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2023.04.27
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宇宙におけるマウスの行動解析手法を開発、さらに精緻な行動分析や宇宙酔いの解明などにも期待!

有人宇宙技術部門 きぼう利用センター 客員研究員
下村道彦
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国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟に設置された可変人工重力研究システム(MARS)は人工的に重力を発生させることができるため、微小重力環境と人工重力環境でのマウスの違いを詳しく調べられるようになっています。この装置を用いて、重力環境の変化のもとでの骨や筋肉量の変化、遺伝子の発現など多岐にわたる研究が行われています。一方、きぼう利用センターの下村道彦客員研究員らは2016年に行われた飼育ミッション時に撮影された映像をもとに、マウスの行動解析の手法を開発し、解析を行いました。解析により分かったこと、今後の展望を下村研究員に伺いました。

個別のマウスの行動に注目した例のない研究

Q:「きぼう」での飼育ミッション時のマウスの行動解析に取り組まれたと伺っています。行動に注目された背景についてご説明ください。

下村:人間も含め、生物は周りの環境の影響を強く受けていて、ストレスのある環境に置かれるとその影響は状態や行動に現れます。身近な例で言うと、車酔いや船酔いなどは、前庭器官や視覚、筋肉、匂いなどから得られた情報が脳で処理されるときに混乱が起きることが原因と考えられています。

地上に暮らす人間にとって、宇宙はまったく異なる環境です。特に重力の変化の影響は大きく、宇宙飛行士がISSに滞在した時、微小重力環境にすぐに適応できずに吐き気、嘔吐、頭痛、倦怠感を感じる「宇宙酔い」が起こり、地上に帰還した時も頭がくらくらして動けなくなるといった「地球酔い」になることが知られています。

ただ、人間の場合は感情なども入るため、環境の影響は行動では分かりづらい面があります。その点、マウスは反応がピュアなので、長時間、行動を記録して解析することには大きな意味があると考えました。

Q:宇宙でのマウスの飼育ミッションというと、例えば筋肉や骨、あるいは遺伝子に対する重力環境の変化を調べるようなイメージがありました。

下村:そうですね。マウスは人間と同じ脊椎動物であり、同様のゲノムの構造をもっています。これまでマウスなどを用いた微小重力環境の影響は主に組織や遺伝子の解析により研究されてきましたが、行動解析も人間に対する重力環境の変化の影響を推定するのには重要だと考えています。

今回、行動解析に用いたのは、JAXAが開発し、2016年に「きぼう」に設置して運用している飼育ケージユニット(Habitat Cage Unit 以下HCU)と細胞培養装置(Cell Biology Experiment Facility 以下、CBEF)を組合わせた可変人工重力研究システム(Multiple Artificial-gravity Research System 以下、MARS)で回転させることで1Gの人工重力環境を作り出して、微小重力環境にあるマウスと1G環境にあるマウスを比較できるようになっています(下記関連リンク:小動物飼育装置(MHU)をご参照ください)。これまでに宇宙でのマウスの行動に関して報告されている論文は、集団飼育されたマウスの行動だけです。HCUでは個別のケージで飼育されているマウス個体の行動を長時間にわたって観察することができるので、他のマウスに邪魔されること無く、調べることが出来ることが大きな利点です。

可変人工重力研究システム(Multiple Artificial-gravity Research System: MARS)
地上用ケージでのマウスの様子(発表論文から引用)
(左から、休息時、飲水時、立ち上がり時。右の立ち上がり時の画像で紫色がかっているところが、前の画像から変化のあったピクセル)

Q:行動解析は2016年に行われた飼育ミッションで記録された映像を利用して実施されました。このミッションはマウスの行動を明らかにするために計画されたものだったのですか?

下村:「きぼう」でマウスを飼育できるようになったとはいえ、地上に比べて飼育できるマウスの数は限界があり、決して多くはありません。ですので、一度の飼育ミッションで得られる情報はどんなことも利用しつくせるようにミッションが組み立てられています。2016年の小動物飼育ミッションMHU-1は「きぼう」で35日間、マウスを飼育した後、生きたまま地上に戻したマウスを筑波大学の高橋智教授らの研究グループが詳しく解析しました(下記関連リンク:マウスを用いた宇宙環境応答の網羅的評価(MHU-1)をご参照ください)。その結果、微小重力下で生じる遺伝子発現の変化などが確認されています。このミッションではマウスの行動も動画として記録されています。これを利用して行動解析を行いました。

マウスの打上げから帰還までの日程。人工重力環境下では、35日間飼育した(発表論文から日本語化し引用)

Q:動画からどのようにしてマウスの活動量を推計するのですか?

下村:マウスの行動を定量化する手法は地上ではいろいろありますが、「地に足がつかない」微小重力環境でそれらを用いることはできません。そこで、動画から活動量を推計する方法を考案しました。2015年にきぼう利用センターの小動物飼育ミッションによって開発された、マウスの重心点の移動を可視化するという手法もあったのですが、これはノイズの影響を受けることが分かりました。そこでこの手法をヒントに、マウスが動くことによって生じる変化部分(ピクセル数)をカウントすることで、活動比率を推計しました。

地上でのマウスの活動比率に関する他の論文と比較した結果、今回開発した指標は妥当であり、今後、宇宙でのマウスの行動解析に用いることができると考えられます。このような指標化はこれまでなされてこなかったことで、今回、この指標を用いた研究結果は英国の科学誌『Nature』の姉妹版のオンラインジャーナル『Scientific Reports』に掲載されました。

重力が変化した後適応に時間がかかる

Q:宇宙で微小重力環境と人工重力環境での活動比率を比較されたのですか?

下村:宇宙では、マウスを2つのグループに分け、1つのグループは微小重力環境で、もう1つのグループは人工重力環境である1Gの環境で飼育し、行動を解析しました。また、地上でも同じ飼育装置を使ってマウスを飼育し、飼育記録動画を撮影しました。打上げ後、マウスは一旦、微小重力環境に置かれ、その後、人工重力環境に置かれるといった重力環境の変化を体験します。2016年の小動物飼育ミッション運用開始前、打上げ後ISSに運ぶまでの間に微小重力環境に慣れたマウスが人工重力による1G環境にどう適用するのかを調べるために、地上の1G環境で飼育したマウスを1.4G環境(飼育ケージを遠心機に設置して回転させて実現)で飼育しました。地上の1 G環境下での動画に加え、このときの動画も解析に用いました。

Q:微小重力環境下ではマウスはHCU内で浮いているため、寝ているときなど自ら動いていなくても、マウスの位置が変化してしまうことはないのでしょうか?

下村:HCUは決して広いケージではありませんし、マウスはケージ内で脚や尻尾で体を固定させて眠っていて、意図しない動きを計測することはないと考えています。

Q:解析の結果、どのようなことが明らかになってきたのでしょうか?

下村:その結果を図1に示します。これは重力環境が変化した場合の活動比率(=活動時間 /(非活動時間 + 活動時間)*100(%))の推移を示しています。重力環境を地上で1 G環境から1.4 G環境に変化させたものを青いグラフ、軌道上で微小重力から人工重力による1G環境に変化させたものを赤いグラフで示していて、横軸の経過日数はそれぞれ変化させた環境に置いてからの日数です。若干のばらつきはあるものの、地上、軌道上ともに同じ傾向が見られます。

図1 重力環境が変化した場合の活動比率(発表論文から日本語化し引用)

下村:図2~4は、今回開発した手法により、ケージでの様子を撮影した動画から抽出した、マウスの活動比率を示したものです。図2は地上の1 G環境での活動比率で、青(平均は青破線)は夜間、赤(平均は赤破線)は昼間のグラフです。図2からは、夜間の活動比率の平均は約60%で、昼間(約30%)の倍であることがわかります。

図3は地上の1.4 G環境で飼育を始めてから昼間の活動比率がどのように変化していくかを示したもので、図3からは、5日ぐらいまでは活動比率が低下していることが見て取れます。

図4は軌道上での昼間の活動比率で、赤は微小重力環境、緑は人工重力環境での結果です。微小重力環境に置かれたままのマウスは図2の地上の1 G環境同様、活動比率は高いままですが、人工重力環境へと変化させたマウスは図3と同様、初期には活動比率が低下していることが分かります。これらの図から、重力が変化してからの5日ぐらいは新たな環境に適応するのに時間がかかり、宇宙飛行士が経験する地球酔いのような状態にあると考えられます。なお、図4の微小重力環境では25日目まで地上より活動比率がやや高めですが、これは微小重力環境の方が動きやすいためではないかと考えています。

図2 地上の1 G環境での活動比率(発表論文から日本語化し引用)
図3 地上の1.4 G環境で飼育を始めてからの昼間の活動比率(発表論文から日本語化し引用)
図4 軌道上での昼間の活動比率(発表論文から日本語化し引用)

宇宙酔い、地球酔いのメカニズム解明を目指す

Q:マウスの映像を用いた行動解析で明らかになったことは、今後、どのように役立てられるのでしょうか?

下村: MARSは微小重力の軌道上で唯一、遠心による人工重力環境を作り出せる飼育装置であり、この装置の利用により、重力環境の変化が生物にどのような影響を与えるのかを明らかにできると期待されています。今回のような行動解析により、マウス飼育ミッションでサンプリングをしたりするときには重力環境を変化させてからの5日程度は正常な状態ではないことを留意する必要があることが分かりました。逆の見方をすると、5日以内であれば、変化の過渡状態を調査することもできることが分かりました。また活動比率を勘案して健康観察の時間を選定することもできます。より精緻な研究を行うための重要な知見が得られたと考えています。

Q:宇宙酔い、地球酔いのメカニズムを解明していく上で何が必要だとお考えですか?

下村:マウスの行動を正確に理解しようとすると、打上げからISSに運ばれるまでにどのような状態にあったのかも把握しておく必要があります。しかし、残念ながら現在の仕組みではISSに運んでいる最中のマウスを観察することはできません。打ち上げてからISSで飼育ケージに入れるまでには5日ほど経過します。その間、マウスは微小重力環境にあるので、ISSへの打上げや地球への帰還の際の様子も動画で記録できるシステムが実現すれば、今後のミッションで宇宙酔いなどへの理解がさらに深まるでしょう。

宇宙酔い、地球酔いについては、過去、宇宙飛行士を対象に研究が進められたとはいえ、まだ十分に解明されたとは言い切れません。その一方で宇宙の利用が民間に開かれていくと、選び抜かれた宇宙飛行士だけでなく、民間人が宇宙に進出していくと考えられます。そうなると宇宙酔いや、地球に帰還した時の地球酔いを抑える技術が求められるはずです。

行動解析も含めさらに研究が進んで宇宙酔い、地球酔いのメカニズムが解明されていけば、あくまでも個人的な希望ですが、バーチャル・リアリティの技術を開発して、異なる重力環境でもあたかも地上にいるように感じるようにすることで宇宙酔い、地球酔いの症状を抑える仕組みができるのではないかと期待しています。

Q:最後に「きぼう」利用についてメッセージをお願いします。

下村:地上でも遠心機を用いて重力環境を変えられますが、1G以下の環境を作り出せるのは、「きぼう」のMARSだけです。しかも回転数を制御することで微小重力から1Gの間までの重力を自在に作り出すことができ、重力変化に対する生物の応答を詳しく調べらます。重力環境を変えることで、今まで見えなかったものが見えてきます。こうした飼育装置を用いて研究されたいことがありましたら、きぼう利用センターにお声がけください。

<補足>
宇宙実験を含むすべての実験計画について、JAXA動物実験委員会等で審議されたのちに、承認され実施したものです。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports, 11.1 (2021), 2665.
論文名Study of Mouse Behavior in Different Gravity Environments
著者名 : SHIMOMURA Michihiko, YUMOTO Akane, OTA-Murakami Naoko, KUDO Takashi, SHIRAKAWA Masaki, TAKAHASHI Satoru, MORITA Hironobu and SHIBA Dai
DOI:10.1038/s41598-021-82013-w

きぼう利用成果紹介PV

プロフィール

下村道彦(しもむら みちひこ)
きぼう利用センター客員研究員 

民間企業で、昆虫・植物ゲノム解析に従事後、2015年、宇宙航空研究開発機構に出向、後 転籍、小動物飼育ミッションに従事。2019年、学位取得。現在、きぼう利用センター客員研究員として小動物飼育ミッションの行動解析に従事

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA