宇宙の微小重力空間を活用して、未来の科学を切り開く可能性を秘めた実験装置、静電浮遊炉(Electrostatic Levitation Furnace: ELF)プロジェクト。これまで、静電気力で実験試料を浮かせてレーザーを照射して溶かし、その性質を解明する実験で、新素材開発や、惑星内部の解明につながる世界初のデータを次々と取得してきました。また国際宇宙ステーション(ISS)/「きぼう」日本実験棟では、2024年3月までISSに滞在した古川聡宇宙飛行士がELFの改修を行い、2025年の大西卓哉宇宙飛行士滞在中にも惑星成り立ちの謎にせまる実験が予定されています。 世界で唯一のデータを取得できる革新的な実験装置として注目されるELF。民間企業にも門戸を開くELFとは一体どのようなものなのか。プロジェクトの詳細について、チームメンバーが語りました。
Q: チームメンバーの自己紹介とELFプロジェクトでの役割を教えてください。
2017年からこのプロジェクトに携わり、ELF(静電浮遊炉)の開発・運用と、研究者との実験計画の調整などを担当しています。学生時代は材料科学を学び、その後、結晶成長を専門に研究していました。JAXAには、ELFの物性測定と結晶成長を組み合わせることに可能性を感じて入社しました。
私も小山さんと同じく材料科学が専門です。博士号を取得後、2020年にJAXAに入社しました。2021年からELFプロジェクトに参加し、研究者やユーザーさんと実験計画の立案や運用準備などを行う、ユーザーインテグレーションを担当しています。
私のキャリアは2人と少し違い、JAXAに入社後は、長年にわたって「きぼう」日本実験棟のシステム開発や運用準備に携わってきました。2021年からは現在の宇宙環境利用推進センターに所属して、物質・材料分野の宇宙実験や民間企業の宇宙利用の促進に取り組んでいます。
(左から)チームメンバーの小山さん、伊藤さん、下西さん
世界初のデータが次つぎと
Q: 「ELF(静電浮遊炉)」プロジェクトとは、どのようなものになりますか。
ELF(静電浮遊炉)は、「静電浮遊」というとおり、実験試料を空中に浮かせ、静電気によってその位置をコントロールすることができる実験装置です。また「炉」という言葉にもあるように、試料にレーザーを当てることで約2000℃という超高温まで加熱することができます。そして高温状態で溶融した試料の粘性や表面張力などの物性を、精密なセンサーを使って測定します。 ELFの最大の特長は、試料を浮かせることで容器との接触を避け、不純物が混ざるのを防ぐことができるところです。そのため、非常に純度が高い状態で、物質の性質を調べることが可能になるんです。
ELFを活用することで、ガラスについて、画期的なデータがとれるようになってきたんです。ガラスの製造過程では、原材料を一度高温で液体状態にして、その後、急速冷却します。けれど、これまでガラスが形成されるメカニズムや、液体状態での性質については、十分に分かっていませんでした。ELFによって、ガラスが形成される過程の物性が測定できるようになり、ガラスの成り立ちを明らかにする重要なデータが取得できるようになってきました。また、これまで製造が難しかった重元素を含んだガラスの製造にも成功することもできました。重元素を含むガラスは、非常に硬くて強度があり、高い屈折率を持つなどの特異で有益な性質をもっているんです。
静電浮遊炉(ELF)のイメージ
物体が浮遊する様子
ELFはガラスのような材料科学だけでなく、惑星科学にも応用ができます。地球の内部に存在するマグマは、非常に高温の液体状態にありますが、その性質については長年謎に包まれていました。しかしELFを使用して高温状態の地球の内部を再現することで、その性質を調べることができるようになってきました。地球内部だけでなく、最近では火星内部の性質を明らかにする新たなデータの取得にも成功しています。その研究成果も、近いうちに論文として発表する予定です!
ELFによって、これまで手の届かなかった領域を解明する世界初のデータが次つぎと得られています。この世界で唯一無二の可能性にあふれた装置を、多くの人々に知っていただきたいですね!
ELFの成果について説明する小山さん
試料ごとに違う、実験の攻略法
Q: プロジェクトでの悩みや喜びがあったら教えてください。
2017年にチームに加わった当初、まず最初の難関は、試料を浮かせることでした。試行錯誤した末に、ようやく試料を浮遊させ、データをとり、さらに回収するところまで成功したときの喜びは忘れられません。特に難しいところは、試料ごとに実験の攻略法がまったく異なるところです。各試料の特性から適切な実験方法を見出して、データを取得し、研究者の先生方にお渡しできるときは、いつも大きな達成感を感じます。しかし、期待通りのデータを安定して取得できるようになったのは2021年頃からです。ハードウェアの改修など試行錯誤を重ねる必要があり、長い道のりがありましたね。
安定的に試料を浮かせたり、求めているデータを取得したりするためには、確かな専門的知識と経験が必要です。小山さんや下西さんが頑張ってくれていますが、試料の状態を観察しながら、リアルタイムで設定を調整する必要もあります。高度な技術と、豊富な経験がELFの成果を生み出しているんです。
私は国内だけでなく、NASAや、米国、トルコの研究者など、国外のユーザーさんと仕事をしています。普段はメールやオンラインミーティングのやりとりが中心の国外ユーザーさんと実際に対面で仕事をする機会は、特に楽しみなことの一つですね。先日は、来日したトルコの研究者がベジタリアンだと知って、一緒にコンビニで食べられる食事を探しました。異文化を肌で感じられるのも、仕事のおもしろさの一つだと思っています。 英語でのコミュニケーションは、誤解を避けるために、丁寧な説明を心掛けています。日本語でのやりとりよりも、気を遣う場面は多いですが、それも含めてやりがいを感じています。
プロジェクトの取り組みについて語る下西さん
ELFを必要とする研究者と出会うのが、難しいと感じる点です。以前、出席した学会で、私の発表を聞いてくださった研究者の方が、ELFの実験公募に応募してくださったときは、嬉しかったですね。
「太陽系」形成過程を明らかにする実験も
Q: 古川宇宙飛行士がISS滞在中にも、ELFプロジェクトのクルータスクがあったと聞きました。どのようなものになりますか。
宇宙飛行士の方には、ISS上で実験する際の試料交換や、装置内の清掃作業などをお願いしています。試料を交換したら、あとは我々がJAXA内の運用室のパソコンから、すべて遠隔で操作します。軌道上の実験を始めた当初は、微小重力下であれば、機械・電気的にコントロールすることで、どんな試料でも浮遊させられるだろうと考えていました。しかし実際に宇宙実験を行ってみて、地上で物質の性質を把握しておかないとコントロールできないことが分かりました。その後、運用方法やハードウエアを改良し、チームで一つ一つ課題をクリアして、ようやく新しいデータがとれるようになってきました。
ISS上での実験について語る小山さん
2024年1月には、民間の旅行者用宇宙船(クルードラゴン宇宙船運用Ax-3号機)でISSに向かったトルコの民間宇宙飛行士が、古川宇宙飛行士にトルコ研究所の試料が入った試料ホルダを手渡しました。その後、軌道上で古川宇宙飛行士がこの試料ホルダをELFにセットし、トルコとの国際有償実験を行いました。 また、他にも機能向上のために、新しい位置センサーの交換作業も行い、ELFはよりパワーアップしました。
2025年にISSに長期滞在予定の大西卓哉宇宙飛行士は、ELFで太陽系の形成史を明らかにする実験プロジェクト「Space Egg」を行う予定です。私たちが住む太陽系は46億年前にガスとダストで構成される原子太陽系星雲から、粒子が集まったり合体することで、大きな惑星に進化して誕生したと考えられています。その太陽系星雲では、まず直径1㎜程度の球状の結晶物質「コンドリュール」が、材料物質として形成されたと考えられています。しかし、この「コンドリュール」がどのように形成されたのかは、よく分かっていません。ELFでは微小重力下で「コンドリュール」の再現実験を行い、形成の謎を明らかにする予定です。
次の実験プロジェクトについて語る下西さん
Q: 今後のプロジェクトや個人的な目標があったら教えてください。
ひきつづき実験を確実に成功させて、ELFで得た新しいデータを、世の中にどんどん公開していきたいですね!
ELFの高機能化を進めていきたいです!今は対象となる試料に限りがありますが、試料数を増やすことで、ユーザーの拡大を目指したいです。
今後のISSの在り方として、商業用宇宙ステーションなど、民間主導の宇宙利用の話題も頻繁に出るようになりました。ELFは世界で唯一のデータがとれる装置なので、将来にわたって世界に貢献していけるような装置にしたいですね。下西さんも言われたように、対象にできる試料数を増やし、民間主導でも気軽にこの装置を使える仕組みを作るなど工夫していきたいです。
今後の目標について語る伊藤さん
小山 千尋(こやま ちひろ)
宇宙環境利用推進センター 研究開発員
経歴 理学研究科化学専攻博士課程修了、2017年JAXA入社。宇宙環境利用推進センターの静電浮遊炉チームに所属。静電浮遊炉の研究・開発・運用、ユーザーインテグレーションに従事。
趣味 料理、自転車
座右の銘 七転び八起き
下西 里奈(しもにし りな)
宇宙環境利用推進センター 研究開発員
経歴 総合デザイン工学専攻博士課程修了、2020年JAXAに入社。有人宇宙技術部門宇宙環境利用推進センター(現宇宙環境利用推進センター)に配属。FLARE*1、COSMIC*2の運用準備などに関わり、2021年から静電浮遊炉(ELF)の運用、ユーザーインテグレーション*3などに従事。主に有償利用や海外の実験テーマを担当。
*1 Fundamental Research on International Standard of Fire Safety in Space -base for safety of future manned mission-(火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価) *2 Confocal Space Microscopy(ライフサイエンス実験用ライブイメージングシステム) *3 ELFを利用したい研究者や企業と一緒に実験計画を立案し、宇宙実験実現に向けて社内外と調整する。
趣味 ジオパーク巡り、ジョギング、夏の屋内水泳
座右の銘 ピンチをチャンスに変える
伊藤 剛(いとう つよし)
宇宙環境利用推進センター 技術領域主幹
経歴 1997年にJAXAに入社。同年から20年以上にわたり「きぼう」プロジェクトで各種システム機器の開発、全体システムインテグレーション、運用準備を担当。2008年の「きぼう」打上げ以降、フライトディレクタとして「きぼう」運用管制に携わる。2012年から「きぼう」の実験装置開発、将来有人技術研究を統括。2021 年から物質材料系の宇宙実験利用や民間による宇宙利用を推進する取り組みに従事。
趣味 スキューバダイビング、家庭菜園、沖縄巡り
座右の銘 為せば成る 為さねば成らぬ 何事も