運用開始から10年が経った国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟。これまでに、微小重力環境(μG)での先端的な生命医科学や材料科学に関する実験、船外施設を活用した地球大気や深宇宙の観測、衛星放出、材料やデバイスなどの技術実証、国際協力ミッションなどを通じて、様々な成果を創出してきました。
また、新薬設計【高品質タンパク質結晶生成】、加齢(健康長寿)研究【小動物飼育ミッション】、超小型衛星放出、船外プラットフォーム利用などの重点的に進める4つの分野をプラットフォームと位置付け、その一部は民間企業による事業として成長・発展を続けています。
スペースシャトルの時代から宇宙での実験に参加されている、帝京大学学術顧問で特任教授の浅島誠先生に、宇宙での実験に関するエピソードや成果、「きぼう」の発展性などについて聞きました。
スペースシャトルの時代から宇宙での生命科学研究に関わる
浅島:長年、生物が卵からどのようにして親になるのかという動物の発生する仕組みの解明に取り組んできました。動物は1つの受精卵から誕生し、細胞分裂を繰り返しながらやがて臓器や体の形をつくっていきます。その際の形作りで最初に働くマスター分化誘導因子を探索する研究に取組み、1989年にそのマスター因子(オーガナイザー誘導因子)がアクチビンというたんぱく質であることを発見しました。この成果に基づき、脊椎動物の未分化細胞から膵臓、腎臓、神経などの20ほどの臓器、組織を試験管内でつくり出すことに成功しました。今ではヒトの再生医療では欠かせない重要な因子になっています。こうした発生生物学の研究は今も続けていますが、2018年に帝京大学に来てからは自分の研究だけでなく、次の時代を切り拓くイノベーションを生み出す仕組みづくりにも取り組んでいます。
Q:そのような研究キャリアをお持ちの浅島先生が、どのようにJAXAと関わってこられたのですか。
浅島:宇宙での実験に初めて関わったのは、宇宙科学研究所の山下雅道教授と共同で、スペースシャトル内の微小重力下で行われたもので、1994年に向井千秋飛行士に水棲生物の実験をしてもらいました。
両生類の卵は、未受精卵のうちは丸く上下左右の軸の方向性は定まっていません。つまり卵軸の方向性はまだ決まっていなくバラバラの方向に向いています。ところが、受精すると卵は重力に従って回転します。これを定位回転といい、その結果、卵の黒い部分の動物極は上に、黄白の部分の植物極は下になり、全ての受精卵は重力に従い卵軸が一定の方向に正確に決まります。それでは重力がないと定位回転がどうなるのか、定位回転がないと発生はどうなるのか、という基本的な疑問から宇宙での実験に興味を持ちました。重力の仕組みが発生とどう結びついているのか知りたかったのです。そこで、ほとんど重力のない宇宙でイモリに産卵させ、どのように発生していくかを調べる研究を行いました。卵の中に新しい調節機能があることが分かりました。
「借り物」ではない日本実験棟は日本の宇宙科学の「きぼう」となった
Q:1994年ですと、「きぼう」はおろか、ISSもありませんでしたね。
浅島:はい、スペースシャトルでの実験は狭く、アメリカ頼りだったため、一時は予定通りの実験ができるのか、危ぶまれました。このミッションではイモリの発生のほか、メダカの産卵・行動についての実験も計画していたのですが、それぞれを異なる最適な水温で飼育し、産卵させようとすると装置が大きくなるため、どちらか一方しか実験はできないとNASA側から通告されてしまったのです。しかし、7年ほど前から準備を進めていましたから、「スペースがないためできない」と言われても、すぐに受け入れられるはずはありません。イモリの実験も、メダカの実験も行うことができるよう、実験装置に工夫を凝らし、両方とも成功させました。
浅島:ええ。様々な経験を積むことができましたが、やはりスペースシャトルは「借り物」でした。ですからISSができ、日本独自の実験棟である「きぼう」ができると聞いた時の期待は大きかったですね。スペースが広く、クリーンで、船外に曝露部を持ち、様々なノウハウが生かされている。まさに日本の宇宙科学にとっての「きぼう」でした。
腎臓形成に関わる多くの遺伝子が重力に対して感受性を持っていた
Q:「きぼう」で浅島先生はアフリカツメガエルの細胞を用いた実験を2009年に行っていらっしゃいますね。
浅島:はい。アフリカツメガエルは分類学上、私たち人間とは遠く離れた生物ですが、例えば人間の腎臓で尿をつくる基本構造の「ネフロン」はアフリカツメガエルにもあって、カエルでネフロンができる仕組みが理解できれば、人間の腎臓ができる仕組みの解明や病気の治療につながると期待されます。アフリカツメガエルの腎臓由来のA6細胞を地上で培養すると、ドーム状の構造ができます。微小重力の「きぼう」でもドーム構造ができるかどうか、どんな形ができるのか、培養時にどのような遺伝子が働いているかといったことを知るために、「DomeGene(ドームジーン)実験」と名付けてA6細胞の培養実験を、若田光一飛行士に行ってもらいました。
浅島:全く環境が変わったと感じました。「きぼう」は日本の実験棟ですから、海外の宇宙機関からの制約を受けることなく自分たちで実験の設計ができる。本当の意味で科学が近づいてきたと感じました。
浅島:ドーム構造は地上と異なり、うまくできませんでした。「きぼう」で凍結したA6細胞を地球に持ち帰り、微小重力下で働いていた遺伝子を調べたところ、地上の1G環境で培養した時とは異なる遺伝子が働いていることが明らかになりました。つまり、腎臓の形成に関わる遺伝子群の多くが重力に対して感受性を持っていたのですね。
「きぼう」の小動物飼育装置は、より幅広い研究に門戸を開いた
浅島:単純に「きぼう」での実験結果と地上での実験結果を比較するだけであれば、打ち上げに伴う過重力の影響を排除できないとの批判が成り立ちますが、「きぼう」の実験設備には培養器を回転させることで人工的に1G環境をつくる機能があり、厳密に重力の有無がどのように影響するかを調べることができます。この実験は、宇宙において1Gの環境をつくり、微小重力下と比較を初めて行った実験でもありました。これは、現在の「きぼう」のマウスを飼育できる「小動物飼育装置(MHU)」にも受け継がれています。
浅島:このような設備を持つのは「きぼう」だけですから、JAXAの皆さんは大いに誇っていいと思います。つまり科学的に対照実験(1G)を地上と宇宙の両方で取れるので、宇宙における生物の正確な微小重力の影響を見ることが出来るようになりました。
宇宙実験を行う時、このような装置開発の進歩や発展が科学の根本を支えます。マウスを扱う研究者の数は世界的にもとても多く、より多くの研究者に宇宙実験の機会が開かれたと言っていいでしょう。哺乳類であるマウスで実験ができるようになり、人間への応用を目指した医学や薬学の研究にも取り組めるようになりました。これは本当に大きな意味を持っていると思います
必ず成功させるという強い使命感をJAXAから感じる
浅島:JAXAの皆さんはいつも丁寧で真剣に対応してくれました。例えばDomeGeneの実験では培養液を循環させるのですが、液中にわずかでも気泡ができると、循環させるための管を詰まらせ、培養ができなくなってしまいます。宇宙実験では液体中の気泡をいかに制御するかも重要なテーマです。そのため実験装置の改良を繰り返しました。試作しては実験を行い、再び改良して......の繰り返しで、スタッフの粘り強さと科学への真剣さは研究者と同じで頭が下がりました。
そうした粘り強さはMHUの開発でも発揮されました。宇宙でマウスを飼育する実験は、MHUを設置する以前からロシアやイタリアが行っていたのですが、彼らの実験では、マウスは半数程度しか地上に生存帰還しませんでした。そこで、MHUを開発するに当たって、JAXAはマウスを生かして地球に戻すことが目標としていたのですが、私は「生かしているだけでは不十分です。健康な状態で地球に戻せるようにしてください」とお願いしました。
とはいえ、限られた空間内でマウスの健康を長時間、維持することは決して簡単ではありません。水を与えるためのノズルの形状をどうするのか、餌や排泄物、アンモニア濃度、臭気をどのようにするかの問題もあります。マウスを観察するためのカメラの位置をどうするのか、といったことから粘り強く検討を重ねた結果、飼育を終えたマウスを元気なまま地球に戻せる設備ができました。このMHU装置は現在でも多くの成果をもたらし、生命科学の発展に寄与しています。
JAXAの皆さんからは、研究者、装置の製造企業と一体になって良いものをつくりあげるのだ、必ず実験を成功させるのだという強い使命感を感じます。ですから、これから「きぼう」での実験に取り組む研究者は、臆することなく何でもJAXAの皆さんに相談するといいと思いますよ。
科学コミュニティから社会への成果のアピールが必要
Q:国際宇宙ステーション・きぼう利用推進委員会の委員長として、2012年に、「2020年までのきぼう利用シナリオ」の策定を主導されました。このシナリオには、どのような想いを込められたのでしょうか。
浅島:2009年の「きぼう」の完成から3年が経って、研究や実験が行われていました。また、経験も積み重ねられることで、多くのデータが蓄積され、「きぼう」が有効に利用できることが明らかになってきました。宇宙での植物の変化と分子動態、微生物学、行動学、人も含めた様々な生命科学実験、新素材の開発、静電浮遊炉、地球大気の観測、小型衛星の放出などこれまでの研究内容に基づき、「きぼう」でどんな研究が行われたのか、どんな研究が行えるのか、社会にどう還元できるのかを科学コミュニティからアピールし、説明する必要があると感じてシナリオに入れました。それまで蓄積されたデータ・資料、経験の上に最先端の科学技術を導入して行うことにより、今までできなかった、未知のフロンティア研究分野への魅力と夢を実現する場でもあります。
浅島:これは大学にもいえることですが、これまで日本の公的研究機関は対外的に研究成果をアピールするのが不得手でした。研究成果を一般の方々にわかりやすく伝え、研究成果を社会実装していく際の担い手となる企業の方々に技術シーズを紹介することに、積極的だったとはいえないでしょう。
近年、大学にはリサーチ・アドミニストレーター(URA)という専門の業務人財を置き、研究成果を社会に紹介するとともに、企業と連携して社会実装を進めるようになっています。きぼう利用センターの皆さんも学会や企業に出向いて紹介されていますが、大学におけるURAのような機能を置いてはどうでしょうか。宇宙での実験に、より参加しやすい仕組みをつくり、民間が「きぼう」での成果をもとに新たなビジネスを展開しようとする活動を、全面的に支援することができれば、成果を最大化できると思います。
もっと社会や企業、コミュニティに出て行き、成果を述べ理解してもらい、宇宙には沢山の利用価値があることを示さなくてはならないと思います。
科学技術立国、国際協調のシンボル「きぼう」
Q:これから「きぼう」を利用するであろう人々にメッセージをお願いします。
浅島:私自身は生命科学の研究者として宇宙での実験に関わってきましたが、生命科学だけで実験ができたわけではありません。生物培養・飼育装置ひとつを開発するにしても、様々な技術が必要で宇宙実験は最先端の科学技術の総合科学の分野です。 更に、現在、月軌道プラットフォームゲートウェイや有人火星探査も構想されています。今後は、例えば老化現象、閉鎖系における人の心理状態やコミュニケーション能力、微生物、これからの医療における予防医学への取組みの場、タンパク質結晶と創薬、宇宙放射線科学(地上は主に単一放射線ですが宇宙は複合放射線)、超小型衛星による情報取得と地球のモニタリング、新材料の開発、それらを可能にする精密機器の開発、情報科学との結びつきなど基礎から応用に向けて宇宙研究と開発はあらゆる自然科学を包含します。そして今まで、夢物語だった宇宙を体験するのはどういうことかとか、そういった人の在り方では人文社会系の研究もますます重要になるでしょう。これからの宇宙科学というのは、自然科学だけでは成り立たない、総合科学で未来型の科学なのです。
研究者も民間企業もJAXAも、宇宙に夢を持っていますよね。そうした幅広い分野の人が協力することで、これまでにない成果が得られるのではないかと期待しています。
プロフィール
1944年生まれ、新潟県出身。1972年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。ベルリン自由大学分子生物学研究所研究員、横浜市立大学文理学部助教授、横浜市立大学文理学部教授を経て、1993年、東京大学教養学部教授に着任。以後、同大学院総合文化研究科教授、総合文化研究科長・教養学部長、理事・副学長を歴任。2006年、産業技術総合研究所器官発生工学研究ラボ長。2010年、同研究所幹細胞工学研究センター長・フェローと、筑波大学生命領域学際研究センター長を兼任。2016年、東京理科大学副学長。2018年4月から現職。実験材料であるイモリをこよなく愛し、年2回のイモリ採取は40年余り欠かしたことがない。
※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA