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2024.06.27
  • 基礎訓練

基礎訓練レポート(2024年4月)その2

  • 諏訪 理
  • 米田 あゆ
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無重量体感(パラボリック)訓練

ご存知の通り国際宇宙ステーションをはじめとした有人宇宙活動では微小重力環境下で生活することが多いです。そのような活動に備え、今回米田・諏訪両宇宙飛行士候補者はフランス・ボルドーにて欧州宇宙機関ESAの宇宙飛行士候補者とともにパラボリックフライトに参加いたしました。

パラボリックフライトとは航空機で放物線を描く飛行を行うことによって機内で微小重力環境を生み出すというもので、1度の飛行で約20秒の微小重力環境を30回体験することができます。両候補者は計2回の飛行に参加し、1回目の飛行では微小重力環境に慣れ自身の姿勢をコントロールする方法を学び、2回目の飛行では機器を使用し国際宇宙ステーションの活動を想定したより実践的な訓練を行いました。
(Image by ESA/JAXA)

米田宇宙飛行士候補者の感想

「30…20…10…5,4,3,2,1 Injection! (無重力スタート!)」
-----(ふわっ。) 落ちそう! あれ、落ちない、浮かんだままだ。

パラボリックフライトでふわっと身体が持ち上がった感覚は不思議なものでした。ジェットコースターの頂上でお腹が浮くようなヒヤッとした感覚とともに、落下に備えて自然と身体に力が入る経験をされたことがある方も多いと思います。1回目のフライトで重力から解き放たれた時、頭では20秒間浮かんだ状態が続くとわかっていたのですが、身体は本能的に身構えていました。重力下でしか過ごしたことがない身体にとって、浮く感覚は直後に落ちることを意味するので、本能的に危険と認識したのでしょう。しかし、実際は浮かんだままだったため、脳と身体が戸惑っているような不思議で面白い感覚がありました。一緒に飛んだ諏訪さんやESAの宇宙飛行士候補者たちも驚いた表情を浮かべていて、皆で思わずお互いに顔を見合わせて胸の高まりを共有したことが印象に残っています。

身体の順応は早く、数回の微小重力を経験した後には、身体が浮かぶことにも慣れてリラックスして動かせるようになりました。スーパーマンの姿勢でも落ちることなく前に飛んでいくことができます!しかし、一度空中で止まってしまうと、手をかいたり、バタ足をしたりしても、ただ空気をかき回すだけで全然進みません。思ったように動けず、ただ宙を漂うだけで20秒のタイムアップとなることもありました。

地上で当たり前の動作も微小重力環境では想定外の出来事が起こります。例えばドライバーのねじ回し。ねじを緩めようとすると、ねじに伝えたい回転の力が自分の体に伝わり、作用反作用の法則で自分の身体がねじとは逆回りに回転してしまいます。身体を壁などの動かないものと固定しないといつまでたってもねじを緩められなかったです。遊園地のコーヒーカップで、中心のテーブルを回そうとすると自分が座っているカップ自体が回り始めるのと同じ仕組みですね。

他には、宇宙空間での医療的な緊急事態を想定し、心臓マッサージの練習を行いました。通常、重力のある環境では患者さんを地面に寝かせて自分の体重をかけながら心臓マッサージを行います。しかし、今回は患者さんに見立てた人形を浮かないよう床に固定しました。地上の方法で行おうとするも、重力がないため力を伝えられず、反作用で私自身が人形から遠ざかってしまいます。それでは有効な心肺蘇生はできません。解決策としては、逆立ちして天井に足を付け、両手を挙げた状態で屈伸運動をしながら床に寝かされた人形に心臓マッサージを行います。バランスを取りながら適切なリズムとパワーで胸部を圧迫することはとても難しかったです。心臓マッサージが必要となるような緊急事態が宇宙空間で起こったことはこれまでなく、今後も起こらないことを祈りますが、いざという時に落ち着いて対応できるよう、今回手法を経験できたことは良かったです。

また、パラボリックフライトでは、放物線軌道に乗っている約20秒間は微小重力状態(10-2~10-3G)となりますが、その軌道の前後には地上の重力よりも重い約1.8Gの重力が20秒間かかります。この過重力状態も興味深い体験でした。手に持っていた荷物がいきなりとても重くなったり、手足を持ち上げようとすると誰かに押されているかのように上がらなかったりします。それでも頑張って手を上にあげていると、血液が重力によって下に引っ張られて指先の血流が減って冷たくなりました。逆にだらんと下に降ろすと、すぐに血が戻って指先まで温かくなり、血液の流れの変化を感じることができて面白かったです。

ジェットコースターでの一瞬の浮遊感が、20秒間のパラボリックフライトと似ているところと違うところがあったように、今回のフライトと宇宙空間で微小重力が続く環境にも類似点・相違点があると思います。どんな違いを経験できるかとても楽しみです。そしてESAの皆さんとも、今回の非日常な低重力環境訓練を共にしたことで絆が深まったように思います。低重力環境が日常となる宇宙空間での日々をまたいつか共有し、今回のパラボリックフライトの思い出話ができるといいなと思いました。そんな日のためにも引き続き訓練を頑張ってまいります!

諏訪宇宙飛行士候補者の感想

パラボリックフライトでは、放物線飛行をしている間に1.8G(重力が1.8倍になる)と無重力(正確には少しだけ重力のある微小重力)の両方を繰り返して経験します。まず驚いたのは1.8Gが体にかかったとき。Gってこんなに重いのか、と感じました。1.8Gがかかる時は床に座って過ごすので、試しに腕を前に出してみましたが、鉛がついているかのようにすごい勢いで手が下に振り下ろされます。まるで自分の腕ではないかのように。パラボリックフライトにも少し慣れてきた中盤では1.8G下で腕立て伏せをしようとしたのですが、体は全くあがりません。

そしてその「重い自分」の間で体験できる「軽い自分」。初めての無重力を味わった瞬間は何とも言えませんでした。「無重力開始!」というアナウンスと共に本当に体が浮き上がります。なんとも不思議な感覚です。水の中にいるみたいにも感じるので、特につかまるとこのない中空に漂ってしまうと、どこかにたどり着きたくて、つい泳いでしまいます。ところが手で漕いでもバタ足をしても一向に進みません。「泳ぐな!泳いでも進まないよ」とESAの先輩宇宙飛行士たちが笑いながら声をかけてくれます。

重力下で暮らしている私たちは重力がなくなると感覚との不適合とでもいったようなものが、とたんに起きるようです。逆さになってスパイダーマンのように天井をつたって動く、という動作も練習したのですが、天井にお腹を向けて動いていると、天井が急に床のように感じられます。これはどういうことだ?と思っている間に、20秒の無重力環境は終了します。これが永遠に続いている宇宙ステーションの中にいるってどういうことなのだろう?と想像力がはちきれんばかりに大きくなります。
無重量体感(パラボリック)訓練後の諏訪候補者、米田候補者(Image by ESA/JAXA)
ところで、テレビ画面で見ると無重力環境でも、宇宙飛行士は色々な仕事をすいすいとこなしているように見えますが、実際は姿勢を安定させるだけでもけっこう難しいのです。足を固定していても、体が傾いてしまい、それをなおそうにも、重力に頼ってしか姿勢のコントロールをしたことのない体は軽いパニックを起こし、絶望と共に傾き続けていきます。宇宙飛行経験のあるESAの先輩飛行士たちはいとも簡単に体の姿勢をコントロールしていたので、これは体でコツを覚えるしかなさそうです。宇宙に行けば無重力も20秒以上続いているので、落ち着いて取り組めますしね。その日を楽しみにまた訓練をがんばっていこうと思った、そんな無重力体感訓練になりました。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA