宇宙居住環境における固体材料の可燃性評価

更新 2022年5月12日

FLARE-2Evaluation of Flammability of Solid Materials in Space Habitation

準備中
研究目的 多様な種類・形状の固体材料の燃焼性が、地球と異なる酸素濃度、圧力、重力レベルにおいてどのように変化するかを明らかにし、軌道上、月面、火星などで有人活動を行う際の火災安全性向上のための知見を得ることを目的としています。
宇宙利用/実験内容 「きぼう」の多目的実験ラック(MSPR)に搭載される固体燃焼実験装置(SCEM)を利用し、複合材や表面に凹凸のある形状を有する材料、電線など多様な固体材料の燃焼実験を行います。実験では、風洞内の流速、圧力、酸素濃度を変化させることで、宇宙居住環境を模擬したさまざまな環境などを作成し、その中で固体材料に着火させます。試料上を燃え拡がる火炎の詳細な観察を行うとともに、燃え拡がりが起こらなくなる限界条件を探索します。
期待される利用/研究成果 軌道上で長時間の燃焼実験を行うことで、宇宙居住環境を模擬した環境におけるさまざまな固体材料の高精度な燃焼特性データを得ることができます。また、本実験の前身「火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価(FLARE)」で得られた薄い平板固体材料や電線の燃焼モデルを、厚みのある材料、立体形状を持つ材料、複合材などの多様な固体材料に拡張することができ、より実用的な固体材料に対して火災安全性を議論することが可能になります。これらの知見は、今後ますます活発となることが予想される、軌道上、月面、火星など、さまざまな宇宙居住環境での安全・安心の向上に貢献します。
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研究の背景

国際宇宙ステーション(ISS)での民間人の宇宙旅行者の滞在や民間企業による地球低軌道周回観光サービスなどにみられるように、近年、宇宙での有人活動が研究目的だけでなく商業的な目的でも行われるようになってきました。このような、地球外での有人活動は、地球周回軌道だけでなく、アルテミス計画に代表されるように、月面や火星へ今後さらに展開されることが予想されます。そうなると、厳しい訓練を積んでいないごく一般の人にとっても安全・安心な環境を確保することがますます重要になってきます。有人宇宙活動においては、宇宙という過酷な環境の中に、人間が生存できる環境を作り上げ、その閉鎖的な空間の中で長期間生活をすることとなります。その中で、火災安全性の確保は最も重要な課題の1つです。

FLAREでは、微小重力環境において平板固体材料や電線上を火炎がどのような燃え拡がり方をするかを調べ、科学的な根拠に基づいた燃焼モデルおよび火災安全基準を構築することを目的としていました。このFLARE-2においては、FLAREでの研究テーマをさらに発展させ、これまで調べてきた単一素材固体試料に対して形状(厚みや立体形状)の影響を明らかにするとともに、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)や電子回路基板(基板材料上に銅箔が貼られている)、電線(絶縁被覆材の内部に導体としての芯線が存在する)のような複合材料の燃焼性を、軌道上、月面、火星といった重力レベルや周囲環境が地球と異なる環境でどのように変化するかを調べます。得られた知見をもとに、固体材料の燃焼モデルを発展させ、宇宙居住環境における火災安全性の向上を目指します。

重力レベルが異なる条件における多様な材料の燃焼性

私たちの身の回りには多くの可燃物があり、その危険性を評価するためにさまざまな火災安全基準があります。このような火災安全基準のもとで多くの固体材料が試験されていますが、これらは1気圧、酸素濃度21%、重力加速度9.8m/s2という地球環境で定められたものです。たとえば、現在、アルテミス計画における月面基地での有人活動環境は、圧力0.56気圧(地球の約半分)、酸素濃度34%、重力加速度1.6m/s2(地球の6分の1)という条件が想定されています。このような環境で地上と比べて固体材料の燃焼性がどの程度変化するのかをあらかじめ予想できれば、火災安全性を大きく向上させることができます。また、同じ材料でも、厚みや立体形状が変わると燃焼性も変化することが分かっています(図1)。このような特性は、月面環境ではどのようになるのでしょうか?さらに、材料には単一の素材でできているもののほかに、金属箔が貼ってある電子部品基板や炭素繊維に樹脂を含侵させた炭素繊維強化プラスチック(図2)のような複合材もあります。電線も金属でできた芯線部分と被覆部分から構成される複合材と考えることができます。FLARE-2ではこのような多様な材料に対して新しい燃焼モデルを提案する際に、どのような因子を考えれば適切にそれぞれの影響を評価できるのか、「きぼう」内で行われる軌道上実験の結果を通して考察します。

図1 蛇腹形状の紙の燃焼挙動(提供:弘前大学鳥飼宏之氏)

元の厚みは同じでも、平板形状は燃え尽きてしまうのに、蛇腹形状にすると途中で消炎しています。

図2 繊維配合方向の異なるCFRPをレーザー加熱した時の温度分布(提供:岐阜大学小林芳成氏)

伝熱方向に大きな違いがみられます。

図3は、対向流(火炎が燃広がっていく方向より来る流れ)中に置かれた薄い平板固体材料の典型的な可燃性マップを示したものです。このように固体材料は対向流速が速くなっても遅くなっても燃えにくく(燃焼を維持するには高い酸素濃度が必要)なります。図3にみられるU字状の可燃限界線は、火炎から未燃材料への伝熱、材料予熱部分から周囲への熱損失、そして材料が分解することで発生した可燃性ガスの反応速度の大きさが影響しあって決定されます(図4)。FLARE-2では、これらの要因に対して、材料の形状や異方性および周囲環境がどのように影響を及ぼすかを定量化することで、多様な材料および多様な環境下における可燃限界線を予測することを目的としています。重力下で固体が燃える時は、周囲に浮力による自然対流が発生します。この自然対流の大きさは重力加速度により異なり、月面や火星では地上より自然対流速度が遅くなります(図3)。軌道上実験では、たとえば月面基地内の圧力、酸素濃度の条件下で、重力レベルに相当する自然対流速度を風洞で与えて燃焼実験を行うことにより、宇宙居住環境での固体材料の可燃性を調べます。「きぼう」内は微小重力環境であるため、任意の大きさの対向流速度を与えることが可能であり、さまざまな重力レベルにおける自然対流速度を模擬することができるのです。得られた実験結果は、数値シミュレーションや地上実験の結果と比較して検証されます。

図3 対向流条件下での固体材料の可燃領域マップ(提供:岐阜大学高橋周平氏)
図4 対向流条件における火炎周りの熱移動 (提供:岐阜大学高橋周平氏)

固体燃焼実験装置(SCEM)

実験は「きぼう」のMSPRに搭載されるSCEMを利用します。SCEMはFLAREで開発された実験装置で、さまざまな雰囲気圧力、酸素濃度、周囲流速の条件で固体材料の燃焼実験を行うことができます。FLARE-2では、実験試料を保持するサンプルカードを改良して(図5)、同じ打上げ重量で多くの実験を効率的に行うことができるようにしました。

図5 FLARE-2におけるサンプルカード

FLARE-2では、厚みの異なるプラスチック、蛇腹折りされた紙、ロッド状試料といった形状に変化のある素材に加え、高い熱伝導率を持つ炭素繊維と低い熱伝導率の樹脂との複合材である炭素繊維強化プラスチック、電気回路基板を模した銅箔付き平板材料、芯線を有する電線被覆といった大きな異方性を有する複合材料の燃焼実験が行われます。本テーマで得られるこれらの燃焼挙動をFLAREの実験結果と比較することで、試料形状や異方性の影響、雰囲気圧力や周囲流速などの周囲環境条件の影響を調査します。

期待される成果

アルテミス計画に代表される有人月面活動や地球周回軌道を回る商用宇宙旅行における火災安全基準策定のための、科学的根拠を持った可燃性試験法や評価法の開発につながります。また、地上と比較して危険性が高くなる材料、または、より安全性が増す材料などの特徴を明らかにすることで、宇宙旅行あるいは宇宙居住環境において使用する材料のスクリーニングを効率的かつ安価に行うことができるようになります。さらに、多様な条件下での多様な固体材料に対して利用できる燃焼モデルを提案することで、航空機内や狭小空間といった地上における特殊環境における火災安全性を評価することができます。

このような知見は、長時間の微小重力環境下の燃焼実験を通して初めて得られるものであり、今後の有人宇宙活動の幅を広げるとともに、一般の人にとっても宇宙が身近となる時代に、安心・安全をさらに向上させることが期待されます。

特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA

高橋 周平 TAKAHASHI Shuhei

岐阜大学工学部機械工学科 教授

1999年東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻博士(工学)取得、岐阜大学助手、講師、助教授を経て、2012年岐阜大学教授、現在に至る。
研究室HP

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
有人宇宙技術部門 宇宙環境利用推進センター
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