、接着細胞の観察が遠隔操作できる小型装置です。
装置本体を通信機能のあるインキュベータ(CBEF-L等)に設置し、環境制御(温度調節、CO2制御)を行い、リアルタイムで各ウェルの細胞形状モニタリングと温湿度のモニタが可能です。細胞内オルガネラや分子等の詳細な観察は、マルチウェルプレートを装置から取り出してライフサイエンス実験用の共焦点蛍光顕微鏡(COSMIC)に搭載することで可能となります。培養後の細胞試料は、地上への回収のためにASTROCELLを用いて各ウェルの溶液を核酸保護液又は化学固定液に交換することができます。溶液交換後の細胞試料は、冷凍・冷蔵庫(MELFI)を用いて冷凍・冷蔵の温度を保ち地上に回収することができます。
ASTROCELLは、現在開発中で、2025年度中に詳細な設計仕様が決定する見込みです。2026年度以降に装置を使った技術実証実験が計画されています。
ASTROCELL

装置仕様
ASTROCELLは、インキュベータや共焦点顕微鏡とともに連携使用することで下図に示す9つの機能を実現する予定です。
最大でウェルプレート8式分(μG用5式、μG~1G用3式)の細胞培養が可能となる見込みです。

# | 項目 | 機能詳細(目標値) |
---|---|---|
1 | 定型容器 |
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2 | 閉鎖培養 |
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3 | 送液・灌流培養 |
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4 | 環境制御 |
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5 | 温湿度モニタリング |
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6 | 固定試料を回収 |
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7 | 軌道上重力設定(今後の発展機能) |
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8 | ウェル毎の視野モニタリング |
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9 | 共焦点顕微鏡での詳細観察 |
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※2 Toxic Hazard Level: THL
宇宙実験準備の流れ

- 宇宙実験を計画
- 実験を模擬した培養試験(打上条件、培養条件、装置との組み合わせ)を実施し、宇宙実験に適合することを確認
- 試薬、生物試料の情報を提示
- 培養計画を確定
- 射場近くの実験室で実験試料を準備
- 筑波宇宙センターで宇宙飛行士が実施する軌道上実験をモニタ
- 実験試料を回収用カプセルにて地球へ帰還させ、研究者に引き渡し
- 研究者の研究室で解析
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