小動物飼育ミッション成果:宇宙ストレスによる炎症・微小血栓形成をNrf2が抑制!

公開 2023年9月 1日

ストレス応答性転写因子Nrf2の新たな役割を発見

東北大学の清水律子教授(東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo))、山本雅之教授(ToMMo・機構長)、筑波大学の高橋智教授、および宇宙航空研究開発機構(JAXA)の芝大技術領域主幹らの研究グループは、2018年に「きぼう」日本実験棟で実施した第3回小動物飼育ミッション(MHU-3)※1で帰還したマウスの血液学的解析を実施し、骨髄組織における遺伝子発現データをあらたに取得しました。肝臓や脾臓の遺伝子発現データと比較解析することで、宇宙滞在の炎症や血栓形成への影響を評価しました。

成果のポイント

  • 国際宇宙ステーション(ISS)に約1ヶ月間滞在したマウスの全身組織の比較解析を行ったところ、組織炎症マーカー遺伝子の発現が上昇していました。一方で、造血組織における免疫系遺伝子の発現は低下していました。
  • また、肝臓では凝固線溶系遺伝子の発現が顕著に増加し、凝固因子や線溶因子の消費が加速されていることを示唆しました。
  • 環境ストレス防御に働くNrf2の遺伝子ノックアウトマウスではこれらの変化がさらに助長されており、宇宙環境で起こる炎症、免疫低下、血栓性微小血管障害症に対し、転写因子Nrf2が抑制的に働くことが明らかになりました。

本研究成果は、2023年8月25日に学術誌Communications Biologyのオンライン版で公開されました。(論文情報)

研究内容・今後の展望

宇宙環境における生体応答とその制御メカニズムの解明は、長期の宇宙滞在における健康維持にとって重要です。本研究の成果により、宇宙滞在が肝臓からの凝固線溶系遺伝子発現を亢進させるとともに、血小板寿命短縮の指標となる血小板サイズも増加させていることを発見しました。これは、宇宙滞在により凝固・線溶系が活発となり、血小板の消費が亢進していることを示しています。さらに、宇宙滞在は造血組織において、赤血球系造血にかかわる遺伝子のみならず、免疫系遺伝子の発現を顕著に低下させる一方、末梢組織での炎症マーカーとなる遺伝子の発現を顕著に増加させることが明らかになりました。炎症や免疫応答による刺激が血液凝固反応を誘導することはよく知られていますが、本研究の成果から、宇宙環境ストレスが炎症や免疫応答を変化させ、その結果として、微小血栓が形成されやすい状態を惹起していることが示唆されました。

また、本研究から、血小板サイズの増加、肝臓の凝固線溶系遺伝子発現の亢進、造血組織での免疫系遺伝子の発現低下や様々な組織での炎症マーカー遺伝子の増加など、宇宙滞在で惹起される一連の変化は、Nrf2 遺伝子欠失マウスでさらに助長されることが明らかになりました。すなわち、Nrf2が宇宙環境により惹起されるこれら変化を抑制する働きがあるということが実証されました。現在、世界中でNrf2の活性化を標的とした薬剤の開発が進んでおり、その一部はすでに実用化されています。このため、これらの知見は、宇宙滞在における健康管理の向上への直接的な貢献のひとつとして期待されます。

ToMMoとJAXAは、ウェブ上の宇宙生命科学統合バイオバンクibSLS (Integrated Biobank for Space Life Science)で、ISSの「きぼう」で得られたマウスの解析データを公開しています。今回の成果発表にあわせて、得られた骨髄の遺伝子解析結果も追加し近日公開予定です。これらのデータを活用することにより、宇宙ミッションを実施していない多くの研究者でも、本研究でも実施したように、宇宙環境で引き起こる生体反応を様々な組織で横断的に解析することが可能となります。今後も、これまでのフライトミッションデータの追加を予定しています。

学術論文

雑誌名
Communications Biology
論文名
著者名
清水律子、平野育生、長谷川敦史、鈴木未来子、大槻晃史、田口恵子、勝岡史城、宇留野晃、鈴木教郎、湯本茜、岡田理沙、白川正輝、芝大、高橋智、鈴木隆史、山本雅之
DOI
10.1038/s42003-023-05251-w

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