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2024.11.29
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過酷な宇宙環境でもしっかり動作!「きぼう」での実証が拓く、全固体電池の可能性

カナデビア株式会社 開発本部 電池事業推進室 室長 西浦崇介
カナデビア株式会社 開発本部 電池事業推進室 企画グループ グループ長 岡本英丈
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パソコンやスマートフォン、電気自動車(EV)などにも使われている「電池」は、現代の生活に欠かせないものです。一般に、これらの機器にはリチウムイオン電池が使用されていますが、可燃性の高い素材が使用されており安全性には課題がある状況です。

明治期に創業、造船業を経て、現在では環境・エネルギー領域のごみ焼却発電施設などを手がけるカナデビア(旧社名 日立造船)では、新たな事業領域を開拓する取り組みとして、現在のリチウムイオン電池より安全性の高い「全固体リチウムイオン電池」の開発を進め、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟での実証に挑みました。

実証に至るまでの道のりや宇宙実験の成果、全固体リチウムイオン電池の将来的な可能性について、お伺いしました。

機械加工技術を生かして電池開発をスタート
全固体リチウムイオン電池の特徴とは?

Q:ごみ焼却発電施設などをつくっているカナデビアが電池の開発を始めたきっかけは何ですか。

西浦:当社の主な事業は、ごみ焼却発電施設など環境・エネルギーにかかわる施設の設計や製造などです。蓄電池はエネルギーとも関連のある領域ですし、祖業が造船だったことから各種の機械加工技術ももっています。電池開発は自社の保有技術を生かせるのではないかということで、新しい事業として取り組むことになったのがきっかけです。2006年に開発をスタートしました。

Q:開発された「全固体リチウムイオン電池」は、一般的に使われているリチウムイオン電池とどこが違うのでしょうか。

西浦:今はどんな機器にもリチウムイオン電池が使われています。リチウムイオン電池の中には、粉体と有機系の電解液が入っています。粉体と電解液の間でリチウムイオンをやり取りすることで充電・放電を行っているのですが、リチウムイオン電池はニッカド電池などに比べて高エネルギー密度化、つまり小型・軽量化を実現したため、一気に普及しました。

ただ、現在のリチウムイオン電池に使われている有機電解液は非常に燃えやすい点がデメリットです。これを克服するために、電解液を難燃性の固体の電解質に置き換えたものが「全固体電池」です。

カナデビアの新たな事業領域の開拓について語る西浦氏(左)、岡本氏(右)

Q:たまに充電池が膨らんで発火したというニュースなどがありますね。全固体電池はこの課題をクリアできるのですね。

西浦:はい。また、電解液は低温だと凝固してしまい、逆に高温すぎてもガス化して膨張してしまうので、極低温・極高温では使えないという点も課題です。それに対して、固体の電解質は使える温度範囲が通常のリチウムイオン電池よりかなり広くなります。

さらに、当社独自の方法で製造した全固体電池は真空中でも安定して動作する点もメリットです。

宇宙のプロに意見を聞こう
JAXAとの出会いから宇宙探査イノベーションハブに参画

Q:全固体電池の開発を始めた当初から、宇宙で使うことを考えていたのですか。

西浦:いえ、全固体電池の開発はシーズ先行で進めていた面があり、明確に宇宙での活用を考えていたわけではありませんでした。どんな市場があるだろうかと探す中で、宇宙にもうってつけの電池では、ということになったのです。

そこで、宇宙のことはプロに聞こうとJAXAにコンタクトしたのが2015年頃のことです。最初にJAXAとコンタクトしたのは、確か電力関係の展示会イベントでした。JAXAブースで名刺交換をして、その後、担当の方に連絡を取りました。「こういうものを開発しているので、一度お話させてほしい」とご連絡したところ、興味をもっていただきました。情報交換などをさせていただく中で、2016年に宇宙探査イノベーションハブ(以下、探査ハブ)事業 が始まることをご紹介いただきました。

※宇宙探査イノベーションハブ:我が国の産業界や大学とともに共同研究を通じて、月・火星のような重力天体での探査活動に資する技術の創出を、地上における技術課題解決と融合させて革新的な技術の開発を行い、得られた成果を、宇宙利用のみならず地上で社会実装すること(Dual Utilization)を目的とした取り組み

Q:いいタイミングでJAXAとの接点ができたのですね。探査ハブでの共同研究はどのように進めたのでしょう。

西浦:探査ハブが始まった2016年頃には全固体電池のプロトタイプが出来上がっており、宇宙で活かせそうだという発想はあったのですが、具体的にどういう特性・仕様が求められるか、開発した電池をどう評価するのかなど、一切知見がない状態でした。探査ハブを通じてこうした点に関する知見をいただけたのは、非常にありがたいことでした。

JAXAにはユーザ目線のご意見をいただいたほか、評価の結果などについて議論させていただき、フィードバックを繰り返す中で完成度を上げることができました。非常に意義のある取り組みだったと思っています。

岡本:宇宙で使うためにはロケットで打ち上げなければいけませんが、それを想定した振動試験や衝撃試験などは、通常の電池開発では行わないので、驚きましたね。

西浦:2016年時点でも、従来の電池と比較して低温・高温で使える性能ではありましたが、例えば月面探査で使うとなると、環境はより厳しく、対応できないことが予想されました。どういう材料がよいか、どういう設計であるべきかなどを議論しながら開発を進め、宇宙でも使える仕様に改善していきました。

外部からコマンドを送信できる「外部運用管理システム(ROCS)」を活用
宇宙での充電・放電を確認!

Q:探査ハブに参画した流れで「きぼう」での実証を進めることになったのですか。

西浦:いずれは実証が必要だと考えてはいたのですが、当初は「きぼう」での実験でなく、人工衛星などに搭載できないかと思っていたのです。しかし、衛星に載せて実証することはやはりハードルが高く、どうしようかと考えていたところ、「きぼう」で実証しようということになったのです。

全固体電池の開発は日本がリードしている分野ですし、世界に先駆けて実績を積んでいきたいという思いは私たちだけでなく、JAXAも同じでした。探査ハブの方々に加え、「きぼう」での実験を担当する有人宇宙技術部門の方にも入っていただき、「きぼう」の中型曝露実験アダプタ(i-SEEP)を使うことになりました。

Q:宇宙実験の際は、技術的な対応や事務手続きなど、事前にしなければいけないことが多くあると聞きますが、どう対応されましたか。

西浦:宇宙飛行士が滞在している「きぼう」で実証するにあたり、安全性は非常に重視されます。先ほどお話ししたように、全固体リチウムイオン電池は有機系電解液を使用した現状のリチウムイオン電池より安全な電池です。

開発を進める中でも、安全なので今の電池よりもっと手軽に扱えるのではないか、安全だからこそ安全機構を簡素化できるのではないか、こうした点をいかにアピールしていくか、という議論をしていました。ですが、まだ地上でもあまり応用されていないので、全固体電池そのものについてご理解いただく必要があり、そこに時間をかけました。

JAXAの方だけでなく、NASAの方にも、全固体電池の原理やメカニズムのところから、実際の試験データも含めて丁寧に説明し、安全だということをご理解いただきました。

このほか、事務的な手続きも本来は非常に煩雑なのですが、この点はJAXAが一手に引き受けてくださり、おかげで私たちは技術的な対応にフォーカスできました。共同研究から実証まで、JAXA探査ハブ、有人宇宙技術部門、研究開発部門の皆さんが一緒になって取り組んでくださったことに感謝しています。

Q:全固体電池の実証装置は2022年2月に打ち上げられました。装置はどのようなものだったのですか。

西浦:実証装置は「全固体リチウムイオン電池軌道上実証装置(Space AS-LiB)」といい、上部に360度撮影できるカメラが付いています。筐体の中には電池が15個並列接続されており、この電池でカメラを動作させます。
実証ではこのカメラから撮影を行うなど、世界で初めて、全固体リチウムイオン電池が宇宙環境で充放電できることを確認しました。

全固体リチウムイオン電池軌道上実証装置(Space AS-LiB)の外観(左)と内部構造(右)
Space AS-LiBのモニタカメラが撮影した画像

Q:実証の成果は予想通りでしたか。

西浦:厳しい環境で使えるのが売りの電池なので、地上でも120℃、1×10-2 Paという高温真空状態で動作することを確認していました。一方で、宇宙では温度や真空、また放射線が複合的に影響するので、こうした環境下できちんと動作するかが心配でした。

比較対照として、実証に使ったものと同時期に製造した電池を用意し、地上でも軌道上と同じような条件で試験したのですが、データはほぼ一致していました。宇宙環境でも地上と同様に動作するということで、非常に良好な結果が得られました。

Q:Space AS-LiBを宇宙に曝露している期間はどんなことを行ったのですか。

西浦:Space AS-LiBを打ち上げる少し前にJAXAが「外部運用管理システム(以下、ROCS)」を構築しました。従来、「きぼう」に搭載されている機器の操作はJAXAの管制室からでないとできませんでしたが、ROCSを使うとユーザがいる外部拠点からコマンド送信ができます。

電池の実証では、充電と放電を繰り返すのですが、管制室まで行かずにコマンドが送信できるので、いろいろと条件を変えて効率的に充放電の試験を行いました。手軽にコマンドが送信できたのはとても助かりました。

「宇宙環境に耐える電池」は大きなアピールポイント
宇宙だけでなく地上でのニーズも

Q:実証を終えたSpace AS-LiBは地球に帰還し、今まさに分析を行っているところですが、これまでの手応えを教えてください。

西浦:宇宙という厳しい環境でも劣化しなかったことは、広くアピールできる点だと考えています。ですが、すぐ宇宙で使えるかというと、そこはまだ改善の余地があると思っています。今後わかってくる課題などもあるでしょうが、少なくとも宇宙特有の環境でも大きな影響がないことがわかったのは手応えの一つだと思っています。

岡本:宇宙という厳しい環境で大丈夫だったこともそうですが、ロケット打上げや装置を回収する帰還の際の大気圏再突入という衝撃があったにもかかわらず、大きな変化がなかった点も驚きでした。

地上で電池を使いたいというお客さまの中には、振動に対する強さや真空で使用できることを求める方もいます。そうしたお客さまに宇宙に行って帰ってきたとお伝えすると、「それなら大丈夫だね」と言っていただけます。宇宙での実証を行ったことで、地上のお客さまにも全固体電池を紹介しやすくなった実感があります。

実証後、国内外問わず、お問い合わせをいただくことが増えました。

Q:今後の展望としてはどのようなことをお考えですか。

西浦:次世代の電池だと言われる全固体電池ですが、現状の電池に比べると性能面を含めた完成度として、まだ洗練されていません。コストの課題も大きく、現状の電池ほど安くはできません。今のところは、現状の電池に取って代わるのではなく、既存の電池が使えないところに展開していくことを目指しています。

Q:最後に、「きぼう」利用に関心をもつ企業の方などへ向けたメッセージをお願いします。

西浦:開発の目線でいうと、高温環境や真空環境は、個別であれば地上でも再現できますし、放射線試験も実施できます。ただ、宇宙はこれらが複合的に存在している環境で、地上では再現できません。そういう意味で、宇宙実験は技術的に大きな意義があるということを今回の実証で実感しました。

何らかの製品を宇宙で活用したいと思うのなら、「きぼう」の利用を積極的に検討されるとよいと思います。

岡本:私たちが実証に取り組んだきっかけは、JAXAと接点ができたことでした。まずJAXAと会話するということは、宇宙実験の入口の一つだと思っています。最近はJAXAもさまざまなところで展示をしていますので、そういうところに足を運んでつながりをつくり、会話を進めていくのが非常に大事なことではないかと思っています。

プロフィール

左/西浦崇介(にしうら・そうすけ)
カナデビア株式会社 開発本部 電池事業推進室 室長

カナデビア(旧 日立造船)入社以降、セラミック材料の知見を持っていたことから、同じ粉体を扱う領域に従事。電池事業の立ち上げと推進を担う電池事業推進室にて開発領域を担当し、20244月より現職。

右/岡本英丈(おかもと・ひでたけ)
カナデビア株式会社 開発本部 電池事業推進室 企画グループ グループ長

カナデビア(旧 日立造船)入社後、脱硝触媒の開発を経て全固体電池の開発に従事。現在は、電池事業推進室にて需要創出やマーケティングを担当する企画グループのグループ長として、事業企画や社外PRなどにも携わる。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA