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2023.05.29
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宇宙で暮らす人が安心して水を飲めるように!

帝京大学 医療共通教育研究センター 准教授
山崎丘
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国際宇宙ステーション(ISS)内の飲料水は、地上から打ち上げた水とISS内で処理された再生水を使用しています。NASAは、ISSの飲料水を定期的に地上に回収して培養による微生物検査を行っていますが、今後、月や火星での有人宇宙探査活動が始まると、飲料水を地上に回収すること自体が難しくなります。また、微生物の培養には時間がかかる上に、すべての微生物が培養できるわけではないため、飲料水の異常を素早く発見するための新たな技術が必要とされています。宇宙船内環境微生物のオンボードモニタリング技術の開発(Micro Monitor)では、ISSの飲料水に含まれる微生物の量や種類を徹底的に調べることで、今後の宇宙居住空間における飲料水管理技術に応用できるデータを取得し、新たな微生物管理法の提案を目指しています。2021年1月、2022年1月、2023年1月の3回にわたりISS内の飲料水を採取し、地上に回収して微生物叢(そう)※解析を行っている研究代表者の山崎 丘先生にお話しを伺いました。

※微生物叢(そう)とは、ある空間に存在する微生物の種類、量、割合、分布など、その空間の微生物全体がどのように構成されているかを意味します。

ISSの飲料水に含まれる微生物を徹底的に調べる

Q:これまでどのような研究をされてきたのでしょうか。

山崎:学生時代は東京工業大学、大学院で生命科学を専攻していました。助手として大学に残り、酵母やきのこ、カビなど真核微生物(真菌)の遺伝子組換え実験などを行っていました。その後、JAXAで研究をする機会があり、ISS船内環境の微生物動態を調べるMicrobeプロジェクトや、宇宙飛行士の皮膚や粘膜の常在微生物の変化を調べるMycoプロジェクトに携わりました。

Q:Micro Monitorは、どのように始まったのですか。

山崎:2010年に「きぼう」船内実験室の第二期利用テーマに採択されたことでプロジェクトが始まりました。水や空気などは宇宙飛行士の健康に直接影響するにも関わらず、宇宙空間という特殊な環境では、地上でなら簡単にできる検査ができず、検査結果をその場ですぐに知ることもできません。このような問題を解決することが、将来の月、火星ミッションにおける課題の一つであると考え応募しました。現在、宇宙飛行士の生命を支えるISSの飲料水は、NASAが定期的に地上に回収し、培養による微生物検査を行っていますが、採水から検査までのタイムラグや、培養できない微生物が存在するなどの課題があります。そこで、まずはISSの飲料水について、微生物学研究者の視点から徹底的に調べることで、宇宙飛行士自身が船内で検査を実施し、直ちに結果を知ることができるオンボードモニタリング技術開発への道筋を作りたいと考えました。

Q:ISSの飲料水を分析するために、何が必要だったのでしょうか。

山崎:まずは、ISSの水を採取するためのバッグ探しから始めました。今回の研究では、飲料水に含まれている細菌を直接計数できる微生物粒子計数器を使用したため、不純物の種類によっては測定に影響が出る可能性がありました。そこで、医療用、研究用を問わず、さまざまなバッグを調べていくと、柔らかい素材は長時間水を入れたままにしておくと容器の成分が溶け出すことがあり、実際にその成分が分析に影響することが分かりました。試行錯誤する中でNASAから内側がテフロン加工されている水質検査用のバッグを数枚提供していただくことが出来ました。しかし、テフロン加工されているとはいえそのまま使うのではなく、実験室の超純水で何度も洗浄しました。さらに、ISSでの採水から日本に届くまでの日数を計算して、洗浄済みのバッグで超純水を同日数保管してから測定し、溶け出した成分の影響が十分小さいことを確認したうえで、ガンマ線滅菌後、バッグを打上げました。

国際宇宙ステーション(ISS)から回収した飲料水のサンプル

Q:ISSで採取した飲料水で何を調べたのでしょうか。

山崎:NASAはISSの飲料水に対して、一般細菌用寒天培地で飲料水1 ml中50 CFU(colony forming unit、コロニー形成単位;単位量を培地に接種した時に形成されるコロニー数)以内という基準を設けています。また、日本の常水(水道水)では、1 ml中100 CFU以内という基準が設けられています。なお、常水より高い純度が要求される精製水や注射用水は、水に棲む貧栄養細菌の培養に適した炭素源が少ないR2A(Reasoner's. Agar No.2)寒天培地により検査されることになっています。

まず、一般細菌用培地とR2A培地、それぞれにISS飲料水を接種してまき、培養された微生物のコロニー(CFU値)を計数したところ、一般細菌用培地、R2A培地共にコロニーが形成されました。ちなみに、市販のミネラルウォーターの中には、R2A培地で培養したときにコロニーが形成されるものもあります。また、コロニーの数はその培地で生育できる微生物が存在するということを示すだけですので、コロニーが形成されたからといって飲料水として直ちに問題があるというわけではありません。なお、微生物粒子計数器の測定値、および顕微鏡を使って私自身が目視で数えた細菌数は、一部の市販のミネラルウォーターと数値的にはほとんど変わりませんでした。

飲料水を培養するさまざまな寒天培地

Q:そもそも飲料水に微生物がいると、体にとってマイナスの要素になるのですか。

山崎:注射用水のように高いレベルで精製され管理されている水でない限り、水の中には必ず微生物がいると言っていいでしょう。天然水や水道水など、身近な飲料水も同様です。広い宇宙でも、水があれば生命が存在するはずだ、と考える研究者もいます。そもそも人間の体はおよそ70%が水で、皮膚や体内には多くの微生物が共生しており、微生物の塊のようなものです。免疫力が低下した人の体で微生物が異常増殖したり、毒素を出すような場合は別ですが、微生物の数が多いからといって直ちに危険というわけではありません。飲料水の中に見えない微生物がいるのは怖いという気持ちは分かりますが、どのような微生物がどれくらいいるのかを正確に把握することで安全な水であることが分かります。微生物がいるだけでマイナスの要素とはいえない、ということです。

Q:ISSの飲料水から何が分かりましたか。

山崎:一般細菌用培地上にコロニーを形成したこと、また、ISS船内環境からしばしば検出される人に由来する細菌の割合は低く、ラルストニア属の細菌が大部分を占めていた点も、ISS飲料水の特徴であるといえます。なお、直ちに人体に悪影響を及ぼすような危険な細菌は、今のところ見つかっていません。
大部分を占めていたラルストニア属の細菌が地上から打ち上げた水に含まれていたのか、ISSで飲料水を処理する装置のどこかにいたのか、理由まではわかりませんでした。しかし、ISSの飲料水の特徴が明確になったことは、将来に向けて大いに役立つはずです。

宇宙環境でのリアルタイム検査へ向けて

Q:オンボードモニタリング技術の開発に向けて分かったことはありますか。

山崎:今回の研究では、培養による微生物検査のほかに、細菌数を直接計数することができる微生物粒子計数器を使用しています。この装置は、生物に含まれる自家蛍光物質であるリボフラビンをもつ粒子、つまり微生物粒子のみを選別して、自動かつ短い時間で計数することができます。微生物の種類や生理活性によってリボフラビンの量が異なるため、一般的な装置だとリボフラビン量が少ない微生物粒子を取りこぼしてしまうことがありますが、この装置には深紫外線を照射することでその問題を解決する工夫が施されています。

今回の測定では、254 nmと185 nmの二種類の深紫外線を照射しました。計数する直前に深紫外線を照射することで、細胞中のリボフラビンの励起光強度が上がり、リボフラビン量が十分でない細菌まで検出できるようになります。細胞内のリボフラビンの励起光強度を上げるには254 nmのみでいいのですが、水の中に励起光を発する不純物があると、実際の細菌数よりも多く計測されてしまいます。そこで、185 nmという異なる深紫外線を追加して照射することで、励起光を発する不純物を分解することができました。これにより、正確な数値に近づけられることが分かったのです。

Q:軌道上で検査できる装置開発のヒントを得られたのですね。

山崎:そうですね。ただし、今回のような高出力な深紫外線照射には水銀ランプが必要ですが、ISSでは安全面の配慮から使用できません。水銀ランプ以外で高出力な深紫外線照射装置が作れればいいのですが、今のところ代用できるものもないという状況です。でも、もしかしたら、深紫外線照射に代替できる検査方法や、水銀ランプを使わない方法もあるかもしれません。視野を広げ、さまざまな可能性を探っていくことも大事だと思っています。また私たちの感覚では、水は上から下に自然と流れますが、ISSのような微小重力環境では、重さがなくなるので水は自然に流れません。水を流すという単純なことさえも思いのほか難しく、安定した流路を確保する点も設計上の重要なポイントになるでしょう。

今回の検証で、ISS飲料水中の細菌数を、微生物粒子計数器で計数できたことは大きな成果です。一方で、ISSをはじめ、今後宇宙で飲料水を安全に維持するために解決すべき点が明確になりました。実は、そちらの方が重要だと考えています。

有人宇宙活動におけるQOLを見据える

Q:宇宙で水を使うために解決したい点とはどういうことですか。

山崎:水は飲料水や食事としてだけでなく衛生面でも必要不可欠ですが、現状の宇宙活動では、まだまだ貴重なものとして扱われています。打上げが必要なISSの水は大変貴重ですし、軌道上で水を再生できるようになった今でも大切に使われています。

宇宙農場という構想がありますが、作物を作るにも水は必要です。これが、例えば宇宙ステーションや月面基地にある装置で大量に水を作り、その場で検査ができ、問題が見つかったらすぐに解決できるようになれば、より気軽に、安心して水を利用できるのではないかと思います。私が行っている微生物研究が、将来の有人宇宙活動に役立ったら嬉しいですし、Micro Monitorの実験データを幅広く活用していただきたいと思っています。

Q:安心、安全な宇宙活動を支えていきたいという思いがあるのですね。

山崎:ライフラインとして飲料水を十分供給することはとても大事なことですが、安心して飲める水であることを示すことも大事だと考えています。地上でも、誰かがどこかで検査してくれていると思うから、安心して水が飲めるのですよね。この安心がストレスの軽減につながります。月や火星まで人類の活動範囲が広がり、1,000人規模の月面都市を作るという話もありますが、ある程度のコミュニティを維持するとなると、個々の細かなストレスを排除しながら全体のQOLを高めていくことが大切だと思います。今は人が生活するための最低限の環境を考える段階であることは重々承知したうえで、私はあえてもう少し先の、人が少しでもストレスを感じることなく、宇宙で快適に暮らすために何が必要かを考えていきたいと思っています。

Q:最後に今後の「きぼう」の利用者に向けたメッセージをお願いします。

山崎:これまでさまざまな宇宙実験に携わってきて、宇宙実験の難しさは理解していたつもりでしたが、水を採取するだけでもなかなか大変でした。でも、水を採取しただけでも新たな発見があり、次のステップも見えてきました。宇宙実験では、最終的にリソースに見合った成果を求められるうえ、研究者だけでなく、運用側も含め多くの人が関わってきますので、覚悟や責任感は必要だと思います。ただ、そこで物怖じしていてはなかなか前に進めませんので、興味があるならぜひチャレンジしてほしいと思います。宇宙飛行士がISSで暮らすことや、ISSでの宇宙実験がいい意味で当たり前のこととなり、今までより宇宙実験の敷居が少しずつ下がってきているように感じます。宇宙実験の成果の積み重ねが次のステップとなり、さらなる成果が生まれ続けることで、今後のGateway(月周回有人拠点)や月面、火星などの有人宇宙活動へつながっていく。そのようになっていけたらいいですね。

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プロフィール

山崎丘(やまざき・たかし)
帝京大学 医療共通教育研究センター 准教授

1997年 東京工業大学大学院生命理工学研究科バイオサイエンス専攻博士後期課程中退、その後、同助手を経て、2005年 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所主任研究員、2012年 帝京大学医療共通教育研究センター講師、2023年 現職。博士(理学)。専門は、宇宙居住科学、微生物学、分子生物学。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA