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2024.11.05
  • ISS長期滞在ミッション
  • 地上での仕事

大西卓哉宇宙飛行士、宇宙実験を学ぶ 2 北海道大学 藤田修教授

  • 大西 卓哉
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2025年2月以降に、国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在が予定されている大西卓哉宇宙飛行士は、宇宙実験への理解を深めるため、日本滞在中の8月26日から29日にかけて実験を提案した研究代表者や関係者の方たちに直接会いに行き、実験や研究内容の詳細を伺ってきました。その模様を5回に分けてお伝えします。
8月27日、大西宇宙飛行士は北海道札幌市にある北海道大学を訪れました。北海道大学工学部には「火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価(FLARE)」実験を提案した藤田修教授が主宰する宇宙環境応用工学研究室があります。大西宇宙飛行士は、藤田教授、橋本望准教授、金野佑亮助教からFLARE実験について詳しく話をうかがいました。

宇宙で暮らすうえで、宇宙船の安全確保はとても重要です。特に火災が発生しないように細心の注意が払われています。しかし、地上よりも重力の小さな宇宙空間での火災の安全基準はまだ制定されていません。

FLARE実験は、「きぼう」日本実験棟の固体燃焼実験装置(SCEM)に様々な材質の試料を設置し、微小重力環境で実際に燃焼させます。藤田教授は実験の映像を見せながら、「実験の結果、微小重力環境では、地上よりも燃えやすいものがあることがわかりました」と語りました。

その話を聞き、大西宇宙飛行士は大きな衝撃を受けたようで、驚きを隠せませんでした。

現在、FLARE実験は第2シリーズの実験が実施されています。FLAREに続き実施予定のFLARE-2実験までは微小重力環境で実験を行いますが、将来実施予定のFLARE-3実験では、アメリカ航空宇宙局(NASA)を中心に進めている国際有人探査計画のアルテミス計画でも役立てられるように、新たな実験機器を用いて月や火星の重力を模擬した環境での燃焼実験を行う予定です。

大西宇宙飛行士は実験室も訪れ、FLARE実験の試料やFLARE-3実験で使用する予定の実験機器などを実際に見て、FLARE実験への理解を深めました。

地上とは違う微小重力環境での燃えやすさ

大西:現在、ISSなどで使用されているNASAの安全規格は、微小重力による燃焼のしやすさは考慮されていないのですか。

藤田:考慮されていないです。これまでは地上でしか試験できなかったので、地上の基準で合否を決めています。

大西:微小重力下で燃えやすい状況があるというのは初耳でした。そういう認識を持っている宇宙飛行士はあまりいないように思います。

藤田:対流のない宇宙空間では、空気の供給を抑えれば火が消えると多くの人が思っていることでしょう。地上の1Gの重力では難燃素材を使うことは火災防止などに効果的ですが、微小重力では燃えやすくなる素材もあるので注意が必要です。

大西:宇宙飛行士は、宇宙船での火災対応の手順も訓練します。火災が発生したら、基本的に空気の循環システムを強制的に止める手順になっているので、訓練ではそれ以上は基本的に広がらないと教わりますが、それは問題ないのですか。

藤田:空気の流れを0にすれば火が消える場合があるので、それがすごく合理的な手順です。しかし、正しい方法だからといって必ず火が消えるわけではありません。そこはとても難しい部分ですし、私たちが興味を持っている部分でもあります。

電気系統の火災に備えた実験も実施

大西:一般的には微小重力空間の方が、地上よりもものが燃えやすくなるのですか。

藤田:宇宙船の中では換気のために空気の流れをつくっていますが、そのような空気の流れがある微小重力空間では、酸素濃度がかなり低い状態でも火がついてしまいます。

大西:微小重力空間の方が燃えやすくなる理由は何ですか。

藤田:そこが研究のポイントとなります。その理由を理論化して微小重力環境で燃えやすい条件を予測できるようにするのが、FLARE実験の核となる部分です。宇宙実験の結果と一致するように予想できれば、宇宙での火災安全の基準として使うことができます。

大西:ISSでは、火気を使うことはほぼありません。そうすると、発火源になりそうなところは電気系統に限定されるのでしょうか。

金野:過去の事例を調べると、基本的に電気系統が多いですね。実は地上の火災の原因もほとんどが電気系統です。

藤田:そのため、FLARE実験や後続のFLARE-2実験では電線、電子回路の基板など、電気系統に関係する材料の燃焼実験も行う予定です。

アルテミス計画を見据え新たな実験も準備

橋本:計画中のFLARE-3実験では、回転機構によって人工的に重力を発生させる装置を打ち上げ、SCEMに組みこみます。これで月や火星の重力を遠心力により模擬した環境をつくり、実験ができます。さらに、アルテミス計画で議論されている酸素濃度34%、0.56気圧での燃焼実験も行う予定です。

藤田:SCEMは高い酸素濃度での実験ができるので、他国の燃焼実験よりも優位です。

大西:オリオン宇宙船や月軌道ゲートウェイの船内が酸素濃度34%、0.56気圧に設定されるということですか。

藤田:そこまでは決まっていません。NASAが標準的な船内条件を議論している段階です。

大西:滞在する宇宙飛行士のために、気圧を下げる分酸素濃度を上げるということですね。酸素濃度を上げると危険性が上がりますが、気圧を下げるメリットの方が大きいということですよね。

藤田:そうですね。月面基地では船外活動が多くなると予想されます。宇宙船や基地の気圧が低いと、船外活動する前に気圧を調整するプリブリーズの時間が短縮されます。ただ、酸素濃度が30%を超えると火災のリスクが高くなるので、そのあたりをどうするのかを検討しています。

大西:FLARE実験はISSだからできる実験と言っていいですか。

橋本:航空機でも微小重力を模擬した実験ができますが、20秒くらいしか継続できません。また、航空機ではどうしても僅かに残る重力の影響を受けて空気の流れ(対流)が発生してしまうという難点があります。

藤田:ISSでの実験は、微小重力環境で長い時間実験ができます。また、空気の流れが0に近い状態をつくれ、流れがぴたりと止まるという、地上では見られない状態をつくれます。FLARE実験はISSでしかできない条件を設定し、たくさんの実験をしています。

訪問を終えて

FLARE実験は、微小重力環境で様々なものを実際に燃焼させるというとても挑戦的な実験で、これまでの常識を覆すような実験結果が示されています。また、FLAREの地上研究の成果をもとにJAXAと日本プラスチック工業連盟等が協力して開発を進めてきた固体材料の燃焼性試験方法は、新たな国際標準規格(ISO)や日本産業規格(JIS)として制定されました。アルテミス計画で有人宇宙開発が大きく飛躍する現代において、FLARE実験によって示される宇宙での火災安全基準はますます重要なものになっていきます。JAXAはたくさんの研究者と協力して、FLARE実験を進めていきます。

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