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2024.03.27
  • スペシャリストの声

ロボットの力で宇宙環境利用の幅を広げる自動実験システムを開発

きぼう利用センター
坂本 琢馬
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「きぼう」日本実験棟では、たくさんの宇宙実験が実施されていますが、宇宙で安全に実験を行うには宇宙独自の安全基準を満たす必要があるため、地上とまったく同じ実験はできません。きぼう利用センターで働く坂本琢馬さんは、そんな常識を大胆に変える自動実験システムの研究開発に取り組んでいます。

宇宙の不思議な魅力に引っ張られてJAXAへ

Q: きぼう利用センターは、どういう役割をする部署ですか

坂本: 国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟での科学実験などの利用の企画や運用を主に担当する部署です。微小重力環境を利用した実験機器の開発を行うことの他、大学や企業などのユーザーに対して実験などの「きぼう」利用機会を提供するため、ユーザーサポートや調整、プロモーション活動などを行っています。すでに多く活用され定型化できる実験は、宇宙実験のプラットフォームとして、利用しやすくなるように整備しています。今は宇宙開発も民間企業が活躍する時代になっていますので、「きぼう」の宇宙実験プラットフォームも有償利用や民間への事業移管が進んでいて、その支援も大切な仕事です。

Q: JAXAに入ろうと思ったきっかけは何でしたか

坂本: 大学院で宇宙の世界を覗き見て、それから虜になった感じです。宇宙には不思議な魅力があり、それに惹き込まれました。
私は大学院時代に宇宙探査ロボットの研究をしていました。ただ、宇宙探査ロボットは、実際に打ち上げてミッションを実施する機会はあまり多くありません。そのような現実も覗き見るなか、一方で足元をみると、AIやロボットの力で革新をけん引する産業が目立っています。そのような事業のスピード感を魅力に感じてもいるのですが結局、ワクワク感が隣にあるような宇宙業界の魅力に引き込まれていました。

JAXAに入ったきっかけを語る坂本さん

宇宙環境利用の敷居を下げるための自動化技術

Q: 現在はどういう仕事をしているのですか

坂本: 私が取り組んでいるのは、「きぼう」自動実験システム(GEMPAK)の開発です。今、地上の実験施設では、ロボットや人工知能(AI)を活用して、実験を自動化するラボラトリーオートメーション(ラボオートメーション)が急速に発展しています。オートメーションが進んだ実験室では、繰り返しの定型作業に割くための時間から研究者を解放でき、またこれまでは作業者のスキルへの依存度が大きかった微妙なカン・コツが必要な実験を安定化的に実施できるようになります。実は、これは宇宙実験が抱える課題とも共通していて、「きぼう」でもラボオートメーションを取り入れた実験を展開するために、GEMPAKの研究開発を進めています。

GEMPAKの前で語る坂本さん

Q: GEMPAKはどのような実験装置なのですか

坂本: 先ほどの背景に加えて、さらに宇宙実験に特有の背景として地上環境とは異なる厳しい安全要求の存在があります。宇宙には病院もお医者さんもありませんから、有人宇宙実験で一番大事なことは、なによりも人の安全を担保することです。これらを考慮すると、例えば地上の実験では当たり前に使われる試薬やツール等が安全上の理由から使用が難しかったりします。このように宇宙環境利用には特有の条件が存在し、それが地上の状況とは違いすぎることが、宇宙実験はハードルが高いと研究者に思われてしまう理由の一つになっています。一般の実験では当たり前に使われるピペット・チューブ・ホルマリンなども宇宙では普通には使えません。
そこで、GEMPAKではクルーが作業するキャビンスペースから隔離したクリーンベンチと呼ばれる空間中にロボットアームを設置しています。地上の入力装置からアームを遠隔操作したり、事前に送ったコマンドに従ってアームを自動的に動かしたりすることで無人で非定型作業を実施できることを目指します。このような仕組みがあれば、限られたクルータイムでも実施可能である実験の選択肢を増やすことができます。また、隔離空間が無人だからこそ使用できる試薬やツールを用いた自由度の高い実験のデザインが可能になると考えています。さらに、人に作業をお願いするよりも自分で宇宙実験を遂行してみたい、と考えている研究者もおり、GEMPAKが設置されればそのような需要にも応えることができると思います。
今は色々な意味で「宇宙の常識は世の中の非常識」と言われてしまう宇宙業界ですが、少しでも地上産業の常識に近づけることが意義のあることではないかなと思っています。それがある意味、宇宙業界の「非常識」なんです。

GEMPAKのロボットアームを扱う坂本さん

Q: GEMPAKという名称の由来を教えてください

坂本: それは機密事項です。ただ、珍しい名称ですよね。読み方はゲンパクです。あまり他の人がつけようとしない名称なので、試しにMicrosoftのAIにGEMPAKって何ですか?と聞いてみるとJAXAのプロジェクトですって答えてくれるんですよ。既に、GEMPAK界の一丁目一番地です。由来もミッションが実現すればそのうち分かると思います。その時はみな、愛着がわくと思いますよ。

Q: GEMPAKは今後どのように進んで行きますか?

坂本: GEMPAKは「ものづくり」というより「ことづくり」の考え方を採り入れていると思っています。2023年10月から11月にかけて、GEMPAKの構築に向け、企業から情報提供を求める、「情報提供要請(RFI)」を実施したところ、いろいろな国内様々な業界の方々に興味を持って頂きました。RFIの告知活動として、ワークショップで講演をすることもあったのですが、「JAXAがこのような挑戦を宣言することで、私たちも刺激を受けています、励みになります」と声をかけて頂いたことがとても印象に残っています。この時から、新しい試みに挑んでいく姿勢を示し続けることがJAXAの大きな意義の一つではないかと感じています。RFIでは、たくさんの人たちからGEMPAKに対する提案を頂き、大きく期待されていることを感じています。直近では微小重力環境でロボットアームを精密に制御する第一段階の実証試験をし、2026年度をめどにGEMPAKを運用できることを目指しています。

GEMPAKについて説明する坂本さん

みなが集まり共生する宇宙業界が理想的だと思います。

Q: これから宇宙開発業界を目指したい人たちに向けてメッセージをお願いします。

坂本: 宇宙業界はすそ野が広がってきており、その傾向は今後も続くと思います。様々な人がそのバックグラウンドを活かして宇宙に新しい価値を見出しやすくなってきているという印象があります。自分がときめくことや、わくわくすることに取り組んでいる人たちとお仕事ができたら、きっと楽しいですね。

坂本 琢馬(さかもと たくま)

有人宇宙技術部門 きぼう利用センター 研究開発員

工学系研究科電気系工学専攻博士後期課程修了、2021年入社。宇宙実験の自動化・自律化に向けた次世代の実験装置開発に従事。特に遠隔操作や自動化処理により精巧な軌道上科学実験をクルーの代替で実行する「きぼう」自動実験システム(GEMPAK: μ-G Experiments by Manipulators with Precise Actuation in Kibo)や軌道上小動物飼育実験における、餌や水やりなどの動物の基本飼育作業に係るクルータイムを大幅に削減可能な省力型小動物飼育装置(SMART: Single-CTB Mouse Automated Rearing Transporter)の開発に取り組む。将来の目標は、自らが開発に携わった機器が月や火星で活躍し、「僕の夢はお金を貯めて宇宙旅行をして、実物がそこにちゃんとあるのを確認することだ」などと語りながらお酒を飲んで楽しく生きること。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA