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2018.12.22
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質の高いデータが得られるよう「きぼう」での実験を最大限サポートしたい

有人宇宙技術部門 きぼう利用センター 技術領域主幹
白川 正輝
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地上の100万分の1という微小重力下で科学実験ができる「きぼう」日本実験棟船内実験室。利用するためには、国際宇宙ステーション(ISS)という環境に適合した実験手法の創案や設備の開発・改良が必要だ。研究者の要望を最大限にくみ取り、質の高い科学実験の実現を強力にサポートする白川主幹に、宇宙や「きぼう」に関わる仕事の責務や醍醐味(だいごみ)を語ってもらった。

コイの宇宙実験をきっかけに宇宙開発の道へ

白川:大学院生の頃に、魚のコイを用いた宇宙酔いの研究に関わりました。所属していた研究室で、コイの脳波を測定する装置の開発や解析を行っていました。人間が宇宙に出かけていくと宇宙酔いになることが知られています。その際に生体に起こる変化を調べるため、コイの頭に電極を取り付けて脳波を測定しようという研究でした。

1992年に毛利衛宇宙飛行士がスペースシャトルに搭乗した時のミッションで、シャトル内のコイで脳波の測定が行われました。コイからは、宇宙酔いを示すような脳波を検出でき、それを見た毛利飛行士からは、「まるで自分の脳波を見ているようだ」との感想をいただきました。軌道上で国際宇宙ステーション(ISS)の組み立てが始まったのは1999年ですから、それより7年ほど前のことですね。この研究に関わったことで宇宙開発に魅力を感じるようになり、当時の宇宙開発事業団(NASDA)(現宇宙航空研究開発機構(JAXA))に就職することになりました。

コイの宇宙実験をきっかけに就職したので、宇宙実験を担当する部署で働きたかったのですが、最初は宇宙飛行士の訓練を行うグループに配属されました。そこでは基礎訓練プログラムを作成するほか、宇宙飛行士の健康管理にも携わりました。

白川:人をベッドに寝かせ、活動量の低下と重力負荷のない状況が、生体にどのような影響を与えるのかを調べる「ベッドレスト」の研究です。宇宙に行った飛行士の顔が、地上にいる時よりも丸くなる"ムーンフェイス"という現象をご存じですか。地上と違って重力の影響を受けないため、体液が上半身に偏って、顔がむくんでしまう現象です。

頭が少し下がるようにベッドを6度傾けて人を寝かせると、体液の流れに関しては宇宙と同じ状態になると考えられています。私たちは体液の動きの指標となるふくらはぎに着目し、失神やめまいを起こしやすい患者さんのデータを解析するなど、宇宙に行った時の影響についてさまざまな角度から研究しました。

これは宇宙の微小重力環境に置かれた生物の影響を研究するという、JAXAでの取り組みにも通じるといえます。しかし、現在の私は、自分自身が主体となって研究しているわけではなく、外部の研究者に「きぼう」を利用していただく際の支援が仕事です。

宇宙は非常に特殊な環境であるため、地上での実験の延長線上で考えていては、正確なデータを得られないばかりか、実験を行うことすらできないこともあります。学生時代やMITでの研究の経験は、この点で現在の仕事に役立っていると思います。

確実な実験を行い、正確な実験データをお渡しする責任を負っている

白川:細胞の培養実験で試薬を加える場合、重力が働く地上ならピペットなどで試薬を落とせばいいのですが、宇宙の微小重力環境で同じことをすれば、試薬は飛散してしまいます。その試薬が人の目に入ったりしたら大変ですから、微小重力環境に合わせた実験手法を考えなければなりません。

それに「きぼう」で実験を行うのは宇宙飛行士です。地上で十分に訓練するとはいえ、特殊な手技が求められる実験は難しい。ですから、「きぼう」を利用する研究者の要望に最大限に応える形で、実現可能な実験手法を考え出すのも私たちの役割です。

「きぼう」での実験について語る白川主幹

Q:外部の研究者との打ち合わせでは、どのようなことを心がけていらっしゃいますか。

白川:「きぼう」での実験にはさまざまな制約があるのは事実ですが、まずはどのような実験を構想しているのか、遠慮なく話していただけるような雰囲気作りを心がけています。

ただ、研究者が、「きぼう」にはない設備での実験を望んでいることもあります。例えば、細胞を培養するだけであれば従来の設備で可能ですが、いろいろな角度から観察したいという要望もあります。これに応えるには、培養器の周囲に複数の顕微鏡を取り付ける必要があります。このように、研究内容に応じて設備の改良を施すのも、私たちの大切な役割の一つです。地上でできる限り十分な準備をして、「きぼう」での本番の実験に臨むようにしています。

思いがけないトラブルに見舞われることもあります。以前、メダカを用いて微小重力環境で起こる骨量の減少を調べる実験を行いました。その際、ちょっとしたミスで飼育容器に空気が入ってしまいました。

メダカを飼育するだけなら問題はなく、空気が入っていてもメダカが死ぬことはありません。しかし、私たちが行っているのは科学実験です。複数の個体を「きぼう」で飼育して、その比較をするのですから、一つの容器だけに空気が入っていたら、微小重力の影響なのか水量や水質の影響なのかわからないなどのコメントが出る可能性があり、データの質は低くなってしまいます。最終的に論文にするわけですから、学術雑誌の査読に耐えられる実験データを研究者にお渡ししなければなりません。

ならば、是が非でも飼育容器から空気を抜かなければなりませんが、それが一筋縄ではいかないのです。地上なら空気は上に、水は下に分かれてくれますから、容器の上面に穴を開けさえすれば空気は勝手に抜けていきます。しかし「きぼう」では、それは期待できません。「きぼう」にある備品を集めて空気を抜く方法を検討しました。その結果を宇宙飛行士に伝え、空気を抜く道具を作ってもらってピンチを切り抜けました。

白川:「きぼう」を利用する研究には、多くの方が関わっています。私たちが実施する実験の結果を待って、学位論文を書く予定の大学院生がいるかもしれません。実験の準備や打ち上げにもコストがかかっています。また来年挑戦しましょう...というわけにはいかないのです。私たちは「きぼう」を利用してくださる研究者に、正確な実験データを確実にお渡しする責務を負っています。

高い敷居を下げるため、宇宙実験のお試し版を検討中

Q:「きぼう」の実験設備は、どのように更新されているのでしょうか。

白川:生物の飼育設備を例にお話ししますと、扱いやすさという点から細胞の培養や線虫などの生物、メダカやゼブラフィッシュといった魚の飼育に取り組んできました。これらの培養、飼育でも科学的な成果は得られるのですが、新薬の開発など社会への還元を考えますと、より人間に近い生物を用いた実験が求められます。それに応えようと哺乳類のマウスを飼育できる「小動物飼育装置(Mouse Habitat Unit: MHU)」を開発しました。

ISSでのマウスの飼育は、他国の宇宙機関が先駆けて行っています。私たちは後発ですから、先行研究とは違った実験をできるようにしたいと考え、国際的な要望も採り入れた装置を開発しました。飼育ケージを回転させることにより、遠心力で人工重力を発生するようにしたのです。「きぼう」に運んだマウスを2群に分けて、一方を人工重力下で、もう一方を微小重力下で飼育することで、重力の有無がもたらす影響を調べられるようになっています。

(左から)2016年7~10月のミッションでマウスの飼育を担当した大西宇宙飛行士、研究を主導した筑波大学の高橋智教授、MHU(写真中央の円形の装置(模型))を開発しミッションを推進した白川主幹。

白川:例えば、給餌(きゅうじ)一つとっても難しいものでした。地上なら容器に粒状のエサを入れておくだけでいいのですが、微小重力下ではエサが浮いてしまいます。そのため棒状に固めたエサを飼育ケージ内に固定して、マウスにかじらせるようにしました。ところが、これでは食べにくかったようで、地上での飼育実験では体重が減ってしまいました。

うまく給餌ができずに体重が減るようでは、質の高いデータは得られません。そこで、食べやすくするため、固めたエサに切り込みを入れるなどの工夫を重ねました。こうして開発されたMHUは、2015年に油井亀美也宇宙飛行士が「きぼう」に設置し、2016年には大西卓哉宇宙飛行士が初めて飼育実験に利用しました。

微小重力環境で飼育したマウスには、地上で飼育した場合に比べ、骨や筋肉量の減少が見られました。ここまでは先行研究と同じですが、今回初めて、宇宙で人工重力(地球と同じ1G)をかけた場合には減少が見られず、地上と同程度であることがわかり、重力の影響を定量的に示すことができました。この成果は学術誌で報告されました(Scientific Reports, 07 September 2017.)。

また、遠心機をゆっくり回すと、月や火星のような低重力環境を作ることができます。長期間の1G以下の環境はISSでなければ実現できないので、MHUを用いて「きぼう」で低重力の科学的データを蓄積するなど、将来の有人探査に向けた貢献もできると考えています。

小動物飼育装置(MHU)と2つの飼育区画

白川:そう期待していますが、多くの研究者は宇宙での実験に敷居の高さを感じていらっしゃいます。その高い敷居を下げるため、宇宙実験のお試し版として、「きぼう」での実験に用いたサンプルを広く提供する仕組みを検討しています。

例えばマウスの飼育実験では、研究に利用されなかった組織サンプルもJAXAで冷凍保存しています。その研究には目的外の組織であっても、宇宙で生活した痕跡が刻まれているでしょう。個々の組織を専門に研究している方が詳しく解析すれば、意外な発見があるかもしれません。こうしたお試し版で宇宙実験に接していただければ、次なる「きぼう」の利用者に名乗りを上げてくださるのではないかと期待しています。

白川:2008年に「きぼう」での実験が始まって、生命科学分野でも多くの経験が蓄積されてきました。年に一度は研究を公募していますから、積極的に応募していただき、成果の達成に向け、遠慮なく私どもに要望を伝えていただきたいと思います。

プロフィール

白川 正輝(しらかわ まさき)
有人宇宙技術部門 きぼう利用センター 技術領域主幹

豊橋技術科学大学大学院システム情報工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。1994年、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)入社。2002-03年: マサチューセッツ工科大学Health Sciences & Technology客員研究員。現在、「きぼう」利用計画・国際調整、および「きぼう」を利用した加齢研究支援プラットフォーム(小動物利用ミッション)推進担当。工学系の研究者だが、私生活でも動植物を育てるのが大好き。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA