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高品質タンパク質結晶が解き明かす、ウミホタルの発光の仕組み~構造解析の切り札となる宇宙実験<後編>

前編では、ウミホタルの発光メカニズムに迫る研究のきっかけと、JAXAと産業技術総合研究所(産総研)による共同研究の背景、発光の謎を解く鍵となるタンパク質「CLuc(シールック)」の結晶生成の前に立ちはだかった「3つの壁」についてお話をいただきました。
地上での結晶化にたどり着いたものの、残念ながらその結晶からは発光タンパクの構造を解くことができなかった研究チームは、より高品質なタンパク質結晶を求めて、最後の望みを宇宙実験に託します。
後編では、「きぼう」での宇宙実験と、そこで得られた謎を解く鍵、そして研究成果の社会実装への期待について、三谷恭雄研究部門長(産総研)と木平清人主任研究開発員(JAXA)にお話しいただきます。
目を疑う大きさの結晶!
宇宙から戻った結晶で、構造解析に挑む
榎本:地上では構造解析ができる品質の結晶が得られず、宇宙実験に望みを託すことになったと伺いました。地上での結晶生成と宇宙での結晶生成は、何が違うのですか。
木平:宇宙で結晶を生成することの利点は、一言で言うと、結晶品質の向上です。特に期待されるのは分解能の改善です。分解能が上がると得られる情報量が増えるので、薬剤候補の設計や酵素反応メカニズムの解明において、非常に大きな意味をもちます。「きぼう」での高品質タンパク質結晶生成実験(JAXA PCG)のユーザーの多くも、地上で生成した結晶では欲しい情報が得られず、宇宙でより高品質な結晶の取得を目指しているという方が大半です。
そのほかにも、結晶が塊状に成長してしまう「クラスター化」を抑制する効果や、結晶内部で成長の異なる部分が混ざり合う「ツイン結晶」の解消、さらに、結晶化条件は同じでも地上とは異なる分子の並び方(空間群)の結晶が得られるといった現象も、宇宙ならではの効果として知られています。これらをまとめて、私たちは「品質の向上」と呼んでいます。
榎本:ウミホタルの発光タンパク、「CLuc」の結晶を生成する宇宙実験は、いつ行われたのですか。
木平:2021年10月です。この前年に新型コロナウイルス感染症が世界的に流行し、その影響で宇宙実験を実施できない状況が続いていました。その間も地上での条件検討を進めた結果、これ以上は地上でできることはないというところまで検討が進み、あとは宇宙実験にかけるしかないという状況でした。そんなタイミングで、運よく宇宙実験が再開されることになりました。
同じ精製ロットのCLucを準備し、片方は地上での結晶化、もう片方は宇宙での結晶化に使い、比較できるようにしました。
榎本:打ち上げてから結果がわかるまでは、どれくらいの時間がかかるのですか。
木平:2か月ほどです。試料をロケットに搭載して打ち上げ、年末に地球に戻ってきたのですが、コロナの影響で帰国後2週間の隔離期間があったため、私も結晶を確認できたのは翌年の1月中旬でした。
榎本:宇宙で得られた結晶は、前編でご紹介いただいた地上での結晶と比べても、見た目からまったく違うものだったのでしょうか。
木平:地上でできた最初の結晶は、専門家でなければ「これが結晶?」と思うような、モジャモジャした塊のような見た目でした。それが2年かけて、少しずつ、石ころのような形になり、最後には誰の目にも結晶とわかるものになりました。コロナの隔離期間が明けてすぐ、宇宙から戻ってきた結晶を観察したところ、これまで見たことのない大きさのきれいな結晶ができていました。地上でできたものの数倍の大きさがあり、最初は自分の目を疑いました。しかも、1つだけでなく、いくつもの結晶ができていたのも嬉しかったです。
「すごいのが出ました!」と三谷さんたちに報告しました。
榎本:三谷先生、その報告を受けたときどんなお気持ちでしたか。
三谷:「よっしゃ!」という気持ちでしたね(笑)。でも、構造が解析できるまでには、そこからまた長い道のりがありました。
いまが研究のスタートライン!
ウミホタル発光の謎に迫る
榎本:結晶ができればすぐ構造がわかるのかと思っていたのですが、そうではないのですね。
三谷:私も結晶の専門家ではないので、同じように思っていました。多くのタンパク質は、結晶にX線を当てて得られる回折データから構造を計算するのですが、きれいな結晶ができたからといって、すぐに構造が解けるわけではありません。
木平:宇宙から結晶が戻ってきたのが2021年の年末で、2022年2月につくばの高エネルギー加速器研究機構(KEK)にある放射光施設「フォトンファクトリー」で、X線回折測定を行いました。
ただ、そこで得られるのは回折点と呼ばれる平面上にたくさんの点々が集まった写真だけです。そこからコンピューターで計算して、三次元空間に復元するとモヤモヤっとした雲のようなものが見えてきます。先ほどお見せした模型の外形だけが見える感じです。このデータにアミノ酸の骨格を当てはめていく「モデリング」という作業を経て、ようやく立体構造が明らかになります。
つまり、結晶ができたことも、構造が解けたことも、すべては生物発光の仕組みを解き明かす研究のための助走です。ここから、私たちが本当に知りたかったことに、ようやく挑めるようになりました。いまが研究のスタートラインです。
榎本:なるほど……!宇宙でつくった結晶が発光の謎の答えになるのではなく、議論するための材料がようやく揃った、ということですね。
木平:そうです。答えは、これを元に自分たちで探しにいかなければいけません。
三谷:実際、CLucの構造がわかったことで、CLucを構成するアミノ酸の一つである542番目のヒスチジン(His542)を別のアミノ酸に置き換えると発光しなくなる、という発見がありました。
これは、His542が発光に重要な役割を果たしていることを示していますが、どう重要なのかは、これから実験を重ねて明らかにしていく必要があります。構造がわかっていなければ、こうした個々のアミノ酸の役割を突き止めることは非常に難しかったでしょう。いまはこのスタートラインから次のステップに進むために、研究費の獲得に動いている段階です。
がん細胞を光らせる?
ウミホタルの発光タンパク質が社会実装される未来
榎本:ウミホタルの発光メカニズムが明らかにできると、私たちの暮らしにどう役立つのでしょうか。
三谷:最も注目されているのは、初期のがん細胞などを特異的に検出する技術への応用です。
例えば、がんを開腹手術で取り除こうとするとき、がん組織の範囲が正確にはわからないことがあります。そこで、CLucを利用してがん細胞だけを光らせるような技術に応用されることが期待されています。
榎本:がんの早期発見につながる可能性もあるということですね。
三谷:そうですね。非常に小さな段階でも、発光を目印にして見つけられる可能性は十分にあると思います。
木平:ウミホタルの発光を利用した「バイオイメージング」は、さまざまな応用が期待されています。下村脩先生がノーベル化学賞を受賞されたことでも話題になった緑色蛍光タンパク質GFP(green fluorescent protein)も、光るタンパク質の研究成果の一つです。いまや生物系の実験では当たり前のように使われる技術になっていますが、その研究は何十年も前に行われたものです。CLucの研究も、将来的に社会実装されていくことを期待しています。
世代を越え、研究のバトンをつなぐ
未来を拓く研究者に伴走するJAXA
榎本:木平さん、「きぼう」でのこうした実験は、どんな未来を切り開いていくと期待されていますか。
木平:どんな未来を拓いてくれるかは、「きぼう」を利用する研究者やユーザーに委ねられていると思っています。JAXAはインフラを提供する側なので、目的意識をもつ研究者の皆さんをどうサポートしていくかが、私たちの責任だと考えています。
微小重力環境での結晶生成は、研究者にとっては目的を達成するための手段でしかなく、宇宙で得られた高品質な結晶を使って研究目的を達成することが大切です。研究者の方に「JAXAに任せれば目的が達成できるかもしれない」と感じていただける組織でありたいですし、今日のように成果をお伝えすることも重要だと考えています。
困ったときに頼れる存在として認知してもらえれば、その成果はおのずと研究者の皆さんの取り組みの中から生まれてくるはずです。
榎本:三谷先生、10年前からJAXAと二人三脚で取り組んでこられて、未完成だったチームが、いまは確かな力をもつチームに成長されましたね。
三谷:そうですね。ただ、10年という時間の中で、私たちも年を重ねました。この研究に私たちを導いてくれた近江谷さんも亡くなり、世代交代の時期を迎えているとも感じています。私自身、共同研究を始めた頃は自分で実験をしていましたが、いまは自ら手を動かす機会も少なくなりつつあります。近江谷さんがしてくださったように、私も次の世代にバトンを渡す時期が来たのかなと思っています。
実際、チームには若い世代が加わり、今後の方向性について議論を重ねています。一つの成果が出たことで次にすべきことが見えてきたところですが、私たちだけで引き受けられることには限界もあります。新しいチームで、新しい課題に取り組んでいきたいと思っています。
木平:JAXA PCGとしては、研究者の方に宇宙実験をもっと身近に感じてもらえるような努力を続けていきたいと思っています。
CLucの研究に関しては、構造という一つの謎が解けたことで、わからないことが10個に増えた感じです。でも、研究というのは本来そういうものだとも思っています。いままで疑問に思わなかったことを疑問に思えるようになったという幸せを感じています。
そして、三谷さんもおっしゃったように、今度は我々が次の世代につないでいく番なのかなと、最近よく思います。一方で、まだ我々のチームでしかできないこと、やりたいこともたくさんあります。三谷さんにはもう少し現役として頑張っていただいて(笑)、諸先生方から引き継いだバトンを、次の世代へつないでいけたらと思っています。
榎本:宇宙実験への一歩を踏み出す研究者の方が増えてほしいですね。宇宙実験が次世代の研究者にとってスタンダードな選択肢の一つになっていくことを願っています。本日はありがとうございました。
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プロフィール
国立研究開発法人産業技術総合研究所 生命工学領域 モレキュラーバイオシステム研究部門 研究部門長
独立行政法人産業技術総合研究所 生物機能工学研究部門 主任研究員、同 生物プロセス研究部門 主任研究員、同 生命工学領域 研究グループ長等を経て現職。ルシフェラーゼやルシフェリンを対象に、新規発光生物の探索から、その発光分子機構解明、発光機能の進化について研究を進める傍ら、これらの発光を担う分子を利用した各種検出技術開発に向けた研究も実施している。
JAXA 有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センター(JAXA PCG担当) 主任研究開発員
姫路工業大学理学部生命科学科卒業、兵庫県立大学大学院生命理学研究科生命科学専攻 博士後期課程修了。兵庫県立大学大学院生命理学研究科 客員教員(CREST)、大阪大学蛋白質研究所の特任研究員、兵庫県立大学大学院生命理学研究科 客員教員を経て、JAXA入社。有人宇宙ミッション本部 宇宙環境利用センターに配属、宇宙航空プロジェクト研究員として業務に従事した後、有人宇宙技術部門 きぼう利用センター(現 宇宙環境利用推進センター)研究開発員、現在に至る。
宇宙キャスター®/STEAM教育研究者
西日本放送を経てフリーアナウンサーへ転向し、2019年より宇宙キャスター®として活動を開始。文部科学省「国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会」委員や、JAXA 共創型研究開発プログラム「J-SPARC」ナビゲーター、一般社団法人そらビ 代表理事、日本宇宙少年団(YAC)東京日本橋分団 分団長を務める傍ら、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科にて、STEAM教育の研究を行っている。
※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA