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2023.02.07
  • スペシャリストの声

将来の有人宇宙活動を支える環境制御・生命維持システムを開発

有人宇宙技術センター
二村 聖太郎
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人間を含めた生物が宇宙で生活する上で欠かせないのが、環境制御・生命維持システム(Environmental Control and Life Support System: ECLSS)です。ECLSSは、宇宙船内の二酸化炭素や有害ガスを除去したり、温度や湿度を調整したり、多種多様なサブシステムで構成されます。現在、国際宇宙ステーション(ISS)では、主にアメリカやロシアのシステムを使用していますが、人類が再び月面に向かう「アルテミス計画」やその一環となる月周回有人拠点「Gateway」など、将来の有人宇宙探査に向けて、JAXAでもECLSSの研究開発が進められています。研究開発グループの一員である二村聖太郎さんに詳しく聞きました。(写真は、ECLSSの空気再生システムについて、実証モデルを用いて説明する二村さん)

宇宙飛行士の活躍の場をつくりたい

Q: JAXAに入社したきっかけを教えてください。

二村: 小学生の頃から宇宙飛行士になりたいという夢を持っていて、いつかはJAXAに就職するという考えは常に頭の中にありました。私が学生時代の2010年代は、日本では新しい宇宙飛行士の募集はなく、いつ日本人宇宙飛行士が増えるのかもわからない状況でした。当時は、宇宙飛行士の活躍の場がないと新たな募集がされないのではないかと考えていて、それであればJAXAに入り、私が宇宙飛行士の活躍の場をつくりたいと思い、JAXAの入社試験を受けました。

Q: 入社してからはどのような仕事をしているのですか。

二村: 有人宇宙技術センターに配属され、環境制御・生命維持システム(Environmental Control and Life Support System: ECLSS)の研究開発チームの一員として働いています。ECLSSは人が宇宙で暮らすために必要不可欠なシステムで、宇宙船や宇宙基地内の温度や湿度の調整機能、二酸化炭素を除去する空気再生機能などを備えています。このシステムがあることで、人は宇宙で活動できるようになるのです。

ただし、ECLSSという名称の1つの装置があるわけではありません。ECLSSは様々な機能を備えたサブシステムを組み合わせて構築される統合的なシステムです。有人宇宙活動においてECLSSに最低限必要な機能は、先ほど紹介した温湿度調整機能と空気再生機能で、これらは「コアECLSS」と呼ばれることもあります。もちろん、JAXAではこれらのコアECLSSの研究開発もしていますが、同時に、酸素製造、二酸化炭素還元などの「再生ECLSS」と呼ばれるサブシステムの研究開発も進めています。この再生ECLSSは宇宙での物質循環(資源の再利用)を可能とし、補給量の低減が求められる地球低軌道以遠の将来探査に必要とされる技術です。私が担当しているのは、この再生ECLSSを含めた空気再生システムですが、他に私の後ろにあるような、水再生システムもあります。この水再生システムは現在、ISS上で実証実験が行われています。

ECLSS開発について語る二村さんと水再生システム(実証モデル)

Q: 二村さんはもともとECLSSの開発をしたかったのですか。

二村: 私は大学院では、地上の水素エネルギー社会の実現に向けた水素と酸素を反応させて電気をつくる燃料電池の研究をしていて、宇宙のことはもちろん、ECLSSのこともあまりよく知りませんでした。入社前には燃料電池を活用する月面与圧ローバーのプレスリリースを知っていたため、自らの専門性を生かして水素をエネルギー媒体とした与圧ローバーやその先の月面基地開発などに関われたらいいなと考えていました。

ECLSSのことは、実際に研究開発チームに配属されてから知りましたが、実は、私の専門分野と重なる部分があります。たとえば、JAXAで研究開発中の酸素製造システムは、水を電気分解して酸素と水素をつくるもので、燃料電池の逆の反応をさせるので、大学院で学んだ燃料電池や電気化学の分野の知識を活かせます。ECLSSは宇宙飛行士や民間の宇宙旅行者が宇宙で生活するためになくてはならないもので、自らの将来の夢にも深く関係しています。その開発に関われることに責任とやりがいを感じています。

速いペースで進んだECLSS開発

Q: 今、どのようなことに力を入れているのでしょうか。

二村: 日本は有人月開発計画の「アルテミス計画」に参加し、月周回有人拠点「Gateway」の国際居住棟(International Habitation module: I-HAB)に設置されるECLSSの開発等を担当します。I-HABは欧州宇宙機関(ESA)が開発担当のモジュールです。

JAXAでは、これまでECLSSの地上実証試験を重ねてきましたが、水再生システムを除くと、軌道上での実証試験を行ったことがありません。そこで、I-HABに設置されるECLSSの開発に向けて、二酸化炭素除去システムの軌道上実証機の開発が始まりました。私が入社して間もなくプロジェクトが立ち上がり、私もその一員となっています。

将来の月面基地(イメージ図)

Q: 軌道上実証機の開発はどのように進んでいったのですか。

二村: 現在、国際宇宙ステーション(ISS)で使用されている二酸化炭素除去システムはアメリカ航空宇宙局(NASA)やロシアが開発したものです。JAXAでも長年、日本国内で開発された二酸化炭素の吸着剤を用いた地上実証試験にて研究開発を進めてきましたが、まだ宇宙での実績というものはありません。無重力環境や閉鎖空間などの宇宙特有の条件での運転実績やノウハウを獲得するため、サイズや重量、電力などの制約を満足するような軌道上実証機の開発を進めています。

ここで得られた知見はI-HAB用二酸化炭素除去システムの開発に活用する必要があるため、かなり早いペースで開発が進められ、2年ほどで詳細設計まで終えました。現在すでにISSで実証実験が始まっている水再生システムに続いて、二酸化炭素除去システムも、これから宇宙に打上げる実機の開発が始まり、2023年度中にISSまで届ける予定です。今は実機を無事に完成させ、軌道上実証ができるように必死で取り組んでいて、わくわくする余裕もありません。

この他にも、私は二酸化炭素から水をつくる二酸化炭素再生システムの研究も担当しています。このシステムもいつか軌道上で実証試験をして、実際の宇宙開発で利用できるようにしていきたいです。

自分の関わったECLSSを宇宙飛行士として使いたい

Q: I-HABに搭載されるECLSSはどのような特徴がありますか。

二村: 例えば二酸化炭素除去システムを例にすると、現在、ISSで稼働しているシステムでは二酸化酸素吸着剤を200℃ほどの高温状態にして、吸着した二酸化炭素を宇宙空間に放出し、吸着剤を再生します。一方で私たちが研究開発を進めてきた吸着剤は、50〜60℃くらいの温度で二酸化炭素を放出し、再生できるため、省電力化が可能といった特徴を有しています。

I-HABに搭載予定のECLSSは二酸化炭素や有害ガスを取り除く空気再生機能とモジュール内の温湿度調整機能しかない必要最小限のものですが、将来的には酸素製造機能や二酸化炭素から水をつくる二酸化炭素還元機能を盛りこんだ再生ECLSSの開発も視野に入れ、地上実証装置を用いた研究開発にも取り組んでいます。

地球からの定期的な物資の補給が困難な将来有人探査に向けて、宇宙での物質循環が可能となる再生ECLSSに対し今のうちから研究開発を進め、いつでもシステム提供できる状態にすることを目指しています。

Q: 将来、実現したい夢を教えてください。

二村: やはり、宇宙飛行士にふさわしい人間になり、宇宙に行くことです。自分の関わったECLSSがI-HABや月面基地などで使用されるようになり、その拠点に宇宙飛行士として自分が実際に行くというのが、今の大きな夢です。

ECLSS開発について語る二村さん

Q: これからJAXAで研究や開発をしたいと考えている学生さん達にメッセージがあれば、お願いします。

二村: 宇宙と直接関係がなくても、自分の専門分野を武器にできる技術者が宇宙開発には必要です。たとえば、ECLSSはいろいろなサブシステムを統合して1つのシステムをつくるのですが、確固たる形が決まっているものではありません。

植物を使って酸素をつくる、微生物で廃棄物分解をするというような新たなアイデアを実現できる専門性を応用することで、これまでにない画期的なシステムができるかも知れません。そのようなアイデアを提案して、共につくる人が参加してくれたら、ECLSSの研究開発は飛躍的に進むと思います。自分が一番興味あることを勉強したり、様々な体験をしたりして、自分の武器となる専門性を磨いていただきたいです。

二村 聖太郎(ふたむら しょうたろう)

有人宇宙技術部門 有人宇宙技術センター 研究開発員

工学府水素エネルギーシステム専攻博士後期課程修了、2020年入社。有人宇宙活動に必須の環境制御・生命維持システム(Environmental Control and Life Support System: ECLSS)開発を担当するグループに所属。ECLSSの中でも主に空気再生システムを担当し、月周回有人拠点「Gateway」や将来探査へのシステム提供に向けた研究開発に従事。将来の目標は、自らが開発したECLSSが搭載された有人月面拠点に赴き、深宇宙への人類の持続的発展に貢献すること。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA