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2023.03.30
  • スペシャリストの声

法律の観点から有人宇宙活動を支える

事業推進部 法務担当
若生 礼奈
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JAXA有人宇宙技術部門でも、活動をするために様々な組織や人と契約や取り決めを交わします。そのサポートをしているのが法務担当です。法務担当は実際に実験やプロジェクトが始まる前に仕事をすることも多く、その役割はあまり知られていませんが、実際には、重要な業務を担っているそうです。法務担当の仕事がどのようなものなのか、若生礼奈さんに聞きました。

人工衛星の被災地観測で宇宙開発に興味を

Q: 若生さんは法学部出身だそうですが、JAXAに入りたいと思ったきっかけは何ですか。

若生: 私は宮城県出身で、小学6年生のときに東日本大震災を経験しました。そのときには知らなかったのですが、後にJAXAの陸域観測技術衛星「だいち」が被災地の緊急観測をおこなって、被災状況の迅速な把握に協力したという報道を見て、宇宙開発に興味をもつようになりました。宇宙開発が私たちの生活を支えることを実感したからです。

大学では法学部を選びましたが、そこで宇宙法という法分野があることを知り、授業を履修しました。宇宙法というのは、宇宙開発などに関わる法律や条約などの総称で、宇宙法という法律があるわけではありません。

法律と聞くと、自分の「権利」や「利益」を守るためのものとイメージする人も多いと思いますが、リスクの高い宇宙開発に関わる法律や条約には、「国際協調」や「相互協力」を謳う独特の規定がいろいろとあります。代表的なものが、1980年代に国際宇宙ステーション(ISS)計画が始まった際に締結された国際協力協定の中で、損害が発生した場合に備え、原則として参加国が損害賠償請求権を互いに予め放棄しておくことを定めた「クロスウェーバー条項」です。宇宙法の勉強を通して、世界で一丸となって宇宙開発を成功させようという理念を様々な法律から強く感じ、宇宙開発に関わりたいという気持ちがより強くなっていったのです。

宇宙関連の法律書を読む若生さん

様々な可能性を想定して条文を作成

Q: 現在、有人宇宙技術部門の事業推進部で法務担当をされていますが、どのような仕事をしているのでしょうか。

若生: 有人宇宙技術部門内にはたくさんの部署があります。それぞれ様々な有人宇宙活動を担当しているわけですが、各部署の担当者から実施予定の活動について懸念点などをご相談いただいたときに、相手との契約条件などを検討します。たとえば、「きぼう」日本実験棟で企業や大学の方々が実験するときの契約条件の調整をします。

また、国内外の組織との取り決めの文言の調整も私たちの仕事です。一例を挙げると、NASAとの間で毎年締結している覚書があります。日本人宇宙飛行士の活動のために、NASAに業務を依頼しているものがたくさんありますが、それらの依頼について1年分の業務内容や金額などを担当部署の担当者たちと調整しながら、NASAとのやり取りをして最終的にお金を支払うまでの事務手続きをします。さらに、JAXA内の有人宇宙技術部門に関する規定を見直す作業も私たちの業務の範囲です。

Q: 契約書の項目などは、実際に起こりそうなことを予想しながら調整していくのですか。

若生: そうですね。企業や大学の方々との契約書は、起こりうる様々な可能性から必要な条文を入れたり、表現を調整したりしています。私の基本的な仕事は、実験や事業などを実施したときに、起こりうるリスクを想像しながら契約書を読み、条文を見直すことです。ただ、法学部を卒業したといっても、授業で契約書の読み方を勉強したわけではありません。条文から実験や事業の具体的なリスクがなかなか想像できずに苦労することがたくさんあります。私はまだ経験が浅いので、先輩たちと相談しながら契約書を読み、調整しています。

また、技術的な内容については担当者や研究者から具体的に解説してもらい、実験や事業などの内容を論理立てて整理し、一つひとつの条文に落とし込んでいきます。その作業は有人宇宙活動の特殊性を感じられ、「おもしろい」と思っています。最初は、たとえば「きぼう」はJEM※と表記するなど、略称もまったくわからなかったため、とても苦労しました。私は理系の勉強が苦手で文系を選んだので、法務担当として技術的な内容を理解できるか不安でしたが、技術系の職員の皆さんはとてもていねいにプロジェクトの内容などを教えてくださいますし、今は不安や緊張をほとんど感じずに働いています。

※JEM:「きぼう」日本実験棟の開発名Japanese Experiment Moduleの略称
同僚と会話する若生さん

自分の得意分野をもつことでチームに貢献できる

Q: JAXAで働いてよかったと思うことはありますか。

若生: やはり宇宙開発の最先端の現場を経験できることです。また、JAXAはチームで仕事をすることが多いので、仕事を通して多様な視点を知ることができるのも魅力です。同じ1つのものごとに対して仕事をしていたとしても、その人の専門分野によって見え方や切り口がいろいろとあるのだなと刺激を受けています。

昨年10月に若田宇宙飛行士の搭乗するCrew-5が、国際宇宙ステーション(ISS)に向けて打ち上げられるときには、若田宇宙飛行士を地上で支えるスタッフである、搭乗支援隊の一員として米国フロリダのケネディ宇宙センターに行きました。支援隊では、JAXAがお招きしたゲストの接遇を担当しました。ゲストの方々と一緒に打上げの様子を見て、たくさんの人たちの努力が結集された結果として、打上げの成功があるのだなと感じました。

普段の仕事でも、資料や契約書の作成を通して、有人宇宙活動にはたくさんの人が関わっていることを知っていましたが、実際に若田さんの打上げを目の前でみることで、たくさんの人たちの努力によって有人宇宙活動が支えられていることを改めて実感しました。私もJAXAの一員として、その一端を担えていることが嬉しいです。

Q: 将来の夢、実現したいことなどがあれば教えてください。

若生: 宇宙活動にあたっては、そのしくみが事前に整備されているわけではなく、進展に合わせてしくみをつくっていくことが多々あります。先輩方の努力の結晶として、現在の宇宙関連の法律や条約がつくられたわけですが、私も先輩方のように新しいしくみづくりに関わりたいと考えています。そのためにも、自分の法務知識を深めるだけでなく、様々な業務に関わり幅も広げていきたいです。

将​来​の​夢​に​つ​い​て​語​る​若​生​さ​ん

JAXAの新卒採用サイトには「未知こそ、未来だ。」と大きく書かれています。私はその言葉が好きで、JAXAを体現した言葉だと感じています。宇宙開発には未知な部分がたくさんあり、それを開拓していくのがJAXAの仕事ですし、一人ひとりの職員が自分の手で未知を探求できる環境にいます。JAXAにおける業務は規模が大きく、チームで仕事をすることが多いので、自分の専門性を磨いていくことが大切です。私は専門である法務の知識に磨きをかけて貢献していきたいですし、「法律のことなら若生さんに相談してみよう」と頼ってもらえる人になれたらと思っています。

若生 礼奈(わこう あやな)

有人宇宙技術部門 事業推進部 法務ライン

法学部法律学科卒業、2021年入社。事業推進部において法務関連の業務に従事し、企業や大学等との契約調整や国内外の機関と締結する取り決めの調整、部門内の各種会議事務局等を担当。目標は国内法・条約等の整備や国内外調整に携わる法務のプロフェッショナルになること。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA