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2020.03.12
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中高生が主体的に関わる取組みを実施して、次の世代を担う"地球人"を育成してほしい

多摩六都科学館館長
髙柳 雄一
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運用開始から10年が経った国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟。これまでに、微小重力環境(μG)での先端的な生命医科学や材料科学に関する実験、船外施設を活用した地球大気や深宇宙の観測、衛星放出、材料やデバイスなどの技術実証、国際協力ミッションなどを通じて、様々な成果を創出してきました。一方で、「きぼう」では科学技術の実験ばかりでなく、ISS・「きぼう」文化・人文社会科学利用パイロットミッションも行われました。同ミッションの選定委員長を務めるなど、「きぼう」の多様な利用の推進に尽力された、多摩六都科学館の髙柳雄一館長に、文化・人文社会科学利用の感想や今後の期待、宇宙環境利用の将来性などについて聞きました。

星を見て生き延びた少年時代の体験が宇宙との関わりの原点

Q:髙柳先生は、これまで宇宙とどのように関わってこられたのでしょうか。

髙柳:子どもの頃から宇宙に興味があり、大学では天文学を学びました。NHKに入局してからは科学番組の企画と制作に携わっていましたし、人々の宇宙への思いが育つようなラジオやテレビ番組の放送には積極的に参加してきました。 宇宙に関しては、決して忘れられないことがあります。子どものころは第二次世界大戦中で、住んでいた富山にも空襲がありました。街が焼き払われ、これで終わりだと思って空を見上げたら、星が輝いている。この星が見えている限り自分は生きているんだ、と思い、ずっと夜空を見上げていました。星は朝まで見えていて、助かった、と思いました。 JAXAとは、2008年に開催された「子ども宇宙サミット」で全体ファシリテータを務めたり、ISSの「きぼう」の取組みに関する委員として関わってきました。

「ボイジャー」のゴールドディスクに込められた研究者の思い

Q:ISSの建設や、そこに日本独自の実験施設「きぼう」ができることに、どのような印象を持たれましたか。

髙柳:第二次世界大戦後、世界は米ソ両大国による冷戦下にありましたね。宇宙開発の関係者の中にも、このままでは地球の文明は滅んでしまうという危機感を持つ者がいたはずです。そのことを象徴しているのが、1977年に打ち上げられた「ボイジャー」1号、2号のゴールドディスクですよ。

「ボイジャー」1号、2号は、太陽系で地球より外側を公転している外惑星と、太陽系外の観測を目的とした探査機で、今なお太陽系の外を目指して飛び続けています。このまま何かの天体に衝突しない限り、ほぼ永遠に飛び続けるでしょう。

「ボイジャー」1号、2号には、世界中の様々な言語の挨拶や波や風などの自然音、動物の鳴き声などを収録した、ゴールドディスクと呼ばれるレコード盤が、宇宙のどこかにいるかもしれない知的生命体に再生されることを願って搭載されました。冷戦真っただ中の1970年代後半の状況を考えると、ボイジャー計画に関わった人たちの心の中には、地球文明が存在した証しを残すにはこれしかない、という切実な気持ちがあったのかもしれません。

多摩六都科学館、ボイジャーの実物大模型の前で

冷戦終結後10年で国際協力の象徴ISSが建設される

髙柳:そういう時代を経て冷戦が終結し、ソビエト連邦が崩壊したのが1991年。ISSの建設が始まったのが1998年ですから、10年も経たずに、アメリカとロシアが中心となり、世界が協力してISSが建設されることになったのは本当に興味深かった。 ボイジャー1号が1990年に撮影した太陽系惑星の世界では、小さな青いしみのような地球、そこに人間の営みがあり、その営みの延長上にISSが実現しました。われわれがいる場所の貴重さを再認識する場、地球はいったいどういう場所で、人間はこれから何をしていこうとしているのかを振り返る、鏡のような場としてISSがあればと思いました。だからこそ、国際協力の象徴であるISSに作られた「きぼう」で行う「文化・人文社会科学利用パイロットミッション」のお話をいただいた時は、喜んで協力させてもらいました。

人間に必要なものは利便性だけではない

Q:「文化・人文社会科学利用パイロットミッション」とは、どのような取組みだったのでしょうか。

髙柳:有人宇宙探査というのは、人間を宇宙に運び、宇宙に滞在させ、無事に地球に帰還させることを目標に実施されています。その過程で様々な技術が得られたと同時に、私たちの地球観、自然観、生命観に影響を与えてきたんですよね。自然科学の言葉だけでは言い表せない、大きなインパクトを私たちの心に与えてきました。 人間に必要なものは利便性だけではありません。人間が平穏に豊かに生きていくためには何が必要か、そういう問いに答える一つの営みがアートなのです。 ISSの時代に至って、短期滞在に留まらず宇宙で生活する、宇宙で仕事をすることが現実になったのですから、アートや文化をないがしろにしていいのかという疑問は当然出てきます。JAXAの前身である宇宙開発事業団(NASDA)の頃から検討を重ねた結果、人間の営みとして「きぼう」で行うことにしたのが芸術活動でした。アーティストの皆さんに「きぼう」でやってみたい芸術活動を応募してもらい、私は選定委員長として関わり、第1期に10テーマを、第2期に8テーマを採択しました。

Q:どのようなテーマが採択されたのでしょうか。

髙柳:本当にいろいろな提案がなされ、採択されたテーマに限っても一言では言い表せないほど多種多様です。「きぼう」という環境で実施する以上、アーティストは地上ではできない、あるいは重力から解放された芸術をやりたいという思いがあったようです。 例えば「お月見」をヒントに「お地球見」(コラム1)が行われました。また、「墨流し水球絵画」(コラム2)も実施しました。墨流し自体、古くから絵を描くのに使われてきた技法ですが、微小重力下ではどんなふうに描かれるのかと、私自身も興味がありました。

お地球見(左)、「墨流し水球絵画」(右)。墨流し水球絵画はNASAのグレゴリー・シャミトフ宇宙飛行士が実施しました。(出典:お地球見 )

エンジニアリングの支援を受け芸術活動を実現

Q:アーティストの提案を「きぼう」で実施するに当たってご苦労があったのではないですか。

髙柳:はい、採択したテーマの中にはISSでの実施が難しいものもありました。第2期に「宇宙で抹茶を点(た)てる」(コラム3)というテーマを採択したのですが、ISSは精密機械の塊のようなものでしょう。抹茶を点てた時にできた抹茶気泡が浮遊して精密機械に入り込み、深刻な損傷を与えるかもしれません。ISSに影響を及ぼすことなく抹茶を点てるために、エンジニアリングの苦労もありました。

「宇宙で抹茶を点てる」。「きぼう」で抹茶を点てる古川宇宙飛行士(出典:抹茶を"点てる")
「手に取る宇宙~Message in a Bottle」のボトルを持つ、シャノン・ウォーカー宇宙飛行士(上)、ベンジャミン・アルヴィン・ドルーJR.宇宙飛行士(下)ⓒ手に取る宇宙~Message in a Bottle

Q:特に印象に残ったテーマはありますか。

髙柳:実施したテーマはそれぞれに興味深いものでした。ただ、重要なのはアートを通して地上とは違う世界がどうなっているのか、一般の人たちの好奇心に訴えていくことです。その点でとても意外に感じられたテーマがあります。 第1期に採択した「手に取る宇宙」(コラム4)は、ISSが周回している低軌道の大気をカプセルに入れてくるという取組みです。文字で読むとどうということもない、いったいアートなのかという意見もあったようなテーマですが、一般の人に与えたインパクトは大きかったですよ。

本当の宇宙空間を取り込むには船外活動が必要で、宇宙飛行士の大変な苦労がありました。「手に取る宇宙」を提案したアーティストに多摩六都科学館で講演していただいたのですが、そのプロセスに皆さんが惹かれ、「これがそうして宇宙から帰ってきた大気か」と、感動してくれました。子どもたちも目をキラキラ輝かせていましたね。一般の人たちが宇宙での活動にどんな魅力を感じるのかを教えられ、印象に残っています。

文化・人文社会系のミッションを実施したのは日本だけ

Q:しかし、そのパイロットミッションは2期で終了してしまいました。

髙柳:とても残念です。ISSに関わる15か国中で、こうした文化・人文社会系のミッションを実施したのは日本だけでしたから、ISSで働いている人たちにとっても「日本は何か面白いことやっているな」と興味深かったようで、人気がありました。

Q:どうして日本だけが実施したのでしょうか。

髙柳:その質問に明確に答えるのは難しいけれど、ISSに対する一般の方の関心を高めたり、日本ならではの"遊び"があったのではないでしょうか。 加速器を例にとると、アメリカでは、どのような実験に使うのかを決めて、その実験内容に沿う形で機能を限定して設計しようとします。アメリカならではの合理性なのでしょうが、日本は当初の研究計画にとらわれず、いろいろな実験ができるようにと、あらかじめ"遊び"を作ることが多いようです。こういう日本の独自性が発揮されたからこそ、ISSで芸術活動ができたわけですが、最近は科学実験だけになって、"遊び"が失われているように感じられます。

Q:髙柳先生としては、ISSや「きぼう」での芸術活動の再開を望んでいらっしゃるのですね。

髙柳:人間が生きていく上では、合理性だけなく遊びも必要です。芸術活動に限らず、遊びが失われてしまうと、一般の人々のISSに対する興味も薄れ、ISSと私たちとのつながりも見失われてしまいます。ですから、次の世代を担う若い人たち、特に中高生に向けた取組みがあっていいのではないでしょうか。

大人が与えるのではなく子どもが主体となる活動を

Q:これまでにも子ども向けの宇宙実験をISSで行い、地上の子どもたちに届けるという取組みを行っています。

髙柳:宇宙授業などは非常に良い取組みだと思いますが、大人が考えて与えるという、子どもたちにとっては受け身の取組みになっています。 国立極地研究所が実施している「中高生南極北極科学コンテスト」というものがあります。2004年に始まった取組みで、全国の中高生を対象に南極越冬隊や北極の観測チームにやってほしい観測や実験を募集して、選ばれた提案を越冬隊が実施しています。 自分の提案が採択され、実際に南極や北極で実施されたら、忘れがたい経験になると思います。こういうコンテストなら、中高生も主体的に関わることができますね。

Q:大学院生までを対象にしていますが、JAXAではNASAと協力してISSで使っているドローンロボットのプログラミングコンテスト「きぼう」ロボットプログラミング競技会(Kibo-RPC)を開催することになりました。

髙柳:それは素晴らしい取組みですね。プログラミング教育が盛んになってきていますし、ロボットの人気は高いので、ぜひ続けてもらいたいものです。

「きぼう」ロボットプログラミング競技会(Kibo-RPC)詳細はこちら

きぼう船内ドローン「Int-Ball」
Astrobee ⓒNASA

遊びを活かしたチャレンジ精神を忘れずISSを人類の共有財産に

髙柳:地上で暮らしていると意識することはありませんが、私たちは宇宙と切っても切れない関係にあります。地球の環境から生物の体の中まで、宇宙の法則に支配されて生きている。支配されながら、環境、宇宙が提供してくれる、自らの行為の可能性を探り、周りの環境を役立つように利用しながら生きているのです。これは、水中から陸上へ進出し、重力に適応し、二酸化炭素から酸素を作り出し......という生き物の進化の歴史そのものですね。そうした流れの先にISSがあり、宇宙開発は人間の営みの中で必須のことのように思えます。

このように考える時、人類社会が抱え込む課題に挑戦する場の一つとしてのISSには大きな意味があります。これからも遊びを活かしたチャレンジの精神を忘れずに、ISSを人類の共有財産にしていってほしいと願っていますし、「きぼう」を活かしてそうしたことを意識できる"地球人"の育成に取り組んでもらいたいと思っています。

関連コラム

【コラム1 お地球見】

日本で古くから行われている「お月見」を参考に、「きぼう」の窓際に設置された実験スペース中に浮かべた水滴を通して、地球をはじめ、船外の風景を眺めた。花鳥風月を愛(め)でる日本の美意識を紹介することで、本格的な宇宙時代にも精神的な豊かさをもたらそうとしました。


【コラム2 墨流し水球絵画】

伝統的に行われてきた墨流し(水に墨や染料を垂らした時にできる模様を写し取る技法)の技法を、「きぼう」の微小重力環境で試した取組み。球体の水の表面に墨を流して、半球型の和紙で左右から覆い、墨流しのパターンを写し取って地球に持ち帰りました。


【コラム3 宇宙で抹茶を点てる】

宇宙において日本の伝統文化である「お茶」の精神性の普及を目指し、「きぼう」の微小重力環境で抹茶を点てました。ただし、抹茶気泡の飛散は許されないため、専用の容器、茶筅(ちゃせん)、抹茶を入れるカプセルが開発されました。


【コラム4 手に取る宇宙】

地上に暮らす私たちには実感することができない"宇宙空間"を、宇宙飛行士がガラスのボトルに詰め込み、地球に持ち帰る試みです。地球に持ち帰った"宇宙"が詰まったガラスボトルに触れてもらうことで人類と宇宙との関わりを実感してもらおうとしました。


プロフィール

髙柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939年生まれ、富山県出身。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)に入社。科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月から現職。2008年、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA