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2024.10.22
  • 基礎訓練

基礎訓練レポート(2024年8月)

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心理支援プログラム

基礎訓練 心理支援プログラムでは以下の宇宙飛行士に必要とされる行動特性(HBP:Human Behavior and Performance)について習得・強化するための訓練を実施しています。
  1. セルフケア・セルフマネジメント(Self-Care Self Management)
  2. コミュニケーション(Communication)
  3. 異文化適応(Cross Cultural)
  4. チームワークと集団行動(Teamwork and Group Living)
  5. リーダーシップ(Leadership)
  6. コンフリクトマネジメント((Conflict Management)
  7. 状況把握(Situational Awareness)
  8. 意思決定と問題解決(Decision Making and Problem Solving)
今回の基礎訓練 心理支援プログラムではこれらの能力向上のため、航空機のパイロット向けに実施している「CRM(Crew Resource Management)訓練」や社員に向け実施している「異文化適応教育」を取り入れて教育訓練を実施しました。

CRMとは、「安全で効率的な運航を実現するために利用可能な全てのリソース(人的資源や情報等)を有効活用する」という、航空分野で開発された考え方です。
この「CRM訓練」は、運航業務を安全かつ効率的に行うために必要となる「コミュニケーション・チームワーク・状況認識・意思決定」といった個人やチームの行動や振る舞いを強化・向上させるための訓練として、世界各国の航空会社で開発・導入されています。
また、「異文化適応教育」は、異文化や価値観を理解し、異文化環境の中でも不快と感じず過ごせる柔軟性や適応力を培うための教育訓練です。

諏訪・米田候補者はCRMに関する座学や演習に加えて、FFS(Full Flight Simulator)と呼ばれる、実際のフライトさながらの動きや姿勢を模擬できる訓練装置を使用して航空機の運航を行い、その中で発生する不具合等に二人で協力しながら対処を行いました。その後各自の対処についてふりかえりを行い、次の運航を行うというサイクルを複数回繰り返すことで、能力の向上を図りました。
異文化適応教育では、多様な文化背景を持つ人々との交流時の大切な事項について理解を深め、共同作業を通じて異文化適応能力の向上につなげました。

心理支援プログラムを受ける諏訪・米田宇宙飛行士候補者

諏訪宇宙飛行士候補者の感想

生きていく中で「決断する瞬間」は、多かれ少なかれ誰にでも訪れます。どの学校に進学するか、どういった仕事に就くかといった、いかにも大きそうな人生の決断もあれば、今日の夕食に何を食べるか、今日はどの道を通って通勤や通学をするかといった些細と思われる決断もありますが、日常的に我々は決断をし続けています。そういう意味において、人生は決断の連続です。そして、それぞれの決断が出会いや学びに影響を与え、人生を形作っていく-私が今までの短くはないが長くもない人生を振り返ったとき、「決断」に関してそういった印象を持ちます。また、大きいと思った決断が実はそれほど大きくなかったり、逆に小さいと思った決断が後から振り返ると大きな意味を持っていたりすることがあるのも、人生の面白いところです。

クルーリソースマネージメント(CRM)という今回の訓練は、限られた時間の中で、どうやってよりよい「決断」や「判断」を下し、それを実行していくかを、旅客機の操作という状況下で学ぶものでした。もちろん、この訓練のために実際の旅客機は飛ばせませんが、CRM訓練では現実を非常に忠実に再現したフライトシミュレータを使用します。例えば、東京と大阪間のフライトは1時間ほどですが、その間にコックピットではさまざまな決断が下され、出発ゲートから到着ゲートまで乗客と機体の安全を確保しています。

飛行機の中では、宇宙船と同じように使えるリソースは限られていますが、それらを最大限活用することがよりよい決断の基礎となります。ここで言うリソースとは何か-現代の飛行機は2人で操縦するように設計されているので、自分ともう一人のパイロット、同じ機に搭乗しているキャビンアテンダントなどのクルー、地上の航空管制官、運航を支援するエアラインのスタッフに加え、計器上の情報などです。特に、コックピットにいる二人がどのように補完的に仕事をするか、というのがこの訓練の要諦です。今回の訓練では、米田さんとのチームワークも試されていたのかもしれませんが、ここはバッチリでした!気づいたことは口に出し、重要な操作やモニタリングのチェック項目に漏れがないようにしていきます。「相手は分かっているだろう」という勝手な思い込みは禁物です。常に口に出してお互いが同じ認識でいることを確認し合いながら飛行を進めていきます。東京と大阪間をシミュレータで飛ぶ間中、緊張感を保っているので、あっという間に時間が過ぎていきます。

乗客として飛行機で東京と大阪間を移動する際、私は窓から東海道の景色を楽しむことも多いですが、その間、コックピットではとても忙しい時間が流れていたことを、この訓練を通じて知りました。

一つの決断がその次の決断に影響を与え、決断が連鎖していく様は、ある意味で人生のようでもあります。一つ一つの判断を大事に、そしてタイムリーに。CRMでも人生でも、このことを大切にしていきたいと思いました。

先輩の大西宇宙飛行士は旅客機のパイロットご出身ですので、CRM訓練中にアドバイスをお願いしたところ、お忙しい中、速攻で返事をくださいました。CRM訓練で学ぶ内容は、宇宙でもロボットアームの操作や宇宙往還機での仕事に直結するとのこと。エアラインのCRM訓練も宇宙飛行も両方経験されている世界の中でも数少ない先輩飛行士の言葉には重みがあります。ただそれ以上の詳細な内容は秘密です(笑)。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA