モデル生物を用いた宇宙フライトが及ぼす加齢への影響

更新 2023年12月22日

Neural Integration SystemEffect of space environment on aging of the model animal C. elegans

実施中
宇宙利用/実験期間 2022年 ~
研究目的 モデル生物線虫を用いて、宇宙の微小重力環境すなわち力学的な刺激が著しく低下することが加齢に対してどのように影響するのかの遺伝的要因ならびに、ミトコンドリア活性をはじめとする細胞内オルガネラ影響、神経ネットワークの変性と、3つの課題から調べることを通して、力学的刺激が加齢に及ぼす複合的影響の分子基盤を解明し、超高齢化社会での健康維持に役立てます。
宇宙利用/実験内容 地上で準備した線虫の幼虫を「きぼう」の微小重力環境で成虫にまで育て、一部は加齢するまで継続して培養します。実験に用いる線虫は、感覚神経、運動神経、介在神経などを蛍光タンパク質で標識しておき、微小重力環境で培養を完了したのち、化学固定を行って地上にサンプルを帰還させ、これらの観察を行います。また、神経伝達物質の定量や、遺伝子ならびにタンパク質の網羅的な発現解析も行い、分子・生化学的な宇宙ならびに加齢、その複合影響に関する解析も行います。宇宙微小重力ならびに加齢に伴う神経や筋変性に対して、タンパク質分解酵素の阻害による抑制効果や、微小重力環境での線虫の運動状態についても動画を撮影し、定量、数値化することで、線虫の運動能力についても評価します。
期待される利用/研究成果 宇宙の微小重力環境は、寝たきりをはじめ高齢者が抱える骨や筋の萎縮、代謝不全など、様々な問題と類似しているため、その環境を利用することで、加齢に伴う種々の疾患、廃用性萎縮、神経・筋変性疾患、ミトコンドリアの不全などの発症メカニズムの原因などの分子基盤を解明することに繋がると考えられます。本研究の結果は、疾患の克服方法、加齢への対処、健康寿命の増進に不可欠な科学的エビデンスを提供し、次期応用研究を展開する上での礎となり、将来の産業や社会に貢献できるものと考えています。
関連トピックス
詳細

研究代表者

  • 東谷 篤志(東北大学)

研究分担者

  • 東端 晃(宇宙航空研究開発機構)
  • Jin Lee(Yonsei University)
  • Yang Sik Jeong(Yonsei University)
  • Jeong-Hoon Cho(Chosun University
  • Nathaniel J. Szewczyk(University of Nottingham)
  • Timothy Etheridge(University of Exeter)

要旨

現在、国際宇宙ステーションでは1年間にわたる長期滞在が可能となり、今後は有人探査など、より長期の宇宙空間での活動が想定されています。一方で、宇宙の極限環境では、宇宙放射線による被曝や微小重力による骨や筋の萎縮などの大きなリスクがあります。これらの障害は、地球上で人類が抱えている、超高齢化社会での加齢に伴う諸障害と類似しており、宇宙実験を通してこれらの要因を詳細に解析することは、宇宙での長期滞在のみならず地上での健康寿命の延伸にも繋がります。本研究では、モデル生物である線虫(Caenorhabditis elegans)を用いて、宇宙の微小重力すなわち力学的な刺激が著しく低下することが、加齢に対してどのように影響するのか、以下の実験概要に示す3つのサブ課題からなる項目について調べることを通して、力学的刺激が加齢に及ぼす複合的影響の分子基盤を解明し、超高齢化社会での健康維持に資することを目指します。

宇宙の微小重力環境での、長期間にわたる力学的刺激がない状態(unloading)は、骨や筋の廃用性萎縮を促します。さらに、私たちがこれまでに実施した線虫の宇宙実験やその他の宇宙実験から、宇宙長期滞在がドーパミン神経に負の影響を及ぼす可能性を示唆する結果が得られました。ドーパミンは意欲、感情、学習のみならず運動調節を担う神経伝達物質であり、その減少はパーキンソン病の原因にもなります。さらに、加齢はパーキンソン病の重要な危険因子でもあり、加齢に伴うロコモティブシンドローム(体を動かす能力が衰えること、またはその状態)と重なって、症状のさらなる悪化を呈することが知られています。

そこで本研究では、宇宙微小重力環境ならびに加齢に伴う運動障害に、ドーパミンの減少が及ぼす相乗効果について、また、宇宙微小重力環境でドーパミンの減少が生じるメカニズムについて、線虫C. elegansを用いた遺伝生理学的な研究を中心に解明を目指します。また、ドーパミン神経をはじめとする神経ネットワークの可視化を通して、宇宙長期滞在と加齢に伴う神経変性についても研究します。

実験の概要

本研究は、以下の3つのサブ課題から構成されます。

「きぼう」内で顕微鏡を用いて線虫の動画を撮影し、重力と接触刺激、動き、成長の関係を捉えます。

「きぼう」内で特殊な餌を線虫に捕食させ、自然免疫と成長に関わる共通因子を中心に、微小重力の関連性を確認します。

若齢成虫と老齢成虫を回収し、感覚神経(ドーパミン神経)をはじめとする神経ネットワーク等への重力影響を確認します。

「きぼう」内で生育させる線虫は、地上での作業で、通気性のある培養バッグに餌と共に入れ、さらにバッグを専用のホルダに入れます。ホルダは6式あり、2式は室温、4式は12℃に保温して「きぼう」に打ち上げます。

培養バッグを入れるホルダ
ポート付き培養バッグ

(液体の出し入れ可)

注射筒

(ポート付き培養バッグに取り付けて液の出し入れをします)

観察用バッグ

(ポート無し)

ホルダ1:サブ課題①②用

室温で「きぼう」まで輸送し、「きぼう」到着後(研究チームから打上げカーゴチームへ実験試料引き渡しから6日目を想定)、顕微鏡(COSMIC)で観察します。観察後は、-95℃の冷凍庫(MELFI)で保管し、凍結状態で帰還させます。

ホルダ2:サブ課題②用

室温で「きぼう」まで輸送し、「きぼう」到着後(研究チームから打上げカーゴチームへ実験試料引き渡しから6日目を想定)、線虫の入った培養バッグから培養液の一部を注射筒で抜き取り、化学固定用バッグに移し替えます。化学固定用バッグは、内部の液をよく混ぜ合わせた後、2℃の冷蔵庫(MELFI)で保管します。残りの培養液が入った培養バッグは、-95℃の冷凍庫(MELFI)で保管し、凍結状態で帰還させます。

このホルダには観察用バッグ試料(ポート無し)も含まれており、顕微鏡(COSMIC)での観察終了後、-95℃の冷凍庫(MELFI)で保管し、凍結状態で帰還させます。

ホルダ3~6:サブ課題③用

12℃で「きぼう」まで輸送し、「きぼう」到着後(研究チームから打上げカーゴチームへ実験試料引き渡しから7日目を想定)、細胞培養装置(CBEF)の微小重力(µG)区、人工1G区それぞれにホルダを取り付け、20℃で培養を開始します。(実験1日目)

実験4日目に、µG区、1G区からそれぞれバッグを取り出し、培養バッグから培養液の一部を注射筒で抜き取り、化学固定用バッグに移し替えます。化学固定用バッグは、内部の液をよく混ぜ合わせた後、2℃の冷蔵庫(MELFI)で保管します。残りの培養液が入った培養バッグは、餌と薬剤の入った溶液を注射筒で注入・攪拌し、CBEFで再び培養します。

実験10~14日目にµG区、1G区からそれぞれバッグを取り出し、培養バッグから培養液の一部を注射筒で抜き取り、化学固定用バッグに移し替えます。化学固定用バッグは、内部の液をよく混ぜ合わせた後、2℃の冷蔵庫(MELFI)で保管します。残りの培養液が入った培養バッグは、-95℃の冷凍庫(MELFI)で保管し、凍結状態で帰還させます。

実験装置

期待される成果

これまでの宇宙実験から、微小重力環境が生物に与える影響は、超高齢化社会となった現代社会が抱える「寝たきり」をはじめ、高齢者が抱える「骨や筋の萎縮、代謝不全」など、様々な問題と類似した状態を示しています。さらにこれらの変化は、実際に加齢にかかる時間よりも、時間を短縮したかたちで見ることができます。従って、宇宙の微小重力環境を利用することで、この宇宙でしか確かめることができない力学的刺激が極めて少ない状況での生体への影響、加齢に伴う種々の疾患、廃用性萎縮、神経・筋変性疾患、ミトコンドリアの不全などの発症メカニズムの原因、分子基盤の解明が期待され、次なるそれら疾患の克服方法、加齢への対処、健康寿命の増進に不可欠な科学的な証拠が得られると考えます。このような基礎研究が、その次の応用研究を展開する上での礎となり、将来の産業や社会に貢献できるものと期待しています。

参考資料

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  3. [3] Furukawa S, Chatani M, Higashitani A, Higashibata A, Kawano F, Nikawa T, Numaga-Tomita T, Ogura T, Sato F, Sehara-Fujisawa A, Shinohara M, Shimazu T, Takahashi S, Watanabe-Takano H, "Findings from recent studies by the Japan Aerospace Exploration Agency examining musculoskeletal atrophy in space and on Earth", NPJ Microgravity. 2021 May 26;7(1):18. doi: 10.1038/s41526-021-00145-9.
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  8. [8] Etheridge T, Nemoto K, Hashizume T, Mori C, Sugimoto T, Suzuki H, Fukui K, Yamazaki T, Higashibata A, Szewczyk NJ, Higashitani A, "The effectiveness of RNAi in Caenorhabditis elegans is maintained during spaceflight", PLoS One. 2011;6(6):e20459. doi: 10.1371/journal.pone.0020459. Epub 2011 Jun 1.
  9. [9] Higashitani A, Hashizume T, Sugimoto T, Mori C, Nemoto K, Etheridge T, Higashitani N, Takanami T, Suzuki H, Fukui K, Yamazaki T, Ishioka N, Szewczyk N, Higashibata A, "C. elegans RNAi space experiment (CERISE) in Japanese Experiment Module KIBO", Biol Sci Space. 2009 Oct 1;23(4):183-187. doi: 10.2187/bss.23.183.
特に断りのない限り、画像クレジットは©JAXA
研究論文(Publication)

東谷 篤志 HIGASHITANI Atsushi

東北大学 大学院生命科学研究科 教授

京都工芸繊維大学修了、1990年名古屋大学 博士課程修了(理学博士)。国立遺伝学研究所 細胞遺伝研究系 助手を経て、1997年東北大学 遺伝生態研究センター 助教授、2001年東北大学大学院生命科学研究科教授、現在に至る。

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
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