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2024.06.03
  • スペシャリストの声

好きなことを追い求めてつながった、フライトサージャンへの道

フライトサージャン
伊藤 恵梨
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「宇宙飛行士のお医者さん」ともいわれるフライトサージャンは、過酷な宇宙環境で働く宇宙飛行士の健康を支えています。不定期ではあるもののJAXAではフライトサージャンの養成も行っています。今回は、フライトサージャンに認定されたばかりの伊藤恵梨さんに、フライトサージャンになるまでを中心にお話を伺いました。

スポーツドクターを経験し、出会った目標

Q: 伊藤さんはもともと宇宙などが好きだったのですか。

伊藤: 学生時代は宇宙にはあまり興味がなくて、バスケットボールが好きでした。選手として活躍できればよかったのですが、その実力はありませんでした。でも、バスケットボールに関わる仕事に就きたいと思い、いろいろと考えた結果、医師になることを決めました。

Q: バスケットボールと医師という組み合わせが、すぐにはつながらないのですが、もう少し詳しく教えてもらえますか。

伊藤: 学生時代、私はケガが多く、接骨院やトレーナーの先生たちにとてもお世話になりました。本当は、トレーナーになりたかったのですが、トレーナーの職業は、当時、まだあまり確立されていませんでした。いろいろと考えた結果、自分の判断で診断・治療できる医師になろうと思いました。医師になりたての頃に私には2つの目標がありました。1つは日本代表チームのスポーツドクターとなり、日の丸をつけて仕事することで、もう1つは東京オリンピックで働くことでした。幸いにも、2つとも実際に叶えることができました。

Q: 目標を叶えて順調にステップアップしていったのですね。

伊藤: 傍からは夢を叶えて充実しているようにも見えたかもしれません。でも、医師の仕事内容は、自分が思い描いていたようなトレーナーの仕事とは違います。スポーツドクターの役割も、海外と日本では少し違いますので、自分の理想と現実とのギャップに悩むこともよくありました。どうすれば、自分のやりたいことに近づけるのかを考えていたときに、フライトサージャンの仕事に出会ったのです。

これまでの歩みについて語る伊藤さん

スポーツドクターの経験が強みに

Q: フライトサージャンとはどのように出会ったのですか。

伊藤: コロナ禍で外にあまり出られない時期に、マンガの『宇宙兄弟』を大人買いして、一気に読みました。たくさんの人たちが熱い想いをもって宇宙業界で働いている様子が伝わってきて、私もその一員になりたいと思ったのです。私は医師なので、その経歴を活かしてフライトサージャンになりたいと考えるようになりました。

そして、JAXAのWebサイトを調べたら、ちょうどフライトサージャン業務支援医師の募集をしていたので、あまり深く考えずに応募しました。フライトサージャン業務支援医師は、フライトサージャンにつながる職種です。私のときは4名のフライトサージャン業務支援医師が採用されていました。半年ほど業務を経験した後、面接を受けて、その中から1名がフライトサージャン候補者として採用されるという流れでした。

Q: 伊藤さんは4人の中から候補者として選ばれて、JAXAに入ったのですね。

伊藤: そうですね。私は英語が苦手で、自分の中では「フライトサージャンになれないのではないか」と思っていたので合格したときは、とてもびっくりしました。今から振り返ってみると、先輩のフライトサージャンの方に整形外科医がいなかったことや、スポーツドクターとして病院外で働いたことのある経験が、私の大きな強みになったのだと思います。

Q: それはどうしてですか。

伊藤: 病院の外では、医療知識のない人たちと一緒に仕事をすることが多いですし、医療資材も豊富にありません。ときには、選手の練習や試合出場を止めるなど、チームにとっては耳の痛いことも伝える必要があります。必要なときに、私たちの言葉を聞いてもらい、必要な医療を提供するためにも、日頃から監督やコーチ、そしてチームメンバーに、私たちの役割を理解してもらうように、信頼関係を築くための努力をしています。

スポーツドクターの場合は練習場や試合会場で、フライトサージャンは訓練の現場と、病院外でサポートする機会が多いですし、サポートする相手は健康な人という共通点があります。スポーツドクターの経験は、宇宙飛行士の訓練支援や地球帰還後のリハビリの現場などで役立てることができると感じています。

フライトサージャンとしての姿勢について語る伊藤さん

長期滞在を支える様子を見学

Q: フライトサージャン候補者になってからは、どのような研修を受けるのですか。

伊藤: フライトサージャン認定に向けての研修は1年ほどかけて行われます。まず、航空自衛隊の施設で、航空医学の授業を受けます。このときは座学だけでなく、低圧訓練装置や遠心力発生装置などを使った訓練も行い、自身の身体が低圧環境に置かれたときや大きな重力加速度を受けたときにどのような影響をうけるのか、身をもって経験しました。

研修はアメリカでも実施され、アメリカの大学でフライトサージャンを志す学生や若手医師などを対象にした宇宙医学の集中講座を受講しました。私の研修期間中は、古川聡宇宙飛行士がISS長期滞在の期間と重なっていたので、NASAジョンソン宇宙センターで古川宇宙飛行士を支援するJAXA専任フライトサージャンの様子を間近で見ることができ、とても参考になりました。

Q: これから、どんなフライトサージャンになりたいですか。目標を教えてください。

伊藤: フライトサージャンは、宇宙飛行士の健康を守ることが一番の仕事です。宇宙飛行士はすばらしい人間性を備えた人たちばかりですが、常に評価に晒されストレスを抱えることも多いと思います。そのようなときに、心に抱えているものを話してもらえたり、ホッと一息ついてもらえたりして、精神的にも支えられる存在になれたらと思います。

新たな研修と目標に向かう伊藤さん(右:星出宇宙飛行士の専任フライトサージャンを務めた、速水聰JAXA主任医長)

Q: これからフライトサージャンを目指したい人たちに向けてメッセージがあればお願いします。

伊藤: 日本では、フライトサージャンの需要はまだ少なく、努力しても実際になれるとは限りません。目標を持って、そこに向かってキャリアを積んでいくことはとても大切ですが、そこだけを見てしまうと視野が狭くなってしまいます。矛盾しているようですが、自分の興味や視野を広く持ち、様々なことを経験することで、その後のキャリアにつながることがよくあります。

私の場合は、バスケットボールが好きで、それに対していろいろとやって来たことが結果的にフライトサージャンにつながりました。広い視野を持ちながら、目標に向かってチャレンジしていくことで、将来、何かにつながっていい道が開けると思います。

伊藤 恵梨(いとう えり)

有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット 宇宙飛行士健康管理グループ
主任医長 フライトサージャン

高知大学医学部卒、慶應義塾大学大学院修了、病院勤務を行い、2022年6月よりフライトサージャン業務支援医師を経て、2023年フライトサージャン候補者として入社。1年間の国内外の研修を経てJAXAフライトサージャンの認定取得。宇宙飛行士の医学的サポートを行う。目標は自分が活躍しないこと(つまり、飛行士の方が大きな医学的問題を抱えることのないように事前準備をしっかりと、速やかにやるべきことを淡々とやること)。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA