- インタビュー
- 「きぼう」利用
実験条件の検討から宇宙実験、構造解析まで充実のサポート体制でタンパク質構造研究を支援
吉崎 泉
入社以来長年にわたって、スペースシャトルや国際宇宙ステーション(ISS)などで行われた宇宙実験を担当してきた。地上に比べて制約の多い宇宙空間で実験を実施するには、操作の簡便化や自動化、安全性の確保など、さまざまな工夫が求められる。吉崎主幹は、研究者とともに研究・開発に参画し、実験テーマを宇宙仕様に仕立てて成功に導くスペシャリストとして力を発揮してきた。こうした経験を生かし、2017年春から「きぼう」日本実験棟で行われているタンパク質結晶生成実験を担当することになった。高品質なタンパク質結晶を生成し、価値の高い分子構造データを提供するプラットフォームとして広く知られるようになった今、さらなる実験技術やユーザーサービスの向上に取り組む吉崎主幹に話を聞いた。
専門の生物学を生かして宇宙実験に取り組む
吉崎:もともとSF映画・アニメが好きで宇宙に興味はありましたが、学生の頃は、宇宙は自分にとって遠い世界で、まさか今のような仕事に就くとは思っていませんでした。
大学時代は、発生生物学の研究に取り組み、ショウジョウバエがどのように成長するのかを調べるために、遺伝子を切ったり貼ったりしていました(笑)。研究者を目指すか、それとも就職するかを考えていた頃、筑波宇宙センターで学生向けに活動を紹介するサマースクールが行われました。大学から近いこともあり何の気なしに参加したのですが、それが大きな転機になりました。
このとき、1992年に毛利衛宇宙飛行士が日本人として初めてスペースシャトルに搭乗して宇宙実験を行った話が出て、「宇宙実験は、日本が取り組む宇宙開発の新たな分野ですが、宇宙開発事業団(NASDA)(現宇宙航空研究開発機構(JAXA))には宇宙実験で必要とされる生物系や化学系の専門家がまだほとんどいません」と聞き、「ここで役に立てるかもしれない」と思ったのです。JAXAで働き始めて20数年になりますが、途中で広報部に勤務した2年半を除くと、ずっと微小重力環境を利用したさまざまな宇宙実験を担当してきました。
Q:この間、社会人学生として大学院で、タンパク質結晶成長の研究をされていますね。
吉崎:1997年に日本がスペースシャトルのペイロードベイ(貨物室)に設置された「スペースハブ」を利用してタンパク質結晶生成実験を行うことになり(STS-84)、私はこの実験を担当しました。
大学では生物学を専攻していましたが、タンパク質結晶化は私にとって未知の世界でしたし、今後も宇宙でタンパク質結晶生成実験を行っていく計画でしたから、「これは勉強しなければ」と考え、大学院で3年半、タンパク質の結晶成長や結晶の品質評価について研究しました。
新たなサービス「簡易結晶化診断」で宇宙実験をサポート
吉崎:私たちの生命活動に欠かせない重要な役割を果たしているタンパク質の機能を理解したり制御したりする上で、その構造を正確に知ることはとても重要です。微小重力環境下でタンパク質結晶化を行う最大のメリットは、対流や沈降の影響を排除することで地上より高い確率で高品質な結晶を生成し、持ち帰った結晶で高精度な構造解析を行うことができる点です。
「きぼう」を利用した実験は、2009年からの第1期(6回)、2014年からの第2期(6回)に続き、2017年から第3期実験シリーズが始まり、その第1回実験のための実験機材と実験サンプルが、10月にプログレス補給船で打ち上げられました。
しかし、当初から実験プロジェクトが高い成果を挙げてきたかというと、決してそうではありませんでした。初期の頃は、研究者からお預かりした実験サンプルを宇宙へ持っていきさえすれば何とかなるという考えがあったため、成果が得られたものがある一方、得られなかったものも少なくありませんでした。
実験が大きく前進し始めたのは、第2期に入ってからでした。タンパク質結晶生成や構造解析の専門家を採用し、実験提案者の考えをより深く理解できるようになったことで、研究者の目線で利用者の方々とやり取りできるようになったのです。
例えば「実験サンプルをもっと高純度に精製して不純物を取り除けば、より結晶品質が向上しますよ」と提案させていただいたり、結晶化条件を網羅的に調べ直して、「こちらの条件の方が良い結晶が得られます」といった踏み込んだ話ができるようになり、それに伴って、多くの実験で高い成果が得られるようになってきました。
スタッフの増強とともに、実験装置の導入にも力を入れたことで、今ではタンパク質結晶構造解析の分野でもトップクラスの規模を誇るラボになったと自負していますし、見学に来られた企業の方々などからも、「ここまで整っている施設はなかなかない」と言われるまでになりました。こうした人員・装置の整備により、スピード感を持って研究を進めることが可能になり、民間企業との戦略的なパートナーシップ契約締結に結びついたのかなと思います。
Q:今年度から、より宇宙実験を身近なものにするための新たな取り組みを始めたそうですね。
吉崎:タンパク質の結晶化はほとんどやったことがないけれど、「タンパク質の構造を理解して機能の検討・制御に役立てたい」という人たちに向けて、「簡易結晶化診断」という新しいサービスを2017年6月から開始しました。実験試料をお送りいただき、結晶ができるかどうかを利用者に代わってチェックするというものです。
このサービスでは、宇宙実験への敷居を低くして、ユーザーの方々がアクセスしやすい環境を用意することを目指しています。ときには、こうした地上の実験だけでタンパク質の構造がわかるケースもあります。それはそれで、私たちが研究のお役に立てたということで喜ばしいことですし、宇宙実験でさらに良い結果が得られれば、もっと嬉しいですよね。
ほかにも、初めて宇宙実験にチャレンジする民間企業に向けたトライアルユース制度も用意しています。こうしたユーザーサービスを利用していただき、JAXAとユーザーがお互いに役割分担しながら「宇宙実験をやって良かった、研究が進展した」という結果に結び付けていきたいと願っています。
膜タンパク質の結晶生成技術、大型結晶生成技術にも挑戦
Q:高品質タンパク質結晶生成実験を推進していく上での課題は何ですか。
吉崎:産業界の方たちからのヒアリングなどで以前から挙がっているのは、「実験機会を増やしてほしい」という要望です。特に創薬分野などは、年間に何度か打ち上げないと開発のスピード感についていけないといわれてきました。
そのため、実験頻度を高めていくことが、私たちにとって大きな課題の一つになっています。数年前まで年に2回だった宇宙実験を、現在は年間4、5回にまで増やしています。実験サンプルの準備はもちろん、打ち上げに必要な検証作業や書類作成も非常に大変なのですが、2020年までに何とか年間6回を実現させたいと考えています。
実験機会を増やすことに加えて、実験の幅を広げることも大きな課題になっています。例えば、これまで結晶生成実験の温度環境は20℃(±2℃、輸送時は±5℃)で行われていましたが、一部のタンパク質は20℃では結晶化できない、あるいは品質の低いものしかできないことが知られています。そのため、現在は4℃での結晶化実験も実現させました。結晶の取扱い作業も4℃で行わなければいけないため、低温室も準備しました。もちろん、輸送や打ち上げ・回収時も4℃を保っています。
今後の課題として、現在、膜タンパク質の結晶生成技術や大型結晶生成技術の開発などに取り組んでいます。膜タンパク質は、創薬分野でも大きなターゲットになっていますが、非常に結晶化しにくいため、研究者のみなさんもご苦労されています。もちろん私たちも苦労していますが(笑)、宇宙実験が膜タンパク質の構造解析に貢献できれば、大きなインパクトがあります。
一方、中性子回析を用いた結晶構造解析を行うために求められているのが、タンパク質結晶の大型化です。X線に比べて中性子線の強度は非常に弱いため、回析データを得るためには1ミリ角以上の大型結晶が必要です。ただ大きいだけでなく高品質な大型結晶を生成しなければならず、そのためにはさまざまな検討要素があり、とても一筋縄ではいきません。現在、いくつかのアイデアを検討しながら技術開発を進めているところです。
吉崎:これまでは、基本的に地上で結晶ができているタンパク質しか宇宙実験を受け付けていませんでした。なかにはJAXAが結晶化のお手伝いをして宇宙実験に採択されたものもありましたが、これを今年からオフィシャルなサービスとして提供することにいたしました。
タンパク質の結晶化をやったことがない研究者でも、お問い合わせいただければ結晶化が可能かどうか確認させていただきますので、まずは気軽にアクセスしていただきたいですね。私たちにできるのは結晶生成実験や構造解析までですが、得られた情報を創薬などに生かし、社会に役立てていただくための重要なお手伝いを、全力でやっていきたいと考えています。
プロフィール
有人宇宙技術部門 きぼう利用センター 技術領域主幹
1994年、筑波大学大学院生物科学研究科(博士課程前期)修了。同年、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)入社。以来、微小重力を利用した宇宙実験プロジェクトを担当してきた。2001年、社会人学生として東京工業大学大学院総合理工学研究科(博士課程)修了。2014年から広報部(報道・メディア課)に勤務、2017年から現職。担当は高品質タンパク質結晶生成実験。趣味はガーデニング、ヨガなど。
※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA