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2026.10.15
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高品質タンパク質結晶が解き明かす、ウミホタルの発光の仕組み~構造解析の切り札となる宇宙実験<前編>

三谷恭雄(産業技術総合研究所)×木平清人(JAXA)×榎本麗美(宇宙キャスター®)
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生き物が自らの体で光をつくり出す「生物発光」は、古代から人々を魅了してきた現象です。しかし、その光がどのような仕組みで生まれるのかは、いまも解明されていない部分が数多く残されています。

国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟で行われた高品質タンパク質結晶生成実験「JAXA PCG」からは、こうした生物の謎に迫る研究の大きな成果が生まれています。

今回は、ウミホタルの発光酵素「ルシフェラーゼ」の立体構造解明に挑んできた産業技術総合研究所(産総研)の三谷恭雄研究部門長と、その宇宙実験を支えてきたJAXAの木平清人主任研究開発員に、10年にわたる研究の軌跡を聞きました。

前編では、生物発光の不思議、JAXAと産総研の共同研究の始まり、そして研究を阻んだ「3つの壁」についてお届けします。

ウミホタルはなぜ光る?
生物発光を生み出す、ルシフェリンとルシフェラーゼの謎

榎本:今日は、「きぼう」で行われている高品質タンパク質結晶生成実験と、生物発光研究についてお話を伺います。三谷先生は、生物発光の分子メカニズムを研究されているとのことですが、どのような研究なのですか。

三谷:生物発光とは、生き物が自ら光を生み出す現象のことです。ホタルなど身近な例も多く、非常に古くから知られています。一方で、その発光がどのようなメカニズムで起きているのかがわかってきたのは、20世紀に入ってからです。

私たちは、海や山などのフィールドで光る生物を採集するところから、その生物がどのように光を生み出しているのか、分子レベルのメカニズムを明らかにするところまでを研究しています。

今日、覚えておいていただきたいキーワードは、「ルシフェラーゼ」と「ルシフェリン」です。この2つが組み合わさり、生物発光が生じます。ただ、詳細な仕組みはわかっていないことばかりで、今日お話しするタンパク質の結晶構造が、その謎を解くカギの一つとなります。

産業技術総合研究所三谷恭雄 研究部門長

榎本:続いて木平さん、高品質タンパク質結晶生成実験「JAXA PCG」について、ご紹介いただけますか。

木平:JAXA PCGは、「きぼう」でタンパク質の結晶生成実験を行うプロジェクトです。ISSの微小重力環境では、液体の対流が抑制されるため、地上よりも分子配列の揃った、高品質な結晶が生成されることが期待できます。

私たちは、結晶構造解析を専門としない研究者でも実験に取り組めるよう、試料の性状評価といった地上での事前準備から、実験の実施、宇宙実験で得た結晶の回収、結晶構造の解析までを支援しています。

JAXA 木平清人 主任研究開発員

榎本:研究の詳しいお話の前に、実際に光る生き物を見せていただけるということですが……。

三谷:はい。今日はウミホタルが光る様子をご覧いただきます。これは乾燥させたウミホタルなのですが、水をかけてみてください。

榎本:うわー、すごい!!とてもきれいで幻想的です。三谷先生は、このウミホタルが光る仕組みを解明すべく研究されているのですね。なぜ、発光生物の研究を始められたのですか。

三谷:もともと私は大学院生の頃、発生生物学、つまり生き物が卵から成体になる過程を研究していました。産総研に入ってしばらくは別の研究をしていたのですが、2010年頃、同じく産総研の近江谷さんという研究者と出会ったことが、発光生物の研究を始めるきっかけになりました。
近江谷さんに誘われて、光るサメを採取するために、ノルウェーのフィヨルドまで行きました。

光るサメの採集のためノルウェーを訪れた際の三谷先生(左)と近江谷克裕先生(右)(写真提供:三谷恭雄先生)

榎本:ノルウェーまで!すごい行動力ですね。光るサメなんて生き物がいるのですか。

三谷:そうです。深海に近い水深200メートルほどの場所に生息するサメで、お腹側がうっすらと青く光ります。これは、下から見上げたときに周囲の環境光と同じ明るさになるように光を発することで、外敵から見つかりづらくし、身を守るためだと考えられています。

近江谷さんは新たな発光生物を見つけることが非常に得意な方で、世界中いろいろな場所へ、一緒に発光生物を探しに出かけました。非常にエネルギッシュな方だったのですが、残念ながら、2026年1月に急逝されてしまいました。そんな近江谷さんは、ノーベル化学賞を受賞された下村脩先生と親交があり、生前、「下村先生からの宿題として、発光生物の謎を解くことが自分のミッションだ」とよく語っていました。生物発光の世界でレジェンドだった近江谷さんのバトンを一人で受け継ぐことはとてもできませんが、私はフィールドで生物を探すという、バトンの一部を受け継いでいるのかなと感じています。

三谷先生と近江谷先生による、生物発光研究のインタビューはこちらの記事もご覧ください。

きっかけは「お隣同士」?
JAXAと産総研、ゼロからの共同研究

榎本:近江谷先生と三谷先生の研究は、JAXAと産総研の共同研究として進められています。どのような経緯で共同研究を始めることになったのですか。

三谷:実は、JAXAと産総研の敷地は、つくばで隣り合わせです。共同研究契約は2015年6月に結ばれたのですが、その前に、当時の両機関の理事長が会談し、「お隣同士なのだから何か一緒にできないか」という話になったそうです。それを聞いた近江谷さんが、宇宙空間での結晶構造解析の候補としてウミホタルを取り上げてはどうかと提案したのが最初のきっかけでした。

榎本:木平さん、宇宙実験をしてはどうかという提案の段階でJAXAが共同研究に取り組むのは珍しいケースなのでしょうか。

木平:そうですね。当時、PCGに取り組む方の大半は、自分で結晶構造解析ができる研究者で、私たちは安全に宇宙実験を実施するためのサポートをするのが基本的な役割でした。一方で、結晶構造の解析はできないけれどタンパク質結晶の宇宙実験をしたい、というニーズがあることは把握していて、試験的に対応していたのですが、結晶も何もないところから本格的に立ち上げたプロジェクトはこの共同研究が初めてです。

JAXAとしても、研究当初からウミホタルの発光タンパク質の結晶構造を解析する実力があったわけではなく、共同研究を通じたこの10年間で、技術やノウハウ、人材を整えてきました。いまでは結晶構造解析を専門としない方がユーザーであることは、ごく普通のことになっています。

宇宙キャスター® 榎本麗美氏

なぜ重要?発光の謎の解明にタンパク質結晶が必要な理由

榎本:そもそも、ウミホタルが光を発する仕組みの解明に、なぜタンパク質の結晶が必要なのですか。

三谷:ウミホタルの光は、発光酵素・ルシフェラーゼの中に発光基質・ルシフェリンが入り結合することで生じます。このルシフェラーゼの機能を知るためには、その立体的な構造を知る必要があるのです。構造がわかれば、ルシフェリンがどのようにルシフェラーゼの中に入り、どんな変化が起きて光るのか、そのヒントが得られます。酵素の精密な構造を知るために、結晶をつくり、構造を解析する必要があるのです。

榎本:ルシフェリンとルシフェラーゼの模型を見たお二人が、模型に空いた穴を見て盛り上がっていたのが印象的でした。

木平:構造がわかって初めて、ルシフェリンがどこからルシフェラーゼの中に入るのか検討できるようになります。それまでは、ルシフェリンとルシフェラーゼが結びつくと光るということしかわかっておらず、どうやって2つが結合し、発光反応が生じるのかがわかっていませんでした。

ウミホタルルシフェラーゼの分子模型
結晶構造がわかったからこのような模型ができたのですが、模型には、トンネルのような穴が2つ空いています。もしかするとこの穴が、ルシフェリンがルシフェラーゼに入るときの入口・出口ではないか、という議論ができるようになりました。そこが専門家として興奮するポイントです(笑)。
簡単そうに聞こえる結晶化の実現ですが、実は長年にわたるさまざまな困難がありました。
右手にウミホタルルシフェラーゼを、左手に発光基質ルシフェリンを持ち、発光の仕組みを説明する三谷先生

邪魔な糖鎖をどう取り除く?
結晶生成を阻む、「酵素設計の壁」

榎本:長年の困難として、3つの壁があったとお聞きしています。1つ目は、「結晶化に適した酵素設計の壁」ということですが、どういうことですか。

三谷:いまお見せした模型は、実際にウミホタルがつくるルシフェラーゼ、「CLuc(シールック)※」より単純化されています。
実際のCLucには、糖が連なった糖鎖というものが付いているのですが、これがあると分子の形が不均一になり、結晶化が難しくなるのです。

※CLuc(Cypridina Luciferase):ウミホタル由来ルシフェラーゼ

榎本:入口に糖鎖が付いていたりすると、ルシフェリンが入りづらくなる気がするのですが、どうなのでしょうか。

三谷:いい質問ですね(笑)。

木平:とても重要な疑問です。まさに同じ疑問を、私たちも感じたのです。

三谷:糖鎖のせいで結晶ができにくいのなら、取ってしまえばいいのではないかと考えました。でも、私たちは糖鎖の専門家ではありません。困っていたところに、近江谷さんがどこからか糖鎖分析の専門家を連れてきてくださいました(笑)。そこで、糖鎖の構造を詳しく調べたところ、切り離しても発光酵素として機能することが確認でき、糖鎖を除いたCLucを使って結晶を生成することにしました。

木平:何かの意味があるから糖鎖が付いているのだろうと考えるのが自然ですが、実は、誰もそれを正確に調べていませんでした。

三谷:これはこれで非常に重要な意味をもつ研究になり、一つの論文※として成果をまとめることもできました。

※関連論文:Host-Dependent Producibility of Recombinant Cypridina noctiluca Luciferase With Glycosylation Defects (Front. Bioeng. Biotechnol., 2022)

酵素が高価で研究中止!?
「コストの壁」を乗り越えろ

榎本:糖鎖の問題が解決した後の壁は「コストの壁」ということですが、こちらは何が問題になったのですか。

三谷:いまお話ししたように、どんな糖鎖が付いているかが分析でわかりました。CLucは光を出す酵素ですが、糖鎖を切る酵素というのもあり、それでCLucの糖鎖が切れることも確認できました。
ですから、結晶をつくるために必要なタンパク質を準備するときには、その酵素もたくさん必要になりますね。
榎本さん、結晶をつくるためにタンパク質が「たくさん」必要だと言いましたが、どのくらいの量だと思いますか?

榎本:……う〜ん、まったく想像がつきません。

三谷:わずか1ミリグラムです。

榎本:あれ? ほんのちょっとですね。

三谷:日常生活だと、意識しないくらいの重さですよね。 構造解析ができる量の結晶をつくるには、約1ミリグラムのCLucが必要なのですが、結晶をつくるためには糖鎖を切るための酵素も大量に必要で、1ミリグラムのCLucの糖鎖を切断する酵素を買うのに、数百万円かかります。

非常にコストがかかるので、当初考えていたやり方は断念し、最初から糖鎖がつかないように工夫したCLucをカイコにつくらせる方法も考えましたが、これもやはりコストがかかりました。最終的に、哺乳類の培養細胞が使えないかと考えました。

木平:当時、JAXAにも産総研にも哺乳類細胞を扱う設備や技術はありませんでした。この方法もあの方法も難しい。残るは哺乳類の培養細胞を使う方法しかないが、設備やノウハウはない……。

榎本:ものすごい大きな壁が来ましたね。

木平:はい。設備も技術もないけれど、もうこれしか方法がない。緊張しながら近江谷さんに説明したのですが、「やろうよ」と即断してくださって。哺乳類細胞を扱える方と場所を探し、教えてもらいながら少しずつ設備を整えていき、いまではJAXAに専用の培養室ができるまでになりました。

結果として、コストは数百分の一まで下げることができ、1ミリグラムあたり数万円レベルまで抑えられるようになりました。この壁を越えられなければ、研究はそこで止まっていたと思います。

榎本:かなり安くできるようになったのですね。
この壁を乗り越えられなかったら研究が止まってしまうかもしれないというタイミングで、近江谷先生が背中を押してくださったところは、やっぱり先生らしいな、と感じました。

結晶ができたのに、構造が解けない!
「構造解析の壁」に挑むため、最後の手段へ

榎本:大いなる壁をクリアしましたが、また壁が立ちはだかるんですよね。3つ目、「構造解析の壁」とはどのようなものだったのでしょうか。

木平:コストの壁を越え、ようやく結晶化条件を探索できるようになったのですが、結晶化する条件は事前にはわからず、多くの条件を試しながら探すしかありません。そのためタンパク質がたくさん必要となります。

きっと苦労するだろうと思っていたのですが、最初の結晶(下図の一番左)は数か月で出ました。ラッキーだったなと思います。ただし、これは結晶の専門家でないと結晶だとはわからないような見た目のものでした。だから、三谷さんたちにご報告したときもリアクションは薄かったですね(笑)。

榎本:そうだったのですか?

三谷:「ど、どれ?」って感じですよね。

地上での結晶生成の推移。
左から右に向かって徐々に結晶らしい結晶になっていることがわかる(Image by JAXA)

木平:一般的な「結晶」のイメージとは違いますよね。結局、結晶の専門家でない人の目にも「結晶だ」とわかるもの(上図の一番右)が出るまでに2年かかりました。

ここまでで、共同研究の開始から約6年かかっています。そして、地上でできる限りの探索を尽くしてつくった結晶でも、構造は解けませんでした。あともう一段階、結晶の品質を上げる必要があったのです。そこで、宇宙実験を行うしかない、ということになりました。

関連リンク

#KiboXtalk vol.05 宇宙実験で解き明かす”光る生命”の謎(JAXA PCGと生物発光研究)

プロフィール

三谷恭雄(みたに・やすお)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 生命工学領域 モレキュラーバイオシステム研究部門 研究部門長

独立行政法人産業技術総合研究所 生物機能工学研究部門 主任研究員、同 生物プロセス研究部門 主任研究員、同 生命工学領域 研究グループ長等を経て現職。ルシフェラーゼやルシフェリンを対象に、新規発光生物の探索から、その発光分子機構解明、発光機能の進化について研究を進める傍ら、これらの発光を担う分子を利用した各種検出技術開発に向けた研究も実施している。

木平清人(きひら・きよひと)
JAXA 有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センター(JAXA PCG担当) 主任研究開発員

姫路工業大学理学部生命科学科卒業、兵庫県立大学大学院生命理学研究科生命科学専攻 博士後期課程修了。兵庫県立大学大学院生命理学研究科 客員教員(CREST)、大阪大学蛋白質研究所の特任研究員、兵庫県立大学大学院生命理学研究科 客員教員を経て、JAXA入社。有人宇宙ミッション本部 宇宙環境利用センターに配属、宇宙航空プロジェクト研究員として業務に従事した後、有人宇宙技術部門 きぼう利用センター(現 宇宙環境利用推進センター)研究開発員、現在に至る。

榎本麗美(えのもと・れみ)
宇宙キャスター®/STEAM教育研究者

西日本放送を経てフリーアナウンサーへ転向し、2019年より宇宙キャスター®として活動を開始。文部科学省「国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会」委員や、JAXA 共創型研究開発プログラム「J-SPARC」ナビゲーター、一般社団法人そらビ 代表理事、日本宇宙少年団(YAC)東京日本橋分団 分団長を務める傍ら、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科にて、STEAM教育の研究を行っている。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA