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2024.10.30
  • ISS長期滞在ミッション
  • 地上での仕事

大西卓哉宇宙飛行士、宇宙実験を学ぶ 1 富山大学 玉置大介講師

  • 大西 卓哉
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2025年2月以降に、国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在が予定されている大西卓哉宇宙飛行士は、自身がISS「きぼう」日本実験棟にて実施する可能性が高い宇宙実験への理解を深めるため、日本滞在中の8月26日から29日にかけて実験を提案した研究代表者や関係者の方たちに直接会いに行き、実験や研究内容の詳細を伺ってきました。その模様を5回に分けてお伝えします。
8月26日は、JAXA筑波宇宙センターを訪れていた富山大学の玉置大介講師と筑波宇宙センターにある実験室で面会し、玉置講師が研究代表者を務める「宇宙環境が植物の細胞分裂に与える影響の解明(Plant Cell Division)」実験について説明を受け、意見交換を行いました。

Plant Cell Division実験は、緑藻コレオケーテとタバコ培養細胞BY-2株が細胞分裂する様子を「きぼう」のライブイメージングシステム(Confocal Space Microscopy: COSMIC)で観察し、植物の基本的な要素である細胞分裂や細胞伸長に重力の及ぼす影響を調べます。

玉置講師は、「月や火星に人間が進出していくときには、食物生産が重要になります。そういうときに、植物の基本的な要素である細胞分裂や細胞伸長などの知識が役立つと思います。特に、細胞分裂については統一された見解がないので、実際に宇宙で分裂する様子を観察したいと考え、この実験を提案しました」と実験の概要を説明しました。

玉置講師は軌道上での実験手順や実験前後のサンプルの保管方法などを検討するために、筑波宇宙センターでJAXA職員と検討を重ねています。玉置講師から実験についての説明を受けた後、大西宇宙飛行士は、地上モデルのCOSMICでサンプルの藻を観察する様子を見学しました。

宇宙での細胞分裂を直接観察

大西:Plant Cell Division実験では、COSMICで実際に細胞が分裂する瞬間が地上から見られるのですか。

玉置:そうです。COSMICで実際に見ることができます。動物の細胞は、分裂した後に動き、いろいろな場所に移動します。でも、植物には細胞を取り囲む細胞壁という頑丈な構造をもっているので、分裂した位置から動くことができません。プログラムされた通り、順序よく決まった方向に分裂することで、決まった形になります。

大西:COSMICでの観察はどのくらいの時間を考えているのですか。

玉置:観察の時間は48時間です。タバコ培養細胞の細胞分裂の1つのサイクルは12〜13時間ほどなので、48時間で15分おきに画像を撮影することで、細胞分裂サイクルのすべてのフェーズを網羅できるのではないかと考えています。難しいところがあるとすれば、退色です。

大西:退色とは何ですか。

玉置:時間の経過と共に蛍光色素の蛍光が消える現象です。蛍光色素は励起光のエネルギーを受け取って、そのエネルギーが放出されることで蛍光を発します。しかし、発光する頻度を上げると蛍光色素が反応しなくなり、発光量が減少してしまいます。どのくらいの頻度で観察すると退色を抑えて48時間観察できるのかを、今、調べているところです。

課題は実験後のサンプル保存

大西:クルーへの要望は何かありますか。訓練ではサンプルをなるべく傷つけないようにとは言われましたけれど、それ以外に何かあれば。

玉置:一番心配しているのは顕微鏡の設定のところですね。サンプルそのものがデリケートですし、容器の顕微鏡ステージへのマウントも特殊なので、あまり激しく扱わない方がいいかなと思います。

大西:48時間連続で観測されますよね。クルーの「きぼう」内への出入りや作業などによっても振動が発生します。お話を聞いている限りでは、クルーも気をつけた方が観察はやりやすいと思います。実験期間中、COSMICに直接触れることは厳禁にした方がいいですね。

大西:実験開始まで最長で1か月間というお話をしていましたけれど、その間、状態をキープするのもたいへんでしょうね。

玉置:4℃で1か月間保存することで状態が保たれることは確認しています。最初の保存期間については、あまり不安には思っていません。心配なのは実験後の保存期間ですね。実験が終わってから私たちの手元に帰ってくるまで最大8か月かかるということで、化学固定しても状態を保つことができるか、まだ確認できていません。

大西:化学固定をするのは、どういう意味があるのですか。

玉置:サンプルを生きたまま地上に持って帰ってくると、重力がかかったり、衝撃を受けたりして、構造などが変化する可能性があります。そこで、軌道上で、生物に固定液を注入することで、宇宙にいる状態を保ったまま、それ以上変化しないようにします。これが化学固定です。植物がその状態を保ったまま時間が止まったような状態になります。

大西:化学固定をすると、それ以上は変化しないのですか。

玉置:変化はしません。ただ、固定液の影響で変化する可能性もあります。そのため、何ヶ月も経過した後でも生きているときと同じような状態を保っているのかを調べる予備実験が必要になります。

宇宙での食料生産に備える

大西:この実験で得られた結果が、どういうことにつながっていけばいいと考えていますか。

玉置:宇宙で作物や植物を育てるときの基礎知識にしたいです。藻はサプリメントとして使われていますし、二酸化炭素を酸素に変えるバイオリアクターにも使用できると思います。宇宙での藻の研究は少ないので、その礎となればいいなと思っています。

大西:宇宙で植物を栽培する時代が来たときに、この実験の知見が活用される可能性があるということですか。

玉置:藻は増殖が早いですし、しっかりと食べることができれば、かなりいい栄養源になると思います。そのような応用も目指して研究していけたらと考えています。

大西:今まで藻を意識したことがありませんでしたが、いろいろなお話を聞いているとおもしろいですし、愛着が湧きますね。

玉置:この藻はガラスビーカーなどで飼っていると、目に見えるくらいの大きさになります。まん丸い形になりますので、かわいいなと思います。

訪問を終えて

COSMICは軌道上で生きた細胞組織を立体的に観察できる装置です。Plant Cell Division実験は、その特徴を活かし、これまではっきりしなかった微小重力環境下での植物細胞の分裂の様子を観察します。このような植物の基礎知識は将来、宇宙で食物を生産する際に役立つ可能性を秘めています。宇宙飛行士、地上のスタッフが一丸となり、この実験をサポートしていきます。宇宙実験でどのような成果が出るのか、今から楽しみです。

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