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2018.12.18
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国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟の可能性を大いに語る

自治医科大学 学長
永井 良三
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地上約400kmの上空に建設された国際宇宙ステーション(ISS)。有人実験施設「きぼう」日本実験棟は、ISSの実験モジュールとして最大規模を誇る。実験モジュールとして極めて完成度が高く、日本のイノベーション創出基盤として欠かせない存在となる大きな可能性を秘めている。きぼう利用推進有識者委員会の永井良三委員長に、「きぼう」利用の柱と可能性についてうかがった。

科学を志した原点はスプートニク1号

Q:医学者である永井先生が、「きぼう」の利用推進有識者委員会の委員長を務められているのは意外に感じられました。以前から宇宙開発への関心をお持ちだったのですか。

永井:1949(昭和24)年生まれで、「スプートニク世代」なのです。小学2年生の時でした。1957年10月4日に、当時のソビエト連邦が人工衛星のスプートニク1号を打ち上げました。その翌々日の早朝、日本の上空を通過するのを家族で見ました。直径60㎝ほどの小さな人工衛星ですが、街灯が少なくて周囲が暗かったからか、軌道が低かったからか、肉眼でもはっきりと見ることができました。

「きぼう」日本実験棟の外観 ⓒJAXA/NAXA
東西冷戦真っただ中の時代にあって、アメリカからすれば東側のソ連に宇宙開発で先を越されたために、スプートニック・ショックだったようですが、日本でも宇宙の時代、いや科学技術の時代が到来したのだという鮮烈な感動、興奮が大きかったですね。今でも鮮明に覚えていて、私の原点と言っても過言ではありません。

その後、医学研究の道に進みましたが、宇宙開発への興味は持ち続けていましたし、「きぼう」に可能性を感じていましたから、利用推進有識者委員会の委員長就任を打診された時はすぐにお受けすることにしました

宇宙での実験で不可能を可能に

Q:医学者である永井先生は「きぼう」の可能性をどのように感じていらっしゃいますか。

永井:医学と宇宙開発は縁遠いように思われるかもしれませんが、宇宙の微小重力環境でなければ難しい研究があります。その代表例といえるのが、タンパク質の結晶化です。新しい薬を開発しようとすると、病気に関わるタンパク質に働きかける薬剤を合成しなければなりません。標的となるタンパク質の構造解明が不可欠で、タンパク質の結晶を作り、X線構造解析を行うことになります。

ただ、地上では重力が加わるため、どうしてもタンパク質の溶液内で対流が発生してしまい、きれいな結晶を作ることが難しかったのです。ISSではほとんど重力が加わらないため、地上では作るのが難しいきれいな結晶を得られ、標的タンパク質に親和性の高い分子を設計することができます。

高品質タンパク質結晶生成実験に関する作業を行う油井亀美也宇宙飛行士 ⓒJAXA/NAXA

永井:「きぼう」で結晶化された標的タンパク質を利用した研究は、創薬研究の前進に貢献しています。その一つがプロスタグランジンD2合成酵素です。

筋肉細胞の構造を支えるタンパク質のジストロフィンの異常によって発症するデュシャンヌ型筋ジストロフィーの治療法は未だ確立されていませんが、プロスタグランジンD2合成酵素の働きを阻害することにより病気の進行を抑えられることが明らかになっています。そこで筑波大学との共同研究により、「きぼう」でプロスタグランジンD2合成酵素の結晶を作成し、阻害剤の開発を進めてきました。

まずは別に地上で開発された新薬候補の臨床試験が始まりましたが、地上で作られた薬剤の有効性の検証などに「きぼう」でのタンパク質の結晶化が貢献したといえます。現時点では実用化に至った薬剤はありませんが、こうした研究の積み重ねが難病に苦しむ患者さんを救う新薬を世に送り出すことにつながるのです。

永井:個体レベルの研究ができるようになっていることは、医学研究者も大いに注目しています。ISSでのマウスの飼育に関しては、アメリカ航空宇宙局(NASA)が先駆けて取り組んでいますが、NASAの設備ではISSの微小重力環境で飼育したマウスと地上の1G環境で飼育したマウスとを比較することしかできません。これでは厳密に微小重力の影響を調べているとはいえません。

一方、JAXAが独自に開発した小動物飼育装置(MHU)では、飼育ケージを回転させることにより1Gの人工重力を発生させることができます。ISSに運んだマウスを微小重力環境と人工重力環境に分けて飼育できる強みを生かせば、今後、重力の有無が生体に及ぼす影響を明らかにしていくことができるでしょう。すでに2016年にISSに長期滞在した大西卓哉飛行士が行った実験でも、微小重力環境で飼育されたマウスの骨密度の減少が確認されており、「きぼう」を活用した加齢研究の進展が期待されています。

国際貢献も視野に「きぼう」利用戦略を策定

Q:少しお聞きしただけでも優れた研究設備や環境が整っていることがうかがえます。今後、ますます幅広い利用が望まれますね。

永井:委員長に就任して以来、「きぼう」利用の裾野を広げていくことに取り組み、2016年10月には「きぼう利用戦略」を取りまとめました。具体的な取り組みとしては、「きぼう」利用の中核を担う当面のプラットフォームとして、今お話ししたタンパク質結晶生成技術に基づく「新薬設計支援プラットフォーム」、マウスの飼育も含めた「加齢研究支援プラットフォーム」と、超小型衛星放出能力を強化する「超小型衛星放出プラットフォーム」、船外での観測を推進する「船外ポート利用プラットフォーム」の4つを成果最大化に向け重点化することとしました。

「きぼう」利用戦略の策定について語る永井委員長

永井:「きぼう」はISSから超小型衛星を放出できる唯一のシステムを持っていて、すでに200機近くの超小型衛星が「きぼう」から放出されています。JAXAは東北大学/北海道大学、九州工業大学と連携協力協定を締結しており、大学が開発した超小型衛星の放出を請け負っています。

また、人材育成などを目的に発展途上国の政府や研究機関と連携し、開発した超小型衛星の放出も行っています。国連の持続可能な開発目標(SDGs)達成の観点からも重要な取り組みで、国際貢献につながるものと評価されています。

「きぼう」から放出される超小型衛星 ⓒJAXA/NAXA
フィリピン初の国産衛星の放出成功を喜ぶ関係者

設備の充実と低価格化で利用促進を図る

永井:おっしゃる通り、いくら施設が充実しても有償利用があまりに高額では利用できません。そこで、どの程度の金額なら利用できるのかをJAXAのきぼう利用センターに調査してもらいました。実験を行う場合、大学などでは科研費の予算内で、民間企業では課長が決済できる程度の金額なら利用しやすくなると考えられます。また、超小型衛星の放出の場合、国内外の大学やビジネスに活用しようとする民間企業が無理なく利用できるのが理想です。これを目安に「きぼう」利用の低価格化を推し進めました。

永井:今後は利用できる頻度をもっと上げることが重要になると考えています。実験は1度やればいいというものではありません。再現性を確認するという意味もありますが、実験条件を変えながら繰り返し行うことで、意味ある研究成果につながっていきます。

タンパク質の結晶化を例にとれば、最初は標的タンパク質単体の結晶化でよいとしても、次には新薬候補の化合物を結合させた状態で結晶化して、その結合具合を確認。さらに改良した化合物を結合させた状態で結晶化して......と繰り返すことが必要です。以前は試料を渡してから結晶を得るまでに10カ月要していたのが、現在では繰り返し実験の場合、6カ月にまで短縮されており、使い勝手はずいぶん良くなっているのですが、さらなるスピードアップと打ち上げ回数の増大を期待しています。

「きぼう」発のイノベーションに期待

永井:私が学長を務める自治医科大学の黒尾誠教授らが取り組もうとしている、老化に関わる研究に注目しています。血中のカルシウムやリンの濃度はクロトーと呼ばれる遺伝子の働きにより一定に保たれているのですが、腎臓が何らかの障害を受けてクロトー遺伝子が十分に働かなくなると、リンの濃度が高まり、カルシウムと結合してリン酸カルシウム(CPP)の複合体を形成します。これがさまざまな臓器に沈着して、慢性炎症を引き起こすとともに、老化の原因になるのではないかと考えられています。

そこで、「きぼう」の環境を利用してマウスを飼育し、CPPの増加やそれに伴う症状がどのように生じるのかを個体レベルで調べようとしています。

Q:健康長寿社会の実現に向け、期待のかかる研究ですね。最後に「きぼう」の利用を検討している研究者の皆さんにメッセージをお願いいたします。

永井:実験設備の改善が進められたことで「きぼう」は宇宙実験室として十分な機能を果たせるようになってきました。JAXA内部にも宇宙で実験するノウハウが蓄積されています。

「きぼう」は日本が誇るかけがえのないプラットフォームであり、仮説を検証する優れた場でもあるのです。宇宙での実験なんて自分には関係ない、などと思わずに、「きぼう」を利用して研究ができる可能性を見いだしたら、ぜひJAXAのきぼう利用センターに相談してください。皆さんのアイデアから素晴らしいイノベーションが生まれることを期待しています。

研究者の皆さんへのメッセージを語る永井委員長

プロフィール

永井 良三(ながい りょうぞう)
自治医科大学 学長

1949年生まれ。74年、東京大学医学部医学科卒業。医学博士。同大医学部附属病院第三内科助教授、群馬大学医学部第二内科教授、東京医科歯科大学難治療疾患研究所客員教授などを経て,99年東京大学大学院医学系研究科内科学専攻循環器内科教授に就任。以降、東京大学医学部附属病院長、東京大学トランスレーショナルリサーチ機構長など要職を歴任し、2012年より現職。専門は循環器病学。天皇陛下の主治医も務める。カメラや写真が趣味で、東京大学医学部附属病院長時代には、激務の合間を縫って同病院創立150周年記念アルバム「医学生とその時代―東京大学医学部卒業アルバムにみる日本近代医学の歩み」(2008年4月、中央公論新社)を編集。同病院の歴史を語る貴重な写真の発見に奔走した。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA