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物性測定以外にも大きな可能性を秘めた静電浮遊炉、幅広い視点からのご提案をお待ちしています!
織田裕久
材料科学の研究では試料を溶融して、物性を調べる実験が行われています。地上で実験する以上、重力の影響は避けられず、試料に制約が出てきますが、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟に設置された静電浮遊炉(ELF)では、より幅広い試料の実験をすることができます。また、物性測定以外の利用も期待されています。ELFではどのような実験が行われ、どんな成果が得られようとしているのでしょうか。JAXAきぼう利用センターでELF運用を担当する織田裕久主任研究開発員に聞きました。
絶縁体から導体までさまざまな試料を浮遊させて溶融できる
Q:織田さんは、現在、きぼう利用センターで静電浮遊炉(Electrostatic Levitation Furnace : ELF)を担当されていますが、これまでJAXAでどのような業務を担当されてきたのでしょうか。
織田:学生時代には材料科学の分野で、セラミックスの強度を上げる研究に取り組んでいました。毛利衛さんや向井千秋さんらがスペースシャトルで宇宙に行ってさまざまな実験を行っていたころで、私も宇宙での材料実験に関わりたいと考え、JAXAの前身の宇宙開発事業団(NASDA)に入りました。
当初はスペースシャトルでの電気炉を用いた材料実験を担当しました。その後、船外実験プラットフォームに設置する実験装置の開発を担当したり、有人安全・ミッション保証室に異動してISSの安全業務に従事しました。1年程の文部科学省への出向を経て、2018年にきぼう利用センターに異動してからはELFの業務に携わっています。
Q:材料研究を背景に、宇宙での実験や安全、国際的な取り組みの面でも経験を積み重ねてこられたわけですね。現在担当されているELFはどのような実験装置なのでしょうか?
織田:「静電浮遊炉」の名が表すように、静電気の力で試料を浮遊させ、高温で加熱して試料を溶融させることのできる電気炉です。材料を浮遊させることが大きな特徴です。プラスとプラスが反発し、プラスとマイナスが引き付き合う力(クーロン力)を利用して試料を浮かせ、レーザーを照射して融かし、物性を測定することができます。
材料科学の研究では溶融した試料の物性計測が必要になります。その際、試料を容器に入れると、容器の融点により実験が制限されてしまいます。例えば容器としてよく用いられる酸化アルミニウムは2,000℃くらいになると融けてしまうため、3,000℃以上に熱しないと融けないタングステンのような物質の実験はできないという問題がありました。ELFでは試料を浮かせることができるため、容器は不要で、融点が非常に高い試料でも実験することができます。
Q:地上で利用する静電浮遊炉があると伺ったことがありますが、「きぼう」のELFとはどのように異なるのでしょうか?
織田:基本的な原理は同じなのですが、地上の重力環境下で試料を浮かせることができるのは、試料表面の帯電量の多い金属に限られます。一方、ELFは微小重力下にあるため、試料表面の帯電量が少ない金属以外の試料も浮かすことができます。
ISSではほかに、欧州宇宙機関(ESA)のモジュールに電磁浮遊炉という浮遊炉があります。これは電磁力によって試料を浮遊させる仕組みで、導電性の試料しか実験できません。一方ELFの場合は試料表面がわずかに帯電していればよいので、導体、半導体から絶縁体まで実験が可能で、より汎用的な実験装置になっています。
Q:ELFではどのような測定ができるのでしょうか?
織田:高温融体の密度、表面張力、粘性を測定することができます。ELFのチャンバー内で浮かせた試料にレーザーを照射して融かすのですが、ISSの微小重力下で融かすと真球に近い球体になります。その際の画像を撮影して、画像から半径を測定することで融体の体積を求められます。宇宙では試料の質量は測定できませんから、地上で測定した質量とELFで測定した体積から密度を算出することができます。レーザーの出力を変えることで異なる温度帯の体積を調べられますから、異なる温度での融体の密度を明らかにすることができます。
表面張力と粘性の測定には「液滴振動法」という方法を使います。試料を融かしたところでパルス状の電界を与えると試料はぶよぶよと振動します。その物体の融体固有の振動数から表面張力を計算できるのです。さらに、振動が収まっていくときの減衰率から粘性を求められます。こちらもレーザーの出力を変えることで、さまざまな温度帯での表面張力、粘性を調べることができるようになっています。
相談の段階からデータの解析まで、幅広く支援
Q:ELFの実験により、どのような成果が得られているのでしょうか?
織田:最近では、素材メーカーのAGC株式会社が半導体の材料となる酸化ガリウムの物性を調べるためにELFの有償制度を利用しました。酸化ガリウムの結晶が大きくなる時の最適条件を見いだすシミュレーションを行うには、酸化ガリウムが融けているときの物性値を調べる必要があります。しかし、これを地上で測定することは難しかったのです。今後、実験で得られたデータは酸化ガリウムの結晶を製造する技術を開発するのに役立てられていくことでしょう。
Q:ELFを活用するために織田さんはどのような活動されているのでしょうか?
織田:「きぼう」の実験装置は、外部の研究機関や企業の研究者に利用してもらっていて、どのような実験に利用できるかといった専門的な問い合わせには私が対応しています。
公募の場合、応募された案件は、ELFで実験できるのかを検討するフィジビリティスタディに進みます。応募の段階では内容が詳細には決まっていない場合が多いので、どのようにELFを利用するか、どの試料のどの実験なら可能か、といったことを、ELFを利用してくださる研究者の方と相談しながら実験の計画を詰めていきます。試料がロケットの打ち上げの振動等に耐えられるのかといったことや、ELFのレーザーに対する適性といった、適合性確認試験も行います。
また、ISSには運用上のルールがたくさんあって、いつ実験を行うのか、そのために宇宙飛行士の時間をどのように割り当てるのかなどを一つ一つ決めていきます。実験を行うまでの手続きも私のほうで支援することになります。
例えば、試料の打上げに関しては多くの書類を作成して申請する必要があり、書類の作成を行ったりもしています。
打ち上げたあと、いよいよ実験となれば、筑波宇宙センターでISSと研究者とコンタクトを取りながら、遠隔操作で実験を支援します。コロナ禍のなかったときには、研究者にも筑波に来ていただいていました。
宇宙での実験というものはやってみないとわからないことばかりで、試料を浮遊させるための最適条件を探して実験を繰り返します。実験終了後の試料の回収と研究者への返却、データの解析などのお手伝いもしています。
Q:ISSでの実験にはさまざまな制約がありますから、利用者の希望に添えない場合もあるのではないですか?
織田:そうですね。試料はISSに補給物資と一緒に運ばれますので、打上げや回収のスケジュールの機会は限られます。また、ISS内でのスケジュールとの兼ね合いもあるため、採択されてから実験を行うまでに1年以上、かかってしまうこともあります。
試料に関して言えば、ISSでは宇宙飛行士が活動していますから、毒性のあるものを持ち込むことはできません。それにロケットで打上げ時に強い振動を受けるため、振動で壊れてしまうような脆い試料の実験も行うことはできません。また、ELFではチャンバー内を2気圧にして試料の蒸発を防いでいますが、それでも蒸発してしまうようなものも実験が難しい試料です。レーザーを透過してしまうような素材も適していません。ELFの利用を希望される方のご希望に添えない場合もあり、ELFでできること、できないことについてはスケジュール感とともに常に丁寧に説明することを心がけています。
新材料の探索やデブリ除去の技術開発など、多様な研究に対応
Q:海外の研究機関にもELF利用の門戸を開いているようですね。
織田:日米でISS内に設置された実験装置を相互利用するという協定があり、ELFに関してもNASAを始めアメリカの研究機関等に利用してもらっています。4件の実験が組まれ、2021年に液体状態の金属の物性を測定するタフツ大学のダグラス・マットソン准教授の実験を行いました。この実験はESAのモジュールにある電磁浮遊炉でも実験が行われました。試料にはさまざまな金属・合金を使用するのですが、どういうわけか電磁浮遊炉のほうは金を融かすことができませんでした。ELFでは金の実験に成功して物性データが得られたので、マットソン准教授にはとても喜んでいただきました。残りの3件のうち1件は進行中、他の2件も順次行われる予定で、さらに活用したいという声もいただいています。
Q:今後のELFを用いた研究や実験についてはどのようにお考えですか?
織田:新たな分野としては、過冷却に注目しています。過冷却というのは温度が凝固点を下回ったにもかかわらず液体で存在する状態を指し、衝撃を与えると一瞬で固化します。
容器に入れた状態では、不均一核生成といって容器に接した界面で結晶化が進んで過冷却にはなりにくいのですが、ELFで浮かせた状態だと凝固点よりもかなり温度が下がっても液体の状態が保たれるのです。例えば2000℃で凝固するものが、1,800度程度まで液体の状態を維持することができます。そうした過冷却の試料を急速に固化させると地上では作れない結晶が得られることがあり、過冷却を活かした新材料の探索も、ELFの可能性の一つだと言えます。
これまでは物性測定を中心に実験が行われ、地上では得られないデータが蓄積されていて、その面では唯一無二の装置と言ってよく、今後も改良をしつつ実験を重ねていきたいですし、過冷却による新材料の探索にも取り組みたいと考えています。
Q:まだまだ新たな可能性が秘められているようですね。
織田:はい。私たちにとっても予想外の提案もあります。例えば、大阪府立大学の森浩一教授がスペースデブリを除去する技術を開発するための実験を提案され、採択されています。
これまでの宇宙開発により、地球の周囲には膨大な数のスペースデブリとよばれるゴミがあり、今後の宇宙開発の妨げになると懸念されています。森教授は、デブリにレーザーを照射し、生じた熱によって推進力を得て軌道を下げることでデブリを除去できるのではないかと考えていて、デブリに見立てた試料がどのような挙動を示すのかを実験したいとの提案を受けました。これは、私たちとしても想定外のELFの利用法でした。
Q:提案する側としてはELFでできるのかどうか確信を持てず、躊躇してしまうこともあるかもしれません。
織田:きぼう利用センターでも提案のハードルを下げなければいけないと話していて、提案書が簡素化できないか、検討しているところですが、まずは私を含め、センターのスタッフと気軽に話せる体制づくりが必要だと考えています。コロナ禍が終息していけば、積極的に学会大会に参加していきます。
宇宙利用というと難しいことと考える方も多いかもしれませんし、大学等の研究者のものだと思われるかもしれませんが、民間利用も促進しています。私たちスタッフが全力で実現の可能性を探り、サポートしていきますので、無理かなと思えるような提案でもけっこうですから、是非、気軽にご相談ください。
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プロフィール
JAXAきぼう利用センター主任研究開発員
1995年、東京工業大学大学院修了。宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)に入職、スペースシャトルを利用した材料実験(MSL-1)に従事。1998年、「きぼう」船外実験プラットフォームに設置する実験装置の開発に携わる。2012年、有人安全・ミッション保証室に異動、国際宇宙ステーション(ISS)の安全業務に従事。2016年、文部科学省へ出向。2018年、きぼう利用センターへ異動。ELFの運用業務に従事。
※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA