アルツハイマー病発症の要因とされるアミロイド形成の宇宙実験~「きぼう」の微小重力環境では独特なかたちのアミロイド線維ができることを発見~

公開 2020年6月16日

自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)の加藤晃一教授、矢木真穂助教、谷中冴子助教らの研究グループは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟を活用して微小重力環境におけるアミロイド線維形成を調べ、微小重力環境では独特なかたちのアミロイド線維ができることを世界で初めて明らかにしました。

本研究成果は、日本時間2020年6月12日に、様々な宇宙実験を対象としたオープンアクセス学術誌「NPJ Microgravity」に公開されました。(掲載論文のタイトル:"Characterization of amyloid β fibril formation under microgravity conditions ")

ポイント

「きぼう」の微小重力環境において、アルツハイマー病の発症を引き起こすアミロイド線維の形成実験を行いました。微小重力下でつくったアミロイド線維を地上に持ち帰り、かたちを調べたところ、地上でつくったものとは異なる独特なかたちのアミロイド線維が形成されることを世界で初めて見出しました。この発見は、アルツハイマー病等の神経変性疾患の発症機構を理解する研究の推進に繋がることが期待されます。

研究の背景

アミロイド線維[注1]はタンパク質が規則正しく多数積み重なってできる凝集体であり、アルツハイマー病や糖尿病などの原因となることが知られています。アミロイドβ(Aβ)と呼ばれるタンパク質が集まってできたアミロイド線維が脳内に蓄積されると、神経細胞の変性・消滅が生じ、脳が委縮してアルツハイマー病が発症することが知られています。そのため、アルツハイマー病などの疾患治療や予防のために、線維形成の仕組みを正しく理解することが重要ですが、その詳細は未だ解明されていません。

本研究では、自然科学研究機構、JAXAおよび名古屋市立大学が共同で、ISS・「きぼう」[注2]の微小重力環境を活かして、アルツハイマー病発症メカニズムを知る鍵となる「Aβのアミロイド線維形成機構」を調べる実験を行いました(図1)。ISSに滞在中だった金井宣茂宇宙飛行士が、宇宙でのアミロイド線維形成実験を担当しました。そして、研究グループは、宇宙から持ち帰ったアミロイド線維サンプルを用いて、アミロイド線維の形成速度や形態を解析し、地上でつくったものと比較しました。

図1 (左)アルツハイマー病発症メカニズムを知る鍵となる「アミロイド(Amyloid)プロジェクト」のロゴマーク (右)アミロイドプロジェクトの概要(©JAXA/NINS)

研究の成果

研究グループは、まず微小重力下におけるアミロイド線維の形成速度を調べました。アミロイド線維を形成した際に結合して発色する蛍光色素を用いて、どの程度アミロイド線維が伸長しているのかを調べました。地上でのアミロイド線維の形成と比較した結果、線維形成の速度は、地上に比べて微小重力空間の方が遅いことがわかりました。さらに、自然科学研究機構 生理学研究所の村田和義准教授のグループと共同で、クライオ電子顕微鏡法[注3]を使って、アミロイド線維の形態を詳しく調べた結果、微小重力下で形成したアミロイド線維は大きく分けて2つの構造をとっていることがわかりました。そのうちの1つは地上で形成したアミロイド線維に似ていましたが、もう1つは地上ではみとめられなかった特徴的な構造であることが明らかとなりました(図2)。微小重力環境においては、アミロイド線維は対流や沈殿の影響を受けずにゆっくりと伸長して地上とは異なる構造になると考えられます。

図2 ISSにおいて形成したアミロイド線維の構造。1つは地上で形成したアミロイド線維に似ており(上)、もう1つは地上ではみとめられなかった特徴的な構造(下)(©JAXA/NINS)

成果の意義および今後の展開

ISSはこれまで地上では制御できなかった重力による影響を取り除くことができるため、アミロイド線維の形成メカニズムを研究するうえで理想的な実験環境を提供します。本研究により、微小重力環境下では、地上でつくったものとは異なる独特なかたちのアミロイド線維が形成されることが世界で初めて明らかとなりました。今回明らかになった独特な形態のアミロイド線維について、その詳細な構造を明らかにしていくことは、アルツハイマー病などのアミロイド線維が関わる病気の発症機構の本質を分子のレベルで理解し、創薬研究に役立つものと期待されます。

論文情報

雑誌名
NPJ Microgravity
論文名
著者名
矢木真穂(生命創成探究センター/分子科学研究所/名古屋市立大学)、谷中冴子(生命創成探究センター/分子科学研究所/名古屋市立大学)、Chihong Song(生理学研究所)、佐藤匡史(名古屋市立大学)、山﨑千秋(宇宙航空研究開発機構)、笠原春夫(宇宙航空研究開発機構)、嶋津 徹(日本宇宙フォーラム)、村田和義(生理学研究所)、加藤晃一(生命創成探究センター/分子科学研究所/名古屋市立大学)(*責任著者)
掲載日:
2020年6月12日(日本時間)
DOI
10.1038/s41526-020-0107-y

用語解説

  1. [注1]アミロイド線維
    アミロイド線維はタンパク質が規則正しく多数積み重なってできる繊維状の凝集体のこと。アミロイド線維は水に溶けず、生体内のさまざまな細胞組織に沈着する。その結果起きる病気の代表的なものとして、アルツハイマー病、プリオン病、糖尿病や透析アミロイドーシスなどが挙げられます。
  2. [注2]国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟
    ISSは、地上から約400 km上空に建設された巨大な宇宙施設。宇宙飛行士が滞在し、宇宙という特殊な環境を利用した実験・研究、地球や天体の観測などを行います。「きぼう」は、国際宇宙ステーションの構成要素のうち、日本が開発した実験棟です。
  3. [注3]クライオ電子顕微鏡法
    電子顕微鏡によって生体分子の構造を、溶液中のような生理的な環境に近い状態で観察するために開発された手法。試料溶液を急速凍結させ、試料を薄い非晶質氷の中に包埋し、この凍結させた試料を液体窒素温度に冷却のもと電子顕微鏡観察します。このように冷却することで電子線照射による試料へのダメージも軽減させることができます。

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