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2025.01.28
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科学の探究と教育を同時進行~宇宙で結晶を育て、地上で人を育てる~

早稲田大学 基幹理工学部 機械科学・航空宇宙学科・材料科学専攻・各務記念材料技術研究所 教授 鈴木進補
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宇宙実験は限られた研究領域でのみ行われるもので、自分の研究領域とはかかわりがないと思われる研究者の方は少なくないかもしれません。

しかし、あらゆる分野において、「宇宙という場に自分の研究を適用するとどうなるか」と考えることは研究の新しい可能性をひらく可能性があるのではないでしょうか。

長らく材料科学領域の研究に携わりながら、宇宙利用技術を発展させていく研究者としても活動を続け、その傍ら、教育者として研究室の学生の主体性を大切にしながら研究を進める早稲田大学の鈴木進補先生に、宇宙実験に取り組む意義と教育への効果について伺いました。

金属3Dプリンティング技術に応用
高品質な金属結晶が育つための要素とは?

Q:先生は材料加工を専門とされながら、研究を通じた宇宙環境の利用にも取り組んでいらっしゃいます。宇宙環境利用に関心をもたれたきっかけは何ですか。

鈴木:宇宙にはもともと興味がありました。大学で金属加工の研究室に所属しており、博士課程では金属の溶解・凝固を研究していました。その時点では、直接宇宙との関連はなかったのですが、あるとき、自分の研究に必要なデータが、ドイツの著名な研究者が宇宙実験で取得したデータだということがわかりました。それで宇宙実験に関心をもったのです。

博士課程修了後は、私が興味をもった宇宙実験のデータを発表したベルリン工科大学のフローベルク教授のもとで研究を行い、ロシアの回収型衛星を使用した宇宙実験にも携わりました。

現在は、材料科学を究めていく研究者と宇宙利用技術を発展させていく研究者、二足のわらじで活動しています。

Q:先生は国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟で2回、宇宙実験を行っています。2023年の「Hetero-3D」ではどのような実験を行ったのでしょうか。

鈴木:私の研究テーマの一つに、金属を溶かして型などに入れ造形する鋳造という分野があります。最近では、金属の粉を少しずつ溶かして造形する3D金属プリンティングも行われるようになっていますが、「Hetero-3D」では、金属用3Dプリンターで用いる金属粉末を開発し、その性質を調べるための実験を行いました。

金属用3Dプリンターは、金属粉末を敷き、造形したいものの断層の形にレーザーを当ててこれを溶かし、また粉を敷いて溶かす…ということを繰り返して、一層ずつ形を作っていきます。金属が溶けて固まるときに結晶が生成されるのですが、結晶は下の層の結晶とつながって上に伸びていきます。

でも、これだと上に伸びる結晶同士の境目の強度が弱くなってしまいます。割けるチーズには割きやすい方向とそうでない方向がありますが、そのイメージに近いかもしれません。

そこで私たちは、どの方向でも同じ強度をもたせるために、通常使われるチタン合金の粉の中に、チタンカーバイド(TiC)というチタンより少し融点の高い金属の粒を入れたのです。

雨や雪は大気中の水分が塵などをきっかけに凝集して水滴や結晶になったものですが、その原理と同じく、TiCが結晶生成の起点になるのです。「結晶の種」であるTiCを金属粉末の中に入れておけば、下からの積み重ねで成長する結晶だけでなく、溶けた金属粉末からも結晶が成長することになり、結晶がより細かくなるため、強度が増します。

結晶の種は「ヘテロ凝固核」と言いますが、これがどんな条件で結晶の核になるのかがわかれば、高品質な結晶をつくるためにどのくらいヘテロ凝固核を入れればいいかもわかるため、これを実験で調べようと思ったのです。

Q:ヘテロ凝固核を入れた金属とそうでない金属の結晶の比較は地上でもできそうですが、なぜ宇宙での実験が必要なのですか。

鈴木:地上で、ヘテロ凝固核を混ぜた金属粉末と入れていない金属粉末をそれぞれ溶かし固めて比較すればいいのではないかと思うかもしれません。

ですが、実はるつぼや鋳型の壁の凹凸や、るつぼ・鋳型の中にある微細な塵も結晶化のきっかけになってしまうのです。だから、そもそも「容器がない」状態で考えてみたい。そのためには材料を宙に浮かせておくことが必要です。

また、溶けた金属が対流でかき混ぜられる状態も避けたいので、対流が起こらない微小重力空間がよいのです。こうした点で宇宙実験を必要とし、「Hetero-3D」ではJAXAが開発し「きぼう」に設置されている静電浮遊炉(ELF)を使用しました。

ISS・「きぼう」に搭載されている「静電浮遊炉(ELF)」

Q:一見、地上でもできそうですが、宇宙の環境でないとよいデータがとれない実験だったのですね。

鈴木:はい。ただ、この点は宇宙実験の実施にあたって、「本当に宇宙でないとだめなのか」と審査の際に問われたところでもありました。

なぜ宇宙実験が必要か、ということを説明するのが一番苦心した点かもしれません。

この点については、共同研究に加わっていただいた、シミュレーションを専門とする東京都市大学の白鳥英先生のグループが地上と宇宙環境での対流の違いをシミュレーションで示してくださり、実験の必要性をご理解いただくことができました。

Hetero-3D実験では、東京都市大学の他にも、TiCによる金属積層造形体の組織制御技術を開発した名古屋工業大学の渡辺義見先生と佐藤尚先生のグループ、さらに電磁浮遊を専門とする千葉工業大学の小澤俊平先生のグループにも加わっていただきました。

得意分野の異なる複数の大学との共同研究という形をとったことに関しては、JAXAの評価委員会からのアドバイスがあったのですが、それぞれの強みを生かすことにつながり、非常によかったと思っています。今後、3Dプリンティング実験で産業技術総合研究所(産総研)の佐藤直子様、Henry Monitorの中野禅様にもご協力いただきます。

Q:実験では、無事にデータは取得できたでしょうか。

鈴木:はい。試料は無事に地上に回収でき、ミニマムサクセスである、試料を加熱・冷却したときの温度変化を見た冷却曲線のデータがとれました。この後は、回収した試料を観察して結晶の分布を明らかにするほか、TiCが凝固の挙動に与える影響、TiCをどの程度入れればどのくらい結晶ができるかといったことを明らかにしているところです。

実験現場で学生たちが大活躍 さまざまな人との共同研究を通じた成長

Q:宇宙実験は他大学との共同で行われたことに加え、学生さんが活躍されたと聞きました。

鈴木:実験では、学生に現場の取り仕切りをお願いしました。実験の準備から実施、その後の報告会など、結構なハードスケジュールですが、皆、自分たちでなんとか成功させようという気持ちをもってやってくれました。

実験では、静電浮遊炉に入れたTiCを混ぜた金属試料にレーザーを当てて溶かし、その様子を高速度カメラで撮影しました。ただ、試料の中のTiCはすぐ液体金属の中に溶けてしまうので、溶ける前に加熱を切り、凝固する瞬間を撮影しなければいけません。あまり長く撮影するとデータ量が膨大になりますから、それも避けなければならず、試料が溶けた瞬間を見極めて撮影する必要があります。

試料が溶けたかをJAXAの方に判定してもらい、それを受けてカウントダウンをしてレーザーを切る、画像を撮影する…これらを手際よく進めるための手順書を学生につくってもらい、その手順書に沿って、学生たちの連携プレーで実験を進めました。

Q:研究室の学生さんにもお話を伺います。修士2年の門井さん、上田さん、修士1年の櫛舎さんは実験に参加されたそうですね。

門井:皆で計画してやろうと決めたことを成功させることができ、得たいデータが得られたことにとても達成感を感じました。 一方で、実験期間中は毎日、その日の終わりに速報資料をまとめていたのですが、限られた時間の中、皆で反省点や改善点を話し合ってまとめ、報告するという作業は大変でした。ただし、この作業が実験の成功やその後の解析に大変役立ちました。

上田:実験が成功した達成感はもちろん、運用管制チームと連携して実験運用にあたる研究者など限られた人しか入れない実験エリアに入って実験できたことは貴重な経験で、ワクワクしました。 大変だったのは、それぞれの実験ごとに次に何をするか決めたり、トラブルが起きた際には対応を考えたりしなければならなかったことです。JAXAの方々とも話し合って進めていきました。

櫛舎:私がこの研究班に入ったときには宇宙実験は半分ほど終わっている段階だったのですが、現場で皆さんに教えてもらいながら楽しく実験に参加することができ、刺激を受けました。回収後のデータ解析から本格的に携わらせていただいており、難しいところもたくさんありますが、いい勉強になったと感じています。

Q:宇宙実験の実現に向けて、研究室の皆さんも大いに関わったのですね。上野さんは学部4年生で今回の宇宙実験には参加されていないとのことですが、何か期待などはありますか。

上野:宇宙でも使えるものを研究する研究室は他にもありますが、実際に宇宙実験を行っている研究室は少ないので、この研究室を選びました。今後、宇宙実験にも取り組んでみたいと思っています。

鈴木:願わくは、将来、研究代表者になって自分の実験を遂行してもらえれば(笑)。

研究室の学生たちと。鈴木先生は学生の主体性を重視している

Q:学生さんたちが主体的に取り組んでいる様子がわかりました。宇宙実験の教育効果についてどのようにお考えでしょうか。

鈴木:私は実験などの際に、学生間であらかじめ話し合ってもらうようにしています。何かを検討するときにも、何が課題か、どうしたらよいかという意見が、私が見る前の段階でかなり出てきます。

さらに面白いのが、共同研究を通して、他大学の学生たちと交流が深まっていることです。向こうは向こうで得意なものがあるので、学生たちはこの研究室で学べないことを交流の中で学んでおり、そうした点も成長につながっていると感じています。

また、学生たちは大変だったかもしれませんが、共同研究では、学生を指導する「先生」がたくさんいたこともよかったと思っています。論文を書くと、他大学の先生方やJAXAの方々からもたくさん指摘がきます。厳しいことを言われますが、その背景には信頼関係があり、皆がわが子のように学生たちを可愛がってくれました。

トラブルが起きてもタダでは起きない 解決で得た知見を論文に

Q:実験を進めていく中で大変だったことなどはありましたか。

鈴木:宇宙に打ち上げる試料は球形をしているのですが、作製してみたところ、ほとんどの試料の中に気泡がありました。宇宙の微小重力環境では試料が溶けても気泡が外に抜けないので、いつまでも中に存在し、綺麗な結晶の成長を邪魔してしまいます。

これではダメだということになったのですが、原因がわからず、しかも打ち上げまでに試料の作製が間に合わないかもしれないという状況になりました。結局、JAXA宇宙科学研究所の石川毅彦教授から、打ち上げ機会はまだあるので、試料の不備を解決してから実験した方がよいとアドバイスをいただき、実験機会を後ろ倒しにして準備万端で臨むことになりました。

Q:試料に気泡が入ってしまう問題は解決できたのでしょうか。

鈴木:共同研究の皆さんとも話し合い、気泡のガスが何で、どこから出ているのかを分析して原因を推測し、TiCの作り方を変えたところ、気泡は出なくなりました。こう説明すると簡単ですが、学生たちも大変だったと思います。

でも、転んでもタダでは起きない。これをもとに論文を書いたんです。学生が論文をたくさん書くことになったのですが、結果的にこの成果が評価され、研究室の2名が総代に2つの専攻で選出され、修了式で代表挨拶をしました。

宇宙実験のデータを参考値に、地上での研究を加速させる

Q:Hetero-3D実験を終えて、今後はどのように研究を進めていかれる予定ですか。

鈴木:まずしなくてはいけないのは、回収した試料を徹底的に調べ尽くすことです。

実験してみて初めてわかったこととして、宇宙で溶かした試料の表面には綺麗なパターンが出てきました。これは一体何なのか、先日、兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」で試料に高輝度のX線を照射したので、その透過像を見ています。

また、今回の実験で使った試料は10数個だけだったので、別の条件を振れるものはまだたくさんあります。これからも宇宙実験に取り組んでいくつもりですが、一方で、本当に宇宙でしかできない研究だと後がないとも思っています。先ほど、Hetero-3D実験の際には審査で説明に苦心したとお話しましたが、それは地上でもできるものかもしれないという気持ちはやはりあります。ですが、宇宙での実験データは基準として使うことができるものだと思っています。宇宙で取得した実験データが重要な参考値となって地上の研究の発展につながっているということもあります。

宇宙と地上を行き来できる研究が面白いし、やらなくてはいけないことだと思います。それで言うと、2014年に行った「Soret-Facet」実験のデータも、まだまだ活用しています。ですから今のHetero-3Dも長く実験の結果を生かし続けていくと思います。

Q:最後に、科学の探究に取り組む研究者の方に向け、宇宙環境を利用した研究を後押しするメッセージをお願いします。

鈴木:そもそも、宇宙で実験をするという発想がある方が少ないのだと思います。だから、まずは微小重力で何が起こるか、例えば材料系なら無容器であるときに何が起こるか、というように頭の中で考えてみてはいかがでしょうか。そうすると、何か面白いアイデアが出てくるかもしれません。

微小重力でできることを思いついたならば、気軽にJAXAに相談してみるとよいと思います。

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プロフィール

鈴木進補(すずき・しんすけ)
早稲田大学 基幹理工学部 機械科学・航空宇宙学科・材料科学専攻・各務記念材料技術研究所 教授

1998年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(工学)。
同年よりドイツ・Technische Universität Berlin, Hahn-Meitner-Institut Berlin 研究員(19992000 Alexander von Humboldt財団 奨学研究生)を経て、2005年に大阪大学産業科学研究所 准教授(助教授)。2010年より早稲田大学高等研究所 准教授、2013年同大学基幹理工学部 機械科学・航空学科 教授、2017年同大学各務記念材料技術研究所 研究重点教員(兼担)、2019年同大学基幹理工学研究科 材料科学専攻 教授(兼担)を歴任。
鋳造技術や液体金属の拡散現象を主要な研究テーマとしている。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA