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2021.03.19
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古民家を拠点に新しい繊維を開発 その可能性を「きぼう」の実験で確認!

新日本繊維株式会社 代表取締役
深澤 裕
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月や火星への有人探査が行われるようになると、宇宙飛行士の被曝を抑えるため、これまで以上に高いレベルで宇宙線を遮蔽(しゃへい)する技術を考えていかなければなりません。そこで注目されているのが、石炭灰(せきたんばい)などを原料とする繊維「バッシュファイバー」です。バッシュファイバーは、地上での実験で放射線に強い耐性を持つことが確認されており、現在、この繊維を用いた実験が、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟で行われています。この繊維を開発したのは、千葉県我孫子市にある新日本繊維株式会社です。古民家を再生したユニークなオフィスを拠点に先端の実験や研究開発を進める同社代表取締役の深澤裕さんに、「きぼう」での実験やバッシュファイバーの可能性について語っていただきました。

図1:古民家を再生した新日本繊維株式会社のオフィス ⓒ新日本繊維株式会社

固体でも液体でもない物質から繊維が生まれる

Q:深澤さんが代表を務める新日本繊維株式会社が開発した「バッシュファイバー」を用いた実験が、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」で行われています。バッシュファイバーとはどのような繊維なのでしょうか。

深澤:石炭火力発電所などで石炭を燃焼させると、「石炭灰」と呼ばれる副産物ができます。この石炭灰などを原料につくった繊維がバッシュファイバーです。石炭灰を12001400℃という高温で熱すると、アモルファスという状態になります。

アモルファスというのは液体でも結晶でもない状態で、アモルファス状態にした物質を細い穴から押し出してやると繊維をつくることができます。そのようにして得られたバッシュファイバーは、地上の実験で6ギガグレイ※1という非常に強い放射線でも劣化しないことが確認できています。

※1 グレイは物質がどれだけ放射線のエネルギーを吸収したかを表す量。1kgの物質が1ジュールのエネルギーを与えられる量が1グレイ。
図2:石炭灰(左)とバッシュファイバー(右)ⓒ 新日本繊維株式会社

Q:そのようにして繊維ができるとは、興味深いですね。深澤さんはもともと、繊維の研究をしていらっしゃったのですか。

深澤:いえ、繊維とは全く関わりがなく、前職の日本原子力研究開発機構(JAEA)では放射線を用いた物理学の実験に取り組んでいました。簡単にいえば、放射線を発生させ、物質に照射して特性を調べるというような実験です。

火力発電の副産物を利用して放射線に強い繊維を開発

Q:実験物理学者の深澤さんが、どのような経緯で繊維の開発に取り組まれるようになったのでしょうか。

深澤:私が実験のために発生させて利用していたのは世界最強クラスの非常に強い放射線で、実験はもっぱらアメリカのエネルギー省(DOE)が管理する高出力の原子炉で行っていました。実験を続けるうちに、このような放射性に対して耐性があり、放射線を遮蔽できる繊維があればいいなと考えるようになりました。過去、放射線の遮蔽には鉛の板などが使われてきましたが、軽くて、しなやかな繊維に放射線耐性、遮蔽性能があれば様々な用途で利用でき、非常に便利になると考えたのです。そこで、現在の会社で研究開発に取り組むことにしました。

図3:DOEで実験を行っていたころ、同僚と。ⓒ 新日本繊維株式会社

Q:石炭灰に注目されたのはなぜですか。

深澤:会社の新しい事業展開を考えていた時に、石炭火力発電所から出る石炭灰の話に興味を持ちました。地球内部では核分裂反応が起こっていますが、固体マントルがその放射線を遮断しています。地球を形成するものには放射線耐性があるのです。

石炭灰の発生量は年間約450万トンにも達するといわれており、コンクリートの原料や道路の舗装材として再利用されていますが、この石炭灰から新たに有用な製品をつくることができれば、社会貢献につながるのではないかと考えました。私たちの会社は小さなベンチャー企業ですが、ただ新しい技術でお金を儲けるということではなく、何か社会貢献できる事業を展開したいと常々、考えています。

Q:石炭灰にも放射性耐性があると考えられたわけですね。その石炭灰から繊維をつくるという発想はどのようにして得られたのですか。

深澤:前職での研究対象の一つが、アモルファスでした。宇宙にはアモルファス氷がたくさんあるんですよ。固体や液体というのは構造がわかりやすく、安定した状態である平衡状態になりますが、アモルファスというのは非平衡状態で、理論が適合しません。構造や性能もわかりにくく、予測も簡単ではありません。自分でもアモルファスの氷をつくり、アモルファスになっているか解析していました。

アモルファスの状態の氷というのは引っ張ると糸になります。ですから、石炭灰で非平衡状態を生み出せればアモルファス化でき、繊維にできるという認識がありました。石炭灰を検証したところ、アモルファスになり得ることがわかったので、さらに研究を進め、糸にすることにも成功しました。これがバッシュファイバーです。

静電浮遊炉で幅広い基礎実験を実施、今後も「きぼう」を継続的に利用したい

Q:すでに繊維ができているのですね。そのバッシュファイバーを用いて、「きぼう」ではどのような実験を行われたのでしょうか。

深澤2019年に私がこの会社に来て以降、石炭灰からバッシュファイバーを製造するのに最適な条件を見いだす実験を繰り返してきました。しかし、石炭灰を溶かして均質なアモルファス状態にしたつもりでも、微細な結晶ができることがあり、これが繊維の質を低下させる原因になります。そこで民間企業でも使える有償利用制度で「きぼう」にある静電浮遊炉の実験を行ってもらいました。

静電浮遊炉は静電気を用いて実験サンプルを浮かした上、加熱レーザーで溶かして、粘性などの物性データを取得することができます。私たちは石炭灰などの材料を紡糸する最適な温度条件を探りたいので、静電浮遊炉で詳細な熱物性データを得られるのは願ってもないことでした。

2020年4月から5月にかけては、基礎的な実験をしてもらいました。静電浮遊炉でバッシュファイバーの実験を行うのは初めての試みでしたから、炉内で浮かせられるのかを確かめることから始め、溶融した状態で振動させて粘性を測ってみるとか、様々な実験を幅広く行ってもらいました。さらに本格的に新しい材料をつくるような実験を行っていく予定で、今後もぜひ、継続的に「きぼう」を利用させてもらいたいと考えています。

図4:静電浮遊炉内での実験で得られた画像。石炭灰原料を浮遊(左)、空中で固定し、レーザー照射により溶融を開始(中)、溶融物を振動させて物性値を取得中(右) ⓒ 新日本繊維株式会社

宇宙線に曝(さら)した繊維の劣化を原子レベルで確認

Q:静電浮遊炉の実験のほかに、船外実験プラットフォームで長期間、宇宙線に曝す実験も行われているとうかがっています。これはどういった実験なのでしょうか。

深澤:地上の原子炉を用いた実験で、バッシュファイバーが非常に強い放射線を照射されても劣化しないことは確かめられています。これだけの放射線耐性を持つなら、常に宇宙線に曝される宇宙機の材料として利用することが期待されます。ただ、一口に放射線といっても、ガンマ線や中性子線などいろいろなものがあり、人間の管理下にある原子炉から得られる放射線と、宇宙で曝される宇宙線とでは質的に違っています。将来的に宇宙で利用することを考えると、地上よりも環境の厳しい宇宙線に実際に曝してどれほど劣化するのかを調べることが必要になります。そこで船外実験プラットフォームでの曝露(ばくろ)実験をお願いしました。

今は「きぼう」の船外実験プラットフォームでの曝露実験の最中です。これを地球に戻してから詳しく調べることになっています。

Q:地球に持ち帰ったサンプルはどのような分析が行われるのでしょうか。

深澤:人間の肉眼では劣化していないように見えても、原子レベルでは変化してアモルファス性が崩れている可能性があります。そのため曝露実験を行う前後でバッシュファイバーの原子構造がどのように変化しているのかを詳しく調べる予定です。物質が劣化する過程では、物質中の原子が抜けて空隙(くうげき)ができていくのですが、陽電子(ポジトロン)ビームを照射すると、どれぐらい空隙ができているのか、言い換えると、どれぐらい劣化しているかがわかります。

私たちと共同研究を行っている研究機関の一つに量子科学技術研究開発機構(QST)があり、ここでは陽電子ビームを用いた分析ができるので、「きぼう」から持ち帰ったサンプルはQSTで分析することになっています。実際に宇宙線に曝して耐えられるかどうかがわかるので、「きぼう」に持って行ったサンプルが戻ってくるのがとても楽しみです。

困難に挑戦し目的を達成するプロフェッショナルの集まり

Q:深澤さんが宇宙で行う実験は今回が初めてだったわけですが、JAXAからのサポートなどはいかがでしたか。

深澤JAXAの皆さんには本当に丁寧にサポートしていただきました。例えば、石炭灰は粉末ですから、そのままでは「きぼう」で扱うことはできません。静電浮遊炉の実験に使えるよう、石炭灰などの材料を固めて球状にするなどの調整をしてもらいました。それに船外実験プラットフォームでの曝露実験では、簡易曝露実験装置(ExHAM)のプレートに繊維を取り付けてISSにまで運んでもらうのですが、この取り付けは私自身がJAXAに出向いて行いました。

図5:簡易曝露実験装置(ExHAM)の運用イメージ
図6:新日本繊維社内(左)とJAXA内(右)でバッシュファイバーを装置にセットする様子。ⓒ 新日本繊維株式会社

その際に丁寧に教えてくださり、アドバイスをいただきました。

物理の実験というのは難しいものですが、地上のスタッフが宇宙飛行士と連携して時々刻々の変化を読み、的確に進めていきます。「きぼう」での実験がうまくいっているのは、JAXAの皆さんのサポートのおかげだと思って感謝しています。

Q:「きぼう」利用センターについてはどのような印象を持たれましたか。

深澤:プロフェッショナルの集まりで、とても難しいものにも全力で挑戦し、工夫して目的を達成しようという熱意を感じました。私は共同利用が好きで、いろいろな経験があるのですが、「きぼう」には、非常に未来的で明るいものを感じます。宇宙の発展性、無限性に関係があるのかもしれませんが、関わる人たちの根本的な未来性というのでしょうか。そういうところが本当に魅力的ですね。

Q:今後のバッシュファイバーの展望についてお聞かせください。

深澤:放射線耐性というバッシュファイバーの特長を活かして宇宙分野での応用を目指したいと考えています。近い将来、月軌道に宇宙飛行士が滞在する計画があるようですし、ゆくゆくは火星への有人探査も実施されることでしょう。これまで以上に宇宙線に曝されるリスクが高くなるでしょうから、非常に軽いバッシュファイバーに放射線耐性だけでなく、遮蔽する機能があることが確かめられれば、宇宙線を遮蔽する技術に取り入れて、宇宙飛行士が被曝するのを少しでも抑えるのに貢献できると思います。

今回の曝露実験の目的は宇宙線に対する耐性を確認することですが、バッシュファイバーは宇宙探査のための技術開発を進めるJAXAの宇宙探査イノベーションハブに採択していただきましたから、今後、宇宙線を遮蔽できるのかどうかについても「きぼう」の船外実験プラットフォームで実験できると期待しています。

こうした環境の中で実験を積み重ね、宇宙線を遮断する最も優れた素材をつくり、社会貢献につなげることができると自負しています。

アイデアさえあれば誰でも参入できる

Q:実際に利用された深澤さんが、「きぼう」の利用を考えている人たちに伝えたいことはありますか。

深澤:私自身がそうだったのですが、宇宙での実験というと、敷居の高さを感じるのではないでしょうか。小さなベンチャー企業が手を挙げてもいいものか……という躊躇(ちゅうちょ)もありました。でもそれは杞憂(きゆう)で、丁寧で的確な支援を受けることができ、アイデアさえあれば誰でも参入できるということを実感しました。この良さは利用してみないとわからない面がありますから、「きぼう」で実験してみたいことがあるなら、ぜひ気軽にJAXAの皆さんに相談し、新たな一歩を踏み出してもらいたいと思います。

プロフィール

深澤裕(ふかざわ・ひろし)
新日本繊維株式会社 代表取締役

1971年、北海道出身。1994年、北海道大学工学部応用物理学科卒業。1999年、同大学大学院工学研究科量子物理学工学専攻博士後期課程を修了し、博士(工学)を取得。高エネルギー加速器研究機構研究員を経て、2001年に渡米。カリフォルニア大学バークレー校研究員、ローレンス・バークレー国立研究所研究員を兼務し、氷の表面物性に関する研究に従事。2003年に帰国し、日本原子力研究開発機構(JAEA)に所属し、研究用原子炉を用いて氷の構造に関する研究に取り組んだ。20195月より現職。