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2019.03.07
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「きぼう」の小動物飼育装置をあなたの研究にも活かそう!

筑波大学医学医療系 教授
高橋 智
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厳密な比較が可能な小動物飼育装置(MHU: Mouse Habitat Unit)

高橋:大学入学の頃から研究者を目指していたので、東北大学の医学部を卒業後、すぐに大学院に進学して、自己免疫疾患が起こるメカニズムの研究に取り組みました。当初、自己免疫性の糸球体腎炎のモデルマウスを用いていたのですが、スイスのジュネーブ大学に留学した時、日本から来ていた方に遺伝子操作の技術を教えてもらいました。その後、自己免疫疾患をはじめ、血液の病気や糖尿病などの研究と並行して、スイス留学時代に身につけた遺伝子操作技術を活かして、疾患モデルマウスの作成にも取り組んできました。

高橋:マウスを用いた研究に取り組んでいたからだと思いますが、JAXAの方からお招きいただいて講演する機会がありました。その際に「宇宙でマウスの研究ができないか」とお願いしたのですが、当時はマウスを飼育する設備がなかったため、メダカなどの水棲動物の実験が精いっぱいというお話でした。ところがその後、JAXAがマウスの飼育装置の開発を検討する方針になり研究案を提案しました。宇宙でのマウスの飼育実験には興味があったので、研究プランを提案したところ、運良く採択していただきました。それで、「きぼう」での実験に関わるようになったのです。

高橋:提案時にはまだ具体的な情報はなかったと思います。その後、マウスを1匹ずつ個飼いできるということ、飼育ケージを回転させて遠心力で人工重力を作り出し、微小重力で飼育するマウスと比べられること(図1・図2)などのコンセプトになっていきました。これなら過去にアメリカ、ロシア、イタリアが行った研究と違って、厳密な実験ができるのではないかと期待しました。

図1:飼育ケージを回転させて人工重力を発生させるMHUでは、12匹のマウスを微小重力群(μG)と人工重力群(1G)に分けて飼育することが可能
図2:MHUのマウス1匹が飼育される区画(左)とその内部空間(右)

Q:MHUのどのような機能から、厳密な実験ができると期待されたのですか?

高橋:過去に各国が行った実験では、複数のマウスを同じケージで飼育していました。一定期間、宇宙で飼育して微小重力の影響を調べたのですが、比較対照群は地上で飼育しているマウスでした。宇宙では微小重力下で、地上では1G下で飼育されているので、一見、比較できているように思えるかもしれません。でも、宇宙に運ばれたマウスは打ち上げという過酷なストレスに曝されるわけですから、宇宙で飼育されたマウスに地上のものに見られない変化があっても、微小重力の影響なのか、打ち上げの影響なのかは判別できません。その点、MHUを用いる場合は、微小重力で飼育するマウスも、人工重力により1Gで飼育するマウスも、同時にISSに運んでいるわけですね。両群ともに同じ打ち上げのストレスを受けることになるので、厳密な比較ができるのです。

MHUは1匹ずつ分けた個飼いができるので、オスを飼育できるようになっていたことにも注目しました。というのも、オスどうしを同所で飼育するとファイティングするため、同じケージでの群飼いだとオスは飼育できません。宇宙でオスを飼育するメリットの一つは、微小重力下で成熟した精子を得られるということです。もし、その精子に何らかの変化があれば、同じ哺乳類である人類が、将来宇宙に進出し宇宙で子供をもうける時の影響を予測できるかもしれません。そんな期待もしました。

MHUについて語る高橋教授

12匹すべてを元気に地球に戻すことができた

高橋:MHUは本当によく考えて作られた飼育装置だと感じました。その一方で、私たちの提案通りにはいかない難しさもありました。いちばん悩ましかったのは、飼育できる個体数が少ないことでした。遺伝子の揃ったモデルマウスでも個体差が生じるので、地上での実験では少なくとも1群に10匹のマウスを用意します。2群の比較なら最低20匹のマウスが必要ですし、実験中のトラブルを想定すると、その倍、40匹程度のマウスで実験を行うのが理想です。ところが、MHUでは合計で12匹しか飼育できません。(※さらに多くの頭数を飼育できる装置を現在開発中)

高橋:これまでの研究により、宇宙に長期間滞在した宇宙飛行士は筋肉が萎縮し、骨が脆(もろ)くなることが知られています。こうした加齢と共通する現象を詳しく調べたくても、現在の宇宙飛行士は健康を維持するため1日に2~3時間のトレーニングをすることになっていて、微小重力の影響を調べようとしても限界があります。これに対して、マウスなら微小重力下でケージに入れて飼育して、筋肉や骨の変化、遺伝子発現の変化を調べることができます。ただし、私が関わらせていただいたのは、「きぼう」にMHUを設置して最初の実験でしたから、今後の実験の基礎的なデータを得るために、筋肉や骨の発達に関わる遺伝子だけでなく、マウスが持つ約2万の全遺伝子の発現を調べることになりました。小さなマウスから得られる組織サンプルは少なく、12匹だけで遺伝子解析、組織解析まで行うのは決して簡単なことではありません。

高橋:そこで、それまでシンガポールの研究機関にいらした村谷匡史先生に筑波大学に移籍していただきました。村谷先生はわずかなサンプルから遺伝子を解析するテクニックをお持ちなので、12匹のマウスでも網羅的な解析ができるようになりました。

もう一つ、特筆すべきは、ISSに運んだマウス12匹すべてを元気なまま地球に戻せたことです。過去にイタリアやロシアが行った実験では、宇宙に運んだマウスの半数程度しか生存帰還しませんでした。このような環境であれば、かなり厳しいストレスに曝されていたと考えられます。したがって、実験の正確性を担保する上でも12匹すべてを生かして地球に戻せたことには大きな意味があるのです。

Q:それだけMHUが優れた飼育装置だったということでしょうか?

高橋:地上であれば、マウスが排泄した糞や尿は床に落ちるので、定期的に清掃すればケージ内の衛生は保たれます。しかし、微小重力下では糞や尿が浮いてしまうため、MHUでは風で排出口に運ぶようになっています。これがしっかり機能していました。ただ、相手は生き物ですから、不測の事態が起こるものです。人間でも微小重力に慣れないと宇宙酔いを起こすのですが、一部のマウスは想定していたよりも長く宇宙酔いが続きました。私たちのミッションでマウスの世話をしてくださった大西卓哉宇宙飛行士は、そんなマウスの面倒も丁寧にみてくれました。MHUの性能のおかげでもありますが、12匹すべてが生きて帰ってきたのは、大西宇宙飛行士の尽力のたまものといえるでしょうね。

「きぼう」船内でマウスの世話をする大西卓哉宇宙飛行士ⓒJAXA/NASA

JAXAの手厚いサポートで飼育実験が成功

高橋:マウスを乗せた宇宙船が海に着水してから、2日後に解剖して組織サンプルを得ることができました。筋肉や骨の状態を詳しく調べたところ、微小重力下で飼育されたマウスの筋肉(ヒラメ筋)は、人工重力下で飼育されたものよりも約10%も減少していました。また、大腿骨内部の網目状の海綿骨の減少も確認されました(図3)。こうした筋肉や骨の減少は、過去に宇宙飛行士に見られた肉体の変化を再現しており、いかに飼育がうまくいったかを示していると言っても過言ではないでしょう。一方、遺伝子解析については、ヒラメ筋で発現しているmRNAの塩基配列を解読して、微小重力で飼育されたものと人工重力で飼育されたものとで遺伝子発現を比較したところ、約2万ある遺伝子のうち300程度で発現に違いが生じていました。

図3:「きぼう」において長期飼育したマウスの大腿骨の骨組織変化

高橋:地上に戻って1Gの環境に置かれると、微小重力の影響が失われてしまうのではないかという心配は、研究プランを練る段階からありました。そこをスッキリさせるため、打ち上げ前に予備実験を行いました。マウスが地球に戻ってから、どのように遺伝子発現が変化していくかを予測する実験です。マウスの尻尾を上から吊って、地面に足をつかせないことで、自重がかからない状態を作り出す尾部懸垂(びぶけんすい)実験を行ったのです。2週間、足をつかせないようにした後、地面に降ろして1Gの負荷がかかるようにしてから、どの遺伝子の発現が起こるのかを調べ、カタログ化しました。これを参考にしながら、微小重力の影響と地球の1Gの影響を分けられるようにしました。

高橋:生命科学の実験で汎用的に使われるモデルマウスを用いたため、その調達はアメリカで行いました。その際、ケネディ宇宙センターで200匹飼育して準備を進めていただきました。打ち上げたのは12匹ですから、200匹も必要ないと思われるかもしれませんが、100匹の中からMHUのケージに慣れて、元気な個体を12匹選抜したのです。打ち上げが延期になった場合も想定して、そのバックアップとして別の100匹も用意されました。こうした準備は、その後の実験でも行われたと聞いています。JAXAの皆さんの手厚いサポートには、本当に頭が下がります。

Q:「きぼう」でのマウスの飼育で得られた成果は、今後、どのように活かされるのでしょうか?

高橋:微小重力と人工重力で遺伝子発現に差が生じることがわかったとはいえ、これらの遺伝子発現の違いがどのように関わって、骨や筋肉の萎縮が起こっているのかまでは明らかになっていません。そのため「きぼう」での飼育で発現に変化があった遺伝子をノックアウトしたり、逆に過剰発現させたりする実験を続けています。地上での実験ではありますが、微小重力下で見られた遺伝子変化を再現することで、加齢に伴う現象のメカニズムを解明しようとしています。この研究が進展すれば、宇宙飛行士の健康維持はもちろんのこと、地上に暮らす私たちの肉体の老化にブレーキをかけることができるようになるかもしれません。

「きぼう」でのミッション成果を基にした研究に取り組む学生とマウスの筋肉繊維の顕微鏡画像を見ながら語り合う高橋教授

高橋:当初はマウスを生きて地球に戻せるかどうかが心配されましたが、元気なまま地球に戻して、宇宙飛行士に見られた筋肉や骨の衰えを見事に再現できました。その後のミッションでも同様に、生かしたまま地球に戻すことができていますから、MHUの信頼性は高まっています。ですから、今後はMHUを活かす研究がどのように発展していくかが問われると思います。多様な分野の研究者の中から、私たちでは考えつかないようなアイデアとプランを備えた研究をする方が現れるのを楽しみにしています。

対談の様子

プロフィール

高橋 智(たかはし さとる)
筑波大学 医学医療系 解剖学・発生学研究室 教授

1987年、東北大学医学部卒業。1991年、同大学大学院医学研究科を修了し医学博士となる。1991年~1994年、スイス・ジュネーブ大学に博士研究員として留学。帰国後、東北大学附属病院病理部医員、同大学医学部助手、筑波大学基礎医学系講師、同大学先端学際領域研究センター講師などを経て、2000年より筑波大学基礎医学系教授。また、2001年からは生命科学動物資源センター教授を、2017年からは同大学トランスボーダー医学研究センター長を兼任。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA