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2025.02.06
  • ISS長期滞在ミッション
  • 地上での仕事

大西宇宙飛行士、宇宙実験を学ぶ 6 公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE:Research Institute of Innovative Technology for the Earth)

  • 大西 卓哉
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2025年3月以降に国際宇宙ステーション(ISS)で長期滞在する予定の大西卓哉宇宙飛行士が、2025年1月8日に地球環境産業技術研究機構(RITE)を訪問しました。自身が「きぼう」で組み立てを担当する可能性のある二酸化炭素除去システムの技術実証の理解を深めるために、研究者や関係者の方々にお話を伺いました。
地球環境産業技術研究機構(RITE)は日本が提唱した「地球再生計画」を実現するために、1990年7月に設立され、長年、二酸化炭素(CO2)分離回収技術、CO2貯留技術などの研究開発を進めてきました。燃焼排ガスや空気中には酸素、窒素など、様々な成分が存在していますが、その中からCO2だけを選択的に取り除くために、様々な種類の吸収材を開発しています。

人間が宇宙に滞在するときは、国際宇宙ステーション(ISS)など、空気を循環させた閉鎖空間の中で生活します。すると、滞在しているクルーたちからCO2が排出されるために、CO2を除去する技術が必要となります。

JAXAは、RITEと共同でCO2吸収材を開発してきました。このCO2吸収材は「将来有⼈宇宙探査に向けた⼆酸化炭素除去の軌道上技術実証システム(JEM Demonstration of Removing Carbon-dioxide System : DRCS)」に搭載され、2025年6月頃にISSへ送られます。

DRCS実証試験装置は、日本が初めて微小重力環境下で運転するCO2除去装置です。この試験結果は、JAXAが開発を進めている「環境制御・生命維持システム(Environmental Control and Life Support System: ECLSS)」技術の向上につなげます。ECLSSはアルテミス計画で欧州宇宙機関(ESA)が開発を担当する月周回有人拠点「Gateway」の国際居住棟(International Habitation module: I-HAB)に設置される予定となっていて、国際的にも注目されています。

当日、大西宇宙飛行士はJAXA有人宇宙技術部門の装置開発担当である松本聡 主幹研究開発員とRITEを訪問し、RITEの山地憲治 理事長、閑念麿聡 主席研究員、余語克則 主席研究員、木下朋大 主任研究員らと意見交換を行いました。

その中で、大西宇宙飛行士がISS内のCO2濃度が地上のCO2濃度の10倍くらいになっていることを話すと、山地理事長が「地下鉄と同じくらいの濃度と思っていましたが、それよりも高いのですね」と驚く一幕もありました。

CO2吸収材開発のハイライト

大西:今回、宇宙向けのCO2吸収材を開発するうえで難しかったことは何ですか。

余語:一番苦労したのは、オフガス試験対策です。これまで私たちにはそのような経験がなく、あまり意識してきませんでした。最初はCO2除去の性能重視で開発を進めてきましたが、オフガス試験をクリアするために、余計なガスを発生しにくい固体吸収材を開発しました。

*オフガス:物質から揮発する気体成分

大西:いろいろと対策頂いたと言うことで、安心して宇宙に持っていけます。

余語:今回は短期間のミッションなので、劣化することなく使用できると思います。ただ、この吸収材は温度に敏感なところがあります。50℃の乾燥空気に50日間さらしても劣化しないのですが、乾燥空気の温度を上げすぎると、劣化が出てきます。現在、実証実験では、温度を上げすぎないように注意してください。

大西:CO2除去装置を長期的に使う場合は、吸収材は消耗品として、ある程度の頻度で交換する必要があるのですね。

余語:吸収材にアミン化合物を使用する以上、酸化による劣化は避けられません。有人火星探査などで、長期間の使用が想定される場合は、吸収材の耐久性をさらに高める必要があります。
現在、私たちは、大気中の二酸化炭素を直接回収するDAC (Direct Air Capture:直接空気回収技術)の開発に取り組んでいます。DAC用のアミン化合物は、3年ほど使用できるように酸化劣化に強いものにしたいと考えています。宇宙で長期運用するCO2除去装置を開発するときには、この知見が役に立つと思います。

他国よりも省エネなCO2除去装置

大西:CO2を吸収するプロセスの中で微小重力が何かしらの問題を起こすようなことはありませんか。

余語:宇宙に持って行ったときに、微小重力環境下でアミン化合物の状態が少し変化して、CO2との反応性が変わる可能性がないとは言い切れませんが、アミン化合物を使用したシステムは、過去にNASAで実証試験をしているので、基本的に問題ないと考えています。

松本:それは私も同意見です。基本的に空気循環システムは無重力の影響を受けないでしょう。ただし、ISS内の微量ガスが、地上と少し違うのではないかなと思っていて、それに対する影響は考慮する必要があります。「きぼう」でのDRCS実証実験では、そのあたりのデータがしっかりと取得できると期待しています。

大西:従来のNASAの技術と比較して、DRCSの強みはどこにありますか。

余語:NASAが今まで取り組んでいたゼオライトを使ったCO2回収技術は、吸収材として使っていたゼオライトが粉化しやすいことと、ゼオライトが水を吸ってしまった場合に再生するために250℃以上に加熱させる必要がありますので、前段で水を完全に除去する必要があります。また、NASAはポリエチレンイミンという化合物を使った吸収材も開発していますが、再生させるのに90〜100℃くらいに加熱しなければいけません。
それに対し、RITEが開発したDRCS用の吸収材は、粉化しにくく、水分が共存してもCO2を吸収できます。再生する際の加熱温度は50℃ほどなので、省エネにつながると期待しています。

意見交換が終わった後は、化学研究グループの木下朋大主任研究員の案内で実験室を見学しました。実験室では化学吸収液の実験設備やDRCS用に使われる多孔質の固体吸収材などの説明を受けました。

DRCS用の吸収材は、表面積をできるだけ大きくするように微小の多孔質材料の粒にアミン化合物をしみこませており、大西宇宙飛行士は「こんなに細かいんですね」と驚いていました。

11代目の吸収材が宇宙へ

大西:液体のアミン化合物を固体の形状にするのはノウハウがあるのですか。

木下:そこにはあまりノウハウはなくて、微小の多孔質材料をアミン化合物に浸して、乾燥させると細孔の中にアミン化合物が残ります。ただ、宇宙に持っていくために、どのくらいアミンをコーティングするのかはノウハウになります。最適な量があり、多すぎても、少なすぎてもだめです。

松本:だいぶ世代を重ねて改良を進めて、DRCSに使う吸収材は11代目です。

木下:10回の改良を経て、最良のものが採用された形になります。

(機器の扉を開けて)

木下:この装置では、Gatewayの環境を模した試験をしています。Gatewayに長時間、人がいないときは、装置を止めた状態になります。その状態で吸収材がどうなるのかを模擬的に試験しています。上は減圧状態、27℃で放置し、下は常圧状態で27℃にして放置しています。そして、1か月ごとにサンプリングして性能を測ることを12か月続けています。酸素のある、なしにかかわらず、加熱していなければ性能に変化はないという結果が得られています。

CO2吸収技術を総合的に研究開発

大西:お話をお伺いしていると、RITEのノウハウはすごいと思うのですが、世界的に見て、CO2の除去技術や貯蔵技術を研究している施設は多いのですか。

余語:アメリカではエネルギー省(DOE)が支援するプログラム、オーストラリアではオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)など、いろいろとあります。実ガスのテストセンターも世界で13か所ありまして、RITEも小規模ですが実ガスのテストセンターを持っています。ただ、CO2だけにこれだけ特化しいている研究機関はかなり特殊だと思います。
しかも、CO2の分離回収技術は吸収なら吸収液だけとか、どれかの1つの技術に特化した研究をしているところが多いのですが、RITEは吸収液、分離膜、固体吸収材をすべて、有機物も無機物もすべて取り組んでいます。そのような研究機関はなかなかありません。

大西:CO2分離回収技術は、これが一番いいというシンプルな回答がある世界ではないのだと、お話を伺っていて思いました。条件や状況によって最適な解が変わってくるので、いろいろなやり方の良いところと悪いところの知見を元に、ニーズに応じた最適解を提案してくださるのがRITEさんの強みなのかと感じました。

余語:実現したいことをお伺いして、最適な方法をご提案できるとは思います。

訪問を終えて

宇宙船内のCO2濃度は宇宙飛行士の作業効率などにも影響を与える重要な環境条件で、CO2濃度の設定はNASAも関心を持っています。ISSは大きな施設ですが、Gateway、宇宙船、月面の有人与圧ローバーなどは、より狭い場所で宇宙飛行士が活動することになり、小型で簡単にメンテナンスできるCO2除去装置の開発が期待されています。DRCSの実験結果は、現在、JAXAが開発を進めているECLSSの開発にも生かされます。DRCSの宇宙実験に期待が膨らみます。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA