私たちは普段、食事の直前まで今日は何を食べるか迷うことが多いのではないでしょうか。大事な食事の時には、お店選びから始まり、実際にメニューを見て、それでもギリギリまで決められないこともあると思います。
しかし宇宙飛行士は数か月後の食事のために、今、宇宙食を選ばなければなりません。そして、宇宙食担当者は、その宇宙食を調達し、輸送し、宇宙へ届けます。「まだ見ぬ未来の食事の準備」これが今回のテーマです。
国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在に向けて訓練中の諏訪宇宙飛行士に聞いてみました。
私たちは今日の夕食ですら迷うのに、数か月後の自分の食べ物をどうやって選ぶのですか?
諏訪宇宙飛行士:「宇宙飛行士がISS滞在中に食べるものは、基本的にはNASAとロシアが用意する“標準食”が主体となります。それに加えて、“ボーナス食” と呼ばれる個別に用意できる食事があり、これが自分の嗜好で選べる食品になります。
NASAが用意する “標準食”が全体の約80%を占めており、自分で選べる食事は約20%程度なので、その20%の中に試食会で自分が気に入ったものを多めに入れたりします。」
諏訪宇宙飛行士はボーナス食として、ほとんどを宇宙日本食から選んだそうです。宇宙日本食は、食品メーカーなどが提案する食品をJAXAが定める宇宙日本食認証基準と照らし、基準を満たしている場合に宇宙日本食として認証するものです。ISSに滞在する日本人宇宙飛行士に、日本食の味を楽しんでもらい、長期滞在の際の精神的なストレスを和らげ、ひいてはパフォーマンスの維持・向上につながることを目的として開発しています。
そこで、以下の質問をしてみました。
20%のボーナス食の選定で味や栄養といったこと以外に何を優先して選んだのでしょうか?
諏訪宇宙飛行士:「食欲をそそることですね、宇宙ではお腹がいっぱいに感じやすいという先輩たちの経験談を聞いているので、なるべく食欲をそそるものを選びました。香りや見た目は食欲に大きな影響を与えそうですよね、あと、きれいな盛り付け等も大事です。宇宙でどこまでできるのかな?
とはいえ、数か月も先に、しかも無重力で地球を眺めながら、その日に何を食べたいかなんて想像するのはなかなか難しいですよね。なので、細かく悩みすぎることはありません。実際には、その時々に手元にある宇宙食の中から、“今日はこれが食べたいな”というものを選んで食べることになると思います。」
宇宙飛行士が宇宙滞在中、いつ、どんな状況で食べるのか分からない宇宙食を準備する時、どんなことを考えながら準備していますか?
また、他の担当者は「おいしそうだな、自分も食べたいなと思います!私が宇宙に行くとしたら、何をもっていくかな、とも考えたりもします。」と答えています。
「特にISS到着直後や帰還直前といった特別な時期に選ぶ食品は意味がありそうな気がしています。身体的、栄養学的だけでなく、精神的にも栄養となる時間であってほしいと思っています。」という意見や「宇宙での喫食の様子ではなく、宇宙日本食を製造してくださった企業の皆様のご苦労を思って作業することが多いです。」という声もありました。
ISSでの食事は、気分転換やクルー同士のコミュニケーションの時間にもなると言われています。そのために宇宙食担当者としてできることは何でしょうか?
栄養管理が専門の担当者は、「適切な栄養摂取を考えるのが仕事という前提ですが、気分転換やコミュニケーション、チームビルディングの障害とならないよう、ご本人が気付かないような密かな支援をすることです」という意見でした。
また、多くの担当者が「私たちができることは、宇宙食を届けることです。宇宙飛行士のためにも、製造してくださった企業の皆さんのためにも、確実にISSへ届けることが使命と思います。ISSに食品が搭載され、宇宙飛行士が滞在した段階で初めて宇宙での食事を想像します。」ということを強調しています。
宇宙食担当者として、どのような点に苦労し、神経を使っていますか?
宇宙食を選ぶ過程では標準食とボーナス食で数回ほど試食の機会があり、JAXAの宇宙食担当者は宇宙日本食の選定のために試食をしてもらった後に宇宙飛行士の希望等に合わせて品目、数量を調整します。その後、調達、梱包、輸送などを経て宇宙船に搭載されISSに届くまでには、多くの変動要素があるため一概には言えませんが、試食からISS到着まで1年以上掛かることが多いです。
実際に諏訪宇宙飛行士も、Xで次のように投稿しています。「ISSに持っていく物は、自分が到着する前にある程度届いている必要があるので、#宇宙食 選びは意外と最初にやってきます。ということをミッションにアサインされて、初めて知りました。」(諏訪宇宙飛行士公式X)
現在、諏訪宇宙飛行士向けの宇宙食が企業の皆様からJAXAに届けられ、それを輸送するための作業が進んでいます。
改めて、諏訪宇宙飛行士に聞いてみました。
今回の宇宙食選定では、味や栄養だけでなく、どんな観点を意識されたでしょうか。その視点にはどれくらい自信をお持ちですか?
諏訪宇宙飛行士:「自信ありますね!宇宙飛行士は “食べられるものは食べる!”というメンタリティーの人が多く、それほど美食家の集団という感じでもありません。そう考えると、この自信も、ある意味では少し微妙な基準に支えられているのかもしれませんが、重視した点は “他のクルーに分けられるものをたくさん持っていくといいよ!”という先輩宇宙飛行士から共通していただいたアドバイスでした。ですので、日本人向けのものだけでなく、NASAやロシアの宇宙飛行士にも喜んでもらえそうなものを、なるべく多く選んで持っていくという観点で “自信ありです” 」
そして、宇宙食担当者に
全ての準備を終え、送り出しが完了した後はどのような気持ちになりますか?
「送り出しは区切りではありますが、ISSに届き、宇宙飛行士が実際に口にするまでは落ち着きません。宇宙飛行士の滞在時期に合わせて年に数回しかない貨物船を使って適切な時期に宇宙食をISSまで届けることが必要になるからです。前回、前々回の大西ミッション、油井ミッションでも、送り出した後の輸送の部分で変更が生じて最後まで気が抜けなかった経験があります。」という答えが返ってきました。
宇宙飛行士が実際に食べるところまでが準備だという思いは、担当者の皆さんに共通していました。
また、「ISSに長期滞在した宇宙飛行士が地上に帰還するまでが私たちの責任です」という宇宙食に限らず宇宙飛行士と一緒に仕事している担当者全員を代表する声も聞くことができました。
最後に、諏訪宇宙飛行士に現在の気持ちを聞いてみると
諏訪宇宙飛行士:「きっとISSについてから、“これをもっと持ってくればよかった!” と思うことはあるでしょうね。でも、宇宙飛行に向けては宇宙食以外にも決めること、選ぶことが本当にたくさんあります。そんな中で、この大事な宇宙食選びがひと段落して、今はちょっとほっとしています。あとは、無事にISSまで届いてくれることを祈るばかりです。そして、こちらの希望を細かく汲み取りながら、膨大な品目を丁寧に取りまとめてくださった宇宙食担当の皆さんには、本当に感謝しています。」と締めくくりました。
今回の一連のインタビューから見えてきたのは、宇宙食の準備が1年以上前から始まり、多くの人が関わって進められているということなどですが、将来、一般の方が宇宙に行く時の「まだ見ぬ未来の食事の準備」に参考となることがあるかもしれません。諏訪宇宙飛行士がミッションを終えた後にもう一度、宇宙食をテーマに話を聞いてみたいと思わせてくれるインタビューでした。
今後に向けて
※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA