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2024.04.12
  • 基礎訓練

【スペシャルレポート】油井宇宙飛行士が見た基礎訓練

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諏訪、米田両宇宙飛行士候補者は、昨年11月中旬からの約1か月間及び本年2月上旬からの約1か月間、ヒューストンにおいて小型軽飛行機による飛行訓練を行いました。
この特別回では、JAXA油井宇宙飛行士が、彼らの飛行訓練の様子をレポートします。

JAXA宇宙飛行士の油井です。
今回、14年の年月を経て後輩が出来て嬉しくて仕方のない私が、候補者二人の様子をお届けします。
飛行機の操縦訓練について、青空を自由に飛行できる楽しい訓練といったイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、実際にはとても厳しい訓練なのです。新人達の訓練の様子を見学した際、最初に私が思い出したのは、私が自衛隊で飛行訓練を始めた頃の事。厳しい訓練を経て、初めて一人で飛行するソロフライトを終えた後、教官が私達に言った言葉です。

教官:「君達がパイロットになるためには、100段の階段を上らなければならない!今日君たちは、ようやく最初の1段目を超えた。おめでとう!」
私の心の声:「ここまでこんなに大変だったのに100分の1なんて!これからどれだけ長い間頑張り続けなければならないんだ・・・。」

宇宙飛行士候補者が飛行訓練を行うのは、航空機での飛行と宇宙飛行士としての仕事の仕方に多くの共通点があり、宇宙飛行士として必要なマルチタスク(様々な仕事を同時に行う能力)や、ストレスのかかる環境で冷静かつ確実に仕事を遂行する能力などが鍛えられるからです。なお、自衛隊でテストパイロットとして仕事をしていた私でも、セスナでのフライトは簡単ではありません。プロペラ式の航空機を飛ばす場合、エンジンの出力を変えるだけで、機首が左右に振られますし、軽い飛行機なので、風にあおられて大きく揺れたりします。新人飛行士候補者達は、このような困難な飛行訓練にどの様に取り組んでいるのでしょうか?
画像は候補者が操縦するセスナの同型機

油井:我々の飛行するT-38と比較すると、セスナの飛行速度はとても遅いです。これまでは“少し邪魔だなぁ”と思う事もありましたが、新人飛行士候補者達が飛行訓練していると思うと親鳥の様な気持ちで温かく見守ることが出来る様になりました(笑)

まず、諏訪さんですが、教官からの飛行前後の教育があまりに簡素なのに驚きました。「あんなに簡単な説明を聞いただけで、しっかり操縦できるのか?」と、当初はかなり心配しました。しかし、厳しい選抜試験を乗り越えてきた諏訪さんにそのような心配は無用でした!諏訪さんの教官はとにかく飛行に慣れる事に主眼を置いて訓練している様でしたが、諏訪さんはその教育方針を理解したうえで、教官の教える内容で不足する部分は、自分で情報を探して順調に技量を向上させていました。それだけでも凄いことなのですが、操縦訓練全般の狙いを理解した上で、訓練の要改善点を的確に述べる事が出来ており、教育訓練全般を俯瞰(ふかん)しマネージメントする能力も高いことが伺えました。どの様な環境でもリーダーとして仕事をすることが出来る資質を備えており、とても頼もしく感じました。

油井:ブリーフィング以外にも、教官と一緒にいる時間をフルに活用し、技量向上の為のコメントを得ようと努力している諏訪さんです。素晴らしい!

他方で米田さんの訓練ですが、米田さんの教官は諏訪さんの教官とは全く違ったタイプの様で、飛行前後の説明も詳細で理にかなっていました。ただ、頭で理解しても実際にその通りに飛行できるかは別問題で、実際に航空機を思った通りに飛行させるのはとても難しいものです。私が見学した日は風が強く、セスナの様な軽い飛行機は、風にあおられてまっすぐ飛ぶのさえ困難な天候でした。その日の訓練科目の一つは、地上の目標周辺で円を描く様に飛行する事でした。GPSを使用した飛行航跡を見せて貰ったのですが、風が無くても難しいこの課題を見事にこなし、教官の描いた円と区別がつかない程正確に円を描いて飛行していました。これは、「控えめに言って天才」と言えるレベルです(笑)。笑顔を絶やさず、楽しみながら努力をしている様子が伺え、こちらもとても頼もしく感じました。

油井:飛行訓練は大変ですが、その大変さをも笑顔で乗り越える米田さんは、凄いです!これは、上達が早そうな予感(笑)

2月の訓練では、二人とも無事にソロフライトを終えました。飛行訓練が途中2か月ほど中断したことを考えると、とても順調に技量を伸ばした事が分かります。

なお、私が自衛隊でソロフライトを終えた後に私たちが教官から聞いた話には続きがあります。
教官:「ソロフライトは100段の階段のうちの最初の一段に過ぎないが、その階段はとても大きな階段だった!今回の経験を忘れず、今後待ち受ける困難にも負けずに、精進するように!」

新人宇宙飛行士候補者は、パイロットになるための100の階段、そして宇宙飛行士になるための10000段?の階段のうちの1段を無事に超えました。ソロフライトという課題は、たった1つの階段ですが、全力を出して取り組んでも超える事が出来ない人がいる厳しい階段です。その課題を悠々とこなした事を自信に変えて、これからの飛行訓練、宇宙飛行士候補者訓練に取り組んで欲しいと思っています。二人は、困難な課題に直面しても心に余裕を持ちながら笑顔で努力を継続する事が出来る能力を持っていますので、今後の成長がとても楽しみです!

日本を、そして人類を代表して月を目指す彼らには、世界で最も優秀な宇宙飛行士になってもらう必要があります。ソロフライトが月へ向かうための最初の課題であったとすれば、私が彼らの月へ向かう為の終盤の壁として立ちはだかれる様に頑張りたいと思います(笑)。私も油断していると、あっという間に彼らに追い越されてしまいそうですから、頑張らないと!
優秀な新人宇宙飛行士候補者が加わったことにより、切磋琢磨できる環境が更に向上しました。今後の日本人宇宙飛行士達の成長と活躍にご期待ください!

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA