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2024.11.15
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大西卓哉宇宙飛行士、宇宙実験を学ぶ 3 東北大学 中村智樹研究室

  • 大西 卓哉
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宇宙飛行士は、宇宙実験への理解を深めるため、日本滞在中の8月26日から29日にかけて実験を提案した研究代表者や関係者の方たちに直接会いに行き、実験や研究内容の詳細を伺ってきました。その模様を5回に分けてお伝えします。
今回の訪問先は、東北大学大学院理学研究科の中村智樹研究室です。研究室を主宰している中村智樹教授は、「きぼう」日本実験棟の静電浮遊炉(Electrostatic Levitation Furnace: ELF)を使用した「原始太陽系星雲の高温過程で形成されたコンドリュールの再現実験(Space Egg)」実験を提案しています。

ELFは金属やガラスなどを溶かし、液体にしたときの物性を測定する実験によく使われる装置です。しかしSpace Egg実験では、コンドリュールと呼ばれる物質がどのようにつくられたのかを明らかにするためにELFを使います。

コンドリュールは直径1mmほどの球状の微粒子です。太陽系誕生から数百万年の間に原始太陽系星雲の中でつくられたと考えられていますが、その生成過程はまったくわかっていません。コンドリュールは地球のような岩石型惑星の材料の1つともされていることもあり、初期の太陽系の歴史を理解するうえでとても重要な物質です。

大西宇宙飛行士が訪問した8月29日は、中村智樹教授が海外出張のため不在でしたが、中村智樹教授と共に研究を進めている渡邉さん、森田さんがSpace Egg実験について説明しました。
コンドリュールはケイ酸塩鉱物を主成分としていて、含有成分や結晶組織などでいくつかの種類に分類されます。その中でも、Space Egg実験ではELFで棒状カンラン石コンドリュールの作成に挑戦します。

「棒状カンラン石コンドリュールについては、材料が塵でその塵が約1600℃以上に加熱されることでできたということだけで、詳しい経緯はほぼわかっていません。棒状カンラン石コンドリュールの結晶形態や化学組成が決まる条件を明らかにすることで、原始太陽系星雲がどのような条件であったのかを逆算することができます」と、実験の狙いを渡邉さんが説明しました。

ELFでコンドリュールを再現する実験は世界でも初めての挑戦的なものとなります。この実験が成功すれば、コンドリュールがつくられる過程や条件などがわかり、初期の太陽系でどのようなことが起こったのかが明らかになることでしょう。

太陽系初期にできた物質を実験でつくる

渡邉:私たちは、コンドライト隕石の中に含まれるコンドリュールという微粒子に注目しています。

大西:隕石は大気圏に突入して地球に飛来していますよね。その途中で隕石自体が変性しないのですか。

渡邉:隕石の表面は溶けますが、内部は大気圏突入の影響を受けずに、太陽系初期の状態を保っています。Space Egg実験で作成するのは、コンドリュールの中でも棒状カンラン石コンドリュールです。棒状カンラン石コンドリュールは、材料物質が全溶融してできたと考えられているため、溶融や冷却などの実験条件を設定しやすいという利点があります。また、特徴的な構造をしているので、再現実験の成否が判断しやすいという特徴もあります。

大西:全溶融してできたという根拠は何があるのですか。

渡邉:これまでの地上の再現実験の結果が根拠になっています。棒状カンラン石コンドリュールにはカンラン石の結晶が棒状に成長しバーと呼ばれる構造とバーを包みこむように成長するリムと呼ばれる球状の構造があります。材料物質を全溶融させたときはバーの構造ができますが、そうでないときはバーができずに、丸っこい結晶になってしまいます。

宇宙実験で形成過程を明らかに

森田:棒状カンラン石コンドリュールの形成過程については、コンピュータシミュレーションでは材料物質が完全に溶融した後でバーとリムが同時に形成されることが示されましたが、ガス浮遊炉での実験ではバーが先にできて、その後、バーを取り囲むようにリムができました。宇宙実験によって、棒状カンラン石コンドリュールを形成する正確な温度条件や形成メカニズムがわかってくれば、シミュレーションとガス浮遊炉での実験のどちらが正しいかもはっきりします。

大西:温度条件というのは、どこの温度のことですか。

森田:一番のメインは、バーとリムを形成する温度条件です。冷却速度については、地上の実験である程度わかってきているので、地上での実験結果が正しいかどうかを検証していくことになります。

実験データで形成モデルを絞り込む

森田:Space Egg実験で棒状カンラン石コンドリュールの形成過程がはっきりすると、乱立しているコンドリュールの形成モデルを絞り込むことができます。Space Eggの実験結果によって、正しい形成モデルがわかってくれば、地球などの惑星ができた過程をより詳しく理解できるようになると思います。

大西:棒状カンラン石コンドリュールの形成条件はある程度、予測が立っているのですか。それとも、手探りで実験を進めているのですか。

森田:地上での実験も今まで重ねられていて、形成条件については、ある程度の目処は立っています。地上でのコンドリュールの再現実験は、ワイヤーやグラファイトを使って固定して実施されていましたが、材料物質と固定をするものが接触していることが実際の宇宙空間と異なっていて、結晶化にも影響を及ぼしていることがわかりました。また、ガス浮遊炉を使った実験も行われていますが、この方法では重力の影響によって対流が起こります。そのため、地上では棒状カンラン石コンドリュールの完全な再現には成功していません。

ELFで実施する初めての実験

大西:ELFは今、「きぼう」日本実験棟の中で一番いろいろな人に利用されている実験装置の一つで、民間企業による有償での利用もたくさんあります。

渡邉:そのほとんどが物性測定になるのですか。

大西:そうだと思います。皆さんのように初期の太陽系の様子を調べるというような視点でELFを使う話は、私が聞いている限りではないですね。発想がユニークでおもしろいなと思います。

渡邉:ちゃんと結晶化してコンドリュールができているか、試料が地上に戻ってくるまでわかりませんが。

大西:そうですね。でも、うまく結晶化していなくても、それは1つの重要なデータになると思います。これがELFで成功し、地上でできないものが「きぼう」でできたとしたら、微小重力が効いたということになるのですか。

渡邉:それはあると思います。静電浮遊だとコンドリュールのようなケイ酸塩は帯電しにくいと聞いています。あとは重力の違いによって対流による振動の影響が除外されるので、コンドリュールの結晶化に何が因子として作用しているのかがわかるようになると思います。

実験の説明を聞いた後、大西宇宙飛行士は、実験室のガス浮遊炉を使って試料をレーザーで加熱する様子を見学し、カンラン石の成分が棒状に結晶化する棒状カンラン石コンドリュール特有の結晶構造を確認しました。

そして、中村智樹研究室に所属する7人の学生たちと交流会を行い、意見を交わしました。

訪問を終えて

東北大学の中村智樹研究室は、隕石、宇宙塵、探査機によって地球に持ち帰られた小惑星サンプルなどを分析することで、太陽系の起源や初期の様子を明らかにしようとしています。Space Egg実験は、その一環として実施されるものです。「きぼう」の実験装置の中で稼働率の高いELFでも、太陽系の初期につくられた物質を再現する実験ははじめての試みとなります。ELFは材料の物性測定に使われることが多かったのですが、新たな用途が生まれ、JAXAとしても嬉しく思います。Space Egg実験によってどのようなことが明らかになるのか、今から楽しみです。

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