L3-FLAMELow-speed low-Lewis-number counterflow flame experiment for unified combustion limit theory
研究目的 | 低ルイス数混合気における高精度の燃焼限界特性と、限界近傍の燃焼現象に関する知見を得ます。また、極低速の対向流火炎法によって、燃焼限界近傍の伝播火炎と、球状定常火炎である Flame ball との相互の関係を示す現象を観察し、基礎データを取得します。実験結果を詳細に分析することによって、通常の伝播火炎の燃焼限界と、球状定常火炎である Flame ball の燃焼限界を統一的に扱う世界初の燃焼限界理論を構築します。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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宇宙利用/実験内容 | 微小重力環境下で対向流火炎を形成し、火炎の様子を撮影しながら燃料濃度や流速などの燃焼条件を消炎する方向に緩やかに変化させます。この過程で、平面火炎のままの消炎や Flame ball への遷移など、注目する現象が観察される条件やその現象に関する分析を行います。また、パラメータを変化させる範囲を変える、希釈ガスの種類を変更するなどの操作を行いながら実験を繰り返し、平面火炎と Flame ball の相互関係を解析するための基礎実験データを取得します。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
期待される利用/研究成果 | 基礎燃焼の分野において、これまで異なる現象として別々に取り扱われてきた平面火炎と Flame ball について、それらの燃焼限界の統一的理論を構築できる可能性のある世界初のアプローチにより、実験が成功すれば当該分野において世界をリードする先端的な科学的知見を獲得できます。本実験で得られるデータは、乱流火炎モデルの構築・検証に利用可能な基準実験データとなります。また、酸素燃焼における燃焼器の予測的設計に用いられるシミュレーションの検証に利用可能な基準データとなります。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
関連トピックス |
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詳細
研究代表者
研究分担者
要旨地球温暖化など地球規模の環境問題への意識が高まる中、エネルギー利用を見直す動きが広まりつつあります。その中で、燃焼はもっとも影響の大きなCO2排出源であり、対応が迫られています。例えば発電セクタではエネルギー源の一部は再生可能エネルギーといったクリーンなエネルギーへの置き換えが検討される一方、火力発電は高いエネルギー密度と負荷変動追従性を両立するという代替困難な特徴を有することから、更なる熱効率の向上が求められます。燃料希薄燃焼は、そうした動きのなか、多様な燃焼機器に適用でき、課題解決に大きく貢献しうる燃焼技術として注目されています。 (燃料)希薄燃焼とは、通常燃料と酸化剤(一般的には空気)が過不足なく反応する条件よりも、燃料の割合を削減した条件で燃焼させる燃焼技術です。希薄条件では、燃料と酸化剤の混合ガス(予混合気)に占める空気の割合が多いため、混合気の比熱比(*1)が増加し、ガソリンエンジンに代表される内燃機関の熱効率が向上することが理論的に示されています。加えて、希薄条件では燃焼時の温度が低くなり、内燃機関の熱損失が小さくなることで実質的な熱効率が向上します。さらに、使用する燃料の量が少なくなることで排出される二酸化炭素の量も削減することができます。 *1 比熱比:気体の熱物性を示す物理量で、定圧比熱と定積比熱の比。空気はおよそ1.4、燃料は1.3以下で、比熱比が向上するほど熱効率が増大することが熱力学で示されています。
このように、さまざまな利点が期待される希薄燃焼ですが、課題もあります。燃料の割合を少なくするほど、火が不安定になり消えやすくなる、燃焼を思うように制御できなくなるといった課題があります。混合気中の燃料の割合や、熱がどこかに逃げていないか(熱損失)、火炎の周りの流れの様子はどうかなど、様々な要因が複合して火炎に影響します。こうした様々な要因が変化した際に火炎が消える限界を燃焼限界と呼びます。希薄燃焼の問題点を克服し、利点を最大限引き出すためには、燃焼限界付近で生じる様々な現象を正確に理解する必要があります。 燃焼限界付近における燃焼現象を調べる手法の一つが、対向流火炎法です。対向流火炎法とは、一般的なブンゼンバーナを2つ向かい合わせにして対向流場を形成し、2つのバーナの中央付近に2枚の平面火炎を安定に形成する手法です。図1にその概要と実際に得られる火炎の写真を示します。予混合気中の火炎は未燃ガスに向かって伝播する性質があります。対向流場では、バーナ出口から二つのバーナの中央に向かって流速が徐々に下がるため、火炎が伝播する速度と局所的な流速が釣り合う位置に火炎が形成されます。この対向流火炎を用いることで、流速や混合気の燃料濃度を変化させながら、火炎がどのように振る舞うか、燃焼限界の条件はどこかを探ることが可能となるため、これまで様々な燃焼研究で利用されてきました。流速と混合気中の燃料の濃度を変化させながら、火炎が消える条件を探った結果の概念図を図2に示しています。横軸に混合気の燃料濃度、縦軸に流速をとっており、グラフにはC型の曲線が確認できます。C型の曲線の内側は対向流場に火炎が形成される条件で、この領域で火をつけ、流速や燃料濃度を増減させると、C型の曲線上の条件で火が消え、C型の曲線の外側では火炎が形成されません。このグラフをもとに考えると、C型曲線の左端、最も膨らんだ部分は燃料濃度が最も低いところであり、これよりも低い燃料濃度では火炎形成が不可能であると判断することができます。 一方で、燃焼限界に関わる現象としてFlame ballという現象があります。Flame ballは、静止予混合気中に現れる真球状の火炎です。予混合気中の火炎は通常、伝播する性質があるため、流れが全くない混合気中に静止するこのFlame ballは、普通の火炎とは異なる、極めて特殊な火炎です。Flame ballの写真と構造を図3に示します。Flame ballでは、拡散と呼ばれる現象(例:温度が高いところから低いところへ熱が伝わる、濃度が濃いところから薄いところへ物質が移動するなど)によって燃料が火炎に到達し、反応が維持されます。このため、物質が拡散する速度に対する熱の拡散速度の比であるルイス数が重要なパラメータであり、特に低ルイス数条件が重要となります。Flame ballは1940年代にロシアの数学者Zeldovichによる理論的な研究でその存在(数学的な解がある)が予想されましたが、現実には存在しない可能性が高いこと(解が不安定である)を同時に示した[1]ため、長らく研究が途絶えていました。しかし、1980年代ごろ、アメリカの燃焼研究者Ronneyが微小重力場で燃焼実験をしていた最中、予混合気で満たした容器内に球形状のまま、どうやら伝播していないように見える、珍しい球状の火炎を偶然発見[2]したことから再び研究が盛んになりました。その後、日本の落下塔実験施設(地下無重力実験センター:JAMICと言います。)を使って東北大学の新岡教授の研究グループ(研究代表者はこのグループの一員として参加しました)と共同で実施した、10秒間にわたる微小重力実験[3]や、米仏露の理論研究者らによる詳細な理論研究[4]、さらにはRonneyが米のスペースシャトルを使った宇宙実験[5]が決め手となって、実験と理論の両面からFlame ballの存在が確認されるに至りました。 一般に火炎が存在すると、燃えた後の高温のガス(既燃ガス)は軽いので重力と逆の上向きに移動しようとするため流れが自然に発生してしまいます。これを自然対流と呼びます。このため完全に静止した予混合気の中でFlame ballを形成するためには、微小重力環境が必要となります。微小重力実験が可能となって初めて実際にFlame ballの存在が確認されたのです。 Flame ballの特徴として、非常に低い燃料濃度で存在できる点があります。場合によっては、前述した対向流火炎の約1/10の燃料濃度で存在できることも確認[5]されており、これまで知られていた燃焼限界では説明しきれない現象です。一方で、対向流火炎に代表される伝播火炎と伝播性のないFlame ballの関連や、両者を包含する燃焼限界理論を構築しようとする試みは、これまでありませんでした。これにはいくつか原因があると思われますが、一つはそもそも伝播性の有無という観点で同じ土俵で普通の火炎とFlame ballの両方を扱うという発想がなかったこと、もう一つはFlame ballの実現には微小重力が必要であり、実験機会が限られたこと、すなわち十分なデータが存在しないことなどが要因と考えられます。しかしながら、予混合気の燃焼が可能になる最小の燃料割合である、燃料希薄限界という観点では、2つの火炎に共通する燃焼限界理論を構築することは非常に重要です。以上のような理由で本研究テーマは、希薄燃焼の最大限の利用も視野に入れ、これまで別々に扱われてきた対向流火炎とFlame ballを包含する燃焼限界理論の構築を最終目的としています。その核となる2つの火炎の関連を軌道上の微小重力環境を利用して取得する予定です。低速・低ルイス数(Low-speed, Low-Lewis number)条件の火炎を対象とすることから、プロジェクト名をL3-Flameと名付けています。 実験の概要流れのない場に現れるFlame ballと流れの中に安定化する対向流火炎の関連を探るべく、対向流場での流速を極限まで小さくすることで、2つの火炎が同時に観察できる可能性のある条件を実現しようとする手法を提案しました。概要を図4に示します。前述の通り、Flame ballは拡散という遅い現象によって物質(燃料や酸素)や熱の移動が行われるため、流れの速さも同程度まで低下させることで、両者を結びつける条件を探れるのではないかというアイデアです。非常に遅い流速の条件を対象とするため、現象がゆっくり進むことになり、長時間の微小重力時間が必要となります。 軌道上での実験に先駆け、これまでは航空機実験を利用した予備試験を実施してきました[6-8]。航空機実験では、放物飛行による20秒程度の微小重力時間を実験に利用することができます。宇宙実験では、これまでに全く調べることが出来無かった条件を狙うため、こうした短時間の微小重力実験は予備試験として大変に貴重なものとなります。これまでに予備試験で確認された火炎を図5左側に示します。図5左側では、対向流場に火炎が存在できる範囲を示すC型の曲線の内部に、実験で確認された火炎の様子を色分けして示しています。灰色の領域で示された領域が通常の対向流火炎である平面状の火炎が確認された条件、青色の領域や点線で囲まれた領域はこの平面火炎が振動を示した条件です。一般的な対向流平面火炎は消える際に火炎全体が一瞬で消えるため、消える条件の付近で観察された火炎の振動は特異な現象であると考えられます。また黄色で示された領域は火炎の不安定性によってセル(細胞状の)構造を持つ火炎が確認された条件です。さらに、赤で示された領域は球形状の火炎が確認された領域です。この赤の領域を含むいくつかの条件ではC型の曲線をはみ出て存在しており、普通の火炎だけを対象とした従来の理論であるC型の曲線だけでは説明のつかない現象が見られている証拠になります。こうした結果から、2つの火炎を接続する領域・条件が徐々に明らかになり、先行して進めている数値解析や数値実験の研究結果と併せて[9-12]、さらに低流速の条件における火炎の情報取得が宇宙実験で期待されます。 なお、本テーマでは、性質の異なる2種類の混合気を使用します。メタン/酸素/二酸化炭素とメタン/酸素/キセノン混合気です。これらの混合気はともにFlame ballの条件である低ルイス数条件を満たします。2種類のガスの最大の違いはふく射の強弱です。ふく射(放射ともいう)は、電磁波によって熱が移動する現象で、二酸化炭素はふく射が強い一方、キセノンはふく射に影響しません。従って、この二つの混合気条件に現れる差の一因は、ふく射にあると推測することができます。 実験装置装置概要L3-Flameプロジェクトでは、微小重力環境下における気体燃焼実験を行なう装置(L3-PO)を開発しています。 L3-POは、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟船内実験室にある多目的実験ラック(MSPR)に搭載して実験を行います。燃焼容器、カメラユニット、ガス供給ユニット、電源通信制御ユニットなどの複数の部品で構成されており、これらをMSPR内のワークボリューム(WV)という実験装置搭載用のスペース内に設置される燃焼実験チャンバ(CCE)内で組み立てることによって使用可能となります。また、気体燃焼実験のための酸化剤は、MSPR内の小規模実験エリア(SEA)というスペースに取り付けられたガスボトルから、WVとSEA間のガス供給用の配管を経由して供給され、燃料はCCE内に取り付けられたガスボトルから供給されます。 L3-POの組み込み作業は宇宙飛行士が軌道上で実施し、その後の実験に関する作業は地上の要員が筑波宇宙センター(TKSC)から遠隔作業で実施します。 装置の構成
装置の主要構成品主な仕様
期待される成果本実験テーマで扱う燃焼限界付近での火炎挙動は、予混合燃焼全般に共通する基礎知識として、様々な分野に応用できると期待できます。その中で、代表的なものを紹介します。 まず、酸素燃焼[13-16]という燃焼技術の確立です。通常、燃料に空気を混ぜて燃焼させます。これは、空気が地球上のどこでも使用可能であるためです。しかし酸素燃焼では、人工的に作りだした酸素を使って、燃料と酸素による燃焼を実現します。こうすることで、環境汚染物質の一つである窒素酸化物(NOx)の生成を抑制することができます。更に生成物のほとんどが水蒸気または二酸化炭素であるため、比較的容易に二酸化炭素のみを回収可能です。また、この時排出される高温の二酸化炭素を再利用することで、本来捨てられるはずだったエネルギーを有効活用することができます。本研究では二酸化炭素を使用した実験も実施するため、酸素燃焼の限界に関する知見も得ることができると期待しています。 もう一つの候補は燃料希薄燃焼を使う、リーンバーンエンジンです(リーンバーンは直訳すると希薄燃焼です)。希薄燃焼は自動車エンジンの分野でも注目されており、近年、日本国内で産学連携研究が大規模に進められています。SIPと呼ばれるプロジェクトでは希薄燃焼エンジンの開発に、多数の機関が一体となって取り組み、熱効率50%を超えるエンジンの試作に成功しました[17、18]。また、ガソリンエンジンの中では、火花で火をつけ、そこから混合気全体に火炎が燃え拡がっていき燃焼が完了しますが、希薄条件では火がつきにくい、火炎が燃え拡がりにくいといった課題があります。世界の最新の研究で、Flame ballがこうした着火や火炎の燃え拡がりと関連がある可能性が示唆[19、20]されており、本実験はこうした研究をさらに先に進めていく、全く新しいデータを提供できる可能性があると期待しています。 参考資料
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