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2023.05.29
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有人宇宙探査時代の宇宙火災安全を支える固体燃焼実験装置(SCEM)

有人宇宙技術部門 きぼう利用センター 主任研究開発員
菊池政雄
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国際的な宇宙火災安全の評価基準の構築・制定を目指すFLAREテーマ(火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価)の宇宙実験では、「きぼう」日本実験棟の多目的実験ラックに搭載された固体燃焼実験装置(SCEM)が利用されています。SCEMの開発によって、酸素濃度や周囲流速、圧力など、宇宙船内の火災に関わるさまざまな条件を変化させた材料の燃焼挙動を、「きぼう」船内で観察できるようになりました。FLARE実験の主担当者である菊池政雄主任研究開発員に、SCEMの特徴や、今後の可能性について聞きました。

日本ならではの燃焼実験装置を開発

Q:これまでJAXAでどのような業務を担当されてきたのでしょうか。

菊池:1999年に宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)に入社し、主にきぼう利用センター(旧:宇宙環境利用研究センター)で「きぼう」での燃焼実験の立ち上げや宇宙実験のユーザー・インテグレーションを担当してきました。ISS/「きぼう」だけでなく、これまでヨーロッパの小型ロケットや、日本の落下塔、航空機、高高度気球などを利用したさまざまな微小重力燃焼実験に関わってきました。

Q:SCEMについて教えてください。

菊池:SCEMは「Solid Combustion Experiment Module」の略称で、「きぼう」船内で固体材料を燃焼できる実験装置です。固体材料の可燃性を、酸素濃度、周囲流速、雰囲気圧力などを変えながら、高速度カメラや赤外カメラなどを使用して観察することができます。

固体燃焼実験装置(SCEM)

Q:開発にあたり何が難しかったですか?

菊池:SCEMは燃焼装置内の酸素濃度を最大45%に設定できるという特徴があります。酸素濃度を上げると金属などの材料も燃え易くなるため、装置内の配管などの材料を適切に選択していくことが難しかったです。また、SCEMは多目的実験ラックのワーク・ボリュームを占有する大きさがある上に、燃焼時の安全性を確保するため装置自体を頑丈に設計する必要があり、どうしても質量が重くなってしまいます。ISSへの打上げには軽い方がいいので、軽量化にも苦労しました。宇宙実験装置ではそのような質量や、電力、安全性などの制約条件が多く、ほかにも難しかった部分がたくさんありますが、関係者で知恵と工夫を凝らして設計していく面白さもありました。

進化し続ける実験装置でFLAREテーマを支える

Q:SCEMの特徴を教えてください。

菊池:SCEMでは、大きく分けて平板試料と電線試料の燃焼実験が可能です。平板試料については、サンプルカードを自動装填できる仕組みにしているため、1枚ずつ試料を入れ替える手間がなく効率的に実験でき、宇宙飛行士のクルータイムを節約することもできました。こうした装置設計に対する考えは日本ならではといえるのかもしれません。また、電線試料の燃焼実験はSCEMでしかできませんし、高濃度酸素や低圧といった条件での燃焼実験も可能です。NASAや欧州の宇宙機関からも大きな関心を寄せられていて、今後予定されている実験テーマに参加したいという声も多いです。SCEMは、海外の研究者にとっても多機能で魅力ある装置だと自負しています。

実験装置の検討段階から、「進化し続けるSCEM」というキーワードを心の中で意識していました。実験装置は開発時に最新でも、時間とともにどうしても周辺技術の向上に伴い性能が見劣りしていきます。それを踏まえて、機能単位で装置の構成要素を交換できるよう、できる限りモジュール化して装置開発を進めました。時代に応じて価値を更新、高度化していくことで、常にトップクラスの装置として使用できることを目指しました。

Q:今後どのような宇宙実験を予定しているのでしょうか。

菊池:FLAREテーマの宇宙実験では、紙や繊維など比較的単純な材料を試料として、予測した可燃性と実験結果を比較していきます。また、火炎の燃え拡がり実験に加えて、ショートを模擬した電線試料の通電着火実験も予定しています。被覆電線に比較的大きな電流を流し、気化した被覆材に自着火させるのですが、これまで軌道上の微小重力環境でこのような実験は行われておらず、世界初となります。燃焼の宇宙実験では、地上でのシミュレーション解析と実験結果が異なることがあります。この実験で、もしかすると想定していない結果になる可能性もありますが、それは実験の方向性を修正できるヒントや手がかりになりますし、微小重力環境での燃焼現象の理解も深まります。とても面白い結果になると想像しているので、早く見たいですね。その後はFLARE-2(宇宙居住環境における固体材料の可燃性評価)を予定しており、複合材や表面に凹凸のあるもの、電子回路の基板など、実際に宇宙船内で使われているような材料でも実験します。FLAREはサンプルカードに1つの試料ですが、FLARE-2では1つのサンプルカードに2つの試料を搭載できるような改良も進めています。

さらに月の重力に対応したFLARE-3(低重力環境下における固体材料の火災安全評価手法の開発)も予定しています。ISS船内は微小重力ですが、月面は6分の1Gの重力環境であるため、月面探査等を想定すると、材料の燃焼性を正しく評価するための方法論を微小重力の場合とは別に構築する必要があると考えています。そのためには、まだ決定ではありませんが回転式のインサートを新たに開発し、遠心力を仮想重力に見立てた実験装置を考えています。実現すれば軌道上で月面等の重力環境を模擬した燃焼実験を実施できる世界初の装置になり、海外の研究者からも既に注目されています。

研究者と伴走して実験の成果を高める

Q:宇宙実験を実現するために、JAXAはどんな支援をしているのでしょうか。

菊池:まず、研究者からの研究提案書をもとに、実験の条件や回数、手法などを具体化していきます。燃焼実験でいうと、予備試験によって試料が装置に適合するかどうか、燃焼後の生成物まで精査して、「きぼう」日本実験棟内で実験することに対する安全性をNASAにも評価してもらいながら実験計画を固めていきます。また、今回「きぼう」では初めての軌道上燃焼実験装置だったので、概念的な検討から具体化していき、設計、製作へと開発を進めました。特有の制約が多い宇宙実験を行うための手順や、宇宙飛行士への的確な指示書の作成など、よりよい成果を出していただくためのサポートをしています。必要な過程をすべて一緒に走っていくイメージですね。

Q:宇宙火災安全の評価基準の提案に向けてJAXAはどのようなことを行っていますか。

菊池:現在、ISS船内では、火災安全のため使用するすべての材料に対して、NASAによる材料燃焼試験基準が適用されています。この基準の骨格は1970年代に作られた古いもので、このままでは今後予定される宇宙探査活動においてさまざまな課題があることに着目し、FLAREテーマが立ち上がりました。まず、ISO(国際標準化機構)での規格化へ向け、地上での研究や試験を重ねて、固体材料の燃焼性試験方法を構築し、2021年に固体材料の燃焼性試験方法に関する国際標準規格(ISO4589-4)が正式に発行されました。次は、この規格化された燃焼性試験の結果をインプットデータとして用いる、微小重力環境における材料の燃焼性評価手法の妥当性を「きぼう」で試験し、検証しながら精度を上げていきます。また、FLAREテーマで開発した、この新しい材料燃焼性評価手法をより多くの方に活用していただけるよう、一般にも公開されるJAXA標準として制定する調整も進めていきます。NASAやESAを含めて国際的に新手法が適用されれば、民間企業の方にも早く安く確実に宇宙船内で使用する材料の燃焼性を予測できる、世界共通の手段として活用されることが期待できると思います。

地上でも月でも地産地消

Q:SCEMはFLAREテーマのほかに、どのような研究や実験に活用できますか。

菊池:地球温暖化対策として、これまで燃料としてあまり使われていなかったバイオマスや水素、アンモニアなどを使用した新しい燃料・燃焼機器の開発が求められています。温暖化ガスを削減するためには、燃料の濃度を薄くした極限的な状況で熱効率を上げ、うまく火を燃やし続ける高度な技術が必要です。しかし、地上で火を燃やすと、温まって密度が小さくなった空気が上昇し、それを補うように下から冷たい空気が流れ込んでくる対流という現象が必ず起こり、燃焼の本質的なところがどうしても覆い隠されてしまいます。対流が起きない微小重力環境でSCEMを利用することで、さまざまな燃焼現象を精細に観察することができます。その結果を反応メカニズムの解明や数値シミュレーションの高度化に活用することで、次世代の燃焼技術開発に役立てることができます。

さらに今後、人類が月面で活動を始めると月での生活に関連したゴミの処理という課題も出てくると思います。現在、ISSのゴミは、補給船に搭載して地球の大気圏で燃やすことで処理しています。ところが、月面となると地球へゴミ処理用の補給船などを打ち上げるわけにもいかず、ゴミが溜まってしまうことも考えられます。そこで、月面の氷を用いて生成された水素と酸素を用いてゴミを積極的に燃やして処理するとともに、それを熱源やエネルギー源として利用することで、より良い月面での生活に貢献できるのではないかと思います。古来から、人がいるところには火があり、人類が宇宙活動を進めるには燃焼が必ず関わってくると思います。SCEMで燃焼現象を解明し、月のゴミ処理の課題解決などにも活かせたら嬉しいですね。

Q:これから「きぼう」を利用したいと考えている研究者へのメッセージをお願いします。

菊池:宇宙に興味があっても、自分とは違う世界だと思われている方がとても多いと感じます。JAXAとしては、幅広いテーマの利用を待っていますし、テーマの発掘にも力を入れています。最新情報を提供し続けるなど、外部の方との積極的なコミュニケーションを通じて「きぼう」利用について紹介していきたいと思いますので、少しでも興味がありましたら、ぜひ相談してください。微小重力環境での物理・化学現象には、まだまだ分からないことも多く、大きな可能性を秘めています。宇宙実験は、1Gという固定化された重力環境で蓄積されたに過ぎないこれまでの科学的定説を簡単に覆してしまうような研究領域なので、この面白さをぜひ多くの方と共有していきたいです。

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プロフィール

菊池政雄(きくち・まさお)
JAXAきぼう利用センター 主任研究開発員

1999年、北海道大学大学院博士後期課程を修了。宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)に入社、宇宙環境利用研究センターで「きぼう」での燃焼実験の立ち上げに従事。その後、宇宙科学研究所ISS科学プロジェクト室にて欧州宇宙機関(ESA)との小型ロケット利用共同実験等を担当。2015年より有人宇宙技術部門きぼう利用センターにて「きぼう」での燃焼実験のユーザー・インテグレーションを担当。現在に至る。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA