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2023.09.21
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「きぼう」の活用で見えてきた、木造人工衛星の実現と宇宙での木材利用の可能性

京都大学大学院 農学研究科 森林科学専攻 教授
村田功二
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木で作った人工衛星を打ち上げる―― このニュースを耳にして驚いた方も多くいるのではないでしょうか。地上では非常に身近な素材である木材。一見、宇宙とは縁遠いものに感じますが、実は木材は、一般的に人工衛星に用いられるアルミ等の金属に比較しても遜色ない比強度(重さ当たりの強度)があり、宇宙でも活用できる可能性が大いにある素材だといいます。

木造人工衛星の打上げ実現に向け、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟で衛星に用いる木材候補の宇宙空間での曝露実験を行った、京都大学大学院の村田功二先生に、木造人工衛星プロジェクトの経緯や曝露実験までの道のりとそこで得た知見、今後の展望についてお話を伺いました。

月面に木の家を建てる ―1通のメールから始まったプロジェクト

Q:多くのニュースで取り上げられ話題となった木造人工衛星の開発・打上げ計画ですが、このプロジェクトはどのような経緯で始まったのですか?

村田:2016年、JAXA宇宙飛行士として活躍された土井隆雄先生が京都大学に赴任されました。土井先生は現在、大学で「有人宇宙学」という講義を担当されていますが、宇宙で人類が社会を形成していくためには工学的なものから人間社会学的なものまで、さまざまな側面の研究や技術開発が必要です。その中の一つとして、土井先生は宇宙で木を育てて使うことができないかと考えられたのです。

木材の一番の特徴は、きちんと育てれば循環的に再生・活用できる資源だという点です。宇宙で人類が暮らしていくためには資源の問題は避けて通れません。一つの解決策として、宇宙で木を育て、それを再生可能資源として使えないか、という考えですね。土井先生のこうした構想があり、先生が赴任された翌年、木材の物性物理を研究していた私に声がかかったのです。

Q:先生のご専門である木材の物性物理とは、どのような分野ですか?

村田:木材の壊れにくさや熱的な特性、水分との関係といった物理的特性と、その利用方法が私の専門分野です。最近では、いかに未利用木材の付加価値を高くして里や山に還元していくかを研究しています。

Q:もともと、宇宙とは無縁だった中で声がかかったのですね。

村田:最初、土井先生からメールで「月面で木の家を建てたい」とご連絡いただきました。実は、メールを見たときは「かなり難しい、実現は無理なのではないか」とも感じたのですが、私としても、木材研究の新たな分野ができることになるのではないかと魅力を感じました。そして、「面白そうなので、ご協力します」とお返事したのです。

Q:月面に木の家を建てるとは壮大な構想ですが、どのように検討を始めたのですか。

村田:私は宇宙について素人ですし、土井先生も木材のことはご存知ありませんでした。そこで1年ほど、毎週1回勉強会を行い、土井先生の専門である真空工学や、木材分野の話題として植物の生育、光合成や呼吸のメカニズムといった双方の領域を学び合いました。

その過程で、超小型の人工衛星・CubeSat(キューブサット)を木で作れるのではないかという話が持ち上がったのです。月に家を建てる前に、木が宇宙でも使える素材なのかを検証しなければいけません。CubeSatは10センチほどの小さい立方体の人工衛星ですから、これならできるのではないかということになり、木造のCubeSat製作に向けた検討を始めました。

宇宙空間で真価を発揮する? 木材の秘められた可能性

Q:一般的に、CubeSatを含めた人工衛星にはアルミが用いられますが、この時点で木をどのように使うか、イメージはありましたか。

村田:20世紀初頭、航空機は木製でした。それがアルミに置き換わり、さらにジュラルミンに置き換わりました。実は、木材はアルミと重さ当たりでは同等の強度をもっています。ただ、材質にバラツキや狂いがあり飛行機のような大きさの構造物では設計が難しい点、また、腐ってしまうことが弱点で金属に置き換わっていったのです。

ですが、宇宙空間には水分も空気もありません。したがって腐ったり燃えたりすることがないのです。昔、木製の飛行機の弱点だったものが、宇宙では弱点でなくなるわけです。「これは可能性があるな」と思いました。木は、使い方次第でアルミに匹敵する素材なのです。

Q:木造人工衛星打上げに向けた検証のため、ISSの「きぼう」を活用することになったわけですが、「きぼう」の活用はどのようにして知ったのですか。

村田:土井先生が以前、国連宇宙部(UNOOSA)に所属していたときに実験装置の製作などでお付き合いのあった企業に相談したところ、日本の宇宙ベンチャー・Space BD株式会社がCubeSat打上げの支援業務を行っていると紹介いただきました。※1

そこでSpace BD社に話を聞き、CubeSat打上げに必要な実験や手続きについてなどの情報を集めていく中で、「きぼう」船外の実験スペースに試料を設置し、宇宙空間に曝された状態で耐久性を調べる実験※2があることを知りました。衛星の打上げ前に、CubeSatに用いる木材の候補を宇宙空間に曝露し、どのような変化が起こるか確認するため、これを活用しようということになったのです。※3

※1:「きぼう」からの超小型衛星放出サービスは、Space BD株式会社及び三井物産エアロスペース株式会社の2社から提供されています。
※2:「きぼう」船外実験プラットフォームに設置する中型曝露実験アダプタ(i-SEEP)、及びi-SEEPの機能を拡張する簡易材料曝露実験ブランケット(ExBAS)を利用した実験サービスは、民間事業者であるSpaceBD株式会社から提供されています。
※3:村田先生の実験は、Space BD株式会社が実施しているスペースデリバリープロジェクトにおいて行われました。このプロジェクトはExBASを活用した船外実験サービスで、実験試料の安全審査・打上げ・地上回収までのさまざまなサポートが含まれています。

Q:「きぼう」を活用できることを知り、どのような感想をもたれましたか。

村田:私自身は宇宙を専門としていないので、遠い世界だと思っていたのですが、今回私たちが計画した曝露実験について言えば、意外に身近だなという感想です。打上げ支援によって考えていたより手軽に実施できそうなことがわかり、これはやってみたいなと感じました。

試験体を「きぼう」へ打上げ、初めての実験でもスムーズに

Q:どのような曝露実験を行いましたか。

村田:まず、試験体の木材はホオノキ、ヤマザクラ、ダケカンバの3種類としました。そのうえで、試験体の確保、試験体をExBASに固定する装置や治具、金具の作製などを進めました。2021年1月に試験体をJAXAに引き渡し、ISSに到着後、2022年3月にExBASに試験体を設置して2022年12月までの約10か月、宇宙空間に曝露しました。

Q:初めての宇宙実験で、準備などに戸惑われるところなどはありませんでしたか。

村田:最初は初めて聞く宇宙用語に戸惑ったこともありましたが、曝露実験についてはストレスなく進めることができました。以前に「きぼう」船外での曝露実験を利用した経験のある他大学の研究者に質問したり、打上げ前にどのような準備や実験を行う必要があるのかをSpace BD社の担当者に相談したりしながら準備を進め、JAXA側とのやりとりもSpace BD社を介して行っていただきましたが、スムーズに進行していただきました。

Q:今回、試験体にホオノキ、ヤマザクラ、ダケカンバの3種を選ばれた理由は何ですか?

村田:均質な木材は割れにくいのですが、最も均質な木材はホオノキだと言う人もいます。かつ、ホオノキは加工がしやすいのです。木造人工衛星は、組木加工で作製することを考えているので、均質で割れにくく、加工しやすいという観点で選びました。この点は、加工をお願いしている工房の方とも意見が一致しています。ほかの2つは、ホオノキからの派生で、似た性質のものを選びました。

木造人工衛星はネジや釘などを使わない組木加工で作製されている

Q:3種類の試験体が宇宙空間に曝露されることでどう変化すると予測されていましたか。

村田:地上とは違う宇宙空間の大きな特徴に、極端な温度変化、宇宙放射線と強い紫外線、そして原子状酸素※4の存在があります。宇宙空間の温度変化については少ないながらも情報があり、マイナス100℃からプラス100℃くらいの範囲とされています。この程度の温度変化は耐えられると予想しましたが、それが繰り返されるとどうなるかは未知数でした。

また、宇宙放射線の影響は小さいだろうということ、紫外線と原子状酸素の影響で木材の表面が削れて重量が多少軽くなるのではないかという予測を立てていました。

※4:原子状酸素:地表付近の酸素は通常、酸素分子(O2)として存在するが、低軌道では太陽からの紫外線の影響で酸素原子(O)の状態で存在する。これを原子状酸素と呼ぶ。

Q:約10か月の曝露を経て、木材は3種類とも大きな劣化がなかったということですが、この結果をどのようにみていらっしゃいますか。

村田:前者の予測についてはその通りで、強い放射線は生物のDNAを傷つけますが、言わば死んでいる木材は宇宙放射線に曝されてももろくなるといった影響はありませんでした。一方で、紫外線と原子状酸素による重量減少などの影響は見られず、これについては今後、なぜなのかを研究していく予定です。

暴露試験に用いられた木材試験体。それぞれの大きさは56 mm×8.6 mm×5 mm(Image by 京都大学・住友林業)
宇宙曝露前(右)と後(左)のホオノキの表面の拡大図。曝露後、外観はいずれの樹種においても割れ、反り、剥がれ、表面摩耗などの劣化は全く認められず、質量検査でも曝露試験体の重量はほとんど減少していないことが確認された。また、ヤマザクラ、ホオノキ、ダケカンバ3樹種間の劣化の差も確認されなかった(Image by 京都大学・住友林業)

宇宙での実験を通し、地上の木材活用の見直しにつなげる

Q:今回の曝露実験は住友林業株式会社との共同研究でもあったということですが、企業の方々の反応はいかがでしたか。

村田:実験を実施するにあたって、事前にご相談した際、やるべきだろうということでとても楽しみにしてくださいました。ただ、木材のプロである住友林業社の皆さんも、大きな劣化が見られなかったという今回の結果は意外だったようで、実験後、社内でも注目が高まったとのことでした。

Q:この成果は、今後の林業や木のビジネスにも影響を与えるでしょうか。

村田:すぐに現実的なビジネスに結びつくかと言いうと、それはまだ厳しいと思います。ですが、宇宙で木材が活用できる可能性もあると分かったことは、これまで考えられていなかった未来につながると思います。

日本は国土の70%が森林で、そのうちの半分が広葉樹林です。かつては林業や里山で木材が活用されて人の手が入り、二次林として維持されてきましたが、薪や炭が使われなくなり木材の需要が減ったことで荒れてしまい、熊や猪、鹿と人との接触が増えるなど、生態系の乱れにもつながっています。今回の実験が、こうした広葉樹林の二次林の木材利用を見直すきっかけになればと思っています。

宇宙という環境への好奇心が、新たな発見への道をひらく

Q:今後の木造人工衛星の打上げに向けたスケジュールを教えてください。

村田:海外の打上機会を含めて検討し、今はJAXAのJ-SSODでの放出を目指して準備を進めています。エンジニアリングモデルの後にフライトモデルを作るのですが、そのためのいろいろな試験を、学生の皆さんが一生懸命、進めている最中です。安全審査も進めています。今年中にフライトモデルの完成までこぎつけたいと考えています。

曝露試験ではどの木材を使うかの決定打が得られなかったのですが、エンジニアリングモデルによる振動実験で、ヤマザクラが想定より割れやすいことがわかりました。そのため、最終的に使用する木材はホオノキになりました。また、衛星に積み込むミッションは完全なオリジナルで、担当のチームが苦心しながら製作を進めてくれています。

これまでに製作された木造人工衛星のエンジニアリングモデル。大きさや板の厚さ、周囲を支える枠の形状など、アップデートを重ねている

Q:最後に、「きぼう」の活用に関心をもつ研究者や企業の方などに向けて、メッセージをお願いします。

村田:つきつめれば、「何か新しいことわかるんちゃう」という好奇心がすべてだと思います。私の場合は木造人工衛星という目標が先にありましたが、ふだんと違う実験をすれば必ず何か新しい発見があります。私自身も今回の実験に取り組みながら、今までの自分たちの分野にはなかった木材の見方ができるようになったのは楽しかったですね。木材分野の新しい研究領域を一つ拡げたようにも感じます。

「きぼう」は、宇宙にある手の届かない施設ではなく、思ったより近いものでした。実験内容にもよりますが、さまざまなサポートもあって考えていたよりハードルは低く、それでいて非常に新しい取り組みのきっかけになりました。ぜひともチャレンジしていただきたいと思います。

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プロフィール

村田功二(むらた・こうじ)
京都大学大学院 農学研究科 森林科学専攻 教授

建築資材メーカーを経て、1997年に京都大学大学院農学研究科 助手。2016年に京都大学大学院農学研究科森林科学専攻 講師となり、2020年に京都大学大学院農学研究科森林科学専攻 准教授を経て、2023年10月より教授、現在に至る

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA