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2023.12.20
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宇宙で新鮮な野菜を食べる ―竹中工務店が描く、人が暮らす場としての快適な宇宙空間の創造

株式会社竹中工務店 常務執行役員
技術・デジタル統括 技術開発・研究開発・構造設計担当
村上陸太
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日本を代表する大手建設会社の一つとして、特にホテルや美術館など、人の心が潤う空間づくりを得意とする株式会社竹中工務店。同社は2021年にキリンホールディングス株式会社・千葉大学・東京理科大学と共同で国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟を活用した、宇宙でレタス栽培を行う実証実験を実施し、密閉された袋の中でレタスが育つことを実証しました。

建設会社がなぜ、宇宙でレタスを育てたのか?

その背景には、建設会社としてつくるべきは、宇宙で人が快適に過ごすことができる「空間」である、という想いがあったといいます。「きぼう」での取り組みを主導した、常務執行役員の村上陸太氏にお話を伺いました。

「空間づくりのプロ」として、人が快適に暮らす宇宙空間の姿を描く

Q:竹中工務店は、1990年代から宇宙開発研究を進めてこられたそうですね。

村上:日本の大手建設会社では1990年代、各社が宇宙に向けた研究開発に取り組み始めましたが、その頃は各社とも「宇宙基地をつくる」といった構造物系の方向性を打ち出していました。

ですが、その中で当社は建築・設計などの空間づくりに強みがあります。そこで、宇宙基地のような土木構造物というより、我々の強みである「空間の中の人の生活」という方向から取り組むべきだと考えるようになりました。 我々は設計・施工で概念を作り上げるような建築が得意です。ただ建物を作るのではなく、人の生活空間を建築という手段で提供することが我々の仕事なのです。

そこで、宇宙での長期滞在において高いQoL(Quality of Life:生活の質)で暮らせる場を提供することを目標に、安全・機能的・快適な宇宙建築の検討を行ってきました。例えば、私たちはホテルを設計する際に、ただ食べるだけのレストランにするのではなく、食べる楽しさや雰囲気なども含めた提案をします。宇宙であっても、快適な空間を提供する一環として、「食」にしっかり向き合わないといけないのです。

地上の植物工場プロジェクトを宇宙空間にもっていく?

Q:当初から宇宙での植物栽培、宇宙農場のような構想をもっていたのでしょうか。

村上:実はそうではありません。

建築における新技術・新工法の開発やイノベーション創出に取り組んでいる竹中技術研究所では、現場で発生する課題や、未来に向けた独自のテーマなど、建築・設計に関してさまざまな研究を進めています。その中で、廃校になった学校の校舎や空き倉庫などを植物工場にできないかというテーマがありました。これは現業で需要のあることでもあるので、いろいろな技術を試していました。

その関連で、植物工場で有用物質を作る研究にも関わっていまして、宇宙とは別に、袋型培養槽技術の開発者であるキリンホールディングス社や大学との研究に参画していました。徐々に宇宙開発に対する関心が高まっていた時期でもあったので、この技術は宇宙にももっていけるのではないかという話になり、JAXAの宇宙探査イノベーションハブによる公募に応募したところ、採択されたのです。

もともと宇宙空間で野菜をつくろうと考えていたのではありませんでした。地上での需要に応えるためにいろいろな技術を試しているうちに、これは宇宙にもっていけるのでは? ということになったのです。

月面農場のイメージ模型。中央下、紫色の建物が月面の地下にある植物工場だ
※宇宙探査イノベーションハブ:我が国の産業界や大学とともに共同研究を通じて、月・火星のような重力天体での探査活動に資する技術の創出を、地上における技術課題解決と融合させて革新的な技術の開発を行い、得られた成果を、宇宙利用のみならず地上で社会実装すること(Dual Utilization)を目的とした取り組み
キリンホールディングス社が開発した袋型培養槽技術を活用した植物工場の研究が月面宇宙農場研究の発端となり、「きぼう」での実証実験にまでつながった

Q:宇宙探査イノベーションハブの取り組みでは、キリンホールディングスのほか、千葉大学、東京理科大学とも共同で研究を進めていますね。

村上:まずはキリンホールディングス社と研究を始めることになったのですが、やはり宇宙での生活というものをある程度イメージした方がよいということで、東京理科大にいらっしゃる、元宇宙飛行士の向井千秋先生と、植物栽培の専門家でJAXAの月面農場ワーキンググループ主査の千葉大学大学院園芸学研究院の後藤英司先生にご指導いただき、キリンホールディングス、千葉大、東京理科大、竹中工務店の4者で「袋培養技術を活用した病虫害フリーでかつ緊急時バックアップも可能な農場システムの研究」という研究をスタートすることになりました。

Q:宇宙農場の実現に向けた実証として「きぼう」を利用されましたが、その経緯を教えてください。

村上:宇宙探査イノベーションハブでの研究は月面を想定していたのですが、JAXA担当者との議論の中で、密閉栽培で特別な栽培システムを必要としないこの仕組みは、軌道上での栽培にも適しているのではないかという発想が出てきました。そこで「きぼう」で実験させていただくことになったのです。実際に無重力の環境で実証ができるとは思っていなかったので、とても嬉しいことでした。

ハードルが高いほど燃える! 研究所メンバーの試行錯誤の数々

Q:宇宙農場の手始めとしてレタスの袋栽培に取り組むことになったわけですが、開発で難しかった点はどこですか。

村上:もともと、ある程度の広さのある工場でやろうと思っていた栽培キットをロケットに積んで宇宙にもっていくために、軽くてコンパクトにせねばならず、またISSで簡単に組み立てられるようにしなければなりませんでした。
ISSでは宇宙飛行士に作業をしていただくので、作業手順を簡単に分かりやすくする工夫も求められました。地上の環境と異なるため想定外のこともたくさんあり、「きぼう」のメンバーの方々と何度も打ち合わせをし、いろいろアドバイスもいただきながら、何とかまとめたという感じです。

Q:「想定外のこと」とはどのようなことでしょうか。

村上:ハザード対応という、火災やカビの発生、圧の変化への対応などですね。軽量・コンパクトにしつつ、こうしたリスクに対応するのは、想像を超えた難しさがありました。また、ハザード対策を完璧にするとどんどん重厚になってしまうので、どこで折り合いをつけるかも重要です。そこはJAXAにもアドバイスをいただきながら落としどころを見つけていきました。また、ISSでは日本だけでなく海外のレギュレーションへの対応も必要で、その辺りもサポートいただきました。

「きぼう」での実験のために軽量・コンパクト化を図った栽培キット。ボックスの表側(写真左)に貼り付けられた袋の内にレタス種子が埋め込まれた不織布が入っており、ボックス内(写真右)に設置されたシリンジ・チューブを通じて宇宙飛行士の手により栽培用の溶液が送られる

村上:このプロジェクトには2年ほどかかりました。当初は打上げのスケジュールは決まっていなかったのですが、星出彰彦宇宙飛行士がISSに行くことになり、それに合わせて実験用の栽培キットを完成させることになりました。輸出の検査や発送期日など、だんだん決まっていくスケジュールに追われながらも開発を進めました。

我々研究所のメンバーは、説明書通りに作るより、ゼロからものをつくることの方が好きな人間ばかりです。想像以上にさまざまなリスクの内容を理解し、それに短期間で対応しなければいけませんでしたが、「やるしかないだろう」という意気込みで取り組みました。

成功を目指しつつも失敗を恐れない、実証の成果は地上にも還元

Q:ISSでの実証実験では、3つの袋の中で無事レタスが発芽し、育ちました。この成果をどう見ていらっしゃいますか。

村上:期待以上の成果でした。3つのうちの1つでも芽が出ればいいかなと思っていたのですが、3つともちゃんと発芽し、育っていました。もちろん、検討・準備を万全にしていましたから、全部失敗するとは考えていませんでしたが、あそこまでうまくいくとは思っていなかったです。
欲を言えば、2つ育っていて1つ枯れていたらよかったかもしれません。その方が、次への課題、工夫のしどころがありますから。

これは、失敗を許容しているということではないんです。ただ、技術開発をするなかで当然失敗は起こります。どうなるか分からないから実験をする。そして失敗や予測との違いがあればそれを活かす。全部成功するのは、実は少し困るところもあるかもしれません。

「きぼう」での実証実験で育てられたレタス(左:収穫前、右:地上回収前)(Image by 竹中工務店)

Q:失敗があったとしても、それは改善や課題解決のヒントになりますね。

村上:そうですね。その点では、実際に「きぼう」で実験をしていただいた星出宇宙飛行士と直接ディスカッションする機会があるとよかったなと感じました。栽培キットは使いやすかったか、操作のうえで何か問題はなかったか。開発者の視点からすると、ユーザーの生の声というのは本当に重要です。今回の実証実験では、通信の都合で直接お話することができませんでしたから、今後は実験について直接ISSとつないでディスカッションできる機会があったらありがたいと思います。

Q:今回のレタス栽培の成功は、今後どのような取り組みに広がっていくでしょうか。

村上:宇宙空間での植物栽培は30年以上前から各所で研究されていますが、我々が行った袋栽培はそれを補完するような位置づけです。病害フリーという、病気が出にくい状態で野菜を作ることができるので、より品質のよい野菜の生産や、生産性向上などに貢献できると考えています。

また、竹中工務店では、東京の大手町と新橋、大阪のグランフロント、シンガポールにオープンイノベーション拠点を設けており、今回の実証を含めてさまざまな取り組みを発信しています。そうすることで、外部からいろいろな知見・専門知識をもった方々が集まってくるのです。宇宙でのパフォーマンスを上げる「匂い」について知見を教えてくれる方がいましたし、今後、「食」の観点では宇宙での培養肉製造の研究なども進めたいと考えているところです。

ステーキを食べ、ビールが飲める ―宇宙での生活空間づくりを目指して

Q:今回の実証実験を経て、今後はどのようなことに取り組まれる予定でしょうか。

村上:私たちは宇宙空間でレタスだけを作りたいのではありません。快適な、便利な空間を提供するために、レタスという手段が必要だっただけなので、これからも快適に宇宙空間を過ごしていただける空間をつくるという技術にフォーカスを当てていきたいと思っています。

竹中工務店では、今年から「宇宙建築タスクフォース(TSX:TAKENAKA SPACE EXPLORATION)」が立ち上がり、本格始動しました。現在、15名ほどが活動しています。快適な空間とは何か、その空間を宇宙でどうつくっていけばよいのか。タスクフォースのメンバーには「快適な空間の中の食の位置づけ」をもっと掘り下げてもらわないといけないと思っています。

また、今回、ISSという水資源の限られた環境でのレタス栽培が成功したことは、地上で、砂漠の真ん中のような場所であっても野菜ができる可能性につながったと考えています。 私自身は、レタスの次はステーキ、そしてビールを加えた食を実現できればいいなと考えています(笑)。無機質で機械的な空間で、袋や缶に入った食事を摂るのでは味気ないでしょう。新鮮な野菜や美味しいお肉など、快適・便利・安全な空間を提供するときに、「食」の要素は非常に大切だと思っています。

Q:最後に、「きぼう」の活用に関心をもつ企業や研究者の方などに向けて、メッセージをお願いします。

村上:「きぼう」は宇宙空間で実証実験ができるという貴重な場なので、宇宙でこんなことができるのではないかというアイデアがある方は、ぜひ挑戦してほしいと思います。今後、ISSで実際に実験をしてくださる宇宙飛行士ともっと踏み込んだディスカッションを継続してできるようになることも期待しています。

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プロフィール

村上陸太(むらかみ・りくた)
株式会社竹中工務店 常務執行役員
技術・デジタル統括 技術開発・研究開発・構造設計担当

83年京都大学大学院修了。同年竹中工務店入社。大阪本店設計部構造課、USJ第3工区設計室、大阪本店設計部構造部門を経て、2012年大阪本店設計部構造部長。16年本社技術本部本部長。18年執行役員技術本部長。現在は技術・デジタル統括として技術開発・研究開発・構造設計までを管掌する。主な構造設計作品に、海遊館、ユニバーサルスタジオジャパン、六甲の集合住宅Ⅱ、大阪文化館・天保山(旧 サントリーミュージアム天保山)等。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA