JAXAの宇宙飛行士運用技術ユニットでは、多くの民間企業や団体の協力の元、様々な創意工夫のつまった宇宙日本食や生活用品の開発を支援しています。海外宇宙飛行士からも美味しい!と評判の宇宙日本食。そして、宇宙生活での課題を解決するために生まれた生活用品。どちらも宇宙飛行士達の健康を維持し、生活の質をあげるために欠かせない存在です。
将来、宇宙旅行にもっと気軽に行けるようになった日には、宇宙日本食や宇宙用に開発された生活用品が我々にとっても身近になる日がやってくるかもしれません。その開発の最前線に携わる4人に、仕事のやりがいや魅力について、ざっくばらんに語り合ってもらいました。
前回の独立評価チームについての記事はコチラ
それぞれの宇宙への想い
Q:自己紹介をおねがいします。この仕事に関わるようになったきっかけも教えてください。
もともと宇宙生命に興味があり、学生時代は人類学を学びました。発掘実習や猿の個体識別などを訓練したのは良い思い出です。JAXA入社後は、きぼう利用センターなどを経て、現在は宇宙飛行士の健康管理をつかさどる部署で取りまとめの仕事をしています。
学生のときは法学部で公共政策や行政学を勉強していました。卒業後は、公務員として3年ほど働いた後、公共政策について学びを深めるために大学院に進みました。その後は地元の帯広で、農業協同組合に入組しました。ずっと地域の農業に関わっていくのかな…と思っていたので、JAXAに出向が決まったときは驚きました!今は出向という形で宇宙日本食と生活用品を担当しています。
私も文系で経済学部だったのですが、旅行やサークル活動に打ち込む学生時代でした。卒業後は生命保険会社に入社し、事務や営業などの仕事をした後、ご縁があってJAXAに出向という形で来ています。
学生時代は工学部で機械工学を専攻していまして、自動車のアクティブサスペンションの研究をしていました。その後、PCメーカーに就職し、プロジェクト管理などの仕事に携わりました。私もご縁あって、出向という形で来ています。
開発に伴走し、ISSに届けるまで
Q:皆さんが所属する宇宙飛行士健康管理グループは、具体的にはどのようなことをしていますか。
宇宙飛行士運用技術ユニットは、宇宙飛行士も所属する部署で、その中に私たちが所属する宇宙飛行士健康管理グループがあり、宇宙日本食と生活用品の開発を担当しています。グループには、宇宙飛行士の精神面や身体面を支えるフライトサージャンと呼ばれる医師や、管理栄養士なども所属しているんですよ。
宇宙日本食や生活用品は、宇宙飛行士の健康維持や精神面を支えるのに重要な役割があります。私たちは、開発に手を挙げてくださった民間企業や団体さんと連携して、宇宙日本食や生活用品の認証や選定、搭載まで伴走します。
宇宙で問題なく食べたり、使えたりするためには、適性評価や厳しい認証基準があるんです。その認証を担当し、国際宇宙ステーション(ISS)に届けるまでが仕事になります。
Q:宇宙日本食は、どのようなプロセスを経て出来上がるのでしょうか?
実は宇宙食には、大きく分けて2つの種類があるんです。一つは“標準食”と言われるNASAやロシアが主に作る宇宙食です。通常、ISS滞在中の宇宙飛行士は、この標準食を食べています。それとは別に、各宇宙飛行士が好みで持っていくことができる“ボーナス食”があります。宇宙日本食もこのボーナス食にあたります。
今、机に並んでいるのは、今年3月に地球に帰還した若田宇宙飛行士のミッションで、初めてISSに搭載された宇宙日本食です。ひじき煮やフィッシュソーセージ、リポビタンJELLYなどの宇宙日本食が、新しく誕生したんですよ。
プロセスとしては、まず宇宙日本食の開発を希望する企業や団体さんから、サンプルを送って頂きます。その後、無重力状態で食品が飛び散りやすくないかなど、宇宙食に適しているかを確認します。宇宙飛行士自身が確認する適性評価も行い、宇宙食化への道ができたものについて申請を受け付けます。
宇宙日本食として認証されるまでには、多くの基準をクリアする必要があります。例えば、製造設備を含めて衛生性が保たれているか。常温(22℃)のISSで1.5年の賞味期限が可能か。生菌数が基準以下か、などの基準があります。そのため企業さんには申請書や検査結果を出していただき、宇宙食分科会での審査を経て、晴れて認証される流れになります。
賞味期限を確認するための1.5年の保存試験や、工場での立ち入り検査などがあり、一つの宇宙日本食を開発するのに大体3年ほどかかります。長い期間かけて作られているんですよ。
宇宙での生活上の課題から、アイディアを募集
Q:生活用品は、どのように出来上がるのでしょうか?
生活用品には宇宙飛行士の精神を安定させたり、身の回りを清潔に保つ役割があります。通常はNASAが基本的なものを準備しますが、日本人には服のサイズが大きすぎたり、歯ブラシが硬くて使いづらかったりするので、JAXAが日本人向けの生活用品を用意しています。今回の若田宇宙飛行士のミッションでは、宇宙飛行士にISS滞在時の課題をヒヤリングし、生活用品のアイディアを募集するという試みをしました。
ここに並ぶのが、今回のミッションで新たに作られた生活用品です。ISSで禁止されているエタノールを使わずに、全身の汗やべたつきをふき取るシートや、ISS船内作業に適するように足の甲にもシリコンプリントされた靴下などが、民間企業さんの挑戦により、新たに生まれました。
宇宙で使うということで、各企業さんが様々に工夫を重ねて開発してくださっていますね。その中で、私たちは開発の段階で相談に乗ったり、生活用品が選定された後は、広報利用するときの支援も行います。
例えばエタノールフリーでふき取るシートは、宇宙だけでなく地上でも、肌の弱い赤ちゃんやお年寄りに使うことができます。また災害時の避難所で入浴できない時に身体を拭くことができます。このように宇宙の生活用品が、地上で役立つ可能性も充分にあって、開発の意義にもつながっているんです。
2重の喜びを感じる開発
Q:苦労されるところや、やりがいや喜びを感じるところはどこでしょうか。この流れで、まず生活用品についていかがですか。
私たちよりも、企業さんが苦労されていた点が多いと思います。これはライオン株式会社さんが作ったすすぎが簡単なハミガキですが、ポンプを押すと泡状のハミガキが出てきます。この泡が無重力空間で、飛び散ることなく歯ブラシにつくのかどうか、地上では再現できないという問題がありました。
結局、若田宇宙飛行士にプロトタイプを確認してもらう場があり、歯ブラシに泡を付けて、ひっくり返しても落ちなければ宇宙で使えますよ、という回答をもらい、開発を乗り越えたこともありました。
花王株式会社さんが開発した、水を使用することなく、拭くだけで汚れやにおいを取り除くことができるSpace Laundry Sheetでも印象的なことがありましたね。ISSでは洗濯機が使えないので、同じ服を着続けなければならないという課題があって、作られたシートです。地上だと1週間も同じ服を着ることは殆どないですよね。でも今回、開発された方自身が同じ服を1週間着続けて、その状態を再現してくださいました。そして、どれくらい汚れや匂いが落ちるかという検証をしてくださったのが印象的でしたね。
実は、ここで紹介した生活用品は全て、宇宙飛行士に会って、意見を聞きながらプロトタイプを作る予定でした。でも開発と同時にコロナ禍が始まってしまいまして。全てオンラインで対応することになり、遠隔でのもどかしさを感じた事もありましたね。宇宙飛行士に実際に会えるのを楽しみにされていた開発担当者さんには、少し残念な出来事だったと思います。
でも実際に若田宇宙飛行士がISSでの動画で生活用品を使ってくださり、「とても気持ちよく身体が拭けます」とか「すごく着心地がいいです」と言ってもらった時には、嬉しさがこみ上げました。
それに動画をみた企業の担当者さん達が、すごく喜んでくださいました。そういう声を聴けたときに、とても嬉しいなと思います。2重の感動や喜びがありました。
本当にそうですよね。次は、古川宇宙飛行士のミッションに向けて、新たな生活用品を開発中です。これから宇宙の生活もどんどんと変わっていきますね。
海外宇宙飛行士にも大人気の宇宙日本食
Q:宇宙日本食の認証で苦労した点や、喜びを感じたところはいかがですか。
苦労というよりは工夫されている点になりますが、このフィッシュソーセージにはカルシウム120%と表記されています。これは1日に必要なカルシウム量の120%が摂れるという意味です。宇宙空間で生活すると骨密度が低下して、カルシウムが不足がちになるという課題があり、食事からカルシウムを摂ることは非常に大切です。そういう宇宙ならではの課題に対応して、企業さんが工夫してくださっていますね。
他にも、パッケージでの細かい工夫もありますね。例えば、このリポビタンJERRYは、小さな蓋が無重力状態で飛んでいってしまわないように、蓋をとめられる面ファスナーが容器についています。そういった細かい工夫が随所にされています。
こういうご苦労があるので、認証されると、皆さんとても喜んでくださいます。各企業さんが、純粋にJAXAの活動を応援してくださっているのが分かり、ありがたいなと思いますね。
本当にそうですよね!今、お見せしているのがISSに宇宙日本食が海外飛行士向けボーナス食として搭載されたことへのNASAからの感謝状です。宇宙日本食は海外の宇宙飛行士からも、とても美味しいと評判なんです。
宇宙日本食は、その道の専門の食品メーカーさんが作っているので、美味しいのは必然かもしれませんね。ボーナス食を提供することで、宇宙飛行士の健康やパフォーマンス向上につながり、喜ばれての感謝状なので、私たちも嬉しい気持ちですね!
宇宙と地上の双方で役立つ存在になれたら
宇宙日本食や生活用品には、多くの民間企業や団体さんが関わってくださっていて、そこに価値を感じています。今後、ISSのような有人拠点を民間企業が協力して運営していく時代がきたときに、この認証制度の仕組みが役立つのではないかと思います。
今は宇宙食は非常に特別なものだと、皆さん思われていると思います。でも今後、宇宙旅行が身近になったときに、我々が運用している仕組みを応用して、宇宙食を気軽に楽しんでもらえる日がきたらいいなと思います。
宇宙食と災害食は、常温で長く保存できることや簡単に食べられるという点で共通点が多くあります。そのため昨年1月頃から、宇宙日本食と災害食の認証連携の取り組みを開始しています。機能性と美味しさを併せ持った宇宙日本食が、災害の現場でつらい経験をされた方々の活力になればという想いで行っています。生活用品も宇宙日本食もですが、地上と宇宙の双方で、人々の役に立つ存在になれたらと思います。
宇宙で生活するために工夫して開発したものが、地上での新しい課題解決につながることもあります。宇宙日本食や、生活用品を新しく開発することが、地上と宇宙が双方向で発展していくことにつながっていく。そんな世界を目指せたらと思います。
Q:次回のリレートークは、「民間企業の月着陸ミッションを活用した月面でのデータ取得(LAMPE)」プロジェクトチームにお願いする予定です。メッセージをお願いできますか。
月面データは、日本のみならず人類の宝になるのではないでしょうか!非常に夢があるミッションだと思いますので頑張ってください!応援しています!
佐野 智(さの さとし)
有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット
宇宙飛行士健康管理グループ 主任研究開発員
経歴
2002年JAXA入社。入社以来、有人宇宙技術部門にて食品・製薬業界等と連携した宇宙創薬ミッションのほか、宇宙での睡眠、トイレ、鍼灸、お酒などの生活系研究会を推進。2013-2014年は経営企画部にて、はやぶさ2やH3プロジェクト立上げなどを含むJAXA全予算の概算要求・省庁折衝に従事。内閣府科学技術イノベーション部局を経て、現職。
趣味
マラソン:日々のジョギングで健康管理、フルマラソンにも出場中
園芸:10年以上家庭菜園を続け100種類以上の生鮮食品を栽培
演芸:笑いを通してコミュニケーション能力・メンタルヘルス向上
座右の銘
思い立ったが吉日
日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり
赤坂 憲一(あかさか けんいち)
有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット
宇宙飛行士健康管理グループ 主事
経歴
2021年9月よりJAXAに出向。出向前は地方自治体での公務、農業協同組合(JA帯広かわにし)での地域農業振興、国の農業施策に関する業務を経験。JAXA出向後は、宇宙飛行士健康管理グループで宇宙日本食、生活用品に関する業務に従事。民間企業との連携や広報を担当。
趣味
サウナ:サウナをめぐりととのうことで、仕事への集中力を高めています。
マンガ「ONE PIECE」:小学生の頃から毎週読んでいて、人生で大切なことを学んでいます。
落語:春風亭一之輔師匠が一番好きです。日々笑って過ごしています。
座右の銘
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
三澤 宏(みさわ ひろむ)
有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット
宇宙飛行士健康管理グループ 主事
経歴
2021年4月よりJAXAに出向し、宇宙食・生活用品を担当。製造企業の開発伴走や広報支援業務等に従事。出向前は生命保険会社に勤務し、長期的な視点でのビジネスシーズを探求する部署に所属。宇宙と地上という究極の遠隔医療を実施するJAXAの健康管理に着目。
趣味
映画鑑賞、ゲーム、旅行、ゴルフ(初心者)
座右の銘
人間万事塞翁が馬
池谷 伸治(いけや しんじ)
有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット
宇宙飛行士健康管理グループ 主任研究開発員
経歴
2021年4月よりJAXAに出向。出向前はPC機器開発メーカーでのプロジェクト管理業務やオーディオ機器メーカーでのオーディオ機器の開発や品質保証業務に従事。JAXA出向後は、宇宙飛行士健康管理グループで宇宙日本食、生活用品に関する業務に従事。主に宇宙日本食の海外飛行士向けボーナス食の提供に向けた取り組みや宇宙食パッケージ関連を担当。
趣味
DIY:最近はサウナ小屋をつくりたいとおもっています。
クラフトビール:6年前にアメリカで飲んだビールの味が忘れられず、それ以来はまっています。
座右の銘
(為せば成る、)為さねば成らぬ何事も