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2023.03.28
  • スペシャリストの声

ユーザーと「きぼう」をつなぎ、宇宙実験を円滑に実施

きぼう利用センター 船外実験担当
榎本 真梨
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「きぼう」日本実験棟では、日々、様々な実験が行われています。これらの実験をサポートしているのが、きぼう利用センターです。この部門で働く榎本真梨さんに、きぼう利用センターでの仕事やJAXAに入社してからの経歴などを聞きました。

専門外の配属先で広がった視野

Q: JAXAに入ったきっかけを教えてください。

榎本: 私は地球科学が好きで、地震、火山などの自然現象のしくみを知りたいと思い、大学・大学院で勉強していました。大学院では地震前後の地表の様子を人工衛星から観測し、地殻の変化から、断層の動きを調べる研究をしていました。その経験を活かして宇宙分野、ゆくゆくは防災に貢献できたらいいなと思い、JAXAに入社しました。

入社当初は地球観測関連の部署を希望していましたが、最初の配属先が種子島宇宙センターのロケット追尾の部署でした。最初は、「なぜ、種子島へ配属になったのだろう」と思うこともありましたが、どの部署の仕事も宇宙開発のプロセスの一部であり、必要不可欠な仕事である事に気付きました。最初から自分がやりたいことができたら、確かにラッキーかもしれませんが、仕事を通して自分の知らなかった世界に触れることができました。だから、決して無駄ではなかったと、今は自信をもって言えます。

Q: 種子島宇宙センターの後は、どの部署を経験したのですか。

榎本: 入社から3年後に、宇宙ステーション補給機「こうのとり」を担当するHTV技術センターに異動となりました。私は種子島での経験があることから、射場作業担当となりました。「こうのとり」の打上げ前に2〜3週間、種子島宇宙センターに滞在し、組立て作業を見守る役割です。「こうのとり」が組み立てられる様子を目の前で見ることができて、とても貴重な体験をさせてもらいました。また、射場でH-IIBロケットを間近に見ることがあり、あれほど大きなものを宇宙まで飛ばしてしまう技術のすごさに感動しました。

JAXAに入ったきっかけを語る榎本さん

「きぼう」での船外実験を円滑に進める

Q: 現在はどのようなことを担当しているのですか。

榎本: 2021年からきぼう利用センターに配属されています。国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟では、地上にはない微小重力環境や宇宙環境などを利用した実験をいろいろと行っています。きぼう利用センターはそれらの実験を支える役割を担っていて、私はその中でも船外実験プラットフォームで実施される船外実験のサポートや調整などを担当しています。

船外実験プラットフォームには、全天X線監視装置(Monitor of All-sky X-ray Image: MAXI)高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALorimetric Electron Telescope:CALET)など、様々な装置が搭載されています。私たちは、それらの装置を開発しているユーザーさんと「きぼう」をつなぐ役割をしています。例えば、「きぼう」に搭載する前だけでも、まずは、ユーザさんの開発した装置の情報や要求をまとめることから始まり、安全審査、スケジュール管理、運用準備支援、不具合対応、打上げに向けた準備の支援など、多くの工程があります。

さらに、宇宙から地上に戻ってくる段階になると、帰還に向けた調整、戻ってきた機器をユーザーさんの元に届けるまでの手配などもします。また、MAXIやCALETのように長期間、船外で運用されている機器でも、問題が起きたときにはユーザーさんから私たちに相談や問い合わせがありますし、研究成果が発表されたときはそれらをとりまとめ、JAXA内で共有します。

やることは多岐に渡り、細かい作業も必要です。基本的には、朝出社したら、まず届いているメールに目を通し、担当する装置の状況を確認し、調整が必要なものなどを洗い出していきます。問い合わせの対応も多いので、気がつけば1日が終わってしまう毎日です。

CALET模型の前で語る榎本さん

Q: 今の仕事でたいへんな点は何ですか。

榎本: 私たちは打ち上げから回収まですべてのフェーズに関わります。担当する装置は運用フェーズがばらばらなので、それぞれの装置のフェーズに応じて、先を見据えながら細かい調整をしていく必要があります。ISSは電力や宇宙飛行士の時間など、すべてのリソースが限られています。その限られたリソースをうまく使いながら、ISSの運用やすべての実験を進めていく必要があるので、ユーザーさんとJAXA、ときにはNASAと密接に連絡を取りながら、細かい状況まで把握するのがたいへんですね。

しかも、ISSのスケジュールは流動的なので、変更が生じたときはその影響範囲を確認し、その都度、関係者と調整していきます。そのため、マルチタスクになりがちで、常に複数の人とやり取りしています。忙しい時期とそうでない時期が明確に分かれているわけではなく、常に忙しい状態が続いています。もちろん、すべてを私一人でやるのではなく、チームで取り組んでいるので、チーム内でコミュニケーションを取りながら、間違いや抜けなどがないか確認しながら仕事を進めています。

Q: うれしかったり、やりがいを感じるのは、どんなときですか。

榎本: 船外実験は、実際に装置を打ち上げて、実験を始めるまで長い時間がかかります。ユーザーさんとは二人三脚で細かい調整をしていくので、実験を開始して成果が出て「ありがとう」と言われた瞬間に、それまでの苦労が一気に報われた気持ちになります。

この部署に来て、私が一から担当したものの1つに全固体リチウムイオン電池軌道上実証装置(以下、「全固体電池」)があります。全固体電池は、-40℃~120℃という広い温度範囲で使用可能で、かつ破裂などの心配がなく安全性が高い上に省スペース化も期待できます。まさに温度差が激しく真空で放射線にもさらされる宇宙環境での利用にも適しており、JAXAの宇宙探査イノベーションハブと日立造船の共同研究として実証実験が行われています。全固体電池が打ち上げられ、「きぼう」の船外実験プラットフォームに搭載されたときに、全固体電池のカメラから撮影したISSの画像が送られてきました。その画像がとてもきれいでとても印象に残っています。ユーザーさんと喜びが分かち合えることが、うれしかったり、やりがいを感じたりする瞬間ですね。

全固体電池のカメラから撮影したISSの画像

自分の得意分野を伸ばして専門家をつなげる

Q: 最近、船外実験の運用も民間企業が参入していると聞きました。詳しく教えてください。

榎本: 実は、JAXAは2016年10月に「きぼう利用戦略」を定めています。「きぼう」を取りまく環境変化に対応して、「きぼう」利用を組織的、戦略的に推進していくもので、2020年3月に第3版が発表されました。第3版ではJAXAが取り組むべき活動領域の1つとして、「民間利用オープンイノベーションの推進」を挙げています。

その一例が、中型曝露実験アダプタ(i-SEEP)に搭載する実験装置の宇宙実験です。i-SEEP搭載の実験装置については、基本的に事業者さんがユーザーさんとのやりとりをされるのですが、事業者では手に負えない新たな課題や想定外の調整事項も多々あり、JAXAが間に入ったりサポートしたりという対応が必要です。そのような課題も1つ1つ解決していただき、民間の事業自立化を図っていきたいところです。

i-SEEP模型の前で語る榎本さん

Q:JAXAを目指す若い人たちにメッセージをお願いします。

榎本: 「宇宙とは関係のない分野を学んでいますが、JAXAで働けますか」という質問を受けることがあります。私も宇宙とはあまり関係なさそうに見える地震学の出身です。最初はメーカーの人たちの言っていることがまったくわからず、自分は何も役に立たないと悩むことがよくありました。そのようなときに、先輩が「専門家だけでは宇宙開発はできなくて、それをつなげる人や、全体を見て専門家では気づかないことを指摘する人が必要だ。そのポジションはあなたしかできないから、そこを伸ばせばいい」と言われました。

最初はわからなくても、いろいろと勉強していく中で、視野が広がってきますし、自分なりの視点でものごとが見えるようになります。これからJAXAを目指す人たちは、とにかく自分の得意な分野をがんばって伸ばして頂けたらと思います。

榎本 真梨(えのもと まり)

研究開発員

理学研究科卒業、2010年入社。種子島宇宙センターでのロケット追尾管制官、つくば宇宙センターでの「こうのとり」の射場担当を経て、2021年よりきぼう利用センターにて船外実験のインテグレーションを担当。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA