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スペシャリストの声タンパク質結晶生成実験 研究開発員

Specialists
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日本の創薬開発につながる
宇宙実験のプラットフォームを運用

国際宇宙ステーション(ISS)は、たくさんの科学実験がおこなわれている宇宙の実験室です。それらの実験の中でも、日本が世界のトップランナーとなっているのがタンパク質の結晶生成実験です。この実験はどのように進められているのか、研究開発員の一水紗理さんに話を聞きました。

きぼう利用センター・高品質タンパク質結晶生成実験担当
一水 紗理さん

タンパク質結晶生成実験のプラットフォーム化に成功

タンパク質結晶生成実験というのはどういうものですか?

一水: ISSにある日本実験棟「きぼう」でタンパク質の結晶をつくる実験プロジェクトです。タンパク質は、私たちの体をつくる基本の物質の1つで、私たちの体は様々なタンパク質でできています。血液中で酸素を運ぶ役割を持つヘモグロビン、肌や髪の毛、爪の成分であるケラチン、美容などの話題でも登場するコラーゲンなどもタンパク質です。

たくさんのタンパク質が、それぞれ決まった働きを正常にすることで、私たちの体は正常に動くことができるのです。タンパク質の働きは、形と大きく関係しています。ただ、タンパク質の分子はとても小さなものなので、1つ1つの分子の形を直接見ることができません。そこで、たくさんの分子を集合させた結晶をつくるのです。できた結晶にX線を照射するX線構造解析をおこなうことで、タンパク質の形を知ることができます。

タンパク質の結晶をつくるのは難しいのですか。地上でもやっていますよね。

一水: もちろん、地上でもタンパク質の結晶はつくられています。まず、不純物の少ないタンパク質の溶液をつくり、それからタンパク質が集まった固体(結晶)をつくっていきます。このとき、大切なのは、不純物が入りこまず、タンパク質の分子をすべて同じ方向に整列させることです。

でも、地上には重力があるので、タンパク質の分子が集まり、結晶をつくるときに、対流という水の流れができてしまいます。その水の流れができることで、結晶の中に不純物が入りやすくなったり、一部の分子が違う向きになったりして、きれいな結晶をつくるのが難しいのです。そのような状態で構造解析をしても、ピンぼけ写真のようにぼやけた感じでしかタンパク質の形がわかりません。

一方、ISSは重力がほとんどない環境なので、すべての分子が同じ方向を向いて、しかも不純物のない、きれいな結晶をつくることができるのです。宇宙で生成したきれいな結晶からは、構造解析によってタンパク質の形をはっきりと知ることができます。宇宙にある「きぼう」は、タンパク質の結晶をつくるのにとても適した実験室なのです。この実験を通して、筋ジストロフィー、歯周病、アルツハイマー等に関係するタンパク質のきれいな結晶をつくることに成功し、治療薬の開発が進められています。

バイコヌール宇宙基地にて、ハードウェア組立作業の様子

「きぼう」を利用したタンパク質結晶化実験はどのように進められるのですか。

一水: タンパク質結晶化実験は、常に公募していて、1年に2回の頻度で応募されたテーマの中から「きぼう」で実施するものを選定します。

テーマが決まると、テーマを提案した大学や企業の人たちと地上で結晶ができる条件を探ります。タンパク質の結晶は、純度を高めたタンパク質溶液に結晶化溶液を混ぜることでつくられます。結晶化溶液は、タンパク質が結晶になるのに必要な環境を整えるもので、それぞれのタンパク質に合わせて、溶液の種類、濃度、pHなどを調整するのです。きれいな形でなくても、地上で結晶ができれば、「きぼう」で結晶生成実験を実施します。

2019年度は、「きぼう」でのタンパク質結晶生成実験を年間で5回実施しました。他の実験に比べると、驚異的な頻度で宇宙実験を実施しており、世界の国々の中で日本だけがスペースシャトル時代から一貫してタンパク質の結晶化実験を継続してきたことで、この分野での世界のトップランナーとして成功し、プラットフォームとして機能しています。

タンパク質溶液や結晶化溶液を詰める実験容器について語る、一水さん

薬学を学び宇宙開発の仕事へ

一水さんは、どのような仕事をしているのでしょうか。

一水: 私は実際に宇宙に持っていくものが決まってから後のことを主に担当しています。具体的には、試料となるタンパク質溶液や結晶化溶液を詰める宇宙実験用の容器を製作したり、宇宙に持っていくための安全審査の手続きをしたり、アメリカやロシアの宇宙機関と宇宙実験の計画や運用について調整したりしています。実験試料をロケットに載せてもらうために、アメリカやカザフスタンのロケット発射場まで行き、打上げの2~3日前に発射場に併設された実験室で実験試料を宇宙実験用の容器に充填してロケットの担当者に引渡したり、宇宙から帰ってきた結晶の入った容器を日本まで持って帰ってきたりと、様々な仕事をしています。自分の関わったものが宇宙に行って、地球に戻ってくるというのは、何回やっても感動します。そういう仕事ができることは非常にありがたいですね。

幅広いお仕事ですね。一水さんはどのような経緯でこの仕事をするようになったのですか。

一水: 私は小さい頃に、雑誌の懸賞で「宇宙でも書けるボールペン」が当たったことがきっかけで、宇宙開発に興味を持ちました。高校生の頃は航空宇宙工学関係の学部に進学したいと考えていたのですが、受験に失敗して薬学部に進路を変更し、博士課程まで進みました。宇宙開発に関わることは、一度は諦めたのですが、就職活動が自分の人生を選択できる最期のチャンスではないかと思い、思い切ってJAXAに応募したのです。そして、運良く採用され、このプロジェクトに配属されました。

ケネディ宇宙センターにて、ハードウェア組立完了後の記念撮影
バイコヌール宇宙基地のラボにて、ハードウェア引渡し後の恒例の記念撮影

薬学を学んでJAXA職員になるのは珍しいのではないですか。今の仕事は専門分野とは少しずれていると思いますが、そのことに不安などはなかったのでしょうか。

一水: JAXA職員の中で薬学博士を持っているのは私だけのようです。JAXAを志望したときは、薬学が専門だったこともあり、宇宙医学ならぬ「宇宙薬学」を切り開きたいと思っていました。でも、採用後にいろいろな人たちと話をする中で、「まずはJAXAの中でどういうことができるのか、宇宙で実験するにはどういうプロセスが必要なのかといったことを一通り知る必要があるのではないか」と考えるようになりました。プロジェクトの仕事を通して、様々なことを経験し、たくさんの人と知り合いました。これは私の貴重な財産になっています。

仕事をやっていてたいへんだったことはありますか。また、将来の夢を教えてください。

一水: この仕事は変更が多く、急に発生した問題を解決することが求められます。例えば、国際的な話し合いによってロケットに載せることが決められていた結晶化実験の試料が急に「載せられない」といわれることもあります。この実験のために一生懸命準備してきたことを考えると「そうですか」とは言えません。

このときは、輸送用の保冷剤をISSの中で凍結させる場所がなかったことが原因だったので、JAXAの装置で保冷剤の凍結を完結できるようにJAXA内の運用担当者や装置担当者と調整を重ねて解決策を検討し、無事に打ち上げることができました。限られた時間の中で問題を解決しなければいけませんが、周りの人たちの助けも借りて乗り切っています。

また、新しい宇宙実験の結晶化容器や輸送容器の開発にも関わっていて、一からモノを作る経験もさせてもらっています。これらの経験を活かして、将来、専門の薬学を基礎にした新しい分野を開拓していけたら嬉しいです。

一水 紗理(いちみず さおり)

有人宇宙技術部門 きぼう利用センター 研究開発員 高品質タンパク質結晶生成実験担当

薬学教育部医療薬学専攻博士課程修了、2017年入社。入社当初より高品質タンパク質結晶生成実験に従事し、ロシアや米国との国際調整、ハードウェアの準備・技術開発、宇宙実験に向けた安全審査対応、実験運用対応等を担当。目標は、「宇宙×薬学」の可能性を広げていくこと。

※特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA