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2024.11.18
  • ISS長期滞在ミッション
  • 地上での仕事

大西卓哉宇宙飛行士、宇宙実験を学ぶ 4 東北大学 大川采久助教

  • 大西 卓哉
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2025年2月以降に、国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在が予定されている大西卓哉宇宙飛行士は、宇宙実験への理解を深めるため、日本滞在中の8月26日から29日にかけて実験を提案した研究代表者や関係者の方たちに直接会いに行き、実験や研究内容の詳細を伺ってきました。その模様を5回に分けてお伝えします。
8月29日、大西宇宙飛行士が訪問したのは、宮城県仙台市にある東北大学多元物質科学研究所です。この研究所に所属する大川采久助教は、「きぼう」日本実験棟にある静電浮遊炉(Electrostatic Levitation Furnace: ELF)を使って希土類ケイ酸塩の熱物性測定実験を提案しています。大西宇宙飛行士は、大川助教と同じ研究室の長谷川拓哉講師から、実験について詳しい話を聞きました。

大川助教は、航空機に使われるタービンブレードをつくるためのコーティングについて研究しています。ジェット機の動力となるジェットエンジンは、圧縮した空気を一機に膨張させ、排出することで、推進力を得ます。タービンはこの効率を高めるもので、薄い羽根が無数に並ぶタービンブレードは性能を決める重要な部品の1つです。

現在の航空機は、ニッケル基合金などの金属が使われています。しかし、金属は融点が比較的低く、重いという難点があります。より燃費の高い航空機をつくるために、次世代航空機用のタービンブレードとしてセラミックの使用が検討されています。その中で、有望視されているのが、炭化ケイ素繊維強化炭化ケイ素複合材料です。

「ただ、この複合材料は水蒸気の多い場所で高温になると、水分子と反応して揮発してしまうので、水蒸気を遮蔽する耐環境コーティング(EBC)が必要になります」と大川助教は説明します。

大川助教がEBCの材料として考えているのが、レアアースとケイ素などを組み合わせた化合物の希土類ケイ酸塩です。EBCは粉末を溶かして吹きかけていく溶射という技法でコーティングし、その後の熱処理によってより緻密な被膜として仕上げています。

希土類ケイ酸塩の被膜をむらなくコーティングし、亀裂や気泡のない緻密な被膜をつくる方法を開発するためにも、「きぼう」日本実験棟のELFで希土類ケイ酸塩が液体になっているときの密度、表面張力、粘性係数など熱物性を測定するのです。

前職が航空機のパイロットだった大西宇宙飛行士は航空機の開発に関連する実験について、興味深そうに話を聞きました。

募集要項で発見した言葉から宇宙実験を検討

大西:コーティングに亀裂や気泡が入ることが望ましくないのは、水蒸気がそこから通るからですか。

大川:そうです。あと、外部から衝撃が加わったときに、欠陥があると強度が低下してしまうので、亀裂や気泡などの欠陥がない方が望ましいという理由もあります。

大西:どうして「きぼう」のELFを使おうと思ったのですか。

大川:私はもともとEBCの亀裂修復について研究していました。ELFの宇宙実験の募集要項を見ていたら、「溶射」という言葉が入っていることに気がついて、何らかの実験ができるかもしれないと検討しはじめたのがきっかけです。
溶射では溶かしたEBCは基板に吹きつけるようにしてコーティングします。このとき、溶けたEBCの粒が潰れるように基板の上に重なっていきます。この粒の潰れ具合が熱物性と強く相関があるのではないかと考えています。

大西:それを宇宙実験で確かめるのですね。

大川:はい。タービンブレードのコーティング材料は、かなり過酷な環境で使われることが多いため、融点がかなり高いものが使われます。今回の希土類ケイ酸塩も融点が2,000℃前後になります。そのため、熱物性のデータがありません。
現在、航空機で使用されているタービンブレードは、金属の上に遮熱コーティングを施していますが、これも融点が2,600℃程度のため、熱物性がよくわかっていません。EBCにおいて、熱物性とコーティングの相関関係はまだ良くわかっていないのが現状です

高融点物質の熱物性測定に挑戦

大川:熱物性とコーティングの緻密さに相関があれば、例えば、元素を変えることで粘性などの物性を制御することで、緻密なコーティングをつくるための設計指針が示せるのではないかと考えています。

大西:元素を変えるということは、もとの材料の組成とは異なるものを加えるということですか。

大川:今回、コーティング材として使うものは希土類ケイ酸塩です。希土類にはたくさんの種類があり、元素を変えるとイオン半径に応じて結晶構造も変わります。希土類のイオン半径や希土類と酸化ケイ素の比を制御すると、液滴のときの粘性がどのように変化するのかを、今回は検証したいと考えています。測定データが実際に溶射したときにできる被膜の緻密さと相関があるのかを検証するのが目的の1つになっています。希土類ケイ酸塩は融点が2,000°Cくらいなので、それよりもやや高い温度域で熱物性を測定できたらと考えています。
様々な研究論文に、コーティング材の結晶構造に応じて熱膨張係数が大きく変わりそうだと報告されています。そして、いろいろな元素を混ぜたとしても、イオン半径が0.885オングストローム(1オングストロームは100億分の1メートル)以下であれば、EBCに適した構造を取りそうだということが報告されており、私達も予備実験で確認しています。予備実験の結果を目安にして、希土類元素の配合を変えた試料をつくっています。

東北大学の大川采久助教(東北大学 多元物質科学研究所 無機材料研究部門 環境無機材料化学研究分野)の実験サンプル

大西:溶射できれいなコーティングをつくれたとしても、その後、また熱処理をします。さらに使用をしている間に、千数百度と常温あたりの温度を何度も往復することになりますが、そのような過程を繰り返すことで、コーティングの構造がぐちゃぐちゃになることはないのですか。

大川:1,400℃までの領域では、構造が大きく動くことは基本的にはありません。どちらかというと亀裂などができる方が懸念されます。

世界初のデータ取得に期待

大西:ELFの実験で期待されていることは、ものが溶けた状態の時の密度、表面張力、粘性係数といった熱物性がわかるということですよね。ELFではこれら以外に、熱膨張係数も測るのですか。

大川:熱膨張係数は、基本的にサイズがわかれば計算できます。長さがどれだけ変わるかを温度でプロットしているだけなので、密度とほぼ同じものと考えてください。

大西:うまくいけば、ELFで精度の高いデータが取れる可能性があるということですね。

大川:その通りです。

大西:このような実験データは、ELFでしか取得することができないと考えていいですか。

大川:地上でガス浮遊炉を使って実験することもできますが、下からガスを吹きつけるので、液体の状態で完全な球体にはなりません。熱物性を精密に測定するには、「きぼう」のELFを使うしかありません。

大西:世界的に見て、同じような研究はされているのですか。

大川:コーティングの分野で無容器法関連の報告はありません。まず、誰も取り組んでいないと思います。熱物性データに関しては、そもそも宇宙でしか取れないものなので、敷居がかなり高いのが現状です。

訪問を終えて

ELFは、「きぼう」に設置されているたくさんの実験装置の中でも、稼働率の高い装置の1つで、大学や企業など、たくさんの研究者に活用されています。その内容は基礎的なものから産業などへの応用が期待されるものまで様々です。今回の実験テーマは、希土類ケイ酸塩の熱物性を測定するという基礎的な実験のように感じますが、その成果は航空機の次世代タービンブレードの開発へとつながります。次世代タービンブレードができれば、航空機そのものの軽量化、低燃費化につながり、社会を大きく変える可能性があります。そのような実験に「きぼう」が貢献できるのはとても嬉しいことですし、光栄なことです。大西飛行士の長期滞在中には「きぼう」で様々な実験が実施されますので、ご注目ください。

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