重力の感知、地上での健康維持や宇宙での哺乳類繁殖に関する細胞生物学3テーマの実験を「きぼう」で行いました

公開 2021年10月 8日

シグナス補給船運用16号機(NG-16)およびドラゴン補給船運用23号機(SpX-23)で国際宇宙ステーション(ISS)に運ばれた試料や実験用品を用いて、2021年8月から9月にかけて、「きぼう」で星出宇宙飛行士の手により、ライフサイエンス3テーマ(Cell GravisensingAnti-AtrophySpace Embryo)の実験が地上と連携して行われました。地上では実験関係者たちがその手順などを見守りました。

Cell Gravisensing

宇宙生物学において「細胞がどのように重力を感知するか?」は大きな課題です。宇宙実験により、動物細胞が単独で重力を感知することが明らかになってきていますが、重力感知メカニズムは殆ど分かっていません。 本研究では、「核・ミトコンドリアに対する重力作用の消失が、相互作用する細胞内骨格であるストレス線維の張力に影響を与える。さらに細胞内の小器官自体の機能や形態にも作用し、下流のシグナル系を賦活させ、細胞が重力環境を感知する。」という仮説を実証することを目的とします。
地上で準備した培養細胞を「きぼう」へ輸送したのち、軌道上で培地交換および、そこに設置されているインキュベータ(細胞培養装置:CBEF)内で、培養しました。インキュベータには微小重力のµG区と人工 1G区が備わっており、2つの重力条件環境下で細胞を培養しました。
細胞は、「きぼう」に設置されている共焦点顕微鏡(ライブイメージングシステム:COSMIC)に星出宇宙飛行士より設置され、µGの培養の様子と1GからµGへ曝露し変化する様子についてリアルタイムで地上から観察されました。

本研究は3回に分けて実施し、初回の今回は顕微鏡観察による画像解析を通して微小重力効果の評価を実施する予定です。微小重力における筋萎縮や骨量減少は、細胞が微小重力を感知することから端を発し、さらに組織・個体レベルでの筋萎縮・骨量減少へと繋がると考えられています。根本となる感受メカニズムを解明することは、宇宙空間での筋萎縮・骨量減少、さらには地上での寝たきり状態での病態の予防・治療法の開発に繋がることが期待されます。

Cell Gravisensing実験の地上準備の様子
Cell Gravisensing実験のサンプルを細胞培養装置(CBEF)にセットアップする星出宇宙飛行士(ⒸJAXA/NASA)
軌道上でのCell Gravisensing実験を見守る関係者の様子

研究代表者インタビュー

Anti-Atrophy

研究チームでは、天然の抗筋萎縮物質(バイオ素材) として筋萎縮関連酵素、筋のタンパク質分解抑制の効果があるCbl-bユビキチンリガーゼの阻害ペプチド 『ミリストイル化Cblinペプチド』と、筋のタンパク質合成促進の効果がある熱ショック蛋白質誘導剤『Celastrol』の2種類を見出しています。
これらのバイオ素材が、実際の微小重力による筋萎縮に有効であるかどうかを証明することが本研究の目的です。さらに、これら物質の抗筋萎縮作用メカニズムは異なるので、単独および同時投与による相加的な治療効果の有無も検討します。
地上で準備したラット由来の筋細胞L6を「きぼう」へ輸送したのち、そこに設置されているインキュベータ(細胞培養実験装置:CBEF)内の微小重力環境下で培養しました。Cblin添加群・Celastrol添加群・2剤添加群・無添加対照群の4群に分けて、宇宙飛行士がバイオ素材を添加する作業、化学固定をする作業を行いました。

今後、冷凍保存された細胞サンプルを地上に帰還させ、研究チームのラボにおいて、蛋白質合成シグナルの活性化や蛋白質分解シグナルの抑制に関する変化を分子生物学的手法や生化学的手法を用いて解析します。実際の微小重力による筋萎縮に対して、これらバイオ素材の有効性が示されれば、摂取の簡便性(食品として摂取可能)の点から、微小重力起因の筋萎縮に対して極めて有効な対処法となります。また、微小重力の筋萎縮により有効な薬剤、機能性食材の開発の大きな一歩となり、有人宇宙活動の幅を広げることに役立ちます。

Anti-Atrophy実験の地上準備を行う二川教授(徳島大学)
Anti-Atrophy実験のサンプルをセットアップする星出宇宙飛行士(ⒸJAXA/NASA)
軌道上でのAnti-Atrophy実験を見守る関係者の様子

研究代表者インタビュー

Space Embryo

将来、人類は宇宙へ進出し繁栄すると考えられていますが、哺乳類が宇宙で子供を作れるのか科学的には明らかになっていません。本実験では、哺乳類の受精卵が宇宙の微小重力下でも正常に胚盤胞(細胞の分化が始まり内部に空間ができた段階)まで発生できるのか調べます。
地上で準備したマウスの2細胞期凍結胚(細胞分裂を1回し細胞が2つになった状態の受精胚)を「きぼう」へ輸送したのち、新たに開発した、胚を簡単に解凍・培養するシステムを用いて解凍し、ISSの微小重力環境下間で4日間培養しました。その後、実験サンプルを化学固定処理して、帰還に向けて冷蔵保存しました。

今後、冷蔵保存された実験サンプルを地上に帰還させ、微小重力環境下での胚の発育速度や遺伝子発現、胚盤胞(着床前の胚)への発生率、胎児側と胎盤側への細胞分化が正しく起きたかなどを観察し、胚の正常性と細胞の分化/運命決定における重力の影響を調べます。
この研究により、哺乳類の初期発生において、重力という物理的な刺激が正常な発生および分化過程においてどのような影響を与えているのか確認し、哺乳類の赤ちゃんが生まれるためには重力が必要なのかを明らかにします。

Space Embryo実験の作業を行う星出宇宙飛行士(ⒸJAXA/NASA)
軌道上でのSpace Embryo実験を見守る関係者の様子
軌道上でのSpace Embryo実験を見守る若山先生(山梨大)

研究代表者インタビュー


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