宇宙で結晶はなぜ速く育つのか?― 「きぼう」での実験が明らかにしたSiGe結晶成長の新機構

公開 2026年5月29日

国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟に搭載された温度勾配炉(GHF)※1 を用いて実施したHicari-II実験※2 の成果について、初の学術論文が、Elsevier社の学術誌 Materialiaに掲載されました。本論文はオープンアクセスとして公開されています(論文情報)。

シリコン(Si)とゲルマニウム(Ge)の混合物であるSiGe半導体結晶を宇宙で育成すると、地上では観察されなかった高速成長現象が、結晶成長開始後から5時間程度までの時間帯に現れました(図1)。Hicari-II実験では、熱対流が抑制される微小重力環境において顕在化した過渡的な組成的過冷却※3 によって、この現象が発生したことを明らかにしました。

本成果は、宇宙環境での結晶育成において、組成的過冷却の発生要因と、それに伴う成長速度の増加を定量的に示したものです。これにより、結晶の品質低下につながる多結晶化等が抑制される成長速度が推定され、宇宙での半導体結晶成長研究の発展を促すことが期待されます。また、品質維持と成長速度の増加を両立するといった、地上でのより効率的な半導体結晶製造法の確立にもつながります。

なぜ宇宙では成長速度が速くなるのか?

もし溶液が平衡状態(濃度や温度が安定した状態)にあれば、Hicari-II実験での成長方式では、結晶の成長速度は溶液中の原子拡散速度と温度勾配で決まります。これに加えて、溶質が過剰に存在する非平衡状態になると、溶質原子が結晶成長界面により多く到達するために結晶成長速度は増加します。インジウムガリウムアンチモン(InGaSb)などの半導体材料を用いた先行研究でも、結晶の成長速度は宇宙実験の方が地上に比べて大きくなることが報告されており、これらの理由として原子拡散係数の増加(文献 [1])や温度勾配が宇宙で増加した可能性が指摘されていました。

今回の宇宙実験結果(図1)では、結晶成長開始から数十時間が経過した後の成長速度(0.12mm/h)は地上実験とほぼ一致していました。またこのことから、宇宙環境でも長時間経過すると地上と同じ溶液状態が形成されたと考えられます。

図1 成長開始を0時間としたHicari-II Run#2のSiGe結晶成長速度の成長時間依存性。
点線は地上で同実験条件下での界面安定成長速度。宇宙では0.15mm/h(△印)でも界面は不安定化せず、地上に比べて約20%の高速化が観察された。

Hicari-II実験後に地上に回収した結晶の断面について、結晶成長界面の位置と組成(宇宙での結晶育成中に人工的な温度パルスを印加して、界面位置をマーキングしています)を10µm以下の微細な間隔で観察した結果、温度勾配は成長初期から終期までほぼ一定でしたが、成長初期では成長速度が速くなっていました。成長速度を増加させる溶質過剰は、溶質内の原子拡散を増加させるソーレ効果※4による寄与も考えられますが、物質・材料研究機構所属の論文共著者らによるフェーズフィールドモデル計算の結果から、今回のSiGe結晶成長実験条件ではソーレ効果 は非常に小さく、溶液組成の偏在には寄与しないことが明らかになりました。このため、成長開始から数時間の成長初期においては、種結晶付近の溶液が溶質過剰の非平衡状態(組成的過冷却状態)にあったと推定されました。微小重力環境では、熱対流による溶液の撹拌がなく、過渡的に溶質濃化(組成的過冷却)が発生したことが、成長初期における高速成長を引き起こした要因であると考えられます。

半導体結晶の育成における宇宙環境の活用

今回の結果から、宇宙で結晶を育成する際には、無撹拌によって生じる過度な溶質偏在に留意する必要があることが示されました。この状態は溶質内の核発生を促さなくとも、結晶成長速度を増加させ界面不安定化を引き起こす可能性があります。しかし同時に、宇宙環境は溶質過剰な状態を制御された形で作り出し、結晶成長速度を増加させる手段として活用できる可能性を持っています(図2)。

本研究は、微小重力環境が可能とする結晶成長現象の高度な理解を通じ、次世代半導体材料の効率的な設計・製造の指針に重要な視点を与える成果です。

図2 地上実験と宇宙実験におけるSiGe結晶成長実験の模式図(融液と結晶含む)。ISS実験でのSiGe結晶中には、山型(ファセット)の不均一な結晶成長パターンが観察された。安定成長では界面は滑らかになる。

論文情報

雑誌名
Materialia, volume 46, May 2026, 102709
論文名
著者名
ARAI Yasutomo, KINOSHITA Kyoichi, TAISHI Toshinori, MATSUOKA Yusuke, ABE Taichi, TSUKADA Takao, KUBO Masaki
DOI
10.1016/j.mtla.2026.102709
※特に断りのない限り、画像クレジットは JAXA


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