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2024.03.29
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月社会実現に向けて先陣を切る、「有人与圧ローバー」開発の現在地は?

有人与圧ローバー プロジェクトチーム
神吉 誠志、関谷 優太、河合 優太、泉 葵衣
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「有人与圧ローバー」は、宇宙飛行士が乗り込み、ローバー内で生活しながら、月などの天体表面を、約1ヶ月にわたって探査することができる探査車です。月面の地質・資源の調査などをより広い範囲で行うことができ、持続的な月探査を目指すアルテミス計画の中で、非常に重要な役割を持ちます。有人与圧ローバーは、世界で初となるシステムであるだけでなく、日本初の単独で機能する「有人宇宙船」でもあります。今後の月社会実現に向けても欠かせない存在となる、有人与圧ローバー、その研究開発の難しさややりがいはどんなところにあるのか、プロジェクトの詳細や開発への想いをチームメンバーが語ります。
※アルテミス計画 月に再び宇宙飛行士を送り、月面に長期滞在して持続的な探査活動を行うことを目指す米国主導の計画で日本をはじめ世界30か国以上が参加している。
有人与圧ローバーCG ©TOYOTA

Q: 自己紹介をお願いします。

有人与圧ローバーにおけるプロジェクトマネジメントやシステムズエンジニアリングの取り纏めをしている神吉です。子どもの頃ハレー彗星や、日本人宇宙飛行士の活躍を見たことで宇宙に興味を持つようになりました。小学生のときに「チャレンジャー号」の事故があり、自分が開発した安全な宇宙機に日本人を乗せることが私の夢になりました。この「有人与圧ローバー」は、まさに子どもの頃から抱いていた夢が叶うプロジェクトだなと思っています。
子どもの頃はずっとサッカーをやっていて、チームで活動するのが好きでした。大学では、レスキューロボットの研究室に入り、そこでもチームでもの作りをする喜びを知ったことが今の仕事につながっています。JAXAに入社したのは、歴史建造物のように千年後も残るもの作りに携わりたいと思ったからです。入社後は「Int-Ball2」や「LAMPEプロジェクト」などのロボット開発に携わってきました。「有人与圧ローバー」は入社時の目標にも通ずるやりがいのあるプロジェクトですし、頑張っていきたいです。
元々機械工学が専門で、"動くものづくり"に関心がありました。就職活動の中でJAXAの先輩と話す機会があり、スケールの大きい仕事に憧れて入社することにしました。これまでは「きぼう」日本実験棟などの有人プロジェクトに長く携わってきて、現在は月周回有人拠点「Gateway(ゲートウェイ)」も担当しています。有人探査は、やはり一番おもしろい、という気持ちがずっとあります。
宇宙に興味を持ち始めたのは、高校生の時です。ちょうど中学高校の先輩だった神吉さんに繋いでいただいて、JAXAの施設を案内して頂いたこともありました。大学では航空宇宙工学を専攻して、展開収納機構の構造物の研究をしていました。今は入社1年目ですが、夢である有人探査のプロジェクトに携わることができ、とても恵まれている環境で日々わくわくしながら業務に従事しています。
(左から)チームメンバーの関谷さん、河合さん、神吉さん、泉さん

宇宙飛行士が居住しながら探査を行うローバー

Q: 「有人与圧ローバー」とは、どのようなプロジェクトですか。

「有人与圧ローバー」は、月面で宇宙飛行士が長期間居住しながら移動できる機能を備えた探査システムになります。
約1ヶ月の期間、宇宙飛行士は有人与圧ローバーに乗り込み、そこで生活しながら探査を行います。月面を走るキャンピングカーのようなものをイメージして頂けると分かりやすいかもしれません。ローバーを操縦し目的地まで移動すると、宇宙服に着替えて船外活動に出かけ、月面の土壌調査など様々なミッションを実施して、再びローバーに戻り移動する。そんな月面でしかできないミッションを行う予定です。有人で長期間移動しながら探査することは、NASAもやったことがない人類初めての試みです。

Q: 現在は、どのような段階ですか?

現在は研究開発の段階です。概念検討や概念設計をしながら、プロジェクト化に向けて、どういうミッションをどういうコンセプトで運用しながら実施するか、システムへの要求をどうするか等について、システム成立性等を検討しながら詰めています。
プロジェクトについて語る神吉さん

Q: プロジェクトメンバーの皆さんの仕事について教えてください。

私は「有人与圧ローバー」の走行システムを担当しています。これまで誰も作ったことがないシステムなので、技術的にチャレンジングな課題がたくさんあります。
その中でも、技術的に不確定な要素を小さくするために、まず地上で実寸大の試作車を作り、地球の重力環境下で、我々がやりたいことができるのか確かめます。その上で月面の6分の1重力環境下でシミュレーションしたときにも、設計したものが問題ないか確かめていきます。こういった過程を経て、「有人与圧ローバー」開発を確実なものにするための材料を集めているところです。
私は展開収納機構と、走行システムを河合さんの元で担当しています。有人与圧ローバーは10年間の運用を見据えていて、その間に大型太陽電池パドルの展開・収納を1000回以上繰り返すことになっています。ローバーは太陽電池、リチウムイオン電池、再生型燃料電池の3つからの電力で運用をするのですが、太陽電池パドルは走行時は収納し、停止時に展開して発電し、走行時の電力を賄うリチウムイオン電池と、夜間の電力を賄う再生型燃料電池に蓄電する役割を担っている、ローバーにとっての生命線です。
こういった月面での長期かつ高頻度の運用は宇宙機では初めてのことで、その技術確立も今の課題です。
私はシステム全体を俯瞰する立場から、通信や管制制御系を担当しています。現在は、ベースとなるシステム要求を検討している段階ですが、本システムはアルテミス計画の一部を構成するものなので、プログラム全体の要求と整合を取ることが欠かせません。インターフェース調整などNASAとの要求事項のすり合わせ作業も、現在のメインタスクです。
まだフェーズが進んでいないからこそ、自分たちのアイデアや希望を前面に出せるチャンスです。あまり目の前の制約にとらわれすぎず、ローバーシステムにとって最良の選択肢を提案できるのも、今の仕事のおもしろさです。
プロジェクト内での自身の取り組みについて語る関谷さん

知恵を絞って、探査ルートを検討中

Q: 研究開発を進めるうえで、悩みや喜びはどんなことでしょうか。

毎月のようにNASAの「有人与圧ローバー」チームの方たちが来たり、我々がヒューストンに行ったりして会議を重ねています。これまでの仕事と比較しても国際協力ができているなと、やりがいを感じていますね。
せっかくはるばる日本に来てくれているので、NASAのチームメンバーと食事に外に出るのですが、そのお店も一通り行き尽くしてしまうくらい、頻繁にコミュニケーションをとっていますよね。笑
走行システムの研究開発と並行して、有人与圧ローバーが月面でどのルートを探査するのかについても、JAXAの月惑星探査データ解析グループ(JLPEDA)やNASAと検討中です。探査経路は、泉さんも一緒に考えてくれていますが、太陽の位置や月の地形を考慮した上で、できるだけ良い日照条件で広範囲の探査が実現できるルートを考えます。NASAのチームに納得してもらえるロジックを組むのは簡単ではないですが、JAXAチームみんなで知恵を絞り、NASAに方針を伝えて、「よし、それで行こう!」と言われた時には、やりがいを感じましたね。
月球儀を使って月惑星探査について説明する河合さん
この研究開発は、これまであまり宇宙開発と関わりのなかったTOYOTAさんと進めているのも大きいですね。宇宙開発ならではの難しさもあり、それを説明しようと思った時に、自分自身が意外と理解できていないことがあると気づくこともあります。そのためにもう一度、勉強し直すのはよい経験にもなります。逆に我々の知らない自動車業界の技術や働き方を教えて頂けたりもするので、新しいチームの方と一緒に仕事ができるのは刺激にもなります。
私はまだ1年目なので、全てが新鮮ですし、夢であった有人探査に携われているのが、すごく幸せだなと思います。やはり皆さんとお仕事をしていて、経験からくる技術的な勘や、言葉の重みに圧倒されることは多いですね。ローバー完成までは長い道のりになると思うので、私もプロジェクトと一緒に成長していきたいです。
「有人与圧ローバー」は世界で実績のない全く新しいシステムで、誰も正解を知らないものです。そのため、解決しなければならない技術課題は山積みです。また、開発プロセスも文化も全く異なる自動車関連の企業さんと仕事をするなど、すべてが初めて尽くしです。でも、逆にそれが自分たちでイチから全て考えられるという、おもしろさにもつながっています。さきほど関谷さんも言ってくれたように、車の技術について学ぶことも多いですし、民間企業さんならではのスピード感を持った開発は、他のプロジェクトでは味わえない経験になっています。ローバーの完成までに、解決しなければならない課題は何百、何千と出てくるはずですが、それを乗り越えたら、有人与圧ローバーや月面については誰にも負けないと自信を持てるようになっているはずです。それが楽しみですね。
研究開発の楽しみについて語る神吉さん

国際調整、真っ最中

Q: 「有人与圧ローバー」をどのように、月面に運ぼうとしていますか?

アルテミス計画は、日本だけではなく米国をはじめとする各国がそれぞれの役割を担っています。「有人与圧ローバー」を運ぶ着陸機を担当する会社は、現在NASAを中心に選定中です。
「有人与圧ローバー」は人が居住する大きなキャビンを搭載して走行するため、どうしても質量が大きくなってしまいます。一方、ローバーの輸送に責任を持つNASAは、輸送コストを下げるために、できるだけ軽くしたいと考えています。我々はローバー質量低減を実現するために様々な取り組みをしていますが、必要以上にローバーの能力を下げてしまうと達成できるミッションが減ってしまうので、適切な質量を見極めるための調整をNASAやメーカと議論しながら進めています。
宇宙飛行士が快適に過ごせる居住スペースを保った上で、飲食物など載せなければならないものが沢山あります。本当に不可欠なものをすべて洗い出して積み上げ、これだと乗らないから、それをどう減らすか?効率的に配置するには?と現在議論しています。

Q: チームの意思疎通のために何か工夫していることはありますか?

チームのメンバーは、兼務も含めると22名ほどです。今は週に3回ほど、TOYOTAさんをはじめとしたメーカさん達と膝を突き合わせて議論する時間を作っています。お互い遠慮せずに意見を言い合える関係性ができているので、よいチーム作りができていると思います。
誰もやったことがないことを進めるにあたって、アイディアを出し合うタイミングでは膝を突き合わせて集まるのが効果的ですよね。先日は、チームメンバーが企画してくれて、技術課題について話し合う合宿も開催しました。
「きぼう」に何年も携わってきた熟練エンジニアから若手まで、誰もが同じように意見を言い合える環境があるのがいいですよね。私自身も、何か思いついたら発言しますし、それを評価してもらえれば検討に反映されるので、議論がすごく楽しいです。
チーム内での取り組みついて語る河合さん

今は議論を尽くし、後世に残る仕事を

Q: このプロジェクトでの、個人的な目標があれば教えてください。

「有人与圧ローバー」は、月面で1万km走る予定です。もし実現出来たら、千年残る仕事がしたいという私自身の夢にもつながるのかなと思っています。しっかりと走行システムの担当者として携わっていきたいです。
「きぼう」でインフラ装置の担当を長くしてきて、システムをよく理解するために、開発当時の資料を見る機会が多くあるのですが、今の「きぼう」に辿りつくまでに、10年、20年という年月をかけて、大きなことから小さなことまで議論を尽くしてきたことをよく感じます。将来的に、「有人与圧ローバー」を無事月面で運用することができ、後輩に引き継いだ時に、過去に開発した人たちが、こんなプロセスを経て素晴らしいシステムをつくったんだなと感じてもらえる仕事をしていきたいです。今は議論を重ねて、最終的に少しでも良いものを残したいですね。
プロジェクトを取り組む上での目標を語る関谷さん
月面に「有人与圧ローバー」が行った、その先の世界も大切です。我々が広域の月探査を行い、様々な月面データや走行データを取得し公開することによって、民間企業や宇宙新興国などを含む様々なプレイヤーが月を目指しやすくなり、月社会ができていく。その先頭を走る存在でありたいですね。
また月面は、とても過酷な場所です。空気がなく、昼と夜の温度差も大きい月面環境でエネルギー消費を抑えつつキャビンで快適に過ごす必要がありますし、物資輸送コストを抑えるため、運ぶ物資やゴミを減らす必要があります。それらの課題を解決するのに必要な生命維持技術、エネルギー管理技術、再生・再利用技術等があれば、おそらく地球上の海底でも砂漠でも住むことができるでしょう。また、限られた空間と電力のもとキャビン内で快適に生活するためには、これまで宇宙開発に関係してこなかった家電メーカの技術等が不可欠です。今まで関係しなかった人たちとも一緒に仕事をすることで、宇宙開発の裾野も広げていきたいですし、「有人与圧ローバー」開発を通して得られた技術を地球の社会へ還元していく仕組みも作っていきたいですね。
人類の活動領域拡大へ一翼を担う有人与圧ローバーの、概念検討が始まるタイミングで入社できたのはすごくラッキーなことだと感じています。世界初の重力天体における走行技術と居住技術を併せ持つシステムを開発するという面でも、私は学ばなければならないことがたくさんあるので、先輩から色々吸収しながら最後までやり遂げたいです。そして数年後には胸を張って、月面を走るあのローバーを開発したんだと言えるような技術者になりたいです。
今後の目標を語る泉さん
神吉 誠志(かみよし せいじ)

有人宇宙技術部門 有人与圧ローバーエンジニアリングセンター

経歴

航空宇宙工学を専攻後、2001年に入社。通信衛星、地球観測衛星等の開発、システムズエンジニアリングの社内推進等を経て、2015年から国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の運用管制業務に従事。「きぼう」のロボットアームのオペレータ、フライトディレクタ(運用チーム取り纏め)に携わる。LAMPEミッションのプロジェクトマネージャの経験を経て、現在は有人与圧ローバー検討チームの副チーム長として、LAMPE等の成果を官民の月探査活動の促進に繋げる活動にも従事。

趣味

サッカー、旅行、映画鑑賞、DIY(欲しくなったら作る、壊れたら直す)

座右の銘

Anyone who has never made a mistake has never tried anything new.

河合 優太(かわい ゆうた)

有人宇宙技術部門 有人与圧ローバ―エンジニアリングセンター 研究開発員 

経歴

工学研究科機械理工学専攻修士課程修了、2018年入社。有人与圧ローバーの走行システムを担当。

趣味

寺社巡り、ランニング、サッカー

座右の銘

大器晩成

関谷 優太(せきや ゆうた)

有人宇宙技術部門 有人与圧ローバ―エンジニアリングセンター

経歴

工学研究科機械理工学専攻修士課程修了、2014年入社。入社以来、日本実験棟「きぼう」のシステム装置開発、月周回有人拠点「Gateway」の映像伝送系装置開発に従事。有人与圧ローバーでは、通信・管制制御システム等を担当。 

趣味

スポーツ観戦、マンガ、銭湯

座右の銘

「この遠回りを助走と呼ぼう」

泉 葵衣(いずみ あおい)

有人宇宙技術部門 有人与圧ローバーエンジニアリングセンター

経歴

工学科航空宇宙工学専攻修士課程修了、2023年入社。有人与圧ローバーの展開収納機構と走行システムを担当。

趣味

水泳、ピクニック

座右の銘

なんとかなる

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA