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2026.03.31
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古川聡宇宙飛行士の退職に関する記者会見

  • 宇宙飛行士
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古川宇宙飛行士退職記者会見の様子
古川聡宇宙飛行士が2026年3月30日に記者会見を開き、3月31日付で、27年間勤務した宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職することを発表しました。

記者会見に先立って、会場では古川宇宙飛行士のこれまでの軌跡をまとめたVTRを放映。1999年に宇宙飛行士候補者として選抜されたこと、事故の影響などで先の見えない苦難の時代が続く中も訓練を積み重ね、2011年6月に初の宇宙飛行を経験したこと、そして2023年8月には2回目となるISS長期滞在ミッションに従事したことなどが紹介されました。また、地上では「きぼう」の運用をはじめ、宇宙医学研究をサポートするなど、宇宙という極限の環境で得た知見と医師のバックグラウンドを活かして有人宇宙活動に貢献してきたことが紹介されました。

その後、JAXA理事/有人宇宙技術部門長の松浦真弓があらためて古川宇宙飛行士の経歴と活動における実績を紹介。医学と宇宙をつなぐ橋渡し役として重要な役割を果たしてきたことを伝えるとともに、古川宇宙飛行士の新しい門出を、皆様とともに応援し、見守っていきたいと心情を語りました。
JAXA理事/有人宇宙技術部門長の松浦

古川宇宙飛行士冒頭の挨拶(抜粋/要約)

皆様、お忙しい中、記者会見にお越しくださりありがとうございます。私、古川聡は、27年間勤務した宇宙航空研究開発機構(JAXA)を2026年3月末で「卒業」することにいたしました。これまでご協力・ご支援くださった国内外の関係機関の皆様、そして応援してくださった多くの皆様に、心より感謝申し上げます。多くの方と出会い、力を合わせて働けたことを、とても幸せに感じております。
1999年4月に宇宙飛行士候補者として選抜され、12年間の訓練を経て2011年に初飛行を迎えました。元野球部の私としては、ベンチ裏で素振りをして準備していた中、さあ試合だ、というような気持ちでした。2回目のミッションでは、約6か月半の宇宙滞在後、首や背骨、股関節が硬くなっていることに驚き、80歳になったらこんな感じなのだろうと、宇宙が老化促進モデルであることをあらためて実感しました。一方で、リハビリにより回復できたことから、人間の適応能力の高さにも驚かされました。
2026年4月からは、杏林大学医学部の特任教授として、新たな仲間とともに人材育成を中心とした活動に取り組んでまいります。これまでJAXAで得た経験や、先輩・同僚とのつながりを大切にしながら、次のステージに挑戦していきたいと考えています。その思いを込めて、「退職」ではなく「卒業」という表現を使わせていただきました。
退職の時期については、2回目の宇宙ミッションから帰還後の医学研究データの取得が一区切りしたこと、また、諏訪宇宙飛行士、米田宇宙飛行士への経験や知見の継承が一段落したことが理由です。
私は宇宙航空業界を離れることになりますが、JAXAや日本の宇宙開発の発展を、これからも一宇宙ファンとして応援していきたいと思います。本当にありがとうございました。
笑顔で挨拶する古川宇宙飛行士

質疑応答(一部抜粋)

27年間の宇宙飛行士人生を、今どのように振り返っていますか。

全力で走ってきた、というのが正直な気持ちです。自分の望むことが全て叶ったわけではありませんが、自分でできることはやり切ったのではないかと考えています。
先が見えず、大変だと感じる時期もありましたが、自分でコントロールできないことは悩んでも仕方ありません。その時その時にできることを一つひとつ積み重ねていけば、明日は今日より良くなる、そう信じて歩んできました。

古川宇宙飛行士が他の宇宙飛行士に与えた影響について教えてください。

古川宇宙飛行士の魅力のひとつは、まわりに幸福感を与える笑顔です。この笑顔に、私たちはどれだけ救われただろうかと思います。また、笑顔と同じように人柄も安心感を与えてくれます。JAXA側も長期滞在ミッションの運用に慣れていなかった時代、地上のスタッフはバタバタすることが多かったですが、古川宇宙飛行士の初回ミッションは非常にスムーズに進行したことを覚えています。地上から指示をする前に、「終わったよ」と着実に仕事を終えてくださる姿勢や、落ち着いた対応がチーム全体に良い影響を与えていました。その姿を見てきた後輩の宇宙飛行士たちにとっても、自分もそうなりたい、という1つのロールモデルになっているのではないかと思います。

医師宇宙飛行士として、どのような役割を果たしてきたと感じていますか。

宇宙滞在時のクルーメディカルオフィサーとして医療担当者に割り当てられ、簡単な怪我の手当や縫合、心肺蘇生などの様々な医療対応の訓練を受けました。幸い、実際に重大な医療事象が起こることはありませんでしたが、医師としてのバックグラウンドを持つ人間がクルーの中にいることで、仲間に安心感を持ってもらえたのではないかと思っています。
今後、月やその先の火星を目指す探査では、すぐに地球へ戻れない環境になります。現場で完結できる医療の重要性は、ますます高まっていくはずです。そうした意味で、医師宇宙飛行士という役割は、これからも重要であり続けると感じています。そして、金井宇宙飛行士や米田宇宙飛行士もそのことを十分認識して準備をしていると思います。

ISSに滞在した366日間で、特に印象に残っている出来事は何でしょうか。

1回目のミッション中に行った植物実験で、想定外のトラブルが起きたことが印象に残っています。その時は、液体を混ぜるための装置がまったく動かず実験がストップし、私は汗が止まらず青くなりました。ですが、限られた時間の中で、地上の研究者が原因を突き止め、微小重力環境と地上では泡の振る舞いが異なり、装置内のゴムリングに気泡が付着することが原因だと判明しました。その後は新たに考えてくださった手順に従って、地上からの指示を受けながら問題を解消し、最終的にサンプルを無事に持ち帰ることができました。軌道上と地上が一体になって課題を乗り越えた、まさに有人宇宙活動の醍醐味を感じた経験でした。
退職会見の会場の様子

次のステージとして、「人材育成」を選ばれた理由は何でしょうか。

宇宙で生活し仕事をする、「宇宙出張」とも言えるような非常に貴重な経験をさせていただきました。その経験を、自分だけのものにせず、次の世代や社会に還元したいという思いは、以前から持っていました。
そして、自分の将来を考えていく中で、宇宙飛行士という貴重な経験と、もともとのバックグラウンドである医学の両方を活かして、若い世代の成長を支えていきたいという思いが強まり、その新たなステージに挑戦していきたいと考えるようになりました。これからは杏林大学で、医学部も他の学部の学生さんも含め、多くの若い人たちと向き合いながら、その成長を後押ししていきたいと思っています。

未来の宇宙飛行士を目指す若い世代に、伝えたいことはありますか。

ぜひ、自分なりの専門性を持ってほしいと思います。宇宙飛行士はチームで仕事をする職業です。さまざまなバックグラウンド、専門を持つ人たちが集まり、それぞれの力を合わせることでミッションを行います。月を目指す時代には、より多様な専門性が重要になる可能性があるので、自分が面白いと思える分野を掘り下げて勉強するといいと思います。また、チームの中で自分が果たせる役割を考えて働くこと。それを実際に体験して身につけていってほしいと思います。

いち宇宙ファンとして、これから最も期待していることは何ですか。

やはり、人類が再び月面に立つことだと思います。その中で、日本人宇宙飛行士が月面に立つ日が来れば、とても素晴らしく歴史的なことだと思います。
これからはいち宇宙ファンとして、JAXAの仲間や後輩たちの活躍を、心から応援していきたいと思っています。

2回のミッションにアサインされた際の会見での「30代の若者だと思っている」という発言が印象的でした。今もその気持ちは変わりませんか。

あのときは、正直に言うと理想は「20代の若者」でしたが、それは少し無理があるかなと思って30代と言いました(笑)。今の理想は「永遠の29歳」です。体は正直きついかもしれませんが、気持ちまで年を取る必要はないと思っています。体も気持ちも若いつもりでいると、良い効果があるかもしれませんし。そんな気持ちを持って、ほかの同世代や中高年の方と一緒に、これからも新しいことに興味を持ち、挑戦し続けていきたいと思います。

古川宇宙飛行士会見終了の挨拶(抜粋/要約)

本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。また、YouTubeをご覧の皆様もありがとうございます。
昨年から今年にかけて大西宇宙飛行士、油井宇宙飛行士が国際宇宙ステーションに長期滞在し、ミッションを行なっていました。現在は諏訪宇宙飛行士、米田宇宙飛行士が訓練に励んでいます。また、星出宇宙飛行士、金井宇宙飛行士も、後輩を支援しながら自身の活動を続けています。JAXAの宇宙飛行士たちは今後も飛行を続け、いずれ月面に立つ日が来ると思います。ぜひ引き続き応援していただければと思います。私自身も宇宙ファンとして、応援し続けていきます。本日は本当にありがとうございました。
会見終了時に花束を受け取る古川宇宙飛行士
この記者会見の模様はJAXAの公式YouTubeチャンネルでライブ配信され、多くの皆さまにご覧いただきました。見逃した方はアーカイブ配信をご覧ください。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA