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2019.03.13
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サポートも充実、期待の大きい「きぼう」での高品質タンパク質結晶生成

合同会社ワイケーコンサルタント社長
川上 善之
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国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟の微小重力環境では、地上でのタンパク質結晶生成に比べはるかに質の高い結晶が得られます。エーザイ株式会社で長らくタンパク質の構造に基づく製薬に取り組んでこられた、ワイケーコンサルタントの川上善之社長に、宇宙実験への期待や意義などについてお話しいただきました。

新薬開発の潮流SBDD

Q:川上さんは長らく国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟におけるタンパク質の結晶生成にも関わっていらっしゃいますが、もともとはどのような研究開発をされていたのですか。

川上:学生時代は天然物有機化学を研究しており、抗生物質の構造解析に取り組んでいました。その当時に使える装置といえば、せいぜい核磁気共鳴装置(NMR)ぐらいでした。私の研究人生を振り返ると、最初から生体分子の構造に注目した構造生物学に基づく薬物分子設計に取り組んでいたことになりますね。

SBDDについて語る川上社長

川上:新しい薬を開発しようとすると、病気に関わる標的分子に結合して、その分子の働きを抑制したり、亢進(こうしん)したりする化合物を見つけ出さなければなりません。標的分子の構造が明らかであれば、戦略的に標的分子に対して活性を持つ化合物を見つけ出すことができますが、かつては構造を解析する技術や計算科学が追いついておらず、細胞を対象に標的分子に作用する化合物を見つけ出すのに多くの人手とコストがかかっていました。

1990年代に入り遺伝子工学や大型放射光施設の進歩、計算機の進化などに伴い構造生物学も大きく発展し、創薬におけるSBDDへの期待が高まったのです。

SBDDによる創薬には標的分子の立体構造の解明が不可欠です。一般的にタンパク質の結晶に放射光を照射して、散乱した電子を捉えて構造を解析するのですが、当時は高品質な放射光を得る研究施設は、高エネルギー加速器研究機構(高エネ研)などの公的研究機関にあったため、民間の製薬会社は利用することはできませんでした。

川上:そこで筑波大学で産学連携研究を推進する部署にいらした坂部知平教授(当時)が働きかけてくださって、民間企業でも公的研究機関の放射光施設を利用できるようになりました。日本製薬工業協会としても、積極的にSBDDに取り組むべきと考えていましたから、各社が資金を出し合って高エネ研の中に製薬会社が利用できる専用の実験施設を建設しました。

さらに兵庫県に大型放射光施設SPring-8ができると、日本製薬工業協会で専用の創薬産業ビームラインを建設しました。それまでの放射光では、一辺が1mm程度の大きな結晶でなければ構造解析に供することは難しかったのですが、SPring-8の放射光は強力で、より微細な結晶でも解析ができるようになりました。

高品質なタンパク質結晶生成は製薬業界の強みに

川上:おっしゃる通りで、だからこそISSの微小重力環境を生かした高品質なタンパク質の結晶が求められます。理論上、常に1Gの重力を受ける地上では、結晶を生成する容器内に対流が生じて、きれいな結晶を得ることが難しかったのです。その点でISSでは重力の影響を受けないため、きれいな結晶が得られるはずです。(下図)ですから、「きぼう」打ち上げに先駆けてJAXAがISSでタンパク質の結晶作製実験を行うようになって、日本製薬工業協会として結晶化の共同研究をしたのですが、残念ながら、その時はうまくいきませんでした。

Q:どうしてうまくいかなかったのでしょうか。

川上:まだ試験的な段階でしたから、十分にJAXAの技術が成熟していなかったのです。それ以前にも地上実験で結晶が作られていたとはいえ、微小重力下はまったく異なる環境です。新たに最適な条件を見いださなければなりません。当初の実験ではうまくいくこともあればいかないこともある、という状態でしたが、現在では「きぼう」での結晶生成技術が飛躍的に進歩しました。(写真)

地上(左)/宇宙(右)で生成した結晶の比較

川上:原動力といっていいかどうかわかりませんが、JAXAの皆さんのサービス精神のたまものなのではないでしょうか。 JAXAが結晶生成実験を開始した当初は、JAXA内にタンパク質結晶生成や構造解析の専門家がいませんでした。一方、ユーザーである実験の提案者はタンパク質や地上と宇宙との違いなどに関する専門的知識はありません。そこでJAXAはタンパク質の専門家を採用し、利用者の視点でのサポート体制を強化しました。

やはり専門家によるサービスや、不調に終わった実験の科学的な解析などはとても重要です。JAXAの努力でその部分が形づくられた結果、今では高い成果が挙げられるようになったと考えています。

川上:タンパク質結晶が高品質であるほど、分解能が高くなり、精密な構造解析ができます。私がSBDDに取り組むようになった1990年代、分解能は2.5~3オングストロームでしたが、SBDDを行うには、2.0オングストローム以下の分解能があることが望ましいと言えます。

地上で品質の良い結晶が得られることも多々あります。しかし、地上でクラスター化するなどの理由により、なかなか分解能が上がらないものが、「きぼう」での結晶化により、きれいな単結晶になり、1.3オングストローム程度まで向上するなど、数えきれないほどの成果が出ています。創薬に「きぼう」を利用しない手はないでしょう。

戦略的な利用で新薬開発のコストが下がる

Q:それだけ構造解析の分解能が高まってくると、新薬開発にどのような影響を与えるのでしょうか。

川上:通常、新薬開発では、何らかの薬効が期待される化合物が見つかると、人間を対象とした臨床試験を実施する前に、細胞や実験動物を対象に効果と安全性を調べる試験(前臨床試験)が行われます。臨床試験では一定数以上の患者や健常者を対象に試験を行うので、どうしても研究開発費がかかってしまいます。前臨床試験まででいかにコスト(研究開発期間の短縮を含む)を抑えて、新薬として有望な化合物を見つけるかが重要になってきています。

そこで、近年は新薬候補の化合物を探索するのにコンピュータ・シミュレーションが取り入れられています。標的分子の構造データを入力して、新薬候補の化合物が作用するかどうかをコンピュータに予測させるのですが、分解能が高ければシミュレーションの精度も向上し、有望な化合物を絞り込むことができます。前臨床試験に進む化合物を絞り込めれば、無駄な実験を避けられるので、結果的に新薬開発のコストダウンにつながります。高解像度の構造解析を可能にする「きぼう」での実験は、製薬業界にとっては重要なプラットフォームといえるでしょう。

戦略的な利用について語る川上社長

また、視点を変えると薬物分子そのものの特許の一つに結晶の特許があるのです。ですからありとあらゆる結晶の性質を試験するわけですが、宇宙の微小重力環境では地上とは違った結晶が得られるかもしれません。そういうふうに発想を広げて考えていくと、日本の製薬業界にとって「きぼう」は大きな強みになります。製薬以外でも、例えば素材メーカーの課題解決にも有効かもしれません。

ただ、現状では「きぼう」で実験できるのは年に4回程度です。開発のスピードが速く競争の激しい創薬の世界では、時間がかかると不要なデータになったりします。ですから何を宇宙で解決しようとするのか、課題を絞り込む必要はありますね。

川上:クライオ電顕を利用すればタンパク質の構造解析において結晶化は必要なくなるという考えには誤解があります。確かにクライオ電顕では結晶を作ることなく構造を明らかにできますから、X線結晶構造解析では手の届かなかった分子も解析できます。放射光を照射して行う構造解析では不向きだった大きなタンパク質の構造を明らかにしたい研究者にとっては朗報ですね。一方で、求める情報というのは研究の目的によって違いますから、結晶化が不要になるというよりは、従来の結晶構造解析と補完し合う関係といえますね。

また、X線結晶構造解析で得られるタンパク質分子の分解能は1オングストロームを上回ることもありますが、クライオ電顕の分解能はここまで高くはありません。例えば、基礎的な生物学の研究で、生体分子どうしが大まかに結合するかどうかを調べるのであれば、クライオ電顕の3オングストローム程度の分解能でも十分かもしれませんが、新薬開発では原子レベルで構造の解明が求められます。そういう意味でもタンパク質の結晶生成は必要なくなるわけではありません。

充実のサポート体制、まずは気軽に相談を

気軽に相談してほしいと語る川上社長

Q:「きぼう」からの超小型衛星放出事業などでは国際貢献も視野に入れていますが、タンパク質結晶生成の分野ではいかがですか。

川上:日本製薬工業協会では、アジアとの連携を重視しています。今、新薬を開発できる国は世界でも11カ国程度しかなく、アジアでは日本だけです。しかし、基本的に欧米人とアジア人では体質も違いますし、アジアの医療を考えた時、欧米中心の創薬では十分とはいえません。開発できる国から薬を持ち込むというのではなく、一緒になってアジア全体で創薬できる力をつけるのが大事だと考えています。「きぼう」も積極的に利用してもらいながら、アジア全体の研究開発力の底上げに協力したいと考えています。

川上:これまでお話してきたように、「きぼう」での実験の可能性を考えると、新薬開発に携わる方は使わない手はありません。ただ、「きぼう」で地上実験に比べて高分解能のタンパク質結晶が得られることを知らない方も多いと思います。 また、たとえ知っていても、最近の若い方はスマートなので、95パーセント自分の頭で考えて答えを出すようなところがあります。しかし、使えるものは何でも使ってやってみよう、という姿勢も研究者には大事です。

宇宙での結晶作製に詳しくなくても、現在のJAXAには研究者の視点を持ったサポート体制が整っていますから、気軽な窓口として、まずは相談してみてほしいと思います。

川上先生とJAXAタンパク質結晶生成実験チーム

プロフィール

川上 善之(かわかみ よしゆき)
合同会社ワイケーコンサルタント 社長

1953年広島県生まれ。79年広島大学大学院薬学研究科修了、エーザイ株式会社入社。構造解析研究に従事し、アルツハイマー型認知症治療剤アリセプトの創出に関わる。88年筑波大学博士(理学)取得。88年~90年イリノイ大学薬学部に留学。2006年より日本製薬工業協会研究開発委員会専門委員。2007年より同産学官連携部会長。2009年より2018年まで、JAXA高品質タンパク質結晶生成実験の外部評価委員。その間Regional Editor, "Mini-Reviews in Medicinal Chemistry"、内閣官房医療イノベーション推進戦略会議医薬品ワーキンググループメンバー、ヒューマンサイエンス振興財団監事などを歴任。18年秋に同社を定年退職後、合同会社ワイケーコンサルタントを設立、社長に就任。2018年秋よりJAXA客員を務める。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA