宇宙環境が精子幹細胞の繁殖能力へ及ぼす影響の解析

公開 2022年4月 4日

Sperm Stem CellsEffect of space environment on fertility of spermatogonial stem cells

実施中
宇宙利用/実験期間 2022年 ~
研究目的 これまで低軌道船内環境における精子形成の異常が報告されています。本研究では、国際宇宙ステーション(ISS)で精子幹細胞の凍結保存と培養を行い、生殖細胞への低軌道船内環境の影響を調べます。
宇宙利用/実験内容 精巣は放射線照射に敏感な組織として知られています。放射線を照射された哺乳類は容易に妊孕性(子を作る能力)を失います。これまでの宇宙環境での動物を対象とした研究でも精子形成の異常が確認されています。そのメカニズムの解明は将来のヒトを含めた種の保存に関わる問題です。本研究では、研究代表者らが培養法を確立した精子幹細胞(Germline Stem Cell, GS細胞)の特性を利用し、ISSで保管・培養したGS細胞の性状および妊孕性を検証することで、宇宙環境における精子形成異常の原因を明らかにします。
期待される利用/研究成果 本研究では、ISSでマウス由来のGS細胞を凍結保管もしくは培養し、宇宙線に曝露させます。その後、地上に持ち帰り、GS細胞の性状への影響(生存率、DNA切断、DNAメチル化、染色体異常など)の評価、不妊マウス精巣への細胞移植による精子形成/子孫作成能力の評価、交配によって生まれてきた子孫の異常について解析します。これにより宇宙環境が精子幹細胞に及ぼす直接的な影響を明らかにします。
関連トピックス
詳細

研究代表者

  • 篠原 隆司(SHINOHARA Takashi)京都大学大学院医学研究科遺伝医学講座 教授

研究分担者

  • 篠原 美都(SHINOHARA Mito)京都大学大学院医学研究科遺伝医学講座 助教

要旨

これまで国際宇宙ステーション(ISS)などの地表から2,000km以下の低軌道の宇宙環境では、様々な動物で精子が生み出される際の異常が報告されています。この原因として、精巣にある精子を作り出す生殖細胞に対する宇宙線(放射線の一種)や微小重力、ホルモンなどが予想されていますが、真の原因は未解明のままです。また、精巣では、精子の元となる精原細胞が何段階かの過程を経て精子を生み出します。どの段階で精子の異常が生じるのかについても明らかにされていません。

私たちは、マウスの精巣から精子の元となる細胞を取り出し、GS細胞と名付けた細胞を試験管内で培養する技術を確立しました(図1)。このGS細胞は、オスの精巣に移植することで再び精子を作り出す能力をもっています。そこで、本研究では、GS細胞をISSに運び、実際の宇宙の放射線と微小重力環境下でGS細胞にどのような影響があるかを調べます。

図1 GS細胞 ©京都大学
  •  本研究で用いるGS細胞。試験管内で培養することができます。GS細胞をマウスの精巣に移植することで精子を作ります。
図2 GS細胞の移植と産仔 ©京都大学
  •  GS細胞に緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する遺伝子を導入し、オスマウスの精巣に移植します。移植したGS細胞由来の細胞は緑色蛍光で観察することができます。メスのマウスと交配させ、生まれた子どものマウスを調べると緑色蛍光が観察できます。これらのことから、GS細胞由来の遺伝子が子孫に遺伝することがわかります。

実験の概要

精巣は放射線照射に敏感な組織として知られています。放射線を照射された個体は容易に妊孕性(子を作る能力)を失います。実際にこれまでISSやスペースシャトルなどの低軌道の宇宙環境での動物を対象とした研究で、精子の形成に異常があることが確認されています。そのメカニズムの解明は、将来の私たち人類を含めた種の保存に関わる問題です。この精子形成異常の要因として、①宇宙放射線が直接精巣や精子を作るオスの生殖細胞に作用する、②微小重力がオスの生殖細胞に作用する、③テストステロン等のホルモン分泌が変化する、あるいはそれらの複合的な要因による可能性が考えられます。私たちは、世界に先駆けてGS細胞を試験管で培養できる技術を確立しました。GS細胞は、長期にわたり試験管内で増殖することができ、不妊のマウスのオスの精巣へ移植すると正常な精子を形成します。また、メスのマウスとの交配によりGS細胞由来の遺伝子をもつ子孫をつくることができます。本研究では、このGS細胞の特性を利用し、宇宙環境で起こる精子形成異常の原因を明らかにすることを試みます。具体的には、ISSで保管/培養したGS細胞の性状と妊孕性を評価することで、上記①および②の可能性について検討します。これにより、低軌道の宇宙環境における精子形成異常の原因を明らかにします。

図3 実験の概要 ©京都大学
  •  オスのマウスの精巣を取り出し、GS細胞を試験管内で培養します。これを凍結し、ISSに運びます。ISSでは、凍結保存したままで長期保管します。また、一部のGS細胞はISSで解凍し、「きぼう」で培養します。その後、GS細胞を地上に持ち帰り、宇宙での影響についてDNAや遺伝子発現を解析します。また、持ち帰った細胞をオスの精巣に移植し、メスと交配させ、こどものマウスへの影響を調べます。

期待される成果

種の保存は一般的には凍結胚もしくは精子により行われています。しかしながら、凍結胚を用いる方法は、動物種や系統に大きく影響されるという問題点を持つ上に、適当な偽妊娠個体を必要とします。精子保存についても精子の構造が動物により大きく異なることから、胚の場合と同様にその保存法は動物種により異なっており、その保存方法は確立していません。その点、これまでに調べられたヒトを含む全ての動物種の精子幹細胞は体細胞の一般的な凍結方法(10% DMSOを含む培地による凍結保存)で長期間保存(これまでの最長の報告では14年間)することができるために容易にヒトを含む他の動物への応用が可能です。さらに異種の精巣中でも精子へと分化できるなど、胚や精子にはない独自のメリットがあります。宇宙空間で培養した精子幹細胞を用いて正常な個体を作成できれば、培養された生殖系列細胞から子孫を得た初めてのケースとなり、宇宙空間での個体の遺伝子操作法を切り開く可能性を示すことで高いインパクトを与えることが期待できます。

図4 凍結した精子幹細胞から生まれた初めての子孫 ©京都大学
  •  先天性不妊個体(左、白マウス)の精巣へ凍結した精子幹細胞を移植し、母親(右、黒マウス)と交配することにより子孫(下)が生まれました。

これまでの研究では生体を解析していたため、精子形成の異常が体細胞を介した間接的なものなのか、生殖細胞に対する直接の影響なのか、原因を明らかにすることが困難でした。本研究の利点は精子幹細胞を直接対象として宇宙線のリスクを調べられることです。精子形成の異常が生殖細胞によるものか体細胞からなる環境によるものかを区別できれば、予防策を講じる上で重要な情報を提供し、最終的には損傷に対する影響の解析・保護法の開発ができると期待されます。本研究の成果は国内外を問わず、また産業界や社会への福祉の両面に対して、広く影響を及ぼすことが予想されます。

篠原 隆司 SHINOHARA Takashi

京都大学大学院医学研究科遺伝医学講座 教授

平成5年 京都大学医学部卒業

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
有人宇宙技術部門 きぼう利用センター
きぼう利用プロモーション室
お問い合わせ

きぼう利用ネットワーク

「きぼう」利用や宇宙実験に関する最新情報をお届けします。「きぼう」利用や宇宙実験に興味のある方はどなたでもご参加いただけます。

  • きぼう利用ネットワーク
  • きぼう利用ネットワークTwitter
  • メンバー登録フォーム
  • メンバー情報変更フォーム
  • メンバー情報登録解除フォーム