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2021.03.08
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「きぼう」の微小重力環境を利用して、 燃料の粒の燃え広がりや群燃焼のメカニズムを解き明かす!

山口大学大学院 創成科学研究科
三上真人教授
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自動車や飛行機などのディーゼルエンジン、ジェットエンジンなどには、液体燃料が用いられています。液体燃料は「噴霧燃焼」という方式で燃焼し、様々なものを動かしています。しかし、この噴霧燃焼の際にどのように炎が燃え広がっていくのかについては、わかっていないことが多いのです。より効率のよい優れたエンジンを開発するためには、この過程の解明が必要になりますが、重力の影響を受ける地上では、観察に限界があるといいます。長年、この課題に取り組んでいる山口大学大学院創成科学研究科の三上真人教授は、長時間の微小重力下で実験ができる国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟での燃焼実験による、地上では得られないデータを得ることに成功しました。これは「きぼう」での初めての燃焼実験です。宇宙空間での燃焼実験ということになると、実験そのものの設計のほか、安全性も大きな課題となります。様々な困難をどのように乗り越えて成果に結びついたのか、今後の展望などについて、三上教授にうかがいました。

わからないことの多い「噴霧燃焼」のメカニズム

Q:「きぼう」で行った実験はどのようなものか、まずその背景や目的から紹介していただけますか。

三上:自動車や飛行機などに使われるディーゼルエンジンやジェットエンジンには、軽油やジェット燃料(灯油によく似ている)といった液体燃料が用いられます。これらのエンジンでは、ノズルから噴霧して細かい粒になった液体燃料(燃料液滴)を燃焼させ、発生する熱エネルギーを動力に換えているのです。この時の燃え方を噴霧燃焼といい、液体燃料が連続的に安定して燃焼するためには、燃えている液滴(燃焼液滴)から燃えていない液滴(未燃液滴)への火炎の「燃え広がり」と噴霧全体が燃焼する「群燃焼」というプロセスが必要です。しかし、液滴間の火炎の燃え広がりや群燃焼が起こるメカニズムについてはわからないことがたくさんあり、優れたエンジンをつくるためにもその解明が求められています。

地上で液滴の燃焼実験をする時は、観察するために直径1ミリメートルほどの大きな粒にする必要があります。ところがそのサイズの液滴を燃やすと、重力の影響を受けて対流が起こり、燃焼という現象そのものを詳細に観察することができません。そこで、地上では重力を打ち消す装置を利用して燃焼実験を行います。

重力のある地上では、「燃焼」の詳細な観察ができない

Q:それはどんな装置ですか。

三上:実験装置を空中で落下させると、装置の中は重力がほぼゼロの微小重力状態になります。この状態をつくり出す落下実験装置(落下塔/図2)と呼ばれる微小重力実験施設が国内外の各地にあります。閉じた空間の中で10~百数十メートルの高さから実験装置を落下させるというものです。

私も大学に設けられた落下塔や、アメリカNASAの落下塔などを使って実験を行ってきました。ただ、地上の落下実験装置では、1~4秒程度の微小重力状態しかつくり出すことができません。私の大学の落下施設では、0.9秒です。0.9秒では多くても4個の液滴の燃え広がりしか起こりません。もっと高い落下塔を使ったとしても、たくさんの液滴で起こる燃え広がりや群燃焼に十分な時間の微小重力状態をつくることはできません。そこで、微小重力状態がいつまでも続く「きぼう」が、燃え広がりや群燃焼の実験場所として最適ということになるのです。

私は長らく温めてきた、燃焼実験と使用する装置のアイデアをまとめてJAXAに提案し、平成202008)年に採択されました。そこから長い時間をかけてJAXAやメーカーの方々と液滴群燃焼実験供試体 (GCEM)という装置を開発し、平成272015)年8月に宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号機によりGCEMは「きぼう」に届けられました。その後、大西卓哉宇宙飛行士によって「きぼう」船内実験室内にセットされました。

図2:微小重力実験施設の例 ⓒ山口大学

リアルタイムで送られてくる映像、学生と一緒にワクワク、ドキドキ!

Q:GCEMはどんな装置で、実験はどのように行われたのですか。

三上:装置の原理を簡単に説明しましょう。実験を行うためには、まず閉じられた空間に液体燃料の粒(液滴)を配置しなければなりません。

配置の手法は、まず研究室で開発しました。耐熱性に優れたシリコンカーバイドのファイバー(太さ14マイクロメートル)を格子状に貼り、そこに極細のガラス管で燃料を1滴1滴配置して、ランダムな液滴群をつくります。例えていうと、網戸の縦糸と横糸の交点に注射器で液滴をつけていくようなイメージです。液滴の配置はもちろん自動で行うのですが、配置し終えたら液滴の1つに着火して、燃え広がりや群燃焼の様子をカメラを通して観察します。

GCEMのつくりを図3に示しましたが、燃焼実験を行う容器、カメラ、給排気や通信などの装置もすべて55×35×51センチメートルのコンパクトな空間に収められています。実験は、2017年の27月にかけて5か月間行い、最多で152個の液滴を使った燃焼の様子を観察することができました。

実験の映像はリアルタイムで地上に送信されてくるので、ワクワク、ドキドキしながらみんなで見ました。学生も何人かその場にいて興奮していました。実験の映像が終わってホッとした後にはデータが送られてきて、確認して納得したり、あれと思って疑問が浮かんだり、充実した楽しい時間でした。

図4:「きぼう」での実験の概略。格子状に貼ったファイバーに配置された液滴群に着火して、燃え広がりや群燃焼をカメラを通して観察する。※図中のデカンは液体燃料で灯油などに含まれる成分。

地上では予想できなかった現象も観察、その検証を準備中

Q:一連の実験では、どんなことがわかったのですか。

三上:配置した液滴の1つに着火すると燃え広がり、燃える領域が全体におよぶ、つまりたくさんの燃料の粒が集団で燃える群燃焼が起こります。私たちは5か月におよぶ実験で、群燃焼が起こるために必要なギリギリの条件は何かを調べました。これを「群燃焼発生限界」と呼んでいます。限界より手前なら、燃料の一部が燃えるだけで終わります。限界を超えると群燃焼が起こり全体に燃え広がります。その条件がどの程度かを調べたら、地上での実験から予想していたものよりも、ずっと液滴と液滴の間隔が広い。言葉を換えると、薄い噴霧でも群燃焼が起こることがわかりました。

群燃焼が発生する限界ギリギリのところでは、想像していなかった面白い現象が観察できました。まだ燃えていないと思われていた燃料の粒の集団がいきなりぼっと燃える「大規模着火現象」と、燃え広がりがゆっくり起こる「低速火炎伝播現象」です。この2つは地上では予想していなかったのですが、群燃焼発生限界近くで起きてくることがわかりました。

どうして、こういう現象が起こるのかについては、次のような仮説を立てています。私たちがふだん目にする炎のことを「熱炎」といいます。熱炎の温度はふつう1200度以上です。これに対して「冷炎」という炎があります。温度は400500度で微弱な光が出ているのですが目には見えません。群燃焼発生限界近くでは、この冷炎が何らかの影響を及ぼすことで、「大規模着火現象」と「低速火炎伝播現象」が観察されたのではないか、というのがこの仮説です。それを検証する実験を次の段階で行いたいと考えて、検討しているところです。

話が専門的になってしまいましたが、こうした予想外の結果が出てきたことも成果の1つです。最初に予定していた実験はすべて行うことができ、予定していた条件を組み替えて、それを検証するような実験を追加することもできました。これらをトータルに見た時、一連の実験に点数をつけたら100点以上だと思います。

点検も交換もできない宇宙実験、パーフェクトな準備に腐心

Q:安全が最優先される宇宙ステーションでの燃焼実験となると、苦心されることも多かったのではないですか。

三上:私たちは、「きぼう」の第2期利用(2010年度後半~2012年度)から参加したのですが、第2期からはJAXAが「多目的実験ラック」を設けて、この中に実験装置を持ち込めば、そのスペースを使わせてくれることになりました。私たちの実験装置GCEMは、このラックにセットされました。といっても、狭い空間で燃焼させるとなると、火災はもちろんガス漏れも許されないので、密閉容器の中で二重のシールが必要になります。排ガスをそのまま宇宙空間に捨ててもいけません。燃焼後のガスは、不純物をフィルタでろ過した上で「きぼう」の排気ラインを介して宇宙空間に排出します。これらは一例ですが、安全面での細かい基準がたくさんあり、JAXAにもNASAにも確認しながら準備し、設計していく作業に時間がかかりました。

安全性のほかにも課題はたくさんありました。地上で実験をする時は1回ごとに容器を開けてガスを入れ替える、あるいは壊れたところはないかなどの点検ができるのですが、宇宙では蓋を開けることができません。ということは、別の方法でガスの交換を行わなければいけないし、壊れたら交換がきかないので絶対に壊れないようにつくる必要があります。そこで、装置のモデルをつくって個別の課題に特化した検証を行ったり、宇宙実験と同じ装置をつくって地上でパーフェクトに作動するか試験したりするなど、JAXAやメーカーの方々と数え切れないほどテストを重ねました。

中でもいちばん困難を感じたのは、先ほど紹介した液滴群を配置する機構でした。この自動作業には、30分ほどかかります。30分もかかると蒸発しにくい燃料を使っても、蒸発を防ぐことはできません。そうすると着火する時に、液滴が小さくなったり、消えていたりします。そこをクリアする手法を試行錯誤しながら編み出して選定するプロセスにいちばん時間を取られました。

図6:実験イメージ。GCEMは燃焼実験チャンバ(CCE)に設置し、CCEは多⽬的実験ラック(MSPR)にセットされて実験が行われた。

妥協しない専門家集団の協働で高レベルの研究ができた

Q:JAXAやメーカーの人たちと協力しながらプロジェクトを進めていく中で、心に残ったことがありますか。

三上:チームには、私以外にも専門の研究者がそれぞれの視点で目を光らせていました。実験を運用するJAXAJAMSS(有人宇宙システム株式会社)、装置を製作するメーカーの方々も高いレベルの専門家でした。この専門家集団の一人ひとりは、自分の専門とするところでは決して妥協しません。したがって、時間も手間もかかることになるのですが、皆さんが根気強く、丁寧にプロジェクトを前に進めてくださいました。チームにはNASAの研究者も入っているので、日本人スタッフとは異なる視点や指摘を提供してくれました。こうしたメンバーのおかげで、視野の広い高いレベルの研究ができたと感じています。

Q:日本は、国内の温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とするカーボンニュートラルの方針を表明しました。エンジンの燃焼研究は、どのように役立てられるのでしょうか。

三上:自動車はすべて電動になり、航空機は電気で飛ぶようになるという話もあります。もちろん電気という選択肢もありますが、再生可能エネルギーを使った気体燃料、液体燃料の開発も行われています。バイオ燃料もそうですし、e-fuel(水を電気分解した水素と二酸化炭素を触媒反応で合成した液体燃料)というのもあります。液体燃料は自動車や飛行機のような移動体では非常に使い勝手がいいので、地球温暖化を促進しない液体燃料は、2050年になっても使われているでしょう。今回「きぼう」で行った実験の成果は、液体燃料全般に応用できるものなので、新しい燃料を用いるエンジンの開発にも貢献できると考えています。

長時間の微小重力状態の利用で新しいものを生み出せる

Q:インタビューの結びとして、今後の研究の方向と将来の「きぼう」ユーザーへのメッセージをお願いします。

三上:宇宙実験で実現した液滴燃焼から噴霧燃焼につながる燃焼メカニズムの解明は、私のライフワークなので、このまま続けていきたいと考えています。これに加えて何かにチャレンシするうえで大切にしたいのは微小重力の研究から得た発想法です。重力をなくすという発想を持つことで地上では想像できないようなことが起こったり、新しいことが解明できたりすることがわかりました。具体的な内容まではお話しできませんが、普段当たり前に思っているものを取り除いてみることで新たな発見につながるという発想法を今後の研究に活かしていきたいと思っています。

また、これから「きぼう」を使いたいと考えている皆さんにも、長時間の微小重力状態を利用して新しいものを生み出していただくことを期待しています。国際宇宙ステーションや「きぼう」の運用が終わったとしても次が考えられているでしょうから、利用の機会は減らないと思います。

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プロフィール

三上真人(みかみ・まさと)

1990年、東京大学工学部航空学科卒業、95年、同大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。同年、博士(工学)。200916年、山口大学大学院理工学研究科大学院担当教授。0708年、イエール大学客員教授。16年から現職。現在、山口大学工学部附属ものづくり創成センター長、日本マイクログラビティ応用学会理事、日本燃焼学会専務理事なども務める。