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2022.03.31
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地上では難しいガラスの研究が静電浮遊炉(ELF)で大きく前進! ~チャレンジングな研究計画を提案しよう~

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 主席研究員
小原真司
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ガラスは多様な用途に利用され、いっそうの機能向上が求められています。しかし、ガラスは、結晶のように原子が規則正しく配列しているわけではありません。そのため、原子の配列から機能を推定したり、配列の制御による新たな機能を付加したりすることは難しいと言われてきました。物質材料研究機構の小原真司主席研究員らは、様々な酸化物の構造や、物質がガラス化するメカニズムの解明を進めています。その一環として2020年2月、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟に設置された静電浮遊炉(ELF)を利用した実験を行いました。どのような実験を行い、どんな成果が得られたのかについて小原研究員にお聞きしました。

原子が不規則に並ぶガラスの機能研究は難しい

Q:「きぼう」の静電浮遊炉(ELFElectrostatic Levitation Furnace)を使った実験を行われましたが、そもそものご専門はどのような研究領域ですか?

小原:物質には固体、液体、気体の三態があることはご存じと思います。液体だった物質が融点より温度が低くなると固体になるのですが、その際、物質を構成する原子が規則正しく並ぶと結晶になります。これに対して無秩序に並ぶと、アモルファスと呼ばれる固体になります。身近なガラスもアモルファスの一種なので、ガラスを形づくる原子の並び方には一見、規則性がありません(図1)。それ故に、原子の配列を通じてガラスの機能を理解することができないため、一般にガラスの研究は難しいと言われています。

私は、X線や中性子といった量子ビームを、ガラスになる試料、ガラスにならない試料に照射し、散乱した光を詳しく調べることにより、物質がガラスになるメカニズムの解明を進めています。さらに、物質の構造を制御することで、これまでにない機能を持つガラスを開発しようと取り組んでいます。

図1:結晶とガラス(アモルファス)の原子の配列 ⒸNIMS

Q:どのような理由から「きぼう」のELFを利用することになったのですか?

小原:ガラスの構造を明らかにしようとすると、試料を加熱し液体にして、その構造を調べることになります。ただし私が研究している酸化アルミニウム(Al2O3)、二酸化ジルコニウム(ZrO2)などの酸化物は非常に融点が高く、液体になるほど温度を上げていくと、試料よりも先に容器が溶けて実験ができなくなってしまいます。

たとえ高温にも耐えられる容器を用いたとしても、冷却時には試料と容器の界面から結晶化してしまうという問題があります。単一の成分ではガラスにならない物質でも、別の物質と混ぜることでガラスになるものもあります。こうした場合、容器との界面から結晶化が進むようでは、ガラス化させることが難しくなるので、容器を用いずに液体にする必要がありました。

Q:「きぼう」のELFでは試料を浮かせて溶融できますが、ELFを利用される前は、地上でどのような方法で実験されていたのですか?

小原:ガス浮遊炉と呼ばれる装置を用いて実験を行っていました(図2)。ノズルから噴出させたガスで試料を浮かせ、レーザー照射による加熱で溶かした後、冷却してガラス化させるのですが、ガス浮遊炉では試料の密度の測定が困難なのです。浮遊炉で溶かした試料の密度は、溶けた試料が球体になった時に撮影して、その画像から割り出した体積と別に測定した質量から密度を算出します。ところが、ガス浮遊炉の場合、試料に吹き付けるガスの影響で真球にはなりにくく、正確な密度を計算することができないのです。そこが、悩みでした。

また、ガスを噴き出して浮かせるといっても、お日様が水平線から顔を出すように、ノズルの上に少しだけ浮いているため、実験中に試料全体を観察することができません。その点、ELFは静電気によって試料を浮かせるので、ほぼ真球と言える球になりますし、チャンバー内でぷかぷか浮いているので、実験中に試料全体を観察できます。というわけで、地上で使うガス浮遊炉よりも良いデータが得られると期待されることから、ELFを利用することにしました。

図2:地上のガス浮遊炉で溶けている試料。球体の試料の直径は約2mm Ⓒ弘前大学

他のガラスにならない物質には見られない特異な構造を発見

Q ELFのことを知り、JAXAに研究計画を提案されることになった経緯をお話しいただけますか?

小原:私は以前、兵庫県にある大型放射光施設のSPring-8を運用する高輝度光科学研究センターに所属していました。2000年代には、ガス浮遊炉などで浮かせた試料を溶融し、その構造や物性を調べる研究が流行したことがありました。当時、JAXAの皆さんもSPring-8で実験されていたので、その頃から交流するようになりました。ただし、JAXAの皆さんが実験に使われていたのは静電浮遊炉(ELF)だったため、私とは関係ないと考えていました。

Q:その後、宇宙のELFを利用されたわけですが、地上のELFでは目的に叶う実験ができないのですか?

小原:地上の1Gの重力下では、小さな試料でも浮かせるのに大きな力が必要となり、地上のELFで浮かせられるのは高電圧をかけられる金属に限られます。私が研究しているのは酸化物ですから、ELFでは実験できないと考えていたのです。その後、「きぼう」にELFを設置することが決まり、その利用への応募を打診されました。詳しく聞いてみると微小重力環境だと、表面が帯電させられれば浮かせられるというので、チャンスと思い研究計画を提案させていただきました。

Q:「きぼう」のELFを用いてどのような実験をなさったのですか?

小原:簡潔に言うと、ISSの微小重力環境で、高温の液体の密度や粘性を測定する実験に取り組みました。しかし、研究は宇宙だけで完結するわけではありません。地上に試料を回収して原子の並び方を調べました。さらにコンピュータシミュレーションや人工知能の助けを借りて、原子の並び方と粘性の関係を予測することも目指しました。

一例を挙げると、酸化エルビウムの実験(図3)では興味深い成果が得られました。ガラスになりにくい酸化物の中でも、酸化アルミニウム(Al2O3)や二酸化ジルコニウム(ZrO2)は比較的研究されてきたのですが、酸化エルビウム(Er2O3)はほとんど研究されていませんでした。そこで宇宙のELFだけでなく、地上のガス浮遊炉でも実験を行い、SPring-8で構造解析した結果、酸化エルビウムの超高温時の密度と構造の計測に成功しました。

図3:「きぼう」のELF中の酸化エルビウム(発表論文から引用(一部改変))

Q:一連の研究でどのような成果が得られたのでしょうか?

小原:酸化エルビウムの前に、広く利用されているシリカガラスの構造について紹介しておきましょう。シリカ(二酸化ケイ素SiO2)ガラスは、ケイ素(Si)の周囲に酸素原子(O)が4つあり、酸素を頂点とした正四面体の構造になっています。そして、頂点の酸素がつながる頂点共有によってネットワークを形成しています(図4)。

物質がガラスになりやすいかどうかは、分子の多面体の共有が、シリカガラスのように頂点で共有する頂点共有なのか、稜(線)で共有する稜共有なのか、面で共有する面共有なのかによって、決まるとされています。ほぼ100%頂点共有のシリカは、ガラスになりやすい物質と言えます。これに対して今回、酸化エルビウムの3次元構造モデルを、コンピュータシミュレーションにより構築したところ、頂点共有だけでなく、稜共有や面共有でもネットワークをつくっていることがわかりました。酸化エルビウムの液体に、図4に示したような歪んだ構造を発見することができたのです。この構造は、酸化アルミニウムや酸化ジルコニウムなどの、ガラスにならない超高温の酸化物でも見られないものです。(図5)。

図4:シリカガラスのネットワーク構造 ⒸNIMS
図5:酸化エルビウムの液体に存在する歪んだ構造(歪んだOEr4クラスター)の図 (発表論文から引用(一部改変))

液体が固化する研究は、地球の内部構造理解にもつながる

Q:研究成果は、今後どのように活かされるのでしょうか?

小原:酸化エルビウムの研究成果を含め、ガラスにならない物質の構造が徐々に明らかになりつつあります。これらの知見は、実用ガラスの性能向上に活かせると期待しています。例えば、稜共有を操作することができると、ガラスの機能を操れそうです。その可能性が徐々に見えてきているので、今後、高性能のガラスを開発できるようになるでしょう。

Q:どんな性能を持ったガラスの開発が期待できそうですか?

小原:スマートフォンを落として、カバーガラスを割ってしまった人は少なくないでしょう。そのため高強度のガラスが求められていますが、硬くするだけでは割れやすくなります。でも、ガラスの構造を操作することによって硬いだけでなく、割れにくいカバーガラスを開発できるかもしれません。

Q:研究成果の社会還元にも、期待が高まります。分野を超えた研究には、どのような波及効果が考えられますか?

小原:「なぜガラスはできるのか?」という根本的な問いがあります。その答えをもたらす液体が固体になる過程の研究は、地球が現在のような構造になった理由を解き明かすことにもつながると思います。月の起源は、小惑星が地球に衝突した際、一部がちぎれて月になったとする「ジャイアント・インパクト説」が有力とされています。その際の衝撃により、地球はドロドロに溶けたマグマの海(マグマ・オーシャン)に覆われ、時間の経過とともに冷えて、核(コア)の上に下部マントル、上部マントル、地殻が重なる、今ある地球の構造を形成していきました(図6)。ただし、マグマ・オーシャンから固化していく過程はほとんど明らかになっていません。したがって、液体が固化していく過程の研究は、地球の成り立ちを理解する上でも重要な知見をもたらしてくれるでしょう。

地球の内部は高温に加え超高圧の環境ですから、ELFなどの実験結果をそのまま流用することはできません。とはいえ、液体が固化する過程のデータがもっと蓄積できれば、コンピュータシミュレーションにより高圧な環境下でどんなことが起こるのかを推測できるはずです。地球科学の研究に貢献するためも、実験データを増やしていかなければなりません。

図6:初期の地球で起きた層構造の形成過程 ⒸNIMS

Q:ここまで数多くの研究成果をうかがってきました。ところで、実験は当初からずっと順調だったのですか?

小原:
いえいえ、そんなことはありません。最初は試料を浮かせることができず、せめて密度だけでも測定できればいいと願ったぐらいでした。ところが、JAXAの皆さんが懸命にELFを調整してくださるうちに希望が見えはじめ、日を追うごとに有用なデータが得られるようになっていきました。最終的には、予想以上の成果が得られ、たいへん感謝しています。

Q:最後に、近い将来、「きぼう」を利用するかもしれない研究者にメッセージをお願いします。

小原:
地上での実験と異なり、宇宙実験に様々な制約があるのは事実です。宇宙実験だからこその難しさもあり、「成功するのか?」と心配になるかもしれません。でも、実際にELFを利用してみて、JAXAの皆さんの働きぶりを目の当たりにした今では、たとえ困難があっても必ず克服してくれると思っています。ですから、成功しないかもしれないと無難な目標を考えるのではなく、チャレンジングな研究を提案していただきたいと思います。

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プロフィール

小原真司(こはら しんじ)
国立研究開発法人 物質・材料研究機構 先端材料解析研究拠点 光・量子ビーム応用分野 主席研究員

1998年、東京理科大学理工学研究科工業化学専攻博士課程修了。1998年〜2001年(財)高輝度光科学研究センター協力研究員、2001年〜2003年同研究員、2003年〜2011年同副主幹研究員、2011年〜2015年同主幹研究員を経て、2015年より物質・材料研究機構の主幹研究員。2021年より現職。20202021年スイス連邦工科大学チューリッヒ校客員教授。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA